四一一話 ビートライズ
さて、とヒロムはある部屋の扉を開けると愛咲リナ、黒菱レイナ、沖波カンナ、漆羽ミサ、舞咲マキを連れて部屋の中へと入った。
入った部屋は部屋二つ分ほどの広さがあり、テーブルにイス、テレビ、さらには五人分のベッドまで用意されていた。
「姫神くん、ここは……」
「とりあえずこの部屋使ってくれ。
急だったから使ってない部屋から適当に運ばせて用意したけど、明日には個室にできるように整理しとく」
「あ、あの……この部屋で十分ですわよ?」
リナに対してヒロムが説明していると、横からレイナが申し訳なさそうに言う。
が、ヒロムはレイナの言葉に対して何か言うわけでもなくため息をつき、ため息をつくとレイナだけでなくリナたちに向けて話した。
「……今回の件はオレが巻き込んだ結果だ。
巻き込まれた被害者のオマエらの待遇を粗末にするわけにはいかない」
「でも姫神くん……」
ヒロムでいい、とヒロムはカンナの言葉を遮るように言うと五人に向けて伝えた。
「ヒロムにしてくれ。
姫神の名は飾りでしかない」
「ねぇ、姫が……ヒロムさん。
アナタはご家族と何があったの?」
ヒロムが呼び方について伝えると疑問を隠せないレイナは思わずそこに踏み込もうとする。
が、ヒロムは嫌な顔をすることも無く頷くとひとまず彼女たちに座るように視線を送り、その視線を受けたリナたちはひとまずイスに座った。
五人が座るとヒロムは咳払いをし、そして何があったのかを全て話そうとするが、その前にある確認をした。
「……今話す内容は下手したらアンタらの想像を超えた内容だ。
下手したら気分を害する可能性もある。
それでも聞くか?」
「は、はい!!」
「もちろんです!!」
ヒロムの確認に対してリナとレイナは強く返事をし、カンナ、ミサ、マキにヒロムが視線を向けると三人は静かに頷く。
五人の答えを聞いたヒロムはまず全ての始まりを話した。
「……全部の始まりはオレが五歳の時のことだ。
何事もない日常、その毎日を送る中……オレは「無能」の烙印を押された」
「誰にですか?」
「……オレは「姫神」の人間である母・愛華と「八神」の人間である父・飾音との間に生まれた。
そしてオレに「無能」の烙印を押したのは……「八神」と「八神」と内通していた親父だ」
「えっ……!?」
予想すらしていなかった内容に五人は言葉を失うが、ヒロムは続けて飾音について話していく。
「親父が仕組んだことと知ったのは数週間前だ。
それを知らなかったオレは五歳の時に「無能」と呼ばれ、「八神」の人間や周囲の大人から冷たい目で見られ、挙句はあらゆる面で否定されるようになった。
その結果オレは……全ての希望を捨て、「八神」を根絶やしにする復讐者となった」
「酷い……」
「ひどい話だろ?
けど……最悪だったのはその「八神」の当主になったのが弟のトウマってことだ」
「「!!」」
「え!?
つまり……」
「今の「八神」の当主のあの人は……」
「オレの実弟だ」
「本当なのですか?」
「本当だよレイナ」
「あっ、今名前で……」
「レイナ、黙ってて」
ふとした拍子にヒロムに名前で呼ばれたレイナは頬を赤くするが、話に水を刺さぬようにカンナが落ち着かせる。
その様子を見ながらもヒロムは話を続けた。
「二ヶ月くらい前にアイツが現れ、その日から「八神」はオレを始末しようとあの手この手で迫ってきた。
まぁ、全部どうにかして撃破したけど……親父だけは予想外だった。
親父は今まで「八神」の動きを調べるためと言ってオレの前から消えていたが、実の所はオレを消すために「八神」と内通していた」
「今、ヒロムさんのお父さんは?」
「……死んだ」
「え?」
「正確には能力の酷使で肉体が限界を迎えて消滅した。
……その時に知らされたんだ。
親父はオレを愛し、強くしたいがために過酷な運命に進ませるように仕組んだ。
「無能」と呼ばせ、絶望しても立ち上がるように……」
「身勝手すぎるわよ」
「……そうだな、ミサ。
けど、今があるのはあの人のおかげかもしれない」
ヒロムはふと飾音の散り際の最後の言葉を思い出していた。
『……ゴメンな、こんな父親で。
オマエの憧れになってやれなくて……』
「……親父を超えたかは知らないけど、そこで親父との関係は終わり、トウマはオレを強く憎むようになった」
「そんな……」
「あの、ヒロムさんのお母さんは……?」
マキが質問をすると、ヒロムは一瞬暗い表情を浮かべる。
その表情の変化に戸惑うマキだったが、ヒロムはすぐに元に戻ると彼女たちに愛華の話をした。
「……詳しくは把握してないが、あの人は絶望したオレを救おうと禁忌に手を出した」
「禁忌……?」
「人為的に生命を造りだしたんだ。
その生命を造りだした過程でオレの遺伝子情報を与え、重傷を負ったある男の体を治すためにもオレの遺伝子情報を使った。
その男と造られた生命を持つ男は……数日前に街で暴れ、囚人収容施設を襲い、人々を苦しめた「竜鬼会」の黒幕だ」
「あの、そういえば気になってたのですが……「竜鬼会」ってなんなの?」
ヒロムの話を聞く中で疑問を抱いたカンナは質問をし、ヒロムは未だ公にされていない「竜鬼会」の話をした。
「……「竜鬼会」ってのはオレを殺し、果ては世界を支配しようとしていたテロリスト集団だ。
人の命を対価に力を得る技術で力を得たヤツらは街で次々に暴れ、黒幕の男……ゼアルは人々の命を躊躇いもなく奪った」
「どうしてそれが報道されないの?
ニュースではテロリストの攻撃から守ったはずのアナタが悪者みたいになってるのに……」
「その命を対価にして力を得る技術を生み出したのは「八神」だからだ」
「「!?」」
おそらく、想像すらしていなかったのだろう。
「八神」の名が出るとリナたちは完全に言葉を失い、そして理解が追いつかないのか困惑していた。
「ど、どうしてなの?
だって「八神」は「十家」の……」
「そもそもその「十家」はアンタらが思ってるような善人の集まりじゃない。
メディアに関与して情報を操作し、政治に関与して財政すら操る。
果ては警察やギルドにまで関与して隠蔽しやがるようなヤツらだ」
「そんな……」
「今オレが迫害されてるのは「竜鬼会」との戦いを目の当たりにした人たちの不満の声を利用したものだ。
テロリストを倒したオレは街を壊し、人々を傷つけた。
もはや世間に根付いたこのイメージは消えず、それどころか「竜鬼会」のことを今さら明かしても誰も信じない」
「じゃあヒロムさんは……」
「……ただ、オレ自身昔からの流れがあるから何ともないけどな」
「それより、アナタのお母さんは今どうしてるの?」
本題に入るようにミサが質問し、質問を受けたヒロムは事実だけを伝えた。
「……オレのためと言って禁忌に手を出した上、それによって結果的に「竜鬼会」の脅威で街に被害が出た。
その結果を踏まえて……オレはあの人と決別した」
「決別って……縁を切ったってこと?」
「……そうだ」
ヒロムの話を聞いて言葉を失うリナたち。
そんなリナたちに自分の中の思いを伝えた。
「親父もあの人もオレのためと言って何かを始め、そして道を誤って他人に迷惑をかけた。
親父は人間関係を狂わせ、あの人は無関係な人の命すら奪う結末を招いた。
オレという存在が引き金になって全て起きてるなら……オレは自分から「姫神」の家を遠ざけた」
「……」
「その結果がこの状況なら世話ねぇけどな。
……結局、オレは誰かを巻き込むらしい」
「そんなこと……」
「そんなことありませんわ!!」
ヒロムの言葉を聞いたリナが何か言おうとすると横からレイナが大きな声で割って入り、そして彼女はヒロムに向けて話した。
「たしかにご両親のされたことは許されないかもしれません。
ですがそれはアナタがご自身を責める必要のないことです。
アナタはそれに対して真摯に向き合い、そして皆さんを守ろうと努力されたのではないですか?」
「努力かどうかは分からねぇけど……」
「昨日のこともアナタがいたから負傷する人がいなくて助かったんです。
世間はどう言おうと私たちはそれを間近で見て全てを感じ取ってます」
「……」
「だからそんなふうに自分を責めないでください。
アナタは多くの人の命を救ってるんですから」
「……そうかもな」
レイナの言葉、それを受けたヒロムは素直には受け入れられなかった。
かつて誓った復讐は今や薄れているかもしれない。
だが彼女の言う救った命以上に……ヒロムは多くの命を潰そうと戦っていたのだから……
***
その頃……
夕陽に照らされる庭にヒロムの心の闇であるクロムと黒い鎧の騎士を思わせるイクトに宿る精霊・バッツが何故か向き合っていた。
その空気は異質、端的に言えば心地のいいものでは無い。
「……何の用だ?」
ため息混じりにクロムはバッツに用件を言うように求め、バッツは腕組みをするとクロム自身の話を始めた。
「オマエの目的は何だ?
なぜこのタイミングで現れた?」
「……何の話だ?」
「とぼけても無駄だ。
飾音がヒロムをあえて「無能」と呼ばれ傷つくようにしたのはオマエの存在に気づいていたからだ」
バッツの言葉を聞くとクロムは少し冷たい眼差しをバッツに向け、冷たい眼差しを向けられたバッツは臆することなく続けて話した。
「飾音には誰にも明かしてない精神世界に干渉する能力があった。
その能力を使ってヒロムの精神への負担を和らげようとした飾音は精神世界の奥底からオマエの気配を感じ取り、オマエを異分子として処理すべく動こうとしていた」
「異分子?
他人の精神世界に干渉する能力持ちが偉そうに騙ってたもんだな」
「事実オマエは異質だ。
ヒロムですら知り得ない精霊の力を使い、そしてオマエの出現で飛天の秘めた力が目醒め、シオンの中にいたとされる精霊・ライバを出現させた。
そしてオマエが出現する直前にソラはシャロという新たな精霊を宿した」
「……何が言いたい?
全ての元凶がオレだってか?」
他にあるのか、とバッツは殺気を放ちながらクロムに向けて言い、バッツの態度を前にしてクロムはため息をつくと言い返した。
「……わざわざ覇王の家臣の可能性を引き出してやったのに感謝もされないのか?
オレが現れなければ今頃紅月シオンや雨月ガイは殺害され、ヒロムは絶望して世界を敵に回してたかもしれないのにか?」
「オマエはヒロムの心の闇、その裏で何か企んでるのは間違いない」
「……なるほど。
オマエには何かの思惑があると思っていたが、まさかそんな風に考えていたとはな。
……それなら教えておいてやるよ。
オレの目的は……」
まるでバッツの考えを見透かしたかのように話すクロム。
するとクロムはバッツに向けてある事を告げようとする。
……が、タイミングよく風が吹き、風にかき消されるようにしてクロムの声が消され、自分だけが聞こえたバッツはその内容に驚いてしまう。
「バカな……オマエ……!!」
「全てはオレの意思だ。
全てが終わった時、世界は変わる!!」




