三九話 敵襲
翌朝。
いつもならまだ寝ているはずの時間なのに、珍しくヒロムは起きており、リビングにあるソファーに座っていた。
しかも、寝ぼけている様子もなく、完全に目が冴えているようだ。
「お、おはよ……」
近年稀にしか見れないであろうこの光景に少し戸惑いながらもユリナは朝のあいさつを交わそうとヒロムに声をかける。
「おう、おはよ」
「今日は早いね……」
「たまには早起きもいいかなって」
たまには、とヒロムは言うがそのたまにが滅多に起きない。
ユリナが知る限りではヒロムは学校の登校日も家を出るギリギリまで、休日は話に聞く限りでは起こさなければ一日中寝てるらしい。
まして今は夏休み。
ユリナたちがこの屋敷に泊まるようになってからはほとんどリサかエリカが起こしに行かなければ起きてこないレベルだ。
そんなヒロムが珍しく早起きをしている。
たまにはというよりは、奇跡的にというのが一番かもしれない。
「何かいいことがあったの?」
「ああ?
ああ、色々とな」
何かあったのか訊いてもヒロムは詳しく言おうとしない。
それはいつものことだ。
だからユリナはいつも通り、ヒロムの表情から何を考えてるか探ろうとしたが、それを先に察したヒロムはユリナの視界を塞ぐようにユリナの目元に手を当てる。
「!?」
「たまには自分の口から話すさ。
毎回読まれるわけにはいかねぇよ」
「う、うん……」
***
ヒロムはユリナに精神世界での出来事と今後どうするかをすべて省くこともなく順に説明した。
ヒロムの話を聞いたユリナは突然の事で少し驚きつつもすべての説明を真面目に聞いてくれていた。
が、そんなユリナの顔色が一瞬変わったのをヒロムは見逃さなかったし、説明が終わってもユリナはそれについて少し気になっている様子だった。
「十六人……」
ユリナが気になっているのは精神世界で出会ったセラとセラの言う姿を見せていない四人の精霊、そしてその全員が揃うとヒロムの精霊は十六人になるという話だ。
「ま、オレも驚いたけど、そのおかげで知りたいことも知れたしな」
「そ、そうなんだけど……」
歯切れが悪そうにユリナが何かを言おうとして躊躇い、ヒロムもそれに気づくとユリナが何を言うのか静かに聞こうとした。
が、ユリナも言葉に出来ないらしく、中々の話そうとしない。
そんなユリナに対してヒロムは自分の考えについて話し始めた。
「オレは強くなってユリナやガイたちを守れるならこの体がどうなってもいいと思っていた」
「そ、そんなの……」
「けど今は違う。
オレはオレ自身と守りたいもののために戦う。
だから、フレイたちの力も借りたいし、その数が今より少しでも増えるなら心強いと思ってる」
だから、と続きを言おうとしたヒロムだが、ユリナの視線に気づくと途中でそれをやめてしまう。
というか、先程まで何か言おうとしていたユリナが、今度はただヒロムを見つめていた。
その視線がどういう意味かはわからないが、その視線が気になってヒロムは話しにくい。
「……何かついてるか?」
「え!?」
「ずっとオレのこと見てるけど、何か顔についてる?」
「ち、違うの!!
その……ヒロムくんの口からそういうの聞くの初めてだから……」
そうだったかな、とヒロムはユリナに言われて思い出そうとするが、たしかにそれらしいことをユリナに言った記憶はない。
むしろ、ユリナ以外にも話したことはないかもしれない。
「まあ、オレの戦う理由が今までただトウマを倒すことだったからな……」
「それに、ヒロムくんの話を聞いてて、ヒロムくんのことを愛してくれる人はまだ他にもいるんだって思って……」
「他にも?
というかオレのことそういう感じで見てるのはフレイたちくらいだろ」
「え……」
おそらく深い意味は無い。
だが、ヒロムの口から出た言葉を聞いたユリナはただ驚き、動揺するしかなかった。
何せこれまで一途に想い、そして彼のために何でもやろうと尽くしてきたが、どうやらその気持ちにすら気づいてもらえていないのだ。
きっと聞き間違いだ。
そうに違いないと思ったユリナは恐る恐るではあるが、ヒロムに対して質問した。
「も、もしかしたらヒロムくんのこと、好きな人がいるかもだし……その人に告白されたらどうするの?」
「そんな物好きがいるなら見てみたいよ」
目の前にいるよ……
ユリナはヒロムが完全に気づいていないとわかるとため息をついてしまう。
ため息をつくユリナをよそに、ヒロムはあくびをすると立ち上がるとリビングを出ようとした。
「ど、どこかいくの?」
「ちょっと、な。
何かあったら呼び出せるようにフレイたちの中から一人ここに向かわせるからそいつに伝えてくれ」
「ちょっ……」
じゃあな、とヒロムはユリナが何かを言おうとしているのに反応することなくリビングから去っていく。
そして一人残されたユリナは悲しそうに俯いていた。
「その反応は……ちょっとショック……」
***
自分の部屋に戻ったヒロムは入口の鍵を閉めると、ベッドの上に寝転がるとすぐにイシスとシズカが現れる。
「……時間もかけてられないから、オレは精神世界で準備を始めるから、イシスはユリナたちを頼む。
何かあれば念話で呼んでくれ」
「わかりました。
……ではなぜシズカを?」
警備だよ、とヒロムはアイマスクをつけながらイシスに説明した。
「鍵閉めてるとはいえリサとエリカは何とかして開けて入ってくる可能性があるからな。
だからシズカは念のためにここで見張っててほしい」
「かしこまりました」
「そこまで警戒しなくても……」
念のためにとはいうが、実際リサとエリカに悪気はない。
むしろヒロムに対する好意を行動に示しているのだが、ヒロムはそうだと思っていない。
先程のユリナの反応についてもヒロムはおそらく気づいていないし、それを踏まえてもヒロムは彼女たちがヒロムに恋心を抱いていることを認識していない。
なぜ気づかないのか。
イシスは不思議で仕方ない。
普通あそこまでユリナが献身的に尽くしてくれれば何かしら思うだろうし、リサとエリカについてもあそこまで大胆な行動をされれば多少なりとも恋愛感情があると感じてもいいのに……
「マスターは彼女たちをどう思っているのですか?」
「ああ?
まあ……自分のことを見てくれてる友人かな」
友人。
ヒロムの口から出たユリナたちへの評価を聞いたイシスは少し呆れ、シズカにどうすべきかを相談しようと視線を送るが、シズカはまるでそれを察していたかのようにイシスの視界から音もなく消えてしまう。
「あっ、シズカ!?」
「……もういいか?
オレは精神世界にいくからな……」
ヒロムはアイマスクをつけるとそのまま静かになり、微動だにしなくなった。
「……これは大変そうですね」
(ここまでされて気づかないとなるとマスターが彼女たちと幸せになるのは何時になるのか……)
イシスは一人ため息をつくと、ひとまずユリナたちのもとへ向かおうとヒロムのそばを離れて行った。
(マスターも気持ちを一新されて進もうとしてますし、ここからは信じて待つことにした方がいいですかね……)
***
ソラはイクトとともに七瀬アリサに会うために待ち合わせとなる喫茶店へと向かっていた。
その道中、イクトはソラにあることを追及するかのように質問していた。
「でさ、本当は好きなんだろ?」
「……しつこいな。
合流してから三回は答えてるぞ」
「残念、四回目だ」
「だったら尚更しつこい。
……それに、答える義理もねえ」
つれないねぇ、とイクトはため息混じりに呟くが、ソラはしつこく訊かれても困るという顔でイクトを見ていた。
イクトも何が楽しいのか何度も同じ質問を繰り返してくるし、質問される側としてはただ迷惑でしかない。
「つうか、今から会うのもヒロムの「ハザード」のことで話があるってだけだ。
わかってるだろ?」
「それはわかってるさ〜」
七瀬アリサと会うために待ち合わせ場所へと向かっている現在。
しかし、真面目に言うソラに対してイクトは茶化すように答え、そしてイクトはソラの顔を見ながら楽しそうに話す。
「でもさ、オレらの中で一番七瀬アリサのこと気にかけてるのソラなんだぜ?」
「たまたまだ」
「そうかな?
一番熱心だしねぇ〜」
イクトの茶化すような言い方にソラは舌打ちをすると苛立ちながら足早に進もうとする。
さすがにやり過ぎたとイクトも反省するのかと思われたが、イクトは何ら気にすることもなくソラを追いかけ、さらにソラに追及する。
「でさ、実際どうなのさ?」
「しつこいな……」
「七瀬アリサと姫さんならどっちが好き?」
「……なんでユリナが出てくんだよ?」
ソラは歩みを止めると疑問を抱いた目でイクトを見るが、イクトは笑顔でソラに告げる。
「だってソラ、昔姫さんのこと好きだったんだろ?」
「なっ……!!」
図星、だったのだろう。
イクトの言葉にソラは絶句してしまい、そのソラの反応を確認したイクトはニヤニヤしながら続けて話した。
「だってガイも姫さんのこと好きだったみたいだしねぇ。
ただ、あそこまで大将に尽くす姿見たら諦めるかな」
「……うるせぇな」
「まあ、姫さん可愛いしね。
わかるよ、気持ちは」
「……誰を好きになろうが勝手だろうが」
「てことは七瀬アリサのこと認めるんだ?」
「だから……」
イクトが茶化し、それをソラが否定しようとした時だ。
何かの視線を感じ、二人は先程までとは比べられないほど真剣な表情で周囲を警戒し始めた。
「感じたか?」
「当然、な。
せっかく聞き出せるとこだったのにな……」
イクトは影から大鎌を取り出すと構え、ソラも銃を取り出すと構えた。
そして二人は互い背中を預けるように背中を合わせ、周囲に敵がいないか気配を探る。
が、警戒する原因となったものはすぐに姿を見せた。
「そう警戒するなよ」
二人のもとへゆっくりとダークヒーローを彷彿とさせる紫色の細身の鎧と仮面の戦士が歩いて近づいてくる。
二人は知らない戦士、バッツ。
その戦士は二人が自身を視認したとわかると足を止め、右手を軽く振った。
「よぉ」
「誰だオマエ?」
ソラは警戒心剥き出しで銃をバッツに向け、引き金に指をかける。
「オレの名はバッツ。
蝙蝠の騎士だ。」
「うわぁ〜……怪しさしかねぇな」
「安心しろよ。
オレは怪しくねぇ」
どこがだ、とソラは睨みながらバッツをいつでも撃てるように照準を合わせる。
それについてすでに認識しているであろうバッツは避ける様子もなく、それどころなにひとつ何一つ気にしていないような雰囲気があるようなはなしかた話し方で話し始めた。
「オレとしては目的のために協力者になってほしいんだ。
どうだ?」
「あ?」
「何言ってんだこいつ……」
「急な話だから疑うのも無理はないが、断る理由もないと思うぜ?
何せ協力してくれるのならオマエらの代わりにオレが「覇王」の病を治してやる」
「「!!」」
「覇王」の病、バッツはそう言った。
「覇王」とはヒロムの異名、そしてヒロムの持つ病とは「ハザード」……。
つまり、この男はヒロムの「ハザード」について知っている。
そして、それを知った上で何かを企み、ソラとイクトに接触してきたのだ。
バッツの考えではそれで上手くいっていたのだろうが、むしろそれはソラに無駄な警戒心を与え、敵意を向けられることとなる。
「目的はどうでもいいが、ヒロムに手出しはさせない。
アイツはオレたちで止める、オマエに用はない」
「……そうか。
それは残念だ」
バッツはため息をつくと、突然指を鳴らした。
指を鳴らすと同時にバッツの背後に紫色の煙が広がっていき、そこから赤いラインの入った黒い服を着た少年と少女らが現れる。
数は十人、その中でも二人は他に比べると特殊であることが一目でわかった。
一人はマントを、もう一人は両手にガントレットをつけていた。
「さて……それじゃあコイツらの相手をしてもらおうか」
「なんだコイツら!?」
「落ち着け、敵に変わりはない」
驚くイクトの横でソラは冷静さを損なうことなく魔力を纏い始めた。
「敵の正体なんて戦い始めたら関係ない」
「言ってくれるねぇ。
コイツら「ハザード・チルドレン」の性能をなめるなよ?」
「ハザード・チルドレン」。
その聞いたこともない言葉に対して二人は何か反応するわけでもなく、ただ闘志をむき出しに、彼らに向かって走り出した。
「とにかく、倒す!! 」
「同感だね!!」
「……まあ、簡単に倒せるような性能ではないんだけどな」
ソラとイクトが走り出したのと同じタイミングで、バッツが指示を出したわけでもなく「ハザード・チルドレン」と呼ばれた彼らは銃や剣などそれぞれが所有する武器を手に持つと全員が走り出した。
ソラは迎撃しようと銃から炎弾を放つが、炎弾が放たれると同時に彼らは炎弾が来るであろう射線上を回避するように左右に散開した。
「!!」
「任せろ!!」
ソラの攻撃をサポートしようとイクトが影の腕で彼らを捕らえようとするが、まるでそれを察知していたかのように彼らは影の腕を回避して攻撃態勢に入る。
彼らの行動からイクトは瞬時に状況を理解し、ソラにそれをすぐに伝えた。
「コイツら、オレらの戦い方を熟知してるぞ!!」
「つまり……対策も用意してるってことか」
「そういうことだ」
彼らは銃の狙いをソラとイクトに定め、一斉に掃射するが、ソラは炎で、イクトは影の壁を使って攻撃を防いでいく。
「オマエたちのことはちゃんと調べてるからな。
コイツらにはそのデータをしっかりと叩き込んでいる」
「厄介でしかないな……!!」
「厄介だろ?
コイツらにはそうして「兵器」として完成していくんだからな」