三五一話 覇王竜の片鱗
眩い光を放つゼアルは背中に魔力の翼を纏うと飛翔し、そして天に達すると翼から衝撃波を放って周囲を破壊していく。
「うわぁぁあ!!」
「きやぁぁあ!!」
衝撃波が周囲を破壊する中で必死に逃げようとする市民。
ヒロムたちに守られるユリナたちも逃げるべきか戸惑うが、そんな彼女たちの戸惑いを感じたのか夕弦は大気の壁を、ギンジは大地を変動させて岩壁をつくって衝撃波から彼女たちを守ろうとする。
「夕弦さん!!
ギンジくん!!」
「大丈夫ですよユリナ。
必ず守りますから」
「ここでアンタらに何かあったら申し訳ないからな」
「ギンジにしてはよく言ったな。
さて……」
真助は座り込んでしまったヒロムは立ち上がらせるとユリナたちの方に肩を貸すようにして運び、ユリナたちのもとに運ぶとヒロムを座らせ、瀧神カルラの治癒をする精霊・ユリアにヒロムの治癒を頼もうとした。
「ユリア、オマエのマスターの手当てを頼む」
「……可能なかぎりはやります」
「可能なかぎり?
オマエのマスターが負傷して……」
違うんです、とユリアは治せと言わんばかりに真助やユリナたちに説明した。
「マスターの復元はダメージを受けた時に肉体を精霊として瞬間修復して強制治癒させるものです。
そして強制治癒によって消えたダメージは時間差で数倍の痛みとして肉体を襲います」
「だったらその痛みを何とか……」
「マスターの肉体を襲うこの痛みは傷ではなく現象です。
人が呼吸する現象と同じようにマスターの復元も受けたダメージを無理矢理治癒して後から痛みを植え付けられるのです。
どれだけ体を治癒しようとしても体に痛みが走るという現象は消せないんです」
「えっと……つまり……」
ユリアの説明を聞いてもいまいち分からないギンジとカズマは首を傾げ、ユリアはそんな二人にも分かるように簡単に説明した。
「マスターが復元を使えばその代償として治癒出来ないダメージを受けるということです」
「つまり……」
「治すには時間が経つのを待つしかありません」
「どのくらいかかる?」
ユリアの説明を受けた上でシンクはヒロムのダメージとやらがどの程度で治るのかを訊ね、訊ねられたユリアは少し間を開けるとゆっくりと口を開いてシンクに状況を伝えた。
「……フィードバックしたダメージによって誤差がありますのでこと細かくは判別出来ません」
「……そうか。
なら時間を稼げば何とかなるか?」
「それは分かりませんが……」
まぁいい、とシンクは一言言うとゼアルの方を見ながら歩き出し、それに続くように真助とノアル、カズマ、夕弦が歩き出す。
ギンジも後に続こうとするが、シンクはそれを止めるように彼に指示を出した。
「ギンジはそのままユリナたちを守ってろ」
「待てよ、オレも……」
「万が一の時のためだ。
オマエはそこに残っておけ」
「……」
「大丈夫だ。
オレらが何とかして終わらせてやるよ」
どこか納得いかなさそうな顔をするギンジに向けて真助は優しく伝えると二本の小太刀の霊刀「號嵐」を抜刀すると構え、そして真助はシンクとともに前に出るとゼアルを強く睨んだ。
自分を強く睨む二人を前にしても余裕のあるゼアルは構えようとせず、ただ二人を観察するように話し始めた。
「キミたちではオレの相手にならない。
無駄に怪我して命を落とすくらいなら……勇気を持った撤退も必要だと知るべきだ」
「悪いな……これまでオレはヒロムのためなら命すら捨てる覚悟で生きてきたんだ。
そのオレが今更引き下がると思うなよ?」
「シンクの生き様はともかく……誰かのために戦うヒロムが傷ついてるなら守って当然だ。
大切なものをヒロム一人に背負わせるわけねぇだろ」
「なるほど……「氷牙」と「狂鬼」、戦うことに迷いはないようだな」
だが、とゼアルは強い力を纏うと二人を押し潰そうとするかのように強い殺気を放ちながら二人に宣告する。
「キミたちには無様に敗北して無残に散る運命しかない。
この「覇王竜」を前にキミたちがこれまで築き上げてきた努力や経験などという飾りは通じないということを身を持って知るがいい!!」
「「ほざいてろ!!」」
ゼアルの言葉を合図にするようにシンクと真助は走り出し、二人はゼアルに攻撃しようとする。
シンクは氷の翼を広げると飛翔し、真助は自身の能力「狂」の黒い雷を纏うと加速しながらゼアルに接近する。
二人が接近する中でもゼアルは構えようとせず、それどころか腕を組んで二人が攻撃してくるのを待ってるかのようだった。
そのゼアルの態度に対してシンクは乗るかのように周囲に氷の刃を出現させて撃ち放つ。
「その余裕ごと撃ち抜いてやる!!」
「不可能だ」
「やってみなきゃ分かんねぇだろうが!!」
分かるさ、とゼアルが一言呟くとシンクの放った氷の刃が敵に迫る中で突然静止してしまい、そして音も立てずにゆっくりと塵となって消えてしまう。
「な……」
「だりゃぁ!!」
自分の放った氷の刃が何かに止められ、塵となって消えたことに驚くシンクの動きが止まってしまい、シンクが驚く中でも真助は止まらず走り、天を飛ぶゼアルに接近するように高く跳ぶと斬撃を放つ。
しかし……
真助の放った斬撃もゼアルに接近すると動きが止まり、そして瞬く間に塵となって消えてしまう。
「ありえねぇ……!!」
「ありえないことはない。
キミたちレベルの攻撃程度では私は倒せない。
倒すどころか本気で来なければかすり傷もつけられない」
「そうかよ……だったら!!」
シンクは氷を全身に纏うと形を変え、氷の爪、氷の尾、氷の翼を持った姿「竜装術・氷牙竜」を発動させるとゼアルに向けて襲いかかる。
「オマエを殺す気でやれば問題ないんだろ!!」
「それも違うな」
ゼアルが呟くとシンクの氷の翼が砕け、さらにシンクは何かに殴られたかのように吹き飛ばされてしまう。
「!?」
「キミたちが万一にもオレに勝つには本気でなければならない。
氷堂シンク、キミの本気はそれではないはずだ」
「この……!!」
吹き飛ばされたシンクは何とかして体勢を立て直すと砕けた翼を氷で造形し直し、そして両手に氷の剣を構えると連続で氷の刃をゼアルに向けて放つ。
シンクだけではない。
高く跳んだことにより地上に落下している真助は着地するなり再び高く跳び、ゼアルに接近しようとする中で小太刀に黒い雷を纏わせると無数の斬撃と黒い雷を放って敵を討とうとする。
シンクと真助の攻撃、防がれた経験から学習してより強い力で放ったであろうこの攻撃。
その攻撃を前にしてもゼアルは構えようとせず、それどころか少し呆れていた。
「キミたちは頭が悪いわけじゃないはずだ。
なのにどうして……同じ過ちを繰り返す?」
ゼアルが言葉を発すると彼の前に鏡のように景色を反射する魔力の壁が現れ、現れた壁にシンクと真助の攻撃が命中する。
魔力の壁に命中した攻撃。
すると魔力の壁が光を発すると壁から氷の刃と黒い雷が放たれて二人に襲いかかろうとする。
「「!!」」
返ってきた攻撃に驚きながらも何とかして避けるシンクと真助。
真助は攻撃を避けると黒い雷をゼアルに向けて放出するが、放たれた黒い雷はゼアルの前にある壁に防がれ、そして壁から黒い雷が放たれて真助はその一撃を小太刀で防いだ。
「ちぃ……!!」
「少しは威力を増したようだがそれでも足りない。
キミたちがオレを……」
「はぁ!!」
ゼアルがシンクと真助に何か言おうとするとそれを邪魔するように夕弦が鋭い爪を持つガントレットから敵に向けて斬撃を放ち、さらにカズマはトンファーに自身の能力「憤撃」の赤い雷を纏わせると空を殴って赤い雷を伴った衝撃波を放つ。
夕弦とカズマの放った攻撃もゼアルの前で止まり、そしてそれらは魔力の壁に命中したわけでもないのに攻撃を放った張本人に襲いかかろうと返っていく。
「ちっ!!」
「面倒ね!!」
返ってきた攻撃を難なく避けた夕弦とカズマは再び攻撃を放つが、放った攻撃はすぐに動きを止めると塵となって消えてしまう。
「……!!」
「どうして!?
敵に接近してないのに……!?」
「哀れだな。
己の理解出来る範囲のことでしか物事を考えられないとは……人間が脆弱であることの証だ!!」
ゼアルが叫ぶと彼の体から膨大な量の魔力が溢れ出し、溢れ出した魔力は無数の球体に変化するとそこから矢へと変化していき、変化した矢はシンク、真助、夕弦、カズマに狙いを定めると一斉に撃ち放たれて敵を撃ち抜こうとする。
「させ……」
シンクは右手から冷気を放出させて迫り来る矢を凍結させることで防ごうとするが、迫り来る矢の前にノアルが立つと彼は両手を前にかざして衝撃波を何度も放ち、放たれた衝撃波が魔力の矢を全て粉々に砕いていく。
「ノアル!!」
「魔力を無駄に使おうとするな。
相手は強敵、少しの判断ミスが命取りになる」
「その判断はミスではないのか?」
ノアルがシンクに言い聞かせようとしているとゼアルが笑みを浮かべながら呟き、ゼアルの言葉に反応するように地中より一本の魔力の矢が勢いよく姿を現してノアルの肩を貫く。
「……!!」
「油断大敵だぞ「魔人」。
いや、油断ではないな。
そもそもキミは選択を誤っている」
「何……?」
「キミはこれまで人に見捨てられ、利用されるだけの立場だったはずだ。
人に対して強い憎悪を抱いていてもおかしくないキミが何故彼らの味方をする?
キミがつくべきはこちら側のはずだ」
「……なるほど」
ゼアルの言葉を前に何かに納得するとノアルは肩を貫いた矢を力づくで抜き、矢に抜かれた傷を再生させるとともに矢を砕いてゼアルに向けて言った。
「オマエはオレに復讐しろとでも言いたいようだがそうはいかねぇな。
オレはヒロムとともに過ごす中で人の思いと心を知り、心があるからこそ感じられるものを知れた。
そのオレがオマエの味方になるわけが無い」
「キミが一番わかっているはずだ。
得体の知れぬ存在を前にして人は豹変して忌み嫌う様を」
「よく理解している。
だがそれは人の持つ一面でしかない。
そんなもので人は知れない……大切なのは一面に目を奪われずに見極める心だ」
だから、とノアルは「魔人」の力で全身を黒く染め上げると爪を鋭くさせ、白い髪を長く伸ばすと牙を生やし、角を生やすと鬼のような姿へと変化し、姿を変えるとノアルはゼアルに向けて告げた。
「オレは身勝手な理由で人を消そうとするオマエを殺す。
これ以上オマエの好きにさせないためにもな!!」




