三九四話 楽園への奇襲
突然のレイナの申し出。
それは彼女とリナ、ミサ、マキ、カンナの五人をヒロムの住むこの屋敷に匿って欲しいというものだ。
それを聞いたヒロムたちは驚きを隠せず、ユリナは思わずレイナに聞き返してしまう。
「えっと、五人みんなでここに住むってこと?」
「いや、匿ってくれって言ったんだろ?」
ユリナの言い間違いを訂正しながらもヒロムはレイナに向けて言い、ヒロムはレイナに視線を向けると説明するように目で訴えた。
ヒロムの視線を受けたレイナは頷くと彼やユリナたちに向けて説明するように話し始めた。
「実は昨日のライブハウスの近くでの事件の後に私たちはそれぞれ家に帰ったんです。
そしたらこんなものが……」
レイナは何か封筒のようなものを取り出すとヒロムに手渡し、ヒロムはそれを受け取ると封筒を開けて中身を確認した。
中には一枚の手紙が入っていた。
この手の手紙としては珍しい達筆な文字で書かれた手紙。
そこにはこう書かれていた。
『歌姫の歌は届かない。
これから奏でられるのは革命の鎮魂歌。
我々は汝らを逃さない。
まやかしの歌は終わらせる』
「……」
「私たち5人のところに一つずつポストの中に入れられてました。
書いてある内容はすべて同じでした」
「……そうか」
どこか脅迫文にも似た内容の手紙を見たヒロムは静かに手紙を握り潰すとレイナたちに他について確かめていく。
「……他に何された?」
「手紙だけです。
他には何も……」
「八坂にここに送ってもらうまではどこかに集まってたのか?」
「慌ててライブハウスに集まって、八坂さんに相談しようとしたのですが、こういう時は姫神くんに頼るのが一番だって仰られたので」
「まぁいいけど……八坂のヤツ、厄介事押し付けてるだけじゃねぇか。
家族は全員無事なのか?」
「大丈夫だと思いますが……」
「五人とも家か家族に連絡して何も起きてないか確かめてくれ」
「は、はい!!」
ヒロムの指示を受けるとレイナたち五人はすぐに家族へと電話を始める。
その様子を不思議に思ったユキナはヒロムに質問をした。
「もしかして昨日のあの変なのがこの子たちの家族を襲うの?」
「ヤツが見た目通りの騎士道やら武士道とやらを重んじるような人間ならな。
けどシンクが報告に来た時にバローネってヤツの事を聞いてるから備えたいだけだ」
「そのバローネってのが彼女たちを?」
「バローネってヤツだけじゃない。
あの戦士の他の仲間がな」
それに、とヒロムは封筒の表面を見ながらユキナに対してある事を説明していく。
「この封筒には切符どころか消印がない。
が、何故か住所と真面目美じ……黒菱レイナの名前が書かれている」
「また間違えそうになった」
「気にするな。
彼女の分しか預かってないが他の四人の分も同じだろうな」
「けどそれが何になるの?
書いてある住所の通りにポストに入ってたくらいで」
「ユキナ、切符や消印がないってことは郵便局を通ってないってヒロムさんは言いたいんだと思う」
ユキナが疑問に思っていると何かに気づいたエレナが横から言い、エレナの言葉と言いたい言葉が一致したヒロムは頷くとユキナとエレナ、そしてユリナに説明していく。
「切符がなければ郵便局は郵送しないし、消印は切符が使われたことを証明するもの。
それが無いということは郵便局を通じずに五人の家のポストに直接投函してるってことの表れだ」
「でも何のためになの?
ヒロムくんを狙ってる人がどうして愛咲さんたちの家にこんな手紙を送るのかな?
それも郵便局に通さないのに住所と名前まで書いてるなんて……変じゃないかな?」
ユリナの疑問、それはヒロムも納得出来るものだった。
ヒロムが説明した話ではリナやレイナたちのポストに投函されていた封筒には郵便局を通じた形跡のない直接のものと推測される。
が、それならば住所と彼女たちの名前を書く必要も無い。
直接ならばそのポストに入れた時点で封筒は相手のもとへと届いている、つまり住所を書いていても誰もそれを見れないし、見るのは彼女たち自身だ。
なのに書かれていた。
名前はおそらく誰に向けたものなのかを示すものだと思えばいいかもしれない。
が、住所に関しては謎だった。
その謎を疑問に思うユリナの言葉を聞いたユキナとエレナはユリナと三人で悩もうとするが、何か結論に到達しているであろうヒロムはユリナたちの疑問を解決するように話していく。
「住所を書いたのはおそらくヤツらからの一種のメッセージだ。
ヤツらには個人の情報を特定することの出来る力があるというメッセージ、あるいはその気になればそれ以上のことを簡単に実行できるっていうメッセージだ」
「待ってくださいヒロムさん。
どうして私たちじゃなくて愛咲さんたちなんですか?」
「そうよヒロム。
ヒロムに近しい人物なら私やエレナ、それにユリナたちの方が……」
「ヤツは……あの戦士がオレを追い詰めたいと考えるとたしかにユリナたちの方が人質てしては効果はあるかもな。
けど……ヤツの狙いはオレの心を揺らがし精神を陥れることだ。
今のオレを絶望させるのに最適なのは……この世間の風潮の中でこうしてオレを頼る人物が命を奪われる状況をオレに見せること、だ」
「それって……」
「気に入らねぇけど、ヤツらは愛咲リナたちを利用してオレを追い詰めて何かしようとしてるってことだ」
「そんな……」
「ヒロムさん、何とかならないんですか?」
「……」
「ヒロムくん?」
「……ないな」
エレナの質問に言葉を詰まらせたヒロムが次に出した言葉、それを聞いたユリナたちは驚きを隠せなかった。
そしてヒロムはそんな彼女たちに向けて自身の言葉の真意を語っていく。
「防ぎようがない。
ユリナたちをこの屋敷で守ったりするのとは多少わけが違う。
彼女たちが誰と接し、誰とどういう関係か分からない現状では対策を練ってもその対策をどこから崩されるか分からない」
「ここで匿ってしまえば解決……」
「ユキナ、残念だがそれは一時的なものだ。
あの戦士とバローネの背後関係と愛咲リナたちの交友関係の二つがハッキリしていない今、ここで匿ってもその先の策がなければ意味が無い」
「なら倒すしかないだろ」
ヒロムがユキナの言葉に対して意見を述べていると雨月ガイがリビングにやって来る。
やって来た彼はヒロムのもとへと歩み寄るとヒロムに向けて自身の意見を伝えた。
「今のオレたちは「姫神」を離反して独立した状態。
「七瀬」の支援を受けていたとしてもこの状況の真相が分からなければ「七瀬」も動けない。
となれば今頼りになるのはオレやヒロム、この屋敷に住んでる戦える人間だけってことだ」
「……敵の全てを知らずに底知れぬ闇に挑め、と?」
「ああ、そうだ。
「竜鬼会」の件もそうだったろ?」
「……オマエにしては珍しいな。
こういう時は止めると思ってたがな」
止めないさ、とガイはヒロムのことばに対して一言返すと愛咲リナたちを見ながらヒロムに向けて言った。
「今のヒロムがやりたいと考えたことを手助けするためならオレはその力になるだけだ」
「……そうか」
「姫神くん」
ヒロムとガイが話していると電話を終えたレイナがヒロムに報告をする。
「私たちの家族は皆無事です。
怪しい人も来てないし、変なものも届いてないようです」
「……そうか」
「とりあえずは安心ってことか」
「あら、雨月くん。
アナタもこちらに?」
「黒菱さん、久しぶり。
オレはヒロムのお目付け役だからな」
「……初耳だが?」
「いいだろ別に?
とにかく、黒菱さんたちをどうするかだな」
「……そうだな」
「先のことを考えるのは後にして、今は彼女たちを匿うべきだ」
「……ガイが言うならそうする。
しばらくはここで過ごすといいよ」
「本当ですか!?
ありがとうございます!!」
ヒロムが匿うと言うとそれを聞いたレイナたちは嬉しそうに喜んでいた。
その様子を見てユリナとエレナ、ユキナはどこか安心したような様子を見せ、ヒロムとガイも一件落着と言いたげな顔だった。
……が、その二人の顔はとつぜん険しくなる。
「「……!!」」
ヒロムはソファーから立ち上がるとガイとともに窓の外に視線を向ける。
「ヒロムくん?」
突然のヒロムの動きに不安を抱くユリナ。
するとヒロムはユリナやレイナたちに向けて指示を出した。
「ここに隠れててくれ。
ユキナはアキナたちを全員ここに呼べ」
「ヒロム?
急に……」
「すぐに戻ってくる」
ヒロムはユリナたちに指示を出すとガイとともにリビングを走って出ていく。
リナやレイナはヒロムの突然の行動に困惑しているが、ヒロムとの付き合いの長いユリナとエレナ、ユキナは彼の行動から今何が起きてるのかを察知した。
「敵が来てるのかな……?」
「分からないけど、ヒロムさんのあの様子だと……」
「昨日のあの変なのが来てるのかも」
「あの……」
ユリナとエレナ、ユキナが話しているとリナが恐る恐るユリナに話しかけた。
「姫神くんは急にどうしたの?」
「大丈夫だよ愛咲さん。
ヒロムくんとガイはすぐに戻ってくるから」
「そ、そうなんですか?」
「うん、大丈夫。
だからここで一生に待ってよ」
(……ヒロムくん、無事帰ってきて!!)
***
リビングを出たヒロムとガイは屋敷の外に出ると庭に姿を見せる。
「……ガイ、気づいたか?」
「ああ、オレたちを見てる気配を感じた」
ヒロムとガイは周囲を見渡すように視線を四方八方に向け、そして二人は少しずつ構えていく。
まるでこれから戦うかのように拳を強く握り、あらゆる場所から攻撃されてもいいように構えていく。
そんな二人の前に……
「昨日ぶりだな、姫神ヒロム」
ヒロムに向けて誰かが話しかけ、そして空から庭へと一迅の風吹き抜けると彼らの前に昨日ヒロムを襲った謎の戦士が現れる。
現れた戦士は仮面越しにヒロムを見ており、謎の戦士を見たヒロムとガイはすぐにでも動こうとした。
……が、そんな二人の動きを止めるように謎の戦士のそばに仮面をつけた女・アスラナとフードを深く被った男・ヴァロンが現れる。
「……!!」
「ヒロム、アイツら……」
「ああ、やっぱ他に仲間がいたんだな」
「さて……アスラナ、ヴァロン。
仕事を始めるぞ」
「……了解」
「暴れさせてもらうか」
謎の戦士の言葉にやる気を見せるアスラナとヴァロン。
ヒロムは首を鳴らし、ガイも霊刀「折神」を抜刀して戦闘態勢に入り、そしてヒロムはガイに指示を出した。
「下手に加減するくらいなら殺す気で攻撃しろ。
あの戦士のアップグレードは厄介だからな」
「そばの能力者もな。
作戦は?」
「……力で捩じ伏せる!!」
「上等!!」
いくぞ、とヒロムが叫ぶと彼とガイは走り出し、謎の戦士もアスラナ、ヴァロンとともに走り出す。




