三六八話 覇王の決定
二日後……
負傷の少なかったガイ、ソラ、イクト、シオンとともに退院したヒロムは「竜鬼会」の襲撃を受けて半壊した自身の屋敷へと彼らとともにいた。
シンクたちについては未だ病院にて入院しており、この場にこられる状態ではなかった。
ユリナたちの姿はないが、おそらくヒロムがあえて連れてこなかったのだろう。
五人揃って壊れた屋敷の外で静かに待つ中、ヒロムは首を鳴らすとガイたち四人に向けて話をした。
「今回の件、オレたちは勝てたと思うか?」
「急にどうした?」
「いや、ガイ。
オレとしては敵を倒して終わりでもよかったけど、全体的な結果としてみたらこれは戦いに勝ったと言えるのか不安になってな」
「なるほど……」
「ガイ、オマエはどう思う?」
「……オレはべつに勝ったと思ってるよ。
敵は倒せたからな」
「どうかな」
ヒロムの質問に対してガイが答えるとそれに反応してソラが自分の意見を述べた。
「敵を倒せても結局はこのザマだ。
勝ちには程遠いだろ」
「けどよ、大将のおかげで倒せたんだから一件落着……」
「バカなのかオマエは?
ヒロムが敵の王を倒せたのは鬼桜葉王の介入があったからだ」
「あのさ、シオン。
今大将の前でそれ言うか?」
「何とでも言えよイクト。
オレは事実を話しただけだ」
「あのな……」
もういい、とヒロムはため息混じりに一触即発しかけているイクトとシオンに向けて言い、もう一度ため息をつくとガイたちに向けて告げた。
「……この話は忘れてくれ。
勝ちとか負けとかの話じゃなかったな」
「ヒロム……」
「どの道オレらは知らないことが多すぎる。
このままじゃ都合よく利用するされて終わるだけだ」
「敵は倒せた」
「いや、ガイ。
倒すように仕向けられただけだ」
「けど……」
「ガイとイクトの言い分は間違いではない。
でもソラとシオンの言い分も間違いではない。
……どっちにしてもオレらは踊らされてたのさ。
大人たちにな」
「……」
どこか悲しそうに話すヒロムにどう声をかけようか悩むガイ。
そんな彼が言葉をかけようとした時、邪魔するように誰かがやってくる。
「待たせたなぁ」
ヒロムたちのもとに現れた男……「月翔団」の団長である白崎蓮夜は数人の部下を引き連れてやってくると彼らに一言挨拶するが、ヒロムたちはそれに対して何かを返そうとしなかった。
「……なんだ、どうかしたのか?」
「……別に。
待ってないから何も言わなかっただけだ」
「そうか」
「すみません、遅くなりました」
蓮夜とその部下から遅れる形で「七瀬」の当主である七瀬アリサが自身の信用する部下・十束俊介を連れてヒロムたちのもとへと現れる。
「……揃ったな」
蓮夜とアリサが来たのを改めて確かめるとヒロムは首を鳴らし、そしてヒロムは何の前触れもなくアリサに対して今回の「竜鬼会」の件での調査に対する進捗を訊ねた。
「七瀬アリサ、捜査の方はどうなった?」
「今の段階で「竜鬼会」に関わりのある人間はそのほとんどが拘束され、ギルドが新しく用意した収容施設にて監視されています」
「戦艦の出処は分かったのか?」
「申し訳ありません。
戦艦に関しての詳細は未だ判明していません。
ですが今の段階で分かっているのはあの戦艦は国外で製造されたものだということです」
「……なるほど。
街の被害とかは?」
「今回の一件で破壊された建物などは時間をかけて直していくようです。
あと……理由は分からないのですが皆さんに対しての情報を「一条」が関与して操作してるみたいなんです」
「何?
「一条」が?」
思わぬ名前の登場に聞き返してしまうヒロム。
アリサは頷くとその経緯について詳しく解説した。
「操作と言っても記憶を改ざんしたりではなく、皆さんが「竜鬼会」と戦っていたのは事前に私たち「七瀬」から指示を受けて街の防衛を行ったものだと世間に公表するようになりつつあります」
「オレらが「七瀬」の指示で動いた?
そんなの「十家」からしたら損なんじゃ……」
「いや、ヒロム。
むしろこれで「十家」の評判は上がる」
「一条」の判断を不可解に思うヒロムの言葉を訂正するように横からシオンが口を挟み、そしてシオンは「一条」の思惑についての考察を話していく。
「ここで「十家」が関与していないとなれば今の不動の地位は揺らぐことになる。
「竜鬼会」を倒したオレらを都合よく利用して地位を維持した上で市民の支持を集める。
そうすりゃ警察もギルドも何も……」
「地位を上げても意味ねぇだろ。
今以上の地位を得ても変わりないのに何のためだ?」
「それは……そうだな」
「だろ?
しかも「一条」のヤツらがわざわざ「七瀬」に花を持たせるようなことをしてるのも気になるしな」
「一条」の思惑が分からない、そこが気になるヒロムは悩むのだが同時にそれは今悩むことではないと判断したのかすぐに切り替えてアリサの報告を聞こうとした。
「その情報操作の結果を聞かせてくれるか?」
「あっ、はい。
それについては十束が……」
「はじめまして、姫神様。
私は十束俊介、今後ともよろしくお願いします」
「……自己紹介が済んだら話してくれ」
「失礼しました。
では早急に本題に入ります。
今回の「一条」の情報操作で皆様方「天獄」はその名を知られてはいないものの勇気を持って平和を脅かす悪を打ち倒したとして多くの賞賛の声が上がっています。
中でも自分の身の危険を顧みずに立ち向かわれる姿は正義のヒーローとまで言われるほどです」
「……」
「オレらが正義のヒーローって実感ねぇな」
「そうだな」
「そういう話じゃないだろ」
十束の報告に少し浮かれるイクトと彼の言葉に頷くガイだが、そんな中ソラは十束に向けて単刀直入である点だけを聞き出そうとした。
「……ヒロムのことはどうなってる?
その正義のヒーローの中にヒロムは含まれてないんだろ?」
ソラの十束に対するこの質問が出た途端、その場の空気は重くなる。
浮かれていたイクトも冗談を言えなくなり、そしてガイは思わずヒロムを心配して彼の方を見てしまう。
ソラに質問された十束はどこか話しにくそうに頷くと重い口を開いてヒロムについてのことを話し始めた。
「……姫神様、今回の件でアナタを厳重に処罰すべきだと訴える方々がいるんです」
「……」
「何でだよ?
大将は「竜鬼会」を倒して止めたんだぞ?
なのに……」
「イクト、落ち着け。
ソラやガイ、オマエやオレのように知ってる人間と違ってヒロムが敵を倒して計画を阻止したと分かってない人間からすればヒロムはただ平和を乱した悪としか捉えられない」
シオンはその場にヒロムがいる中でも遠慮することなく話を進めていく。
「何も出来ずに見てるだけだった人間にとって今回の件はただ恐怖を感じるだけだった。
その恐怖を感じる対象を何の迷いもなく相手にし、そして何の躊躇いもなく命を奪ったんだ。
当然の結果だな」
「シオン、言葉を選べよ!!
大将がいなけりゃ……」
「怪我人が多数出てたって?
悪いがオレとしては怪我人が増えて無力さを痛感してくれた方が良かったけどな」
「オマエ……」
落ち着け、とヒロムはシオンの言葉に感情を抑えられなくなりつつあるイクトを宥めるとイクトに向けて伝えた。
「どの道誰かがこの責任を負わなきゃならない。
今回の件の責任はオレが負う。
オレが全員に嫌われてもオマエらが無事なら受け入れるさ」
「けど……」
「心配すんなよ。
むしろ正義のヒーローって呼ばれなくて済んで安心してるよ」
「……」
「報告は以上か?」
「は、はい。
姫神様の件に関しては……」
「気にするなよ十束さん。
オレらが頑張ってもどうにもならないこともある、ただそれだけだ」
十束の報告から市民の反応を聞いても何ともないのかヒロムは平然とした態度で話を進めると、次に蓮夜の方を見ると彼に向けて話し始める。
「さて、オマエの話を聞こうか蓮夜。
今の「七瀬」の報告を受けた上でのオマエの意見をな」
「……ずいぶんと上から物言うじゃねぇか。
一体何様のつもりだ?」
「オマエこそ立場分かってんのか?
オマエは一度オレを騙した。
愛咲リナという少女を利用してオレを騙したオマエが偉そうに指図するなよ?」
「その話は……」
「今は関係ないってか?
ならハッキリ言ってやるよ。
今まではそのことも含めて色々黙っておいてやったが、オマエのこれまでやってきたことはただの二度手間の足でまといでしかないんだよ」
「言葉には気をつけ……」
ヒロムの言葉に怒りを隠しきれない蓮夜とその部下はヒロムに向けて戦意を向けようとするが、それよりも先にヒロムが指を鳴らすと蓮夜の前に白銀の稲妻とともに大剣が現れ、現れた大剣は蓮夜の首ギリギリのところにまで迫っていく。
「っ……!!」
「いつまでもオレらがオマエより弱いと思うなよ?
オマエらはゼアル相手に瞬殺された間抜けだ。
今更上に立つ人間の真似事なんてしたらそのまま首を切り落とす」
「オマエ、何してるのか分かってんのか?」
「……分かってるさ。
分かった上でやってるし、そのためにオマエを呼んだんだ」
「どういう……」
「今後オレたち「天獄」は「月翔団」との共闘関係を結ばないし結ぶことも無い。
何なら「月翔団」がこちらに関与してきた場合、オレは敵としてオマエらを始末する」
「「!?」」
突然のヒロムの宣言、それを聞いた蓮夜と彼の部下は驚きを隠せず、蓮夜はそれが本当なのかソラやガイたちの方を見て説明させようとするが、そのガイたちは蓮夜の方を見ようとしなかった。
「オマエら、本気で……」
「今回の一件でよく分かったよ。
オマエら大人がどれだけ役に立たなくてどれだけ無様に負けを晒すかをな」
「……「姫神」の家はどうする気だ?」
「そんなもんはオマエが心配することじゃねぇ。
オレには継承権があるがオマエにはない、それで分かるだろ?」
「当主になる気もねぇオマエが今更家の名を利用するのか?」
「当主なんて肩書きに興味はねぇよ。
けど……その肩書きごと何もかもを終わらせることは出来る」
「何を……」
ヒロムの言葉が理解出来ない蓮夜は彼に真意を問おうとするが、それよりも先にヒロムは指を鳴らして蓮夜に突きつけられた大剣を自分の手もとへと引き寄せるとそれを掴んだ上で蓮夜とその部下に向けて宣告した。
「姫神飾音と姫神愛華の過ちでもはや「姫神」の名には何の意味もなくなった。
あるのは間違った道を進んだ大人の決断だけ……だから決めた。
オレは……「姫神」との縁を完全に切るってな」
「オマエ……自分の言ってることが分かってるのか!!」
「分かった上で言ってるさ蓮夜。
止めたいなら……オレを殺せ!!」




