三二話 狂乱
ヒロムの突然の変化、それは本人はもちろんのこと、戦う真助やフレイたち、そして遠くで見守るユリナたちも驚いていた。
「魂燃やして……滾らせろ!!」
「……面白ぇ!!
面白ぇよ、「覇王」!!」
真助はヒロムのその姿に喜びを隠せずに笑い、そして上着を脱ぎ捨てると全身に「狂」の黒い雷を纏うと構えた。
ヒロムも深呼吸するとゆっくりと構えた。
「何が起きたかわからない……
けど、この力なら……フレイたちも守れる!!」
『大丈夫……』
また聞き覚えのない声が頭の中に響く。
が、それに対して不快感はなく、むしろ心地よく感じていた。
『あなたなら……必ず……』
「……任せろ」
ヒロムは真助のもとへ走ろうと動き出すが、音もなく消えてしまう。
真助は驚き、周囲を探そうとするが、真助の背後にヒロムが現れるとともに真助の体に痛みが走る。
体をよく見れば、いくつか殴られた痕跡があった。
「血海」の再生能力でこれまでの傷は完治している。
なのに殴られた痕跡がある、つまりは今ヒロムが殴ったのだろう。
(速い……!!
一切反応出来なかった……なぜだ!!)
「どこにそんな力が!!」
真助は振り返りざまにヒロムに斬りかかるが、またしても音もなく消え、見失ってしまう。
またか、と真助は構え直そうとしたが、腹部に痛みを感じ、そしてそれに気づいた時にはヒロムが真助の腹部を蹴っていた。
「がっ……」
「……」
ヒロムは銀色の魔力を右手に集中させると、真助に殴りかかる。
が、真助もそう簡単に攻撃を受けるつもりはない。
「なめるなぁ!!」
真助は全身に纏う黒い雷を大きくすると、前面に集中させた。
が、ヒロムは止まろうとしない。
真助の「狂」の黒い雷にら魔力を断つ力がある。
これはあらゆる魔力に触れるとその力を消し去り、そして喰らうことができる。
「その力の秘密、教えてもらうぞ!!」
「……無駄だ」
ヒロムは躊躇うことなく魔力を纏わせた拳で黒い雷を殴る。
真助の計算ではヒロムのこの攻撃によりヒロムの力を消してしまえるはずだった。
しかし
真助の思惑通りにはいかなかった。
ヒロムの拳が黒い雷とぶつかると、銀色の魔力は輝きを放ち、そして黒い雷を消し去った。
消し去ったという表現方法が適しているかはわからないが、とにかく目の前で黒い雷が粒子のように散ると消えてなくなったのだ。
「ありえ、ない…… 」
黒い雷を消し去ったヒロムの攻撃は真助まで届かなかったが、真助が驚いて動きが止まったその隙にヒロムは一回転するとともに足に魔力を集中させて、真助を勢いよく蹴り飛ばした。
真助は勢いよく吹き飛ばされるが、すぐさま受身を取ると着地し、ヒロムを睨んだ。
「この……「ハザード」に支配されかけてたはずなのに……」
「もっとだ、もっとこい」
「なめるなぁ!!」
ヒロムの言葉を挑発と受け取った真助は刀で何度も何度も斬りかかるが、ヒロムはそれをすべて避けてしまう。
次第に苛立つ真助とは違い、ヒロムはただ静かに動き、そして真助の攻撃を避けると殴り、ダメージを与える。
「くそ!!」
「……この程度か?」
「は……なめやがって」
見てろ、と真助は「血海」の刃で軽く指を切り、血を出すと、それを刀身に塗り始めた。
刀身に塗られた血が徐々に吸い込まれていくと、突然、刀が妙な赤い光を放つ。
「?」
「この力こそ「血海」の真の姿。
こいつはさらに血を与えることで鞘に収まるまで徐々に斬れ味が上がり続ける」
「……狂ってる妖刀だな」
血を与えることで再生能力を授かり、そしてさらに血を与えることで攻撃力が増す。
そして真助自身の戦闘力と「狂」による黒い雷と身体強化。
このすべてがあるからこその異名「狂鬼」なのだろう。
「……面倒だな」
「思ってもいないくせによく言うぜ!!」
真助は黒い雷を「血海」に纏わせると勢いよく振り、斬撃とともに雷をヒロムに放つ。
ヒロムはそれを避けると真助に殴りかかるが、真助は蹴りでそれを防ぐと勢いよくヒロムに斬りかかる。
ヒロムはそれを避けるとすぐさま殴ろうとしたが、避けた刀が大地を勢いよく抉る光景が視界に入り、即座に真助を蹴って距離を保った。
が、真助はすぐに受身を取ると、不敵な笑みを浮かべながらヒロムを見つめる。
「……」
「いい判断だ。
だが、いいのか?
こうしてる間にもこいつは鋭くなるんだぜ?」
「人の心配する余裕があるとか……腹立つな」
「褒めるなよ!!」
「褒めてねぇよ!!」
真助が接近してくるなり刀で突きを放つが、ヒロムはそれを避けると殴りかかる。
が、真助は刀を手離すとヒロムの拳を止め、殴り返した。
「!!」
「甘いんだよ!!」
ヒロムが後ろへと少し仰け反ると真助は手離した「血海」を拾うと斬りかかるが、ヒロムは起き上がると同時に刀の柄を蹴り、それを阻止した。
「!?」
「……調子に乗るな!!」
ヒロムは目にも止まらぬ速さで真助に拳の連撃を放つと、その場で後ろ向きに一回転し、足に銀色の魔力を纏わせるとその勢いのまま真助を蹴り上げる。
サマーソルトからのキック。
真助はそれを予想していなかったようで、直撃を受けて少し宙に浮いてしまう。
「……これ以上は付き合ってられるか」
ヒロムは両手に銀色の魔力を纏わせると無防備となった真助を殴り、さらに連続で攻撃を放つ。
「こいつ……!!」
「負けるかよ……!!
オレが……アイツらのためにも……」
ヒロムの拳に銀色の魔力の上に混沌のような魔力のようなものが重なる。
「オレの命燃やしてでも勝つ!!」
重なり合う二つが共鳴するかのように大きくなり、ヒロムは反撃の隙を与えることなく連続で殴り続ける。
その攻撃も真助を殴るたびに速度が増し、同時に一撃の重さも増していた。
「ぐ……」
「オラオラオラオラオラァ!!」
ヒロムは最後の一発と言わんばかりに拳に力を入れて殴ると、真助をそのまま殴り飛ばした。
殴り飛ばされた真助は受け身を取る気配もなく地面に数度叩きつけられ、そのまま倒れてしまう。
ヒロムは警戒して構えるが、動く気配がない。
「……よし」
真助に動く気配がないことを確認したヒロムは安堵のため息をつくと構えるのをやめ、全身の力を抜いた。
が、その瞬間、予期せぬ事態が発生した。
ヒロムの全身を銀色の魔力が包み込んだと思うとそれが一気に闇にも似た黒に染まり、そしてそれが電撃となり、ヒロムの全身を駆け巡る。
「うああああああ!!」
「「マスター!!」」
駆け巡る電撃が止まり、包み込んでいたそれらが消えるとヒロムはその場に倒れてしまう。
何かがおかしい。
ヒロムの身に何か起きている。
フレイたちは駆けつけるとすぐにヒロムの安否を確認した。
「マスター!!
しっかりしてください!!」
「……だ、大丈夫……だ」
ヒロムはまだ意識があるようだが、無事とは言い難い状態だ。
呼吸も乱れ、何より体が震えていた。
ヒロムをゆっくりと起こし、その場に座らせるとフレイたちは優しく介抱する。
「私たちがいます。
大丈夫ですよ」
「マスターの勝ちです」
「ヒロムくん!!」
ユリナたちも走ってくるが、ヒロムはなぜかフレイに警戒させるようなことを言った。
「……まだ、だ……」
ヒロムの言葉の真意、それがフレイたちにはわからなかった。
が、何を意味しているのかは考えるまでもなく、目の前で起きたことがそれを教えてくれた。
「……あ〜……痛いな……」
ヒロムの攻撃で倒れたはずの真助がゆっくりと起き上がり始めた。
ありえない、とフレイたちは目を疑うしかなかった。
しかし、真助の体はボロボロで、再生能力が機能してるようには見えなかった。
フラつきながらも立ち上がる真助だが、完全に立ち上がる前に体が前へと倒れてしまう。
「……ちっ……」
「まだ、やるつもり……?」
「……ムリ、だな。
もう……限界だな……」
真助は満足げに笑うと、「血海」を手離した。
それを見てもフレイたちは警戒心を解かないが、ヒロムだけは違った。
「……狂ったやつだ。
限界まで魔力使ってでも再生能力使うなんて……」
「おかげで……楽しい戦いができた……」
「オマエのせいでオレは無駄に疲れたんだが……」
ヒロムとの一戦に満足した真助は笑い、ただ疲れただけと思うヒロムはため息をついた。
「……あんな奥の手があったとはな……」
「……」
ヒロムの反応を見て、笑っていた真助は急に真面目な顔になると、ヒロムに一つだけ確認した。
「……「ハザード」はいつからだ?」
「?」
「いつから「ハザード」に発症してる?」
「……さあな。
ハッキリとわかったのは最近だが、いつからかはわからん」
「……そうか」
「それ聞くって事は何か知ってるんだろ?」
ヒロムの問いに対して、真助は悩むことも迷うこともなくただ頷いた。
「……何人か精神干渉汚染で命が散ったヤツを見たことがある」
「……!!」
真助の口から出たのは思いもしないものだった。
「ハザード」について知っているかを問うた結果、この男はその末路を目撃しているというのだ。
「……命が散るってことはつまり……」
「そうだな……
死んだってことだ」
「!!」
真助の言葉にユリナたち三人は驚くとともにヒロムの身を心配したが、それを気にすることなくヒロムは話を続けた。
「……オレもそうなるのか?」
かもな、と真助はゆっくりと体を起こすと座り、話を続けた。
「精神干渉汚染に発症するってことは死ぬか死なぬかの極論、治る治らないは別だ。
とくに「覇王」、オマエの場合は進行が早すぎる」
ヒロムはこの戦いでの「ハザード」の進行を思い出した。
銀色の魔力、そしてあの声が響く直前、全身に闇にも似た混沌のような魔力に飲まれそうになった。
だが、ヒロムは反論しようとした。
「悪いが、オレは何とか押さえ込もうとすればできる。
それでも……」
「いいや、オマエは確実に「ハザード」に飲まれている」
「……何?」
「「ハザード」はたしかに病だ。
だがその一部が魔力となって外に出ているということは「ハザード」がオマエの体を支配しつつある証拠だ」
「そ、そんな……」
「やだ……」
だが、とフレイやユリナが言葉を失っているのを見ると、真助は補足するかのように話を続けた。
「精神干渉汚染は治せる」
「!!」
「精神干渉汚染は精神的な問題から発症する。
つまり、オマエの発症の原因となった問題が何かわかれば、助かるかもな」
真助の言葉にユリナたちもフレイたちも希望に満ちた目をするが、ヒロムと夕弦だけは違う。
治る可能性があるというのに喜ぶ気配がなく、それどころか険しい顔をしていた。
ユリナは心配になり、ヒロムにどうしたのか尋ねた。
「どうしたの……?」
「原因ならわかっている」
「そうなの!?」
「じゃあ早く……」
できません、と夕弦はユリナたちの望みを打ち砕くかのように説明した。
「酷な話ですが……
ヒロム様の原因は「八神」にあると思われます。
そして、その中心にいるのはトウマです」
「で、でも、その人を倒せば……」
治らねぇよ、と横から真助がユリナの言葉を遮るが、真助の言葉に意義を唱えるべく夕弦は発言した。
「原因はそれしかありません。
なのになぜ何も知らないオマエが……」
「戦ったからわかる……
コイツの「ハザード」は戦いの中で進行していたが、もし「八神」が原因ならオレとの一戦であそこまで進行するか?」
真助の言葉、それにより夕弦は冷静になり、そして考え直した。
「ハザード」が姿を見せ始めたと聞いたのは角王の拳角戦。
その後の斬角戦では何とか押さえ込んで終わったらしいが、討論の末決闘となったガイとの決闘では抑えが効かなくなり、少しではあるが進行している。
それらを思い出した時、夕弦は一つの結論に至った。
「……「八神」がかかわらなくても戦う度に進行している」
「だろうな。
そして、さらに掘り下げれば原因は「覇王」、オマエに原因がある」
「な……」
さて、と真助はゆっくりと立ち上がると「血海」を拾い上げて鞘に収め、その場を去ろうとする。
「どこにいく?」
「さあな。
魔力が回復するまで待たなきゃ動けねぇが、ここではもう楽しめるような戦いはできない」
「……待て。
オマエの力を……」
「……仲間になる気は無い」
まるでヒロムが何を言おうとしているかわかってるかのように真助は断ると、続けて言った。
「たしかに「氷牙」がオレのところに来て勧誘に来た。
だからこそオマエがそれほどの器か試したかったが、期待はずれだ……」
「なっ……」
「オレはオマエが、もっと周りの見えてる野郎だと思っていた」
真助は最後の言葉を残すとヒロムに背を向けて歩いて行く。
「……オレが……周りを見てない……?」