三六〇話 最凶の助太刀
「おいオマエェ、何してんだぁ?」
ヒロムにトドメをさそうとしたゼアルの攻撃が塵となって消えたことで戦場と化しているこの場の空気は僅かにだが動揺と混乱が漂っていた。
「何が起きた……?」
何もしていない、何もしていないからこそ何が起きたか分からないヒロムも驚きを隠せず、そしてヒロムと同じように驚きを隠せずにいる男が取り乱しつつあった。
「キサマ!!
一体何をした!!」
ゼアルはヒロムが何かをしたと考えており、彼はヒロムに問い詰めるように叫ぶが、何もしていないヒロムからすれば答えられるはずもなかった。
そしてその答えられない状況がゼアルを苛立たせる。
「キサマが何かしたのは分かっている!!
さっさと教えろ……何をしたのかを!!」
「オレは……」
「答えろ!!
キサマ以外に戦えるようなヤツは残っていない!!
ましてキサマを助けるために他人が介入するはずもない!!
そうなれば今キサマ以外に誰も……」
心外だな、とゼアルの言葉を遮るようにどこからか声が響き、そしてその声の主は足音も立てずにヒロムを守るようにゼアルの前に現れる。
「オマエは……」
現れたその人物を見るなりヒロムは言葉が出てこず、思わず騒然としてしまう。
そう、ヒロムを守るように現れたその人物の登場もこの「竜鬼会」との戦闘に介入するなどとは想定していなかったのだ。
それ故に驚いている。
いや、その可能性が無かった訳では無い。
「竜鬼会」の話をヒロムたちに教えた時点である程度関与していることは想定していた。
だがヒロムと彼とでは決定的に違う。
ヒロムは「竜鬼会」に狙われる身、そして彼はヒロムにその事を伝えた「一条」に仕える能力者だ。
ある種で方向性の違うからこそ現れないと思っていた相手が現れた、それだけがヒロムを驚かせる。
そして、それはゼアルもだ。
「何故だ……何故キサマがここに!?」
「ここに現れたらまずいのかァ?
真の覇王になったのならオレなんか怖かねぇだろぉ?」
どこか気の抜けたような語尾を伸ばすような話し方をする青年は口元をマスクで隠しながらも笑みを浮かべてゼアルに向けて語る。
「オマエが組み上げた「竜鬼会」と「八神」の関係については敢えて口出しする気はなかったがァ……ここまでオレの計画に支障をきたすようなことをするのなら野放しには出来ねぇなぁ」
「野放しだと?
まるで獣を飼い慣らす猛獣使いのような言い方だな!!
力で優劣を下す理を生み出した「一条」に属す愚かな能力者め!!」
「愚かだァ?
オマエのように自惚れるバカの方が余程愚かに見えるけどなァ」
黙れ、とゼアルは青年に向けて紅と蒼の炎を放つが、青年は右手を前にかざすだけでゼアルの放った二色の炎をかき消してしまう。
そして炎を消した青年がゼアルを強く睨むとゼアルは烈風に襲われて吹き飛ばされる。
「ぐぁっ!!」
「おいおいぃ……この程度で新世界を創造する気だったのかァ?
あまりに弱すぎて笑えねぇなァァ」
「キサマ……鬼桜葉王!!」
「名前叫んでも何も変わらねぇだろォォ?」
ゼアルに名を叫ばれた青年……鬼桜葉王は不敵な笑みを浮かべながらさも挑発するかのようにゼアルに向けて言葉を発するとヒロムの様子を窺うように彼に話しかけた。
「よぉ、姫神ヒロムゥ。
ずいぶんと苦戦してるなァ?」
「……何の用だ?」
「おいおい、冷たいなァ。
せっかく助けてやったのによォ」
「……オマエの計画に欠かせないからだろ」
冷たいねェ、と葉王はどこか楽しそうにヒロムに言うと続けて彼の今の状態について話し始めた。
「どうやら真相にたどりついたようだなァ。
どうだァ?真相を知った感想はァ」
「真相、か……。
どうでもいいさ……そんなことは」
「相変わらずだなァ。
父親が裏切っただけでなく母親にも裏切られてたってのに落ち着いてるなァ」
「……」
父と母……飾音と愛華のことに触れられるとヒロムは不快感を顔に出しながら葉王を睨み、睨まれた葉王はどこか茶化すように笑うと話した。
「茶化したことは悪いと思うが、オマエは真相を知っても止まらずに道を見据えて進んでるだろォ?
だったら問題ねぇよなァ?」
「それもオマエの……「一条」の計画の中に組まれてるのか?」
「どうかなァ。
オマエがそれを知ったところで止められるような計画じゃねぇからなァ」
「……」
「まぁ、オレとしてはこの短期間で精神の深層に辿り着いて己の事をより詳しく理解したって点は評価すべきだと思ってるぜ?」
「……」
(鬼桜葉王……コイツはどこまで知っている?
親父のこと、母さんのこと、それに誰も知る術のないはずのオレの精神世界のこと……会う度にコイツはオレたちが何とかして辿り着いた答えの全てを知っている。
コイツは一体……)
自分のことについてやけに詳しい葉王の情報源とその情報網が気になるヒロムは彼を不審な目で見ていた。
が、そのヒロムの視線など気にすることもなく葉王はヒロムに向けてまるで彼の考えを読んだかのように話していく。
「オレがオマエの事をどれだけ理解しているかはこの際どうでもいいだろォ」
「オマエ、オレの考えを……」
「読めなくても何となくオマエが考えてそうな事はわかるだけだァ。
それよりもだァ……この状況、どう覆すつもりだァ?」
ゼアルを前にしても追い詰められ負傷したヒロムに対してここからどう挽回するかを葉王は訊ね、訊ねられたヒロムはどう答えるべきか言葉に迷ってしまう。
なかなか言葉の出ないヒロムに葉王は呆れてため息をついてしまい、ヒロムに向けてある事を話す。
「オマエたちは敵を倒すために必死にもがいたがその結果がこの有様だァ。
オマエ自身の体は復元で再生されてもその副作用で内側からズタボロにされてるしなァ」
「手を貸してくれるのか?」
「まさかだなァ。
オレがオマエを助けたのはあくまでオレの計画に支障をきたさぬようにするためだァ。
オマエが何をどうしようと関係ないしィ、オレがオマエを助けて戦うなんてのはゴメンだなァ」
「じゃあ……」
けど、と葉王はヒロムの言葉を遮るように懐から何やら黒い石版を取り出すとヒロムにそれを見せる。
石版を見せられたヒロムは彼の持つ石版に心当たりがあり、その正体について確かめるように訊ねた。
「まさかそれは……」
「そう、かつてオマエの中の楔を取り払った強大な力を宿したパラドクスの石版だ」
「あの石版……。
けど色が……」
「これは石版が秘めている力を解放しようとしている表れだァ。
この中の力が解き放たれた時、全ての運命はあらゆる原理すら超越する」
「それを使えってか?」
違うな、とヒロムの言葉を否定すると葉王はヒロムを指さして彼に向けてある事を告げた。
「この中にある解放しようとしている力……オマエの力の一部を取り戻せって話しだ」
「何……?」
葉王に告げられた言葉、その言葉の意味がヒロムには理解出来なかった。
パラドクスの石版。
人の可能性、思いの具現、矛盾や大きな差異のある事象を確定させる未知の力を持つとされる石版。
細かく言えば石版の力によって限界を超える力を得たり、内に眠る力を覚醒させたり出来る。
そして、記憶にすらない精神世界に封じられた精霊を目覚めさせることも可能だという。
その石版が変化したのが秘めた力を解放しようとしている証だというのは今葉王の口から語られたが、これまでの流れから何故石版が解放しようとしている力がヒロムの力だという風になるのか?
葉王の言葉の意図が分からないヒロムは葉王に問おうとするが、それを察した葉王はヒロムが問うよりも先に己の目論見を語った。
「オマエの精霊の数にこの石版が反応するのは妙だと思わなかったのかァ?
この石版……これを生み出したのはオマエ自身だァ」
「何……!?」
「偶発的に生まれたこの石版はオマエの精神世界の中の封印と連動するようになっていたんだよ。
あの「八神」との戦闘で四体の精霊を解放したのも精神世界でゼロを退けたのもこの石版の中のオマエの力がオマエの中に戻ったからだ」
「待て葉王。
だとしたら何でオマエが石版を……」
「預けられたのさ。
ある女になァ」
「ある女……まさか……」
葉王の言うある女、その人物にヒロムは心当たりがあった。
いや、パラドクスの石版がヒロムの力から出来たと言うのなら可能性は一つしかなかった。
ヒロムに容易に近づけ、そして石版の存在を隠蔽することを難なくこなし、その上で誰にも怪しまれることのない人物。
ヒロムは頭の中に母・姫神愛華の姿を思い浮かべていた。
彼女の姿を思い浮かべる中でヒロムは戸惑いを隠せない自分の心を落ち着かせるかのように深呼吸し、深呼吸を終えると葉王の持つ石版を見ながら葉王に質問した。
「その石版の力を解き放てばオレはかつて封印した全てを取り戻せるんだな?」
「ああ、取り戻せるさァ。
たァだし、その代償にオマエは人から遠ざかる事になるけどなァ」
覚悟の上だ、とヒロムは立ち上がると葉王の手から石版を奪い取り、石版を見つめながら己の覚悟を口にする。
「これで魂が人か精霊かあやふやになっても文句はない。
どんな形になろうとオレはオレだ……オレはオレらしく、最後まで生き様を貫くだけだ」
「周りから忌み嫌われてもか?」
愚問だな、と葉王の言葉に対してヒロムは一言返すとユリナたちのことを頭に思いながら葉王に向けて言った。
「オレは万人を救いたいとか万人に讃えられたいとかは思わない。
罪で汚れたこの身と魂を持つオレを受け入れてくれる誰かが見守ってくれてるのなら……オレはそのために必死に生きる」
「……誰かを愛するのか?」
「さぁな……今のオレに他人を愛せるかは分からない。
けど……こんなオレでもそれが許されるのなら、今からでも遅くないだろ?
だから……オレは迷わない」
ヒロムの最後の一言を受けると石版が無数の色の輝きを放ち、石版の放つ輝きに呼応するようにヒロムの全身に白銀、紫色、赤、青の光が纏われ、そしてヒロムの纏う光と石版の放つ輝きが重なり合うと巨大な光となって周囲に眩い輝きを放つ。
「これは……!?」
突然の輝きに戸惑うゼアル。
そんたゼアルに向けて葉王は今何が起きいるのかを分かるように説明した。
「良かったな、覇王竜。
オマエの天下は今をもって終了だ」
「何?
オレはまだ……」
「オマエに覇王の名は相応しくない。
真の覇王は今ここに目覚める」
葉王は両手を大きく広げるとガイたちやユリナたち、そして市民たちにも聞かせるように叫んだ。
「祝福しろ!!
人の心と思いを紡ぎ、精霊と運命と共に未来を切り開く真の覇王の復活を!!」




