三一二話 幻想奏者
「やるぞ、ギンジ」
「ああ!!」
敵の能力者・バロンを前にして動きが止まっていたギンジは加勢に現れたカズマの言葉を受けて再起し、ハンマーを強く握るとカズマとともにバロンを倒そうと構えた。
ギンジが構えたのを見るとカズマも全身に魔力を纏い、そして拳を構える。
「……嫌になるな」
やる気に満ちる二人の姿にため息が出てしまうバロン。
バロンは二人を見ながら何かを呟き始める。
「ギンジの能力は「大地」。
土や岩を操ることが出来る能力だが本人よ力量の無さから脅威性は低い。
栗栖カズマの能力……たしか「憤撃」だったな。
ラースなんて呼ばれ方してるけど、その名に相応しくあろうとするかのように能力者の怒りを糧に力を増す厄介な能力。
下手に刺激すると不利になりかねない。
人間関係は……」
二人の能力について語るバロン。
そのバロンの独り言にカズマは少し引き気味でギンジに質問をした。
「アイツ何一人で喋ってんだ?」
「バロンは相手の精神に干渉して記憶を探ったりする能力を持ってるんだ。
多分、今オレたちの記憶を漁ってオレたちの弱点を知ろうとしてる」
「心の中探られてるってことのは気味悪いな。
で、さっきのは?」
「さっきの?」
「オレの能力の雷を受けたら消滅したアレは?」
「分かんねぇ。
オレが知ってるのは心の中を見ることくらいだ」
つまり、とカズマはため息をつくとギンジにバロンの能力についてある事を告げた。
「アイツの能力は進化してるってことだな」
「そうなるよな……」
カズマの言葉にギンジも同意するとハンマーを強く握るとバロンに向けて叫んだ。
「バロン!!
オマエの目的は何だ!!
どうしてオマエはオレたちに襲いかかる!!」
「おい、そんなので答えるわけ……」
「分からないのかいギンジ。
オマエを攻撃したのは姫神ヒロムに加担してるからだし、「竜鬼会」が今やろうとしてることは世界のためでもある」
「答えてくれるのか!?」
ギンジの言葉に呆れるカズマを裏切るようにバロンは懇切丁寧に答え、バロンが答えたことに対してカズマは驚いていた。
そんなカズマを見ながらバロンは彼に向けてある事を質問した。
「ところで栗栖カズマ。
キミはなぜ姫神ヒロムに加担するんだ?」
「あ?」
「キミはかつてあの男を殺して仲間の自由を得ようとしていた。
そのために戦っていたキミの目の前でキミの大切な仲間の命は奪われた。
違うかい」
「間違ってねぇよ。
けど……リュウガたちの命を奪ったのは姫神ヒロムじゃねぇ。
人体実験を施した「八神」だ」
「その「八神」に人体実験をさせるきっかけになったのは姫神ヒロムじゃないのか?」
「たしかにアイツの存在がこれまで多くの人体実験を生み出したきっかけになるのかもな。
けど、そのきっかけをつくった大元の原因は「八神」の腐敗した倫理観だ。
むしろヒロムは被害者でしかない」
「だがオマエの大事な仲間の命が奪われたのは事実だ。
それでもオマエはヤツに加担するのか?」
「そもそも加担って言い方が気に食わねぇ。
オレはアイツと戦うと決めた、それだけだ」
変わりない、とバロンは一言言うと続けてカズマに向けて言った。
「ともに戦うのも何かを共謀するのも変わりない。
そこにある事実はキミと姫神ヒロムとの間に接点があるということ、ただそれだけだ」
「事実、か。
なら改めて言ってやるよ……オレはオレ自身とアイツのために戦うってな!!」
「やるぞカズマ!!」
「ああ、ぶっ飛ばすぞ!!」
バロンへと強く言い放ったカズマに続くようにギンジもやる気をみせ、二人は戦意を高揚させるとバロンに向けて走り出した。
「覚悟しろバロン!!
もうオレはあの時とは違う!!」
「あの時か。
その無謀な姿……まるで変わっていない!!」
バロンが右手に魔力を纏わせながら空中に何かを描くように動かすとギンジとカズマの前に人の形をした魔力が無数に現れ、現れた魔力は先程カズマが倒したのと同じ姿をした研究者に変化すると剣を構えて二人に襲いかかる。
が、斬りかかられたギンジはハンマーで剣を殴ることで弾き返し、剣の一撃が弾かれた研究者たちに隙が生じるとカズマはすかさず赤い雷撃ち放って敵を消滅させる。
「ちっ……」
「どうしたぁ!!
こんなもんかよ!!」
「あの時とはもう違うんだよ、バロン!!」
「……どうやら本当らしいな。
けど、これはどうかな?」
ギンジの言葉に偽りがないと判断したバロンは両手に魔力を纏わせると両手で何かを描こうとし、その動きに飯能するように二人の前に人の形をした魔力が現れ、それは次第にヒロムへと姿を変えていく。
「「!!」」
「いくらオマエたちでも信じる仲間が相手では戦えないだろ?
戦えずに倒されることを……」
「「甘い!!」」
バロンが話してる途中であるにもかかわらず、ギンジとカズマはヒロムに向けて飛び蹴りを放つ。
二人の攻撃を何とかして防ぐヒロムだが、カズマは全身に赤い雷を纏うと加速しながら連撃を放ち、放たれた連撃は全てヒロムに命中して彼を吹き飛ばしてしまう。
「何だと!?」
ヒロムを攻撃出来るはずがないと考えて生み出したバロンは二人が攻撃出来たことに驚きを隠せず、思わずそれを顔と声に出してしまう。
「ありえない……!!
オマエたちの記憶の中にある姫神ヒロムへの信頼は強いものだった。
それを投影した人形を躊躇せずに攻撃出来るなんて……」
「人形だからだよ、間抜け」
「オレたちが信頼してるのは誰よりも強くて誰よりもまっすぐ先を見据えてる男だ。
こんな目の前のこともろくに出来ないようなヤツと一緒にすんじゃねぇ!!」
「……あの程度の男にそこまで心酔してるとはね。
ギンジだけならまだしも栗栖カズマ、キミまで愚かな人間に成り下がるとは驚きだよ」
「愚かで結構だ。
人間生きてればいつかは愚かな存在になる。
オレのことを愚かと思っているオマエもいずれはそうなる運命だ」
「なるほど……よく分かったよ。
キミはどうやら人として欠如してるものが多いようだ」
カズマの言葉を聞くと呆れてため息が出るバロン。
そのバロンは頭を搔くとまたため息をつき、そしてカズマを見ながら話し始める。
「キミは戦闘種族としての誇りも尊厳も持っていない。
それどころかキミは本来持つべき誇りとは無縁の馴れ合いに染まっている。
悲しいことだ……キミのような実力者がそのような体たらくでは先祖も悲しんでるはずだ」
「……」
「悪いことは言わない。
キミは本来あるべき姿に戻るべきだ。
他の生き残りが果たせない一族の復こ……」
「知らねぇよ」
「何?」
「知らねぇって言ったんだよ。
生き残り?一族の復興?本来あるべき姿?
そんなもん知らねぇな。
オレはオレの人生を歩む。オレだけの道をオレだけのやり方でだ」
「分からないのか?
キミの今の発言は……」
「オレの言葉で歴史が大きく動くのか?
戦闘種族の歴史が変わるのか?」
違うだろ、とカズマは首を鳴らすとバロンを冷たい目で見ながら敵に向けて自身の考えを伝えた。
「オマエが言う誇りや尊厳ってのは過去の人間が築き上げたものだ。
生き残りのオレがやるべきは過去の人間が築き上げたものに従うことじゃない。
その教えを受けた上で自分らしいやり方で新しい事をやることだ」
「綺麗事だね。
そんなので何もかもが救われると?」
「救う気は無い。
敵を倒す、そのためにオレは戦う。
そしてそれがヒロムの進む道に繋がるならそれでいい」
「……吐き気がするよ。
キミのその思考は!!」
カズマの言葉にバロンは声を荒らげるとともに全身から魔力を放出させ、放出された魔力は何かの譜面のようになるとバロンの周囲を漂い、そしてバロンは背中に薄く細い魔力の翼を八枚、両手両足に鋭い魔力の爪を纏うと天に浮上する。
「キミたち相手には使うつもりはなかったこの竜装術・幻奏竜。
この力はもっと厄介なヤツに使いたかったんだけどな」
「厄介なヤツ?」
「キミやギンジでは役不足ってことさ。
相馬ソラや黒川イクト、それに紅月シオンや鬼月真助クラスじゃないと物足りないってことさ」
「アイツ……!!」
「随分とナメたことしてくれてんじゃねぇか、ええ?」
「ナメてはいないさ。
事実キミやギンジはその程度の力しかないんだからね」
「そういうオマエは他人の記憶漁って人形つくるしか出来ないように見えるが?」
「そう思いたければそう思えばいい。
これを見てもまだ同じことが思えるのならな」
バロンが両手を大きく動かすとカズマの前に三人分の魔力の人形が現れ、現れた人形は徐々に姿を変えていく。
「こいつらは……」
姿を変えていく魔力の人形、その変化する姿を目の当たりにしたカズマは驚きを隠せなかった。
三人分の人形が変化したその姿はカズマにとって大切な存在だったからだ。
「さぁ、感動の再会だぞ栗栖カズマ」
バロンが生み出した人形が変化した姿……それはカズマの事を「アニキ」と慕い、「八神」との戦いで命を落としたリュウガ、ライガ、サイガの三人の姿だった。
他人の記憶を読むバロンが生み出した人形、それはカズマの精神を揺さぶり、そして人形を前にしてカズマは身に纏っていた力を消してしまう。
「オマエら……」
「カズマ、あれは偽者だ!!
アンタの知ってるヤツとは違う!!」
「ギンジ、キミは黙ってろ。
それに彼らは偽者なんかじゃない」
「何を……」
「……アニキ」
「!!」
カズマの前に現れたリュウガが突然言葉を発する。
「アニキ、オレたちと来てくれよ」
「オマエ……」
「そうだよアニキ。
また一緒にみんなで過ごそうよ」
「オレたち戻ってきたんだぜ?」
リュウガの言葉に驚くカズマに向けてさらに言葉を発するライガとサイガ。
三人の言葉に戸惑うかのように沈黙して俯いてしまうカズマ。
そんなカズマを見るとバロンはどこか楽しそうにリュウガたちに指示を出した。
「彼はキミたちの事を疑っているらしい。
力を見せて証明するといいよ」
「分かった」
バロンに言われるがままに三人は龍、虎、サイを模した騎士にも似た「ネガ・ハザード」の姿に変化するとカズマに向けて歩き出す。
「アニキ、今目を覚まさせてあげるよ」
「……」
「カズマ!!」
「でもまずはそのうるさいヤツから……」
「うるせぇな」
するとカズマはどこからかトンファーを取り出すと両手に装備し、トンファーに赤い雷を纏わせるとリュウガたち三人を殴り飛ばした。
「ぐぁっ!!」
「アニキ、何をするんだよ!!」
「……オマエらがオレのことをその呼び方で呼ぶな」
トンファーを構えるカズマは冷たく告げると続けてリュウガたちとバロンに向けて言った。
「たしかにそいつらはオレの知るリュウガたちだ。
けどな、オレの知るリュウガたちはもういない、、
記憶を探って生み出しても、その記憶を宿していたとしても偽者であることに変わりはない」
それに、とカズマはトンファーを強く握りながらリュウガたちが消える間際に言っていた言葉を思い出す。
『アナタに出会えてよかったと思ってます』
『生きてください』
『自由になってもらいたいんだ……』
「アイツらの言葉と心はオレの中にある。
オレの中で今もアイツらの思いは生きている。
それを侮辱するような真似をするのなら……オレは容赦しない!!」




