三五話 精神の世界
眠りについたはずのヒロム。
なのに、今不思議なことになっていた。
「……ここは……」
寝ていたはずなのに、気づけばヒロムは辺り一面が白銀の世界にいた。
周囲のもの全てが白銀、そしてその中で一際目立つ白銀の城がある。
ファンタジー作品に出てくるような城だ。
が、別にヒロムは知らないわけではなかった。
むしろ、よく知っている。
「……精神世界」
「精神世界」。
名の通りのものだ。
精神の中にある世界、それが精神世界。
そう、この白銀の世界こそヒロムの精神世界だ。
「なんでここに呼ばれたかな〜?」
ヒロム自身、ここのことは昔から認識していた。
というより、普通は認識すら出来ないし、人によっては夢物語と呼ぶのがこの精神世界。
だがヒロムは認識出来ている。
その理由はただ一つ、精霊のおかげだ。
彼女たち精霊はヒロムの中に滞在する。
その中というのがここだ。
「……フレイたちの気配もないしな。
なんでだ?」
ヒロムはなぜここに呼ばれたのか考えた。
ここにヒロムが来るとなれば方法は二つ。
一つはヒロムが精神を集中させることで、精神世界と意識が繋がり、ここに滞在できるようになる。
が、ヒロムが外部からの干渉、例えばリサとエリカが抱きつくなどして集中を切らせば繋がりが消えてしまい、ここに滞在出来なくなる。
つまり、一つ目の方法とはこの精神世界へと繋がるための集中力。
そしてもう一つが、フレイたちによる誘導。
彼女たちはここに自在に出入りできる。
普段はそんなことは滅多にないが、こうして眠りについている時、ごく稀に彼女たちからこうしてここに連れてこられることはある。
他人が聞けば夢の中の出来事と称されるが、実際にヒロムはここで起きたことはすべてハッキリと覚えているし、彼女たちもそれを覚えている。
つまり、夢などではない。
この方法はヒロムの意思に反して彼女たちが行うのだが、その際は必ずヒロムがここに現れた際に目の前にその張本人が待っている。
彼女たちからの無許可での誘いということもあり、謝罪をするためらしい。
それが彼女たちの中のルールだ。
だが、ヒロムはそれに関しては気にしてないし、彼女たちからの誘導に関しては受け入れている。
なのに……
「誰もいないな……
フレイたちはまだ戻ってないのか」
とにかく原因はわからない。
ヒロムは何かあるというのはすぐに理解出来たので、とりあえずあの白銀の城へと向かうことにした。
この精神世界、ヒロムにとってのメリットは精神だけがここに来ていることだ。
つまり、鬼月真助との戦闘で受けた傷は肉体にしかないため、ここでは全快の状態だ。
だが、歩くことは精神の状態でも面倒であることに変わりはない。
「……面倒だな」
移動手段は徒歩か走る以外ない。
が、原因を探るには歩くしかない。
「……こういうときこそ、能力が欲しくなるな」
***
しばらく歩くと、城門の前まで到達した。
精神世界において疲労とかはないのだが、ここまで歩いてきた距離を外の世界で考えるとなぜか疲れを感じる。
というか、外の世界ではどれくらいの時間が経過しただろうか。
この精神世界、実を言うと時間の流れは外と違う。
詳しくはわからないが、ヒロムの計算では外の一時間がここではおおよそ一日分だという。
確かな計算ではないが、おおよそそれくらいだ。
「……にしてもこんなに歩いても誰とも出会わないのはおかしいだろ」
いつもならフレイたちが出迎えてくれるのに、今に至っては誰もいない。
だが、今から誰か来るのを待つのも面倒だ。
原因を早々に知りたい。
ヒロムは城門に手をかざす。
ヒロムが手をかざすとともに城門をゆっくりと開き、門が開き切る前にヒロムは門をくぐった。
門をくぐった先にはテレビで見るような噴水やら庭があり、城内に通ずる扉はまだ歩かなければならなかった。
「……さすがのオレもここまで来るのは久しぶりだぞ?」
まだ歩かなければならないのか、とヒロムはため息をつくが、とりあえず歩き始めた。
白銀のこの世界にある城。
別に全てが白銀ではない。
噴水の水は普通の水、綺麗な花も咲いている。
ただ、ここには小鳥もいなければヒロムやフレイたち精霊以外の生物はいない。
小鳥のさえずりもない、それがこの精神世界だ。
ただ、噴水の水の音と、城内を目指そうとするヒロムの足音だけが音として聞こえる。
「……つうか、マジで誰もいないのか?」
「お呼びですか?」
ヒロムがボヤいていると、ヒロムの前に風と共に一人の少女が現れる。
リサと同じような茶髪、胸元の開いた少しばかり際どい黄色の忍装束、そしてピンク色のマフラー。
忍者、なのだが、ただ単純にエロいとしか言いようがない。
が、彼女もヒロムの精霊だ。
十一人の中の一人、隠密行動を得意とした精霊。
名は「閃忍」シズカ。
「どうなされましたか?」
「いや、オマエらが呼んだんだろ?」
「いえ……今回は誰も呼んでませんよ?」
話が噛み合わない。
いや、シズカの方もヒロムがなぜここにいるのか気になっているのだろう。
呼んでない、それもシズカだけでなく、他の誰もがだ。
おそらく、シズカが今現れ、そう発言したということはシズカも誰がヒロムをここに呼んだのかを調べていたに違いない。
「……オレも違うからな?
むしろ、寝ようとしてたのに……」
「困りましたね……
確認を取りましたが、誰も呼んでないようですし、フレイたちもまだ戻ってませんし」
やっぱり確認していたか。
となれば、ここにくる二つの方法のどちらにも該当しないことになる。
いや、それはおかしい。
ここにはヒロムかその精霊たるフレイたちしか踏み込むことが許されない精神の世界。
そこにヒロムの意思でも彼女たちの意思でもない第三者が関与するなどありえない。
が、ヒロムはすぐに一つの可能性に気づいた。
「あの時の声か……」
そう、思い当たるのは一つ。
鬼月真助との戦闘で頭の中に響いた声。
可能性があるとすればその声の主だ。
だが、
「オレにはそれが誰なのかわからない」
「どうなさいました?」
ヒロムが声の主について考えていると、シズカが心配そうに顔を覗きこませる。
シズカの心配そうな顔にヒロムは少し目を逸らすと、何があったのかを説明した。
「「狂鬼」との戦闘中、頭の中に声が響いた。
で、その声がオマエらの誰のものでもなかった」
「つまり、その謎の声の人物がここにマスターを呼んだということですね?」
「ああ」
「ですが、私は一日ここにいましたが、それらしい気配は……」
あっ、と何かを思い出したらしくシズカはそれをヒロムに伝える。
「そういえば、城の中から妙な光が見えました」
「妙な光?」
「はい、銀色の光です」
銀色の光。
ヒロムの全身を包んだのは銀色の魔力。
酷似している、いやおそらくそれだろう。
「それを見た場所に案内してくれ」
「かしこまりました」
***
ここです、とシズカに案内されてヒロムが来たのは城内にあるとある場所。
大きな扉、その扉には十字架が刻まれていた。
ヒロムもシズカもその扉の先にあるものを知っている。
「……こんな何もない世界で何を祈るのやら」
ヒロムが手をかざすと、大きな扉は開き、その先の景色を覗かせる。
扉の先にあったもの、それは聖堂だ。
テレビやらマンガで出てくるようなあの聖堂だ。
「……ここであってるのか?」
「はい、間違いありません」
いちおうシズカに確認を取るが、シズカはハッキリと断言する。
聖堂に入り、中を見渡すが、おかしな点はない。
至って普通の聖堂。
「……ここにあの声の秘密が……」
『 やっと会えますね……』
すると聖堂に声が響く。
それがハッキリとわかったのはヒロムだけでなく、シズカもその声に反応したからだ。
「これがマスターが聞かれた声ですか?」
「ああ、まさかここにいるのはな……」
ヒロムとシズカが話していると、二人の前に銀色の光が現れ、それが大きくなっていく。
「「!!」」
『 この日を、待っていました』
銀色の光は徐々に形を得ていき、そしてそれは白銀の髪の天使のような少女へと姿を変える。
いや、天使のような姿というき、そういう雰囲気だった。
翼はどこか機械的、服装は天使のような姿に反して肌色率が高い。
ただ、見ているだけでその美しさに魅了される。
「オマエは……」
「初めまして、マスター……
いえ、お久しぶりです」
少女のその言葉。
ヒロムは思わずこれまでを振り返る。
初めましてならまだそのまま納得できた。
だが、彼女は今、間違いなく最後に「お久しぶりです」と言ったのだ。
ヒロムはシズカの方を見たが、シズカも心当たりはないらしく、首を横に振った。
ならば、どこであった?
どういう経緯であったことがある?
ヒロムが不思議に思っていると彼女はゆっくりと着地し、そしてヒロムのもとへとゆっくりと歩み寄ってくる。
シズカは警戒してヒロムを守ろうと考えるが、ヒロムはそれを止めた。
いや、止めなくてはいけない気がした。
なぜか、ヒロムの中で先程までなかった彼女への特殊な感情が出てきた。
「……何だよこれ」
「覚えてないのも無理はありません。
そもそも、マスターの前に姿を出すのはマスターがフレイたちを認識する前でしたから」
彼女の言葉、ヒロムはいまいち理解できない。
どういうことだ。
ヒロムがフレイを認識する前に出会っているというが、フレイたちは生まれてからずっと一緒にいる。
だから彼女の言う認識する前というのがわからなかった。
そう思っていると彼女はヒロムの考えを見抜きたかのように話し始めた。
「正確には、マスターのもとにフレイたちが現れるようになる前です。
そう、これは語ると長くなりますね」
「オマエは誰なんだ?」
ヒロムの問いに彼女は微笑むと答えた。
「私はセラ、マスターの有する精霊の一体、「天霊」のセラです」
彼女は、セラは名乗るが、それ以上に驚くしかなかった。
彼女の口から出た言葉、それは今までヒロムが聞いたこともないことで、それまで認識していたものが崩れそうになる。
「オレの精霊……だと?」
いや、聞き間違いだと思いたかった。
なぜなら、十一人全員をヒロムは知っている。
その中にセラの姿はない。
だがそれでも彼女はヒロムの精霊だと言った。
そして、それは今、違うと思っているはずのヒロムも否定出来ないでいた。
「どういうことだ……?」
「それを……説明しますね」