三八話 決意
あの日、あの会話を聞いてから何もかもが変わった。
その日までに抱いていた夢も希望も叶わないと理解し、そしてあらゆることに対しての絶望を覚えかけていた。
それを否定するために何かできるはずだとあらゆる分野で情報を集め、その情報から試せそうな方法を見つけては何度も何度も試し続けた。
何度も何度も……
フレイたちも必死になって情報を集め、そしてその度に励まし、勇気づけてくれた。
その気持ちに応えるべく何度も何度も挑戦し、諦めることもしないで毎日努力した。
自分で努力したなんて言うのはおかしいかもしれない。
ただ、それだけしか希望がなかった。
周りから徐々にあの名で呼ばれるようになることが増える中、それを気にせずにただひたすらに前を見て……
なのに……
半年もすれば五歳の子どもでも理解してしまう。
何の成果もなく、無駄に終わる日々。
その繰り返し……
何もかもが無駄に感じるとともに何も出来なかったことへの苛立ち、そしてあの日自分につけられたあの忌み名……
そのすべてがあのときの思考をすべて破壊し、絶望の苦しみを味わうこととなった。
その現実と自分の存在と不甲斐なさを否定するかのように雄叫びにも奇声にも似たような叫びを上げながら次々に部屋のものを、窓ガラスを、目につくものを破壊し続けた。
そして
それでも何も変わらないと悟った時、自分に対しての価値のなさを痛感し、命を絶つことを選ぶことにした。
生きていても意味が無い、そう思ってた。
だが、フレイたちは止めようとした。
こんな自分のことを必死になって止めようとした。
フレイたちが止めようとしても暴れ続け、気づけば親父や母さんが来て、何とかそれを止めることになった。
だが、その日以降、希望を胸に抱くことは出来なくなった。
いや、しても無駄としか思えなくなったのだ。
何もない、なのに生きている。
「十家」という強者が絶対と言いたげなあの存在とかかわりがあるからこそ、無駄に期待されたからこそあの忌み名をつけられたのだ。
何もない、何の能力も無い「無能」。
五歳という幼い頃に自分の無力さと何も出来ないことの辛さ、そして孤独を覚えた。
目に映る景色はどれもあの頃の自分には不愉快だった。
こんな自分に見る価値もない、聞く価値もない、そこにいる価値もない。
そう思ったからか、それまで出来ていたはずの笑うことも泣くことも何かを楽しみたいと思うこともなくなった。
だがある日、アイツらがオレの前に現れた。
「なぁ、なんで落ち込んでるの?」
「やめとけよ、ソラ」
ソラとガイ、二人揃ってオレの前に現れた。
昔から仲良く遊んでいたこの二人のことも避けてきた。
巻き込むと思った体。
それなのに、
何もかもに絶望している自分に、わざわざ声をかけてきた。
どうせあの忌み名で呼ぶに決まっている。
ここ最近はその名のせいで余計に心がおかしくなりかけている。
そう思っていたのに……
「なあヒロム、サッカーしようぜ」
意外だった。
あの忌み名で呼ぶものが多いのに、まさか下の名前で呼んでくれる人がいるなんて……
「ソラ、急に誘うからヒロムも困ってるだろ?」
「いいじゃん、サッカーやればヒロムも元気になるって」
二人の優しさ、無意識なのか意図的なのか、そのどちらかは知らないが心が痛かった。
「……オレは「無能」……約立たずなんだ」
思わず口にしたその言葉、聞かれていないと思っていたが、二人とも聞こえていたらしい。
だが、それを聞いた二人は何も気にすることなく、ヒロムの手を掴んだ。
「何だそれ?
オマエはスゴイんだからさ」
「フレイたち呼べるんだし自信持てよ」
二人の口から出た言葉はこれまで聞いてきたものとは違った。
絶望の淵に叩き落とされ、忌み名で呼ばれている相手に対するものではなかった。
フレイたちがこれまで自分にしてくれたような励ましにも似たその言葉。
どこか嬉しいとは思った。
それでも、その幸せを自分が感じていいのかと悩んでしまった。
それからもアイツらはオレのところに来てはそうしてオレを対等な存在として接してくれた。
そしていつの間にかアイツらがそばにいることが当たり前になり、アイツらがフレイたちと同じくらいに心の支えに近いものとなっていた。
それに色んなやつと出会った。
その中にはユリナもいた。
同時にそれらは失いたくないものになっていた。
何かを失うのはもういやだ。
そう思ったからこそ強くなることを決めた。
フレイたちの力を借りて、あらゆる戦い方を学び、そして自分だけの戦い方と技を編み出した。
そして長い月日をかけてが「流動術」を完成させた。
最初は意識してなきゃ発動できない技だったけど、気づいた時には無意識下で発動できるようになっていた。
ソラとガイはこの技をすごいと絶賛してくれた。
だが完成したその年、十歳の誕生日のパーティーで「八神」を継いだトウマが現れ、決別しにきた。
六歳の頃に別れた弟という認識は消え、その日以降あの男はオレにとって消すべき敵となった。
だからこそより強い決心をした。
たいせつなものを守るため、この命を絶つことになってでも守ることを。
……ただ、それが結果的に守りたいものと共に戦う仲間を傷つけ、オレを古くから知る「家族」すらも悲しませていた。
自分を犠牲にしてでも守りたいものと倒すべき敵のために戦おうと前に進んでいたこれまでの過ち、それを今になって知らされた。
正しいと思ったことを他人に押し付けてきていたのだ。
自分が嫌う「正義の味方」と同じようなことを、他人に自分の価値観を押しつけていたんだ……
ああ、そうか……
これが「狂鬼」が言っていた「周りが見ていない」ってことか……
そしておそらく、「ハザード」の進行した本当の原因はこの愚かな自分勝手さによるものなのだろう。
オレは……姫神ヒロムはなんて愚かなんだろうな……
***
「……ゴメンな」
自分のこれまでに対して後悔しながらもヒロムはフレイに謝るように発する。
それを聞いたフレイは何かを言うのではなく、ただ頷くと抱きしめたヒロムを解放し、そしてそのヒロムの手をそっと掴んだ。
「そう思っていただけただけでもうれしいです。
やっと私たちの思いが伝わったのですね……」
フレイはまだ涙を流している。
それを見たヒロムはこれまでフレイがどれだけ自分のことを思い続けていたのかを理解し、同時にそんな気持ちに気づけなかった自分が不甲斐なく思えた。
「ゴメン……」
どんな言葉を発したとしてもフレイの、いや、フレイたちがこれまでずっと思い続けながらも抱いていた悲しみやつらさは消えるわけではないが、それをわかっていてもヒロムはただ謝る以外に言葉が見当たらなかった。
今胸の中に抱くこの感情が何かはわからないが、ヒロムはとにかく不甲斐なく思うとともにどうすべきか悩んだが、一向に答えは出ない。
するとフレイとの戦いを見ていたシズカとセラ、いつの間にかこちらに来ていたマリアたちがこちらに向かって歩いてくる。
ヒロムとフレイの今の状態からすべてを察したのか、セラは安心したような表情でヒロムに伝える。
「お気づきになられたのですね、マスター」
「……ああ。
どれだけ自分が愚かだったかわかったよ」
「マスターは愚かではありません。
ただ、マスターは優しすぎるからこそ頼ることを良しとせず、ご自身の力でどうにかしようとされていたんです。
それが周りにいる者たちにはつらいことでした。」
「……「ハザード」の進行の原因は周りを見ずに自分でどうにかしようとしていた自分自身にあった」
「はい、そうです。
それこそが本当の「ハザード」の進行の原因……
それに気づかれたのなら、今後どうすべきか答えは出ますよね?」
「ああ……」
ヒロムは深呼吸するとともに、フレイと、そしてマリアたちを見ながらハッキリと答えた。
「オレはオレ自身と俺の大切なもののために戦う。
オレの身を犠牲にするのではなく、オレの身も含めて守りたいものも守るために強くなる」
「マスター……」
ヒロムの言葉を聞いたセラは納得したように頷き、フレイたちもヒロムの言葉に嬉しそうな反応をしていた。
嬉しそうな反応、それはヒロムがこれまで言うことのなかった言葉に対してであり、同時にそれはフレイたちがヒロムに求めていたものでもあった。
「だからこそ、オレたちでできることをやらなければいけない。
……セラ、まだ何か話してくれることがあるんだろ?」
「よくわかりましたね、マスター」
「何となくだ。
それに、他の認識していない精霊のことも聞いてないからな」
そうでしたね、とセラはヒロムを見つめながら、ヒロムの話してほしいという内容について語り始めた。
「マスターが認識している精霊は全部で十一人。
これまでの戦闘でマスターが召喚されたフレイ、マリア、テミス、アルカ、イシス、メイア、ユリア、エリス、そしておそらく敵となる「十家」が認識していないであろうシズカとアリア、アイリス」
「ああ、その十一人がオレの精霊だ」
これまでトウマの刺客に対して八人、そして未だ知らないであろう三人。
この十一人がヒロムの精霊。
だが敵はヒロムが十一人の精霊を宿していることを知っている。
なのに未だ知らないというのは、存在しているのは知っているが、その能力を知らないということだ。
それについてはヒロムもこれまでの戦闘で意識していた。
「変に全員出すと敵に対策練られるからな。
わざと分散してたんだ」
「賢明な判断です。
ですが、敵も今のマスターも知らないであろう事実はまだあります」
その事実がヒロムの知りたいこと、そしてセラと他の認識していない精霊についてだ。
そう思っていたが、セラは別の話を始めた。
「マスターは精霊同士の相性をご存じですか?」
「相性?
アルカとテミス、イシスとユリアみたいな感じか?」
「さすがです。
ほかの相性はわかりますか?」
「いや……」
今挙げた二組は武器と能力、それに普段の仲の良さからそう思っただけ。
つまり、そういうのを意識していたから理解した訳では無い。
「全員にあるのか?」
「ですがそれでは十一人だと端数が……」
「心配ないわ、フレイ。
だってマスターの精霊は十六人なのだから」
「……十六人!?」
想像もしてなかった数字にヒロムは驚き、声を出してしまうが、フレイたちも驚いたような顔をしている。
セラたちの存在のみを知っていたフレイが驚いているのは、おそらく曖昧な認識だったからだろう。
その存在が正しいかもわからないで今まで過ごしていたのだから正確な情報に驚くのも無理はない。
「……どうやったら全員を呼べるようになる?」
ヒロムは結論を求めた。
というよりは、ヒロムにとってはもうそれだけが欲しいと思っていた。
「マスターが「ハザード」の進行原因を認識し、改善しようとされた今、もう「ハザード」の存在は怖くありません」
「じゃあ……」
結論を急ぐヒロムに、セラではなくユリアが後ろうから意見を述べた。
「ですがマスター、「ハザード」の完全な消滅は発症者が自身の力を使いこなし、支配することです。
ですから今のままでは……」
「心配しないで、ユリア。
そのための方法をマスターとあなたたちにお伝えします」
セラはどこからか取り出した紙をヒロムに手渡し、それを受け取ったヒロムはそれを確認すると、思わずセラに確認した。
「こんな方法でいいのか?」
「はい、その方法をすべてこなしていただければ大丈夫ですよ」
セラは笑顔で答え、なぜヒロムが確認をしたのか気になったフレイたちはヒロムがセラから受け取った紙を覗き込んだ。
そこには
『 マスターと精霊、ドキドキ成長作戦!!
その一︰マスターと各自順番に二人っきりでお互いについて語り合う
その二︰全員の戦い方と技を把握する
その三︰マスターへの愛を語り合う
その四︰マスターの理想を知る
以上の四点をすべて行うことで真の力が発揮されます』
「……」
「……」
胡散臭い題名とその内容に一同はセラを若干疑うが、セラはふざけてる様子もない真剣な表情でこちらを見ていた。
それを見たヒロムはセラが何を言いたいのかを理解し、それを確認すると同時にフレイたちに説明するように口にした。
「……とりあえず、もっと絆を深めろってことか?」
「簡単に言えばそうですね。
その間に私はやらなければいけないことを終わらせますので、よろしいですか?」
「ああ、問題ない。
むしろ、わかりやすくて助かった」
それで、とヒロムはセラに対してあることを確認した。
「実はためしたい試したい技がある」
「技、ですか?」
「ああ。
今思いついたんだが……説明面倒だな」
「では念話でお願い出来ますか?」
そうだった、とヒロムはセラの言葉で伝える方法を思い出した。
念話。
ヒロムとその精霊たちの間で行われる他で言うところの無線通信による会話。
ヒロムはそれを用いてフレイたちとセラに詳しく説明した。
それを聞いたフレイたちは驚き、セラも少し困ったような顔をしていた。
「……流石と言いますか、何というか……
マスターは大胆な方ですね」
「まっ、オレは強くなるためならどんな手も試すぜ?」