三七七話 波乱開幕
ヒロムがライブハウスにいる頃……
時刻としてはライブハウスで警報が鳴ってから一時間ほど経ったくらいだ。
場所はヒロムのいるライブハウス「BEAT」からはかなり離れた場所にある工業地帯。
普段は日中活発に作業運行しているこの地帯にある工場だが、その工場の一つは何故か一切動いていなかった。
作業されていないその工場は何故か黄色いテープが入口を遮るように張られており、敷地内には警察車両と対能力者対策で設立された専門部隊「ギルド」の車両が複数止まっている。
そして……
工場の離れにある小さな建屋の中にはギルドの人間が数人、何やら調査をしているように見えた。
そのギルドが調査をしている建屋の真ん中には負傷した男が数人倒れていた。
作業着を着用した男。
負傷……というよりは致命傷を受けて倒れている。
つまり、既に息はしていない。
そしてこの建屋は清掃が行き渡っているのかある程度は床も綺麗にされているが、工場の建屋ということもあってか部屋の隅には塵のようなものが多少残っていた。
「被害者を殺害した凶器を見つけて警察に提出物しろ!!
能力者の痕跡は可能なかぎり見つけろ!!」
ギルドをまとめあげているとされる中年の男が指示を出すと被害者のもとに歩み寄って腰を下ろし、被害者の体を調べ始める。
「死因は外部からの凶器による刺殺……いや、こっちは弾丸か?
刺殺と射殺……待て、こっちの男性は外傷がない。
どうなって……」
中年の男が真剣に調べる中、スーツの男性が一人歩いてくる。
「ご苦労さまです」
スーツの男性が歩いてくると中年の男は立ち上がり、スーツの男性に向けて自身の身分を明かすように名乗り出した。
「お初にお目にかかります。
この事件の担当配属となった時貞です」
「警視庁から来た五十嵐です。
現場状況の報告をお願い出来ますか?」
「はい。
被害者は四人。
二人は鋭利な凶器で刺殺、一人は弾丸で撃たれたことによる射殺、最後の一人ですが……死亡してるのは確かなのですが外傷が一切ありません」
「外傷がない……つまり?」
「能力者の仕業であることは間違いありません。
死因方法が異なるのは少し気になりますが可能性の話をするのならば……犯人は単独の可能性が高いです」
ギルドをまとめていた中年の男・時貞の報告を受けた五十嵐はどこか不思議な顔をしながら時貞の言葉の根拠について訊ねていく。
「単独犯という根拠は?」
「極端な話ですが争った痕跡が少なすぎます。
高精度の調査を要しない限りは確実なことは言えませんがこの事件の犯人は手練ていると思います」
「これまでに似たような犯行を常習していると?」
「可能性としてですが……。
それにこの間の件で我々の失態で囚人収容施設を襲撃されたばかりで偉そうに言える立場ではありませんが……逃走した囚人の可能性も考えられます」
「……なるほど。
分かりました、なにか進展あれば報告してください」
五十嵐は時貞に一言伝えると現場の建屋から出ると一息ついて建屋の裏側に回るように歩き出す。
建屋の裏には何も無い。
現場の裏側というだけで何も無さそうだがギルドの調査員は証拠となるものが無いかを探している。
「……」
彼らの働きを見た五十嵐は進行方向を変えると稼働の止まっている工場の建物の中に入っていく。
今入った五十嵐以外には誰もそこにはいない。
「……ふぅ。
出てきて大丈夫だよ」
自分以外には誰もいないことを確認した五十嵐は一息つくなり誰かに向けて話し始めた。
五十嵐が誰かに話しかけると彼の影が膨らみ、そこから黒髪の少年・黒川イクトが姿を現す。
姿を現したイクトは大きく伸びをして体を伸ばすと五十嵐に話かける。
「大体の話は聞かせてもらったよ。
その上で聞くけど……警視庁はギルドを信用するの?」
「キミが「七瀬」に情報提供する私のことを信用してくれたのと同じだよ。
私もギルドが捜査する姿勢を見せている間は信用してみるつもりだ」
「オレはアンタのこと完全に信用してるよ?」
「ありがとう。
だが正直な話をすると「竜鬼会」の一件でギルドは本来のその役目を果たせず失態をおかしたとしてその存在を処罰すべきという人も現れている。
警視庁内でも同様だ。
私としては今回のこの事件の真相を知る足掛かりにしたいと思ってるかぎりだよ」
「……なるほど。
いいのかい?国民を守る警視庁の人間がそんな偏った意見持ってても」
「……これが今の世の平和を守る正義の本性さ。
キミが仕えている姫神くんが正義を嫌うのも納得出来てしまうよ」
「…守るべき市民を守れないから?」
「そうだね。
彼は誰よりも果敢に挑んで街を守ってくれた。
理由は何であれ彼は誰よりも尽力してくれた。
キミや相馬くんたちとともに頑張ってくれたのに……彼だけはひどい仕打ちを受けている」
すまない、と五十嵐はイクトに謝るが、謝られたイクトは何も気にすることなく工場の窓越し現場となっている離れの建屋を見ながら五十嵐に向けて伝えた。
「大将はこうなることを覚悟してたっぽいよ。
「竜鬼会」が表立って動けば誰かがその追い風を受ける必要がある。
そうなった時はどうにかしてでも自分が背負うって」
「彼はまだキミと同じ学生じゃないか」
「大将がこれまで受けてきた「無能」としての長年の仕打ちに比べりゃ軽いものなのかもね。
けど……大将はオレやガイたち、それにアンタが情報提供している「七瀬」の当主にある危険性を話してたよ」
「危険性?」
「今の流れを見てわかると思うけど、今確実に能力者と能力者を持たない人間との間に溝が出来つつある。
大将が第一の被害者になってるだけでこのままじゃ能力者関係で何か問題が起こるたびにその溝は深くなっていく。
その矢先にこの殺人事件だ。
真相を早く解明しなきゃ……この事件の犯人がまだ行動を起こすのなら被害者は増える」
「そうなれば……」
「被害者が能力者かどうかは関係なく、犯人が能力者って分かれば世論は一気に能力者を批判し始める。
その影響が世界にもたらす結末は悲劇しかないよ」
「……止める手立ては?」
「さっきの時貞って人の言い分からしてギルドが把握していない脱走者がいるはずだからそこを割り出して調べていくのが懸命かもね」
「事件の犯人ではなく脱走者を?
何故だい?」
「脱走者が野放しになってると分かれば街はまたパニックになりかねない。
他の「十家」の圧力で情報が統制されてうやむやにされてるからこそ今街は平和を装えてるけど……すぐに終わりかねない」
「キミの意見を聞けてよかった」
「オレよりは大将の危険予知の方に感謝してよ。
大将が言わなかったら「七瀬」の当主もオレたちもその辺は気にしてなかったからさ」
「そうか。
……もし能力者だった時、私は拳銃を構えるしか攻撃手段のない非力な男だ。
その時は……」
「任せといてよ。
オレもみんなも……この街と自分たちのために力を尽くすよ」
「……ありがとう」
「だから頼みがある。
あの外傷のない遺体の死因を解明して欲しい」
***
夕方。
ライブハウスでのイベントが終わって観客があらかた帰ったであろうタイミングでヒロムは関係者用の扉から出ると帽子を深く被ってどこかに向かおうとする。
が……
「待ってヒロムくん!!」
同じように扉から出てきたユリナは慌ててヒロムに駆け寄ると彼の前に立って止めようとする。
ユリナがヒロムを止めようとする中でエレナとユキナも扉から出てきてヒロムを見つめていた。
「どうして勝手に行こうとするの?」
「……」
「ヒロムくんが私たちのこと気にかけてくれる気持ちは嬉しいけど、同じように私たちもヒロムくんが心配なんだよ?」
「オレが今どんな風に見られてるか分かってるだろ?
一人の人間の感情で覆せない現実の中にオレはいる。
そこにユリナを巻き込みたくない」
「私たちは巻き込まれてるとか思わないよ。
私たちは……」
「まだその話してるの?」
ユリナの言葉を遮るようにユキナはヒロムに歩み寄ると彼女はヒロムの頬を引っ張った。
「……なにひやはる(何しやがる)?」
「あのねヒロム、何でここ最近のヒロムはネガティブなことしか言えないの?
もっと前向きになりなさいよ」
「……無理だ」
ヒロムは自分の頬を引っ張るユキナの手を離させると彼女の言葉に対して自分の意見を述べた。
「ユキナの言う通りにして丸く収まればそれでいい。
でも……オレの頭の中で得体の知れないものがそれを邪魔するんだ」
「……何が邪魔するの?」
「……多分、罪の意識だろうな。
初めから強ければこうならなかった。
初めからもっとしっかりしてればこんなことにはなからなかったっていう自責の念にも似たものだ」
「そんなのヒロムが……」
「オレが思い込んでるだけって?
それならいいよ。
けど……今の世の中の声を聞くとそれが強くなる。
そんな今のオレには……」
やめて、とユキナはヒロムの口を塞ぐように手を当てると彼にそれ以上言わせないように阻止した上で彼に伝えた。
「今のヒロムが私たちと一緒にいる資格がないとか言わないで。
私たちはどんな姿でもどんな風に変わってもヒロムを愛してるの。
だからやめて……聞いてるこっちが辛い」
「……」
「ヒロム、あのね……」
「「「きゃぁぁぁあ!!」」」
ユキナがヒロムに何か言おうとするとどこからともなく悲鳴が聞こえてくる。
悲鳴が聞こえてくる方……ライブハウスとは反対側から聞こえてくる悲鳴を聞いたヒロムは思わず走り出してしまう。
「ヒロム!!」
走っていくヒロムをユキナは追いかけ、ユリナとエレナも慌ててヒロムとユキナを追いかけていく。
少し走るとライブハウスから離れた先にある広場につき、その広場で煙が上がっており、ライブハウスでのイベントに参加していたであろう人々がパニックになりながら逃げていた。
そして広場の中心ではゴスロリ服を来た少女が不吉な笑みを浮かべながら立っていた。
「クフフフフ……。
みんな沈めばいいわ」
少女が指を鳴らすと地面が隆起し、隆起した地面は人型に姿を変えていく。
その光景を見たヒロムは舌打ちをすると帽子を脱ぎ捨て、そして少女の方に向けて歩いていく。
「あっ、見ろ!!
アイツ、覇王だ!!」
逃げる一人の男性がヒロムの存在に気づいて叫ぶと全員の視線がヒロムに集まり、そしてゴスロリの少女はヒロムを見るなり拍手をする。
「こんなところで会えるとは光栄ですね、覇王。
一緒に踊りませんか?」
「……悪いな。
オマエは……たおす」




