三一九話 絶対絶命の危機
「全てを終わらせようか」
空間を歪め始めるウル。
そんなウルや弾馬を倒すべく「月翔団」の団員は敵を包囲し、白崎蓮夜も天宮スバルや白崎夕弦は屋敷の中にいるユリナたちとヒロムを守ろうと屋敷の前に立つと構えていた。
「てめぇ、覚悟出来てるんだろうなぁ?」
「覚悟など必要ない」
蓮夜の言葉に対して冷たく言葉を返すウルはさらに空間を歪め、空間を歪める中でウルは蓮夜たちに向けて告げた。
「オマエたちはオレの力を前にして何も出来なかった。
そんなオマエらを倒すことなど造作もない」
「はっ、ナメたこと言ってくれてるなぁ?
オレが二度も同じ手に引っかかるとでも思ってんのかぁ?」
「いいや、そうじゃない。
オマエたちの力の底が見えたという意味だ」
「何?」
「団長、敵の話し相手をするくらいなら倒した方が……」
落ち着け、と蓮夜に進言しようとする夕弦に向けて彼は一言言うと続けて夕弦の言葉について補足するように伝えた。
「ヤツらが直接ここを襲撃してきた時点で迎え撃つべきなのは分かる……が、ヤツらは何か企んでる」
「企んでる……?」
「その通りよ夕弦。
あの男がここに直接現れたということは彼以外に他の目的があるかもしれないわ」
「ヒロム様以外に?」
「……何かあるのは間違いない。
が、倒すことに変わりはない」
「はい!!」
「……話は済んだか?」
夕弦たちが話しているとウルは退屈そうに首を鳴らしながら話が終わったかを確かめるように彼らに言った。
そして、ウルは弾馬に向けて指示を出した。
「弾馬、まずはヤツを引き摺り出せ。
計画の完成にヤツが必要だ。
四肢を奪ってでも半殺しで捕らえろ」
「……ふざけてんのか?」
指示を出したウルだが、その指示を聞いた弾馬は苛立ち混じりに一言発するとウルの胸ぐらに掴みかかる。
ウルは抵抗する様子もなくあっさりと弾馬に掴まれてしまうが、何も言わない。
そんなウルに向けて弾馬は不満を爆発させる。
「オマエが計画のためにはヤツを殺さなければならないと言ったからオレはこの力を得てヤツの息の根を確実に止めるために女どもを利用するために潜入してまで用意してたんだぞ!!
それなのに……今になって生け捕りだと!?
ふざけるな!!」
「計画のために方針を変えるのは承知のはずだ。
今更も何もない」
「何を……!!
オマエがあの方に信頼されてるからって……」
黙れ、とウルは自分の胸ぐらを掴む弾馬の手を強く握りながら冷たく言い放つと、弾馬は臆したかのように手を離し、そしてゆっくりと後退りする。
後退りする弾馬に向けてウルは彼に向けて非情な現実を突きつけた。
「どれだけ用意してもオマエはたった一人の命を奪うことも出来ずに敵に倒されて拘束され、こちらの助けがなければ脱出すら出来なかった。
そんなオマエが偉そうに口答えするな」
「だ、だが……」
「オマエには戦う以外の価値はない。
口答えする資格も、失敗することすらも許されない」
「……」
「分かったら戦え。
目的のヤツ以外は好きにしていい。
いいな?」
「分かった……」
ウルの冷たい言葉を受けた弾馬は子供が親の躾に従うかのように素直な返事をして蓮夜たちと戦おうと構え始める。
構える弾馬、その弾馬を見た蓮夜はどこか疑問を抱くような表情で彼やウルを見ていた。
「どういうことだぁ……?」
(ヤツらは「八神」と同じようにヒロムの命を狙ってたんじゃねぇのか?
昨日の襲撃も確実にそれが狙いだったはずだ。
なのに今の会話……まるで目的が変わったかのような言い方だったよな?)
何故だ?
蓮夜の中で疑問は大きくなる。
これまでヒロムの命を狙ってきた「八神」の生み出した人体実験技術「ネガ・ハザード」を利用して竜装術の母体となる竜を生み出してまで戦力増強を図ってきた「竜鬼会」が、何故かヒロムを殺すのではなくヒロムの捕獲を目的にしているのだ。
昨日までは確実に命を奪うつもりだったはずの敵が、一夜明けた途端ヒロムを捕らえようとしている。
死体ではなく、四肢を無くしてでもヒロムを生きたまま捕らえようとしている。
何故だ……?
蓮夜が一人疑問を抱いていると、隣から夕弦が屋敷の中にいるユリナたちを守るための案を提示してきた。
「団長。
このままではユリナたちが危険に晒されます。
我々で何とかして時間を稼ぎ、彼女たちを安全な場所に避難させましょう」
「……安全な場所、か。
空間を操る能力者の前にそんな場所があればいいけどな」
蓮夜は夕弦の提案にどこか納得してないような態度を見せながらも全身に魔力を纏うと構える。
そんな蓮夜の構える姿を見るなり、ウルは何かを思い出したかのように彼に告げた。
「構えなくていいぞ、「月翔団」の団長。
オマエはもう……ここで死ぬのだからな」
「ああ?
どういう意味だ?」
「その話をする前に……気になっていたんじゃないのか?
我々の仕える王の姿が」
「王……だと?」
「まさか……「覇王竜」!?」
その通りだ、とウルが一言言うと歪んだ空間はさらに歪み、歪んだ空間から次々に能力者が現れる。
「……っ!!」
「あれは……」
現れる能力者を見た蓮夜とスバルは驚きを隠せずに言葉を失ってしまう。
現れた能力者について知っている……というのもあるが、それ以上にここに現れたことが予期せぬ出来事だった。
「その反応……コイツらについては説明しなくて済みそうだな」
空間の歪みから現れた能力者はウルの前に並び、その能力者たちは全身に魔力を纏う。
「……紅牙、蒼牙、クジャ、アギト、キリハ、ムクロ。
そして……」
ウルが指を鳴らすと歪んだ空間からさらに三人の能力者が現れる。
その三人は……先ほどソラたちの手によって殺害されたはずのナズナ、刀牙、バロンだった。
「こ、これは……」
「オマエたちが必死に倒したコイツらは更なる人体実験を受けて復活した。
この数の竜装術の使い手をまともな戦力も揃っていないオマエたちが倒せると思うか?」
「……やってみなきゃ分かんねぇけどなぁ」
「いいや、もはや分かりきっていることだ」
ウルの歪ませた空間がさらに歪み始め、酷く歪んだ空間から一人の男が姿を見せる。
黒いロングコートに身を包み、首もとには竜を模したような装飾が施され、紅い髪を持った青年の顔左半分は何やら亀裂が入ったような痣があった。
青年は現れるなり落ち着いた様子で蓮夜たちに視線を向け、そして視線を向けたまま彼は名乗り始めた。
「はじめまして……愚かな人間ども。
オレは「覇王竜」……キミたちが倒したいと思っている黒幕だ」
「コイツが……!!」
「覇王竜!!」
突然現れた敵・「覇王竜」を名乗る青年に蓮夜たち三人は構え、それに続くように包囲する「月翔団」の団員たちも武器を構えて戦おうとするのだが、青年はなぜか立ったまま構えようとはしなかった。
それどころか……どこか退屈そうに呑気にあくびをしている。
「テメェ……やる気あんのか?」
敵とはいえナメた態度を取る「覇王竜」に苛立ちを見せる蓮夜は問うように言うが、それを聞いた「覇王竜」は何かおかしかったのか今度は笑っていた。
「ふふふっ……ははは」
「あ?
テメェ、情緒どうなんってんだァ?」
「……これは失礼。
あまりにもおかしなことを言うものだから、つい……」
「どういう意味だ?」
「キミはオレにやる気の有無を訊ねてきたが、なぜ格下のキミにそんなことを気にされなきゃならないのか分からなくてね」
「格下だと?
テメェ……」
「見えてないだろ?
今起きてることが」
「な、何を……」
何を言っている、とでも夕弦は言おうとしたのだろう。
「覇王竜」の言葉が理解出来ないからこそその言葉を口にしようとしたはずだが、彼女がそれを最後まで言い切る前に「覇王竜」が言おうとしていることを理解させられる。
「……っ……夕弦……!!」
掠れるような声で夕弦の名を呼ぶスバル。
その声に対して恐る恐る返事をする夕弦。
「はい、何で……」
「逃げ……ろ……!!」
夕弦が返事を返すとスバルではなく、蓮夜が掠れるような声で夕弦に向けて何かを伝えようとする。
何か起きている。
夕弦はそれを確かめようと思って二人の方に視線を向けようとするが、それよりも先に屋敷の中からこちらを見ているユリナたちの悲鳴が聞こえてくる。
「いやぁぁぁあ!!」
ユリナたちの悲鳴が聞こえる中で慌てて状況を確認しようとした夕弦。
その夕弦の目に入った光景は彼女の予想を大きく超えていた。
「っ……!!」
夕弦の視界に広がった光景……蓮夜とスバルは何かに切り裂かれたかのように全身傷だらけで血を吹き出しながら倒れていき、敵を包囲していた「月翔団」の団員たちの武器は粉々に砕かれ、そして団員は全員重傷を負いながら倒れていた。
「な……何が……」
何故皆が負傷している?
何故自分だけ助かっている?
自分の置かれている今の状況に理解が追いつかずに混乱する夕弦。
そんな夕弦の苦悩する様子を楽しむかのように「覇王竜」は笑みを浮かべると彼女に向けて今起きていることを話した。
「これがオレの力だ。
キミ以外の武装している戦闘員全員はしばらく動けないはずだ」
「なぜ私だけ……」
「キミには絶望を味わってもらう。
絶望して、その絶望を仲間に伝染させるためだけにキミを生かしたのさ」
「ふ……ふざけないで!!」
正気さ、と「覇王竜」が指を鳴らすと突然夕弦が魔力の鎖に全身を拘束され、拘束されたことによって彼女は身動きが取れなくなってしまう。
「こ、この……っ!!」
「さて、仕上げようか。
「魔弾竜」、あの建物を破壊しろ。
あそこにいる女どもは始末しろ」
「覇王竜」は弾馬に指示を出すように夕弦が守ろうとしていた屋敷の方を指さし、その上でユリナたちの命も奪うように指示を出した。
「や、やめろ!!」
拘束されて身動きが取れぬ中で夕弦は必死に叫ぶが、弾馬はその言葉に耳を傾けようともせず、両手に魔力で作り上げた銃器を装備すると狙いを屋敷とユリナたちに定める。
「……本当にやっていいんだな?」
「構わないさ。
ただし、例の彼だけは殺さないように」
「難しいことを……。
まぁ、適当にやってやるよ!!」
「やめろー!!」
夕弦の叫び声が響く中、弾馬は引き金を引いて無数の魔力の弾丸を放ち、放たれた弾丸は次々に屋敷を破壊していく。
「きゃぁぁ!!」
屋敷の崩壊によってパニックに陥るユリナたち。
そのユリナたちを黙らせようとするかのように弾馬の放った攻撃が向かっていく。
「……っああああ!!」
間に合わない……終わりだ。
何も出来ない自分の無力さに絶望を感じる夕弦は思わず叫んでしまう。
彼女が叫ぶ中、魔力の弾丸はユリナたちに迫っていく。
「ヒロム様……すいません……!!」
何も出来ない自分に許しを求めるようにつぶやく夕弦。
すると……どこからともなく白銀の魔力が現れ、現れた魔力はユリナたちと崩壊しようとする屋敷を守る盾になると弾馬の放った弾丸を全て消し去っていく。
「何!?」
「え……?」
突然のことで驚きを隠せない夕弦。
確実に終わったと思っていたはずなのに、ユリナたちは助かった。
一体……
「人の庭荒らすだけじゃ物足りないのか?」
どこからか声がする。
声のする方……屋敷の方に夕弦が視線を向けるとそこには一人の少年が立っていた。
少年の姿を見た夕弦は絶望から救われたかのように思わず涙を流す。
「あ……ああ……」
「悪いな、夕弦。
迷惑かけた」
屋敷の方からこちらに歩いてくる彼は優しく夕弦に言うと、夕弦を守るように弾馬や「覇王竜」の前に立つ。
彼の姿を見た「覇王竜」はどこか嬉しそうだった。
「会いたかったよ……「覇王」、姫神ヒロム」
「オレは会いたくなかったけどな」
彼は……姫神ヒロムは首を鳴らすと殺意と込められた瞳で敵を睨むと言葉を発する。
「とりあえず……殺すから覚悟しとけ」




