三一話 覇王と精霊
「……ということだ」
ヒロムはフレイたちに一通り説明した。
ヒロムの説明を受け、フレイたちは理解し、頷くと構えた。
「マスターのご指示とあらばやってみせます」
「そうね。
でもミスすればマスターが危険に晒されるわよ、フレイ」
やる気になるフレイに注意を促すテミスだが、その横でアルカとマリアもフレイと同じようにやる気になっていた。
「そこは私たちで守ればいいのよ」
「ええ、手っ取り早く倒せばいいだけじゃない」
フレイたちは完全にやる気になっており、それを見たヒロムもポキポキと指の関節を鳴らすと、夕弦を見ながら告げる。
「こっからはオレがやる。
オマエは休んでろ」
「しかし……」
任せとけ、とヒロムはただ一言夕弦に告げる。
それを聞いた夕弦は少し間を開けると頷き、数歩下がった。
そしてそれと入れ替わるように真助がこちらへとゆっくりと歩いてくる。
刃こぼれした刀を地面に引きずりながらゆっくりと、こちらに向かってくる。
「終わったか?」
「……律儀に待ってくれるとは優しいんだな」
「不意討ちで楽しみがなくなるのは嫌いな質でな。
それに、その女を下がらせてまで用意した策とやらを打破してみたいと思うだろ?」
「悪いな……思わねぇよ!!」
ヒロムは真助の言葉を否定すると走り出し、そしてフレイたちもそれに続くように走り出した。
「まぁ、どっちでもいいんだけどな!!」
同じように真助も走り出し、そしてヒロムに勢いよく斬りかかるが、ヒロムはそれを避けると真助の背後へと回る。
「さすが速……」
真助がヒロムを追いかけるように振り返ろうとすると、アルカの銃とテミスの銃剣から魔力の弾丸が放たれ、それらが真助に襲いかかる。
「……くらうかよ!!」
真助は刀で弾丸すべてを斬り落とすが、その真助を背後からヒロムが蹴り飛ばす。
「教えてやるよ……オレが「覇王」と呼ばれる理由をな!!」
そして追撃を加えようとマリアが接近し、拳での連撃を真助の体に叩き込む。
「はああああ!!」
「こいつ……なめるなよ!!」
真助は魔力を纏うとマリアの拳をそれで弾き、お返しと言わんばかりに刀で斬りかかる。
だがマリアはまったく避けようとせず、拳を構えていた。
「おもしれぇ!!
これを防ぐつも……」
真助の刀がマリアに接近すると同時にフレイが真助に一気に接近し、自身が持つ大剣で刀を防ぎ、さらに弾き返す。
「!!」
「これでも……くらえ!!」
フレイは大剣に魔力を纏わせると真助の体に斬撃をぶつけるが、その一撃は真助の体にダメージをあまり与えれず、魔力を吹き飛ばすことしか出来なかった。
が、そこで終わりではなかった。
「オラァ!!」
「はああ!!」
真助の魔力が消え、身動きの取れないこの一瞬を逃すことなくヒロムとマリアが真助を殴り、さらにアルカとテミスが魔力の弾丸を放ち、それをすべて真助に命中させる。
「な……」
「まだです!!」
ヒロムとマリアが真助から離れるように飛ぶと、フレイはすかさず魔力を纏わせた大剣を真助に叩きつけ、そして勢いよく斬り飛ばした。
「がは……」
さすがの真助も反応も対応も出来ず、大きく吹き飛ばされていく。
「さすがです……」
真助にダメージを与えたヒロムたちの連携に夕弦はただ感心するしかなかった。
だが、それだけではダメだと夕弦は思うが、恐らくそれはヒロムたちも思っている。
「さすがに効いたな……」
真助は刀を支えにしながら立ち上がり、そしてヒロムたちを見ながら笑っている。
その真助の体にはヒロムたちの与えたダメージがしっかりとあったが、それは蒸気のようなものを発しながら治っていく。
そう、これが再生能力だ。
「面倒な能力だな……」
「いいだろ?
おかげで何度でも楽しめるんだからな」
「……発想が狂ってるな」
面倒な相手に絡まれたものだ。
普通、この状況でその考えに至るのか?
いや、それ故に「狂鬼」なのだろう。
その再生能力があの発想と合わさると厄介でしかない。
「……面倒だ」
「ですが、こちらの攻撃が効かない訳ではありません」
「そうだな……」
フレイの言う通りだ。
真助はこちらの攻撃に反応出来ないことがあった。
アルカとテミスの銃撃直後のヒロムの攻撃は反応出来なかったし、フレイに刀を弾かれた後の連続攻撃も防げなかった。
マリアの連撃も魔力で防ぐまでは通用していた。
つまり、隙は作れる。
だが、そこからが問題だ。
「決定打を確実に決めた上で動きを封じなければ勝ち目はない」
マスター、とヒロムの頭の中にユリアの声が響く。
ユリナたちを守るはずのユリアからの声、つまりはヒロムと精霊間でのみ可能とされる念話だ。
「……なんだ?」
『あの刀……何か変です』
「刀……?」
ヒロムは真助の刀を見た。
普通の刀と比べて刃こぼれしている。
見てくれだけならそのくらいしかおかしい所はない。
「何かあるのか?」
『……おそらくですが、妖刀の可能性があります』
「妖刀」
ヒロムもそれは知っている。
何せ刀剣について博識なガイがいるのだから。
呪いにも似た異質の力を持ち、持ち主を選ぶ代わりに選ばれたものはその妖刀の持つ力を身に宿す。
それが妖刀だ。
「……つまり、あの再生能力は本体か妖刀の力で、どちらかの能力がまだ残ってるってことか」
『そうなります……』
そうだとしたら余計に厄介だ。
ヒロムはため息をつくと、少し考えた。
が、そうしてる間に真助の傷は治り、そして再びその刃こぼれした刀を構え始めた。
「マスター、ご指示を」
「……やることは変わらない。
オレとオマエたちで連携してアイツを追い詰める。
……そのために少しやり方を変える」
ヒロムが言うと、メイアとイシスが現れる。
「……可能な限り攻める。
そしてアイツを追い詰める」
「数の力、ですか?」
「効率的な戦術だ」
ヒロムたちが話していると、真助が大きな声で笑い出した。
「最高だぜ……
さすが「覇王」……その高い戦闘力と十一人の精霊を同時に使役する姿……それを待ってたんだ!!」
「……悪いが十一人全員は出す気ねぇからな」
「その気がねぇなら……その気にさせるまでだ!!」
「うるせぇ野郎だ!!」
ヒロムと真助は同時に走り出し、そしてフレイたちも動き出した。
が、テミスとイシスは動こうとせず、テミスは銃剣を構えると、銃剣に備えられた弾倉を手で回し始めた。
「何企んでるか知らねぇが、楽しませろ!!」
「だったら……その身に宿す魂燃やしてオレを滾らせろ!!」
真助は斬りかかり、ヒロムは避けると殴りかかる。
が、真助も攻撃を避け、ヒロムを蹴ると、迫り来るフレイに斬りかかるが、フレイは大剣で防ぐと弾き返し、マリアとアルカが真助に殴りかかる。
「……来るぞ!!」
「ドラァ!!」
真助はマリアとアルカの拳を足で防ぐとその勢いを利用して軽く宙に浮き、周囲を薙ぎ払うように刀を力一杯振るうが、ヒロムの言葉を合図にフレイたちは体勢を低くしてそれを避ける。
「ちっ!!」
「なめんなよ!!」
ヒロムは真助に殴りかかり、真助がそれを避けると同時に回し蹴りを食らわせる。
「ほお!!」
「やれやぁ!!」
フレイとアルカ、マリアは魔力を纏うと真助に攻撃を放つが、真助はそれをすべて刀を用いて防いでしまう。
「「!!?」」
「再生能力に頼るだけだと思うなや!!」
真助は構え直すとヒロムに突きを放つが、ヒロムはそれを避け、再び殴り掛かるが、真助はそのヒロムの拳を掴んだ。
「!?」
「やっと捕まえたぜ……」
真助は刀に魔力を纏わせると、そのまま振り上げ、ヒロムが抵抗する間を与えぬように勢いよく斬りつけた。
しかし、刀がヒロムの体を抉ろうとすると、ヒロムの体は黒い粒子となって消えてしまう。
「……まさか幻術か!!」
そうです、とイシスが言うと同時に真助の背後にメイアが現れ、氷柱を出現させると真助の体を貫こうと放つ。
しかし
「失せろや!!」
真助は魔力を纏うと周囲に勢いよく放出し、その際に生じた衝撃で氷柱を破壊し、フレイたちを少しではあるが吹き飛ばしてしまう。
「「きゃあ!!」」
「こんなもんじゃ……」
「黙れやあ!!」
真助の懐に現れたヒロムは腹に拳を叩き込み、さらに連続して攻撃を放つ。
その攻撃すべては真助に命中し、真助を仰け反らさせる。
が、それらは真助に対しては有効的なダメージを与えれていない。
ただ仰け反らさせる程度で終わっている。
が、それでもヒロムは止まらない。
それどころか先程までにはないような荒々しい攻撃を行っている。
夕弦はそのヒロムの姿に危機感を感じていた。
「……「ハザード」が進行し始めている」
この戦闘、ヒロムの感情が高ぶっているのは事実。
それが原因で「ハザード」の症状が現れ、そして今その影響が戦い方に現れている。
「もっと、もっと……もっとだ!!」
ヒロムは殴るだけでなく、蹴りも食らわせ、そして勢いよく蹴飛ばした。
そして
「やれ!!」
「はい!!」
テミスは構えた銃剣の狙いを定めて引き金を引くと、紳助に向けてビーム状になった炎を放った。
真助は構え直すなり刀でそれを防ごうとしたが、炎の力は強く、徐々に真助は炎に飲まれようとしていた。
「ぐおお!!」
「……決めてやるよ」
ヒロムの声とともにフレイたちは魔力を纏うとそれを大きくし、武器に集中させて真助に向けて放とうとする。
「……なんてな!!」
全員が攻撃を放つその瞬間、真助が黒い雷に包まれるとともにテミスの放った炎が消え、黒い雷が大きくなると同時にヒロムやフレイたちは大きく吹き飛ばされてしまう。
「「うわあ!!」」
「……こんなもんか?」
「な、何が……起きた?」
ヒロムたちは吹き飛ばされるも立ち上がるが、真助の身に何が起きたかはわからなかいままだった。
「……何をした?」
「……おいおい。
驚くことか?」
「まさかあの刀……」
「そう、察しがいいな、
これは妖刀「血海」。
血に飢えた刀でな……契約のために血を与えねば使えない刀だが、代わりに高い再生能力と身体強化を使役できる」
「……最悪だ」
ユリアの予想が的中した。
つまり、あの刀、妖刀がある限り再生能力は続く。
そして、ヤツの戦闘力の高さも厄介だ。
一度通用した戦い方も見切られつつある。
それに……
「くっ!!」
ヒロムの「ハザード」も少しずつではあるが進行しつつある。
先程から頭に激痛が走る。
「……くそ」
(時間が無い……
早くしねぇと……)
「そうそう、オレの能力もついでだから教えてやるよ。
オレの能力「狂」は発動中常時体を少しずつ侵蝕するこの黒い雷を使役し、その代わりに魔力を断つ力と身体の強化を行う。
つまり、二重の強化ができるんだよ」
「……なるほど。
その黒い痣はその力のせいか」
「おうよ。
さすがにこの侵蝕は再生能力が適応されないんでな」
真助は黒い雷を妖刀「血海」に集中させるとヒロムに狙いを定めて構えた。
「さて……クライマックスと行こうぜ!!」
「上等、だ!!」
ヒロムは走り出すと殴りかかるが、真助はそれを手で弾くと軽く殴り、ヒロムを仰け反らせる。
軽く殴ったレベルだが、「血海」の身体強化と能力「狂」による身体強化の影響だろう。
ヒロムは予想以上のダメージを受け、フラついてしまう。
「がっ……」
「マスター!!」
「ヒロム様!!」
「狂技……魔神斬波!!」
ヒロムを助けようと走ろうとしたフレイたち精霊と夕弦へと黒い雷が巨大な刃となって「血海」から放たれると、フレイたちは直撃を受け、吹き飛ばされてしまう。
「「きゃあああ!!」」
「あ……あ……」
オラァ、と真助はヒロムの腹に蹴りを入れると、黒い雷をヒロムに叩きつけ、蹴り飛ばした。
ヒロムは何度か地面に叩きつけられるが、何とか立ち上がると真助を睨みながら構えた。
「いいねぇ……「ハザード」の進行を恐れずに向かおうとする勇敢なその姿……
堪んねぇな!!」
「はぁ……はぁ……」
(もっと、力があれば……)
力が欲しい。
そう願うとともにヒロムの体から僅かだが、闇にも似た混沌の魔力のようなものが出てくる。
「……!!」
「完全に進行しつつあるな。
このままだとどうなるかな〜?」
真助はゆっくりと近づいてくる。
ヒロムは何とか動こうとするが、体が思うように動かない。
それどころか頭の中に何かが酷く鳴り響く。
(もっと、もっと、もっと!!
よこせ、よこせ、よこせ!!)
ヒロム「がっ……あ……
あああ!!」
ヒロムは頭を押さえながら苦しみ、そして悲鳴を上げる。
「ヒロムくん!!」
遠くから見守るユリナがヒロムの名を叫ぶが、ヒロムにはそれが聞こえず、ただ苦しむだけだった。
真助はヒロムの前に到達すると「血海」を振り上げた。
「……オレもここに来る前に一戦してるから魔力が減っててな。
再生能力で魔力が減って、ギリギリなんだよ」
「あ……ああ……」
苦しむヒロムの全身が混沌の魔力のようなものに覆われていく。
「ま、マスター……」
「……完全に「ハザード」が進行しつつあるな。
だが、今……楽にしてやる」
「やめてぇ!!」
真助はユリナの叫びを聞くことなく「血海」を握る手に力を入れる。
「あ……あ……」
『大丈夫だよ……』
すると突然、ヒロムの頭の中に声が響く。
「……あ ?」
「楽しかったぜ、覇王!!」
真助が勢いよく振り下ろし、斬りかかる。
ヒロムが殺られる。
全員がそう思い、目を背けそうになった時、誰もが予想しなかったことが起きた。
ヒロムは素手で「血海」を掴み、そしてそれを押し返すと真助を蹴り飛ばした。
刀の一撃、それを防いだはずのヒロムの手は一切の傷がなかった。
「何!?」
真助はヒロムの行動に驚くとともに何が起きたかを考えた。
(ありえない!!
ヤツは動ける状態ではなかった。
なのに素手でオレの一撃を……)
「……」
「何を……」
真助がヒロムに問い詰めようとすると、目の前で奇妙なことが起きた。
ヒロムを覆っていた魔力のようなものが消えていき、見たこともない銀色の魔力がヒロムを包んでいく。
「……あ……っ!!」
「ま、マスター……?」
「……だ、大丈夫、だ。」
ヒロムは頭を押さえながらも答えるが、痛みが消えてきたのか、頭を押さえる手を離し、そして呼吸を整えた。
(体が……軽い?
意識がハッキリとある。
何が……)
『大丈夫、あなたならできるわ』
聞き覚えのない声が頭の中で響く。
だが先程聞こえていたものとは違い不快感はなく、むしろ温かく心地よく思えた。
「……誰だ……?」
『大丈夫、あなたなら大丈夫』
誰かはわからない、だが今ならやれる。
この状態なら。
「……いくぞ。
魂燃やして……滾らせろ!!」