三〇六話 双炎霊装
「あ、あれは……!?」
ナズナはソラの肩に現れた小さな生き物に言葉を奪われていた。
この戦いの場にいるはずのない生命、この戦場にいるのが相応しくないその愛らしい生物の存在に困惑していた。
「な、なぜ……!?」
「キッ!!」
ソラの左肩に乗っかる小さな生き物……愛らしい瞳を持ったリスは小さく鳴く。
鳴き声から察するにシマリスのように思えるが、シマリスにしては少し見た目が異なるような気もする。
何より不思議なのはソラの肩に現れた小さな炎からそのリスが出てきたという事だ。
「……何のつもりです?
この戦いの場にそのような命を持ち込むなんて……」
「あん?」
「勝ち目が無くなったから力を消したのならまだしもそのような命を巻き込むとは……人としての尊厳とやらはないようだな?」
「何言ってるか分からねぇが、少なくともオレもナッツも負ける気はねぇし負けたとも思ってねぇよ」
「キュッ!!」
ソラの言葉に反応するように彼の肩に乗るリス……ナッツは可愛らしい鳴き声を出しながら頷く。
「……」
ソラの言葉に反応するナッツを見るイグニス。
イグニスはナッツを見ながらこのリスについて後ろで一人語り始めた。
「ナッツ……ソラがオレと「七瀬」の管理する区域での特訓中に生まれたリスの精霊。
本来は「魔人」のオレなんかより劣るはずの精霊だがコイツは違う。
コイツはソラとオレの力の増幅に伴う形で「炎魔」の力から生まれた特殊な精霊、つまり精霊でありながらその魂には「魔人」の力が混ざっている。
「魔人」の力が混じってる影響かは知らないが本来のリスに比べるとどこかネズミに近い鳴き方を……」
「イグニス、誰に話してる?」
「……独り言だ」
ナッツについて語るイグニスをソラは少し冷たい目で見つめ、その視線を感じたイグニスは語るのをやめると黙った。
が、そのイグニスの独り言を運良く聞いたナズナはナッツを見ながらソラに向けて言った。
「なるほど、精霊か。
よもやあの「無能」と呼ばれる人間と同じ存在に頼るとは浅はかだ」
「浅はか?
何がだ?」
「あの「無能」の精霊は単騎でも相応を持ち、能力者と対等に戦える力を秘めている。
だがそのリス……その小さな体には私と渡り合えるほどの力があるとは到底思えない!!」
「……だってよ、ナッツ」
「グルル……!!」
ナズナの言葉を聞いたナッツ、彼女が何言ってるのか理解しているらしくソラの肩の上でナズナを強く睨みながら威嚇していた。
「残念だけどリスの威嚇なんて……」
リスの威嚇なんて大したことは無いとでも言おうとしたのだろう。
だがナズナがその言葉を最後まで言うことは無く、彼女の言葉を妨げるように何かとても強い殺意がナズナの全身に襲いかかる。
「!?」
(こ、この殺意は!?
どこから……)
突然の強い殺意に一瞬戸惑うナズナ。
ふとソラの肩の上に乗るナッツに視線を向けると、ナッツはその可愛らしい見た目からは想像もできないような強い殺意を身に纏っていた。
「ど、どうして……!?
精霊なんかが……」
「キュッ!!」
ナッツはソラに何か訴えるように鳴き、それを聞いたソラは頷くとナッツに向けて一言伝えた。
「少しだけなら好きにしていい。
少ししたらオレと一緒にあの女を倒すぞ」
「キュッ!!」
ナッツはソラの肩から飛び降りると地上へと華麗な着地を決め、そして紅い炎を尻尾に纏わせながらナズナの方に向けて走り出す。
「リス風情が調子に乗るな!!」
ナズナは軍刀に力を込めるとナッツに向けて斬撃を放つ。
放たれた斬撃はナッツに向けて迫っていくが、ナッツは体を回転させると尻尾の炎を渦巻かせて竜巻を生み出し、ナズナの放った斬撃を防いでみせる。
「何!?」
「キッ!!」
回転を止めるとナッツは尻尾の炎を強くさせながら走り出し、そして炎を一気に大きくさせると姿が捉えられぬほどのスピードとなってナズナに接近していく。
「は、速い!!」
ナズナはナッツを仕留めようと軍刀や竜装術で身に纏った魔力の尾で何度も攻撃を放つが、ナッツは炎を強く噴射しながら加速し続け、そして加速する中で器用に動き回ることでナズナの攻撃を全て避けてみせた。
「速すぎて攻撃が……当たらない!?」
「キィッ!!」
するとナッツはナズナの眼前に現れ、そして尻尾に纏わせた炎を激しく燃やしながら敵の顔面に尻尾を叩きつける。
叩きつけられた尻尾の炎は敵に触れると炸裂し、ナズナは炸裂した炎によって顔を負傷しながら吹き飛ばされてしまう。
「がぁぁぁあ!!」
「キッ!!」
顔の負傷によって苦しむナズナ、そんなナズナを余所にナッツは華麗な着地を決めるとソラの方に戻るように走っていく。
ご苦労さん、とソラが一声かけるとナッツはどこか嬉しそうにソラの肩に飛び乗り、彼に頬ずりをした。
「キュ〜」
「さすがはオレとイグニスの精霊。
オマエのその力を見たらヒロムも驚くだろうな」
「……ソラ。
親バカ披露するのはいいけど、まだ敵は倒れてねぇぞ」
ナッツを褒めるソラだったが、イグニスの一言を受けてナズナの方に視線を向けて敵の姿を確認した。
ナッツの炎に吹き飛ばされたナズナ、その顔はひどい火傷に見舞われており、そしてリスという自分より非力な存在に深手を負わされたことに腹を立てているナズナはこれまでにはないほどの殺気を身に纏っていた。
「キサマ……!!
こんな屈辱的なこと……許されるはずがない!!」
「……」
「キィッ!!」
殺意をむき出しにするナズナを前にソラはただ静かに敵を見つめ、ナッツは敵を警戒してソラの肩の上で威嚇しようとしていた。
イグニス……はというと、彼は余裕があるのか呑気に腰を下ろして座り、胡座をかくとソラに向けて伝えた。
「このままヤツの力が膨れ上がるのを待つつもりなら止めないが、このままじゃヤツの近くの地盤が重力に耐えれなくなってここら一帯が崩落するぞ」
「分かってるさ」
「……決めるのか?」
「ああ。
そろそろ倒さなきゃ面倒になってきた」
「そうか。
なら、コイツの出番だな」
するとイグニスが胡座をかく自分の足の上から何かを抱き上げるとそれを自分の前の地面に置いた。
「ニャー」
イグニスが置いたそれは可愛らしく鳴くが、小さな体を震わせながらイグニスの方にてくてく歩いて彼に甘えようとする。
子猫、イグニスが抱き上げたのは子猫だった。
生後数週間ほどであろう子猫、その子猫に甘えられるイグニスは困った様子で子猫に言った。
「コラコラ、キャロ。
オレに甘えるんじゃなくてマスターのところに行くんだぞ」
「ニャー」
イグニスの言葉に対して体を震わせながら鳴く子猫……キャロ。
キャロが震わせるのに気づいたイグニスはなぜこの子が自分に甘えるのか理解した。
「……あの女が怖いんだな?」
「……ミー」
「そうか……。
でもオマエもオレたちの精霊だ。
だから……」
気にするな、とソラはイグニスのもとに来ると腰を下ろしてキャロを抱き上げ、ソラがキャロを抱き上げるとナッツはソラの腕を伝ってキャロのもとへ駆け寄り、キャロの上に乗ると続けて小さな手で優しくキャロの頭を撫でた。
ソラに抱き上げられ、そしてナッツに頭を撫でられたキャロの体からは震えが消え、どこか嬉しそうに鳴いていた。
どこか微笑ましいソラたちの光景、だがナズナはその光景を目の当たりにすると殺意をむき出しにしながら叫び始めた。
「命を懸けた戦いの場に無粋なものを持ち込むな!!
私を侮辱しているのか!!」
軍刀を構えながら叫ぶナズナ。
そんなナズナの叫びを聞くとソラはどこか呆れながら彼女に向けて告げた。
「侮辱してるのはオマエの方だ。
ナッツとキャロはオレの精霊、コイツらはオレの力になってくれる大事な家族だ。
それを無粋だとか浅はかだとか……見下すのも大概にしておけ」
「事実を言ったまでだ。
そんなに悔しいのなら……その力とやらを見せてみろ!!」
「言われなくてもやってやるよ」
やるぞ、とソラが一言呟くとナッツとキャロは頷く。
そして……
「双炎霊装!!」
ソラが叫ぶとナッツとキャロは可愛らしい声で雄叫びを上げるように鳴くと炎となり、二匹は炎となるとソラの周りを駆けながらソラを飲み込むように炎の竜巻を生み出していく。
そして生み出された炎の竜巻が大きくなると紅い光が中から放たれ、放たれた光と炎の竜巻が一つになるとそこからソラが新たな装いで現れる。
紅いアーマーに身を包み、細身のガントレットとブーツを武装したソラは首にマフラーを巻いていた。
そのマフラーは長く伸びる中で炎を帯びており、そしてソラの全身からは炎のようなものが溢れていた。
「せ、精霊を身に纏った……!?」
突然のソラの変化、そしてナッツとキャロがそれに関与してると分かったナズナは衝撃的だったのか言葉を詰まらせ、それを見たソラは敵に向けて簡単に解説した。
「双炎霊装、この姿になるにはナッツとキャロの力を借りる必要がある。
ナッツとキャロの力を掛け合わせ、その力を身に宿してオレがさらに強い力になるように纏う。
オマエたちが持つ情報の中で例えるなら……「クロス・リンク」だな、これは」
「ありえない!!
アレは「無能」だけが使える力のはず……」
どうかな、とソラは音も立てずにナズナの背後に現れ、背後に現れたソラを迎え撃とうと動こうとしたナズナは突然全身が炎に襲われてしまう。
「!?」
「アレがヒロムにしか使えないのは単に精霊を複数持つ人間が少ないのとそれが出来るほどの強い繋がりを有してないからだ。
素質さえあれば誰でも出来る」
「まさかキサマには……」
「素質はなかったさ。
けど、オレとイグニスが強くなったことでこの二匹が生まれ、そしてオレのために力を貸してくれるからこそ出来たことだ!!」
ソラは足から炎を少し噴射すると姿を消し、ソラが消えるとナズナは炎に襲われながら天に打ち上げられてしまう。
「!?」
「終わらせてやるよ」
ソラは天に打ち上げられたナズナの周囲を炎を噴射して加速しながら縦横無尽に駆け回る中で拳撃や蹴りを放ち、ナズナは防御すら出来ぬままそれらの攻撃を受けてしまう。
「双炎霊装」の影響なのか、今のソラの拳と蹴りには炎を纏わせたかのような力があるらしく、攻撃を受けたナズナの体は次第に炎に焼かれ、そして身に纏っていた竜装術の力が焼き消されていく。
「な、何なんだ……この力は!?」
確実に追い詰められるナズナ。
軍刀で反撃しようとするもソラのマフラーが炎を帯びながら巻き付くと刀身が砕かれ、さらにソラは速度を増しながらナズナの体を何度も殴る。
「こ、こんな男に……私が……」
「コイツの真価はこれから何だが……見せるつもりもないから消えろ」
するとソラは全身から炎を放出しながらマフラーを巨大な炎の翼に変え、そして巨大な炎を身に纏うとナズナを何度も殴りながら天高くに飛ばしていく。
殴り飛ばされるナズナ、そのナズナは収容施設を襲撃した滞空する戦艦と同じ高さに達していた。
「こ、こんな……」
じゃあな、とソラが両手を前にかざしながら炎の翼を激しく燃やさせ、両手から巨大なビーム状の炎を放つ。
「エクスプロージョン・フレア・バースト!!」
「こんなところで……!!」
放たれた巨大なビーム状の炎はナズナを巻き込むとは彼女の全身を一瞬で燃やし、彼女は断末魔をあげることも無く焼失してしまう。
そしてソラの放ったビーム状の炎は滞空する戦艦に迫る中で段々と力を増していき、戦艦を飲み込むほどの大きさに達するとその力で戦艦を撃ち抜き、撃ち抜かれた戦艦は内側から破壊されると大きな爆発を起こしながら撃墜される。
「じゃあな」
ソラは地上へと降下する中で呟くと着地し、そしてソラとイグニスは撃墜された戦艦を見ながら敵の撃破を確認した。




