四一話 炎魔劫拳
「撃てェ!!」
炎城タツキたちはどこからか新しい銃を取り出すと構え、ソラを倒そうと弾丸を乱射するが、放たれた弾丸はソラに迫る途中で何の前触れもなく燃えて消えてしまう。
「な……」
「その程度か?」
「ふ、ふざけるな!!」
炎城タツキはガントレットに魔力を纏わせると殴りかかるが、ソラはそれを防ごうともしない。
その姿に炎城タツキは怒りを感じ、さらにガントレットに炎を纏わせると勢いを増しながら渾身の一撃を放つ。
「オラァ!!」
「……無駄なことを」
炎城タツキの拳がソラの体に近づくと、彼がその拳に纏わせた魔力と炎が音もなく消え、ソラの体に触れる前に何かにぶつかって勢いを失う。
何が起きたのか、理解出来ていない炎城タツキは驚き、言葉を失っていた。
「な……」
「言ったはずだ。
無駄なことってな」
ソラがガントレットを掴み、その手に力を軽く入れると、ガントレットは赤く光るとともに亀裂が入っていく。
ありえない、と目の前で次々に起こることに対し、炎城タツキは完全に言葉を失い、同時に動揺しているのが目に見てわかる。
「こ……この……!!」
「おいおい、さっきまでの威勢はどうした?」
炎城タツキは必死になってソラの手を振り払おうとしており、その姿に先程までの強気な面影はなく、ソラはただ落胆していた。
そして凪乃イチカたちも炎城タツキを助けるために動こうと考えてはいるようだが、ソラの力に何をどうすればいいのかわからないのか、躊躇しているのがわかる。
「……こんなもんかよ」
「は……離せ!!」
「こんなもんでアイツと戦えると思ったのか!!」
ソラが手に力を入れると炎城タツキの掴まれた腕のガントレットが砕け、そのままの勢いで炎城タツキの腕を握り、ボキボキと骨が砕ける音が響く。
「あああ!!」
未だ経験したことがないのだろう。
その痛みに悲鳴をあげる炎城タツキは今にも泣きそうになっており、それはソラをより一層落胆させる。
「くだらないな……
オレの知ってる「ハザード」ならもっと激しく戦えたのにな」
ソラは炎城タツキの腕を離すと右手に紅い炎を纏わせ、そして勢いよく殴り飛ばした。
殴られた炎城タツキは全身を紅い炎で焼かれるように襲われながら吹き飛んでいき、何度か地面に叩きつけられると鉄柱に体を打ちつけ、そのまま動かなくなってしまう。
「……次は誰だ?」
ソラが次なる獲物を求めていると、それに恐怖した凪乃イチカたちは狙いをイクトに変更し、銃を構える。
「さ、作戦変更!!
まずは死神を……」
「無理なんだって」
するとイクトの瞳の色が黒から金色へと変化し、そして影がイクトにまとわりつく。
凪乃イチカはそれを見て、何なのかについて自分の持っているイクトのデータから答えを導き出した。
「影死神……!!」
「ここまで、はな。
ここからは違うぜ?」
すると影が徐々に形を変え、そしてイクトは体に黒い影の鎧に黒い影のマントを纏い、まるで黒い騎士のような姿となっていた。
「……影の騎士ってことで……影騎死」
「す、姿が変わったところで!!」
凪乃イチカたちは一斉にイクトへと弾丸を乱射するが、イクトの影のマントが大きく広がると、次々に弾丸を破壊していく。
「!!」
「影騎死は対炎魔用の形態、そしてこの状態ではオレの意思に関係なく、敵からの攻撃を自動防御する」
そして、とイクトが右手を前にかざすと、影が手に集まり、無数の杭へと形を変えていく。
「オレ自身の戦闘スタイルも変わる」
イクトは右手に集まった黒い杭を弾丸のように凪乃イチカたちに向けて放つ。
「全員防御!!」
凪乃イチカたちは魔力の盾で防ごうとするが、イクトの杭が盾に触れると、盾が黒い杭に吸い込まれていく。
「何が……!?」
「コイツは影死神の派生だ。
当然、魔力の吸収はできる!!」
だったら、と凪乃イチカたちは一斉にイクトに狙いを定め、再び乱射しようとした。
が、それは出来ずに終わり、それどころか凪乃イチカは思い知らされることとなる。
「な……」
動こうとしたのに、体が言うことをきかない。
どうして?
不思議に思って凪乃イチカは周囲を見るが、自分以外の者たちも同じように動けない状態だった。
「何が……」
「影杭死……触れた影の所有者の自由を奪う。
今ので全員の影に触れた。
だからもう自由に動くことは許さない」
「何を……」
凪乃イチカは足下を見た。
黒い杭が自分の影の上に突き刺さっている。
つまり、これにより自由に動くことが出来なくなっている。
どうにかせねば、と凪乃イチカが考えようとする最中、それを邪魔するかのようにイクトが口を開く。
「それと、ここから先の生殺与奪……命の駆け引きはオレが主導権を握る」
イクトが指を鳴らすと、イクトの影と凪乃イチカたちの影が繋がり、そして影から無数の黒い蛇が不気味な動きをしながら現れると、凪乃イチカたちの口の中へと入っていく。
「!?」
「影毒蛇、対ヒロム用の奥の手だ。
体内から魔力を吸収する、防ぐことの出来ない技だ!!」
イクトの言葉とともに凪乃イチカたちの体から魔力が吹き出し、その魔力がイクトの影へと吸い込まれていく。
「あ……あ……!!」
「データにないから対応に遅れた?
違うな……オマエらはデータがすべてだと信用しすぎた」
魔力を吸い尽くしたであろう影毒蛇は凪乃イチカたちの口から出ると、彼女たちの体を縛り上げる。
「くぅっ!!」
「オレからすれば、何が起こるかわからないから戦いは楽しいんだ。
それを楽してデータに頼るからこんなことになる」
「あ……」
「……ということで、後は任せたぜ」
「任せろ」
ソラは紅い炎の翼を背中に纏うと高く飛翔し、さらに両手に炎を纏わせると手を重ね、凪乃イチカたちに向けて構える。
凪乃イチカたちに狙いを定めると両手の炎が竜の頭部に形を変え、さらにソラの周囲にいくつもの竜の頭部が出現する。
「何……あれ……」
「ターゲット、ロックオン……!!」
すべての竜の頭部の口が開き、そして炎が集まっていく。
凪乃イチカたちは危険性を感じて逃げようと試みるが、影毒蛇に体を縛られているため、身動きが取れない。
「い……や……」
「燃えて爆ぜろ……!!
スカーレット・インフェルノ・バースト!!」
竜の口から次々に炎ビームのように放たれ、凪乃イチカたちに襲いかかり、周囲を焼き払っていく。
身動きが取れない彼女たちは炎に飲まれ、炎による熱さと痛みにより悲鳴をあげるが、それでもソラは炎による攻撃を止めない。
イクトは巻き込まれぬように炎を影のマントで防ぎながら離れ、ソラの攻撃が止むのをただ待っていた。
「きゃあああ!!」
「ぐあああ!!」
彼女たちの悲鳴が響く中、ソラは攻撃の手を緩めず、それどころかさらに強さを増していく。
さすがのイクトもソラの容赦のなさに少しばかりの恐怖とともに凪乃イチカたちに可哀想だなと哀れんでいた。
「……殺すなよ〜」
「……黙ればやめるさ」
ソラが言うと、次第に悲鳴が収まっていき、炎の中で次々に誰かが倒れるのが見える。
ソラは炎に飲まれた彼女たちの半分が倒れると攻撃を止め、ゆっくりと降下してくる。
お疲れ様、とイクトが歩み寄ろうとするが、それとほぼ同時に吹き飛ばされ気を失っていたはずの炎城タツキが走ってくる。
「な……」
「もらったあ!!」
炎城タツキは全身に炎を纏うとソラに突進しようとするが、ソラは右手に炎を纏わせると、彼に突きつける。
そして、炎は一瞬消えると腕に内蔵されている小さな銃口からビームのように変化して放たれ、炎城タツキの体を撃ち抜く。
「な……」
あまりの熱い高温の炎に撃ち抜かれた体は焼け焦げ、出血すらしない。
炎城タツキは痛みにより完全に意識を失い、全身の炎が消滅すると前に倒れる。
「……」
そして凪乃イチカたちを飲み込んだ炎がかんぜんに完全に消えると、そこには九人の「ハザード・チルドレン」が全身に火傷を負った状態で倒れていた。
が、一人は無傷だった。
「さすが、あの男の戦士だ」
バッツはどこからか持ち込んだであろう玉座に腰掛け、拍手をしながらソラとイクトを見ていた。
ソラもイクトも身に纏ったその力を解くことなくバッツに対して狙いを定め、同時に戦意を高めていく。
「あとはオマエだ、変態騎士」
「蝙蝠の騎士だ、相馬くん」
「……で、アンタはどう死にたい?」
「おいおい、コイツら殺してもないのにオレは殺すのか?
わざわざ魔力を吸う影で拘束した上で「炎魔」の紅い炎を軽減してたくせに」
何のことかな、とイクトはシラを切るが、ソラはため息をつくとイクトを睨んだ。
イクトは先程「殺すなよ 」と言っていたが、実際「影死神」について知っていれば誰でもバッツが気づいた点には気づける。
が、それでも「ハザード・チルドレン」は全身を負傷してしまった。
つまり、「影死神」ですら凌げない力が「炎魔」の力だ。
「……ま、手を罪で染めずに済んだしいいか」
「そういうことでいいだろ……てそうじゃないだろ!!
あの変態蝙蝠を倒そ……」
ところで、バッツは立ち上がると自分が腰掛けていた玉座を煙に変えて消すと、炎城タツキたちを紫色の煙で包むとどこかへと消し、そのまま何も無かったように二人に対して話し始めた。
「オマエたちの剣士……名前何だったかな?」
「剣士、だと?」
「それってまさか、ガイ……」
「そう!!
雨月ガイだ!!」
イクトは名字は言っていない。
にもかかわらずバッツはガイをフルネームで呼んだ。
わざとだろうが、それに反応してもキリがない。
ソラとイクトは無視して構えようとしたが、バッツはそんな二人の集中を削ぐように話す。
「もしかして……倒れてないかな〜?」
「何……?」
「どういう意味だよそれ!!」
「オマエらがこうして戦っているのに仲間が来ないのは何でかな〜?」
バッツはどうも意味深な言い方をする。
たまたまソラとイクトの戦いに気づかなかったわけではないと言いたそうに。
いや、そもそもこうしてこの建物内にいるから気づかれない可能性もある。
なのに……
ソラとイクトが考えていると、バッツがその答えを語り始めた。
「答えは簡単!!
オマエらがここで実験に付き合ってくれている間に、雨月ガイにも刺客を送った」
「ガイをなめるなよ?
アイツは……」
「かつて大人を三百人相手に勝ったやつでも、能力者千人には勝てないだろ?」
「それって……」
その通り、と驚くイクトに対してバッツは大声で叫ぶとともにガイの身に何が起きているのか語る。
「ちょうどあの男が苦手とするであろう能力者千人を集めて刺客にしたんだ。
賞金もつけてな」
「さすが「八神」の人間……!!
見た目だけじゃなくて、頭の中もしっかり外道だな!!」
「おいおい、相馬くん。
あの「器」も雨月ガイも強いなら死なない、それだけだろ?」
「……「器」?」
何を言っている?
「器」?ヒロムのことなのか?
ソラは悩むが、それが油断させるための言葉だと気づいた時、バッツは全身が煙のように変化していた。
「な……」
「オレのここでの役目は終わった。
……あとは歩いて帰りな」
逃げんな、とソラはイクトともにバッツを逃がさぬように攻撃仕掛けるが、バッツは消え、攻撃は空を切る。
「この……!!」
「……それよりもガイが!!」
わかってる、とソラは「炎魔劫拳」を解除すると外へと走り出した。
「早くしないと、ガイが!!」
***
ソラとイクトのいる地点から大きく離れた場所。
かつてヒロムを倒そうと現れた狼確の部下である牙天がおり、その周囲におおよそ千人の能力者がいた。
戦塵が大きく上がっており、そのなかに何があるのかは遠目ではわからない。
「やってるねぇ」
バッツは牙天のもとに煙とともに現れる。
牙天はバッツを警戒しながらも一礼する。
「アンタか……」
「調子は?」
「雨月ガイはその中だ。
だが今終わった」
牙天の言い方、簡単に要訳すれば戦塵の中にガイはおり、その中ですでにガイは倒れているということになる。
「呆気ないねぇ〜」
「抵抗しましたからね。
本気でやりました」
「……これでか?」
声がした。
牙天はバッツを見たが、バッツは自分ではないと首を横に振る。
ではここにいる誰かかと思い確認しようとしたが、それよりも先に声の主が動いた。
「この程度で倒せたと確信するとはなめられたものだ」
戦塵の中から無数の刃が乱れ飛び、それが戦塵をはらしていき、中から無傷のガイが現れる。
それを見た牙天や能力者は信じられないという顔で見ていた。
「なっ……」
「この程度、想定済みだ。
だから対処した」
それに、とガイは「折神」を抜刀すると同時に全身に蒼い魔力を纏う。
その魔力はどこか禍々しく、そして刀のように鋭い殺気を放っていた。
「!?」
「久しぶりに使うか……オレの能力をな」




