二九三話 可愛らしい従者
リビングに入ったガイはイスに座り、ユリナもエレナ、ユカリ、ユキナとソファーに座った。
そして……
「お姉さん、初めまして」
先程扉をノックし、ガイのことを「ご主人」と呼んだ可愛らしいとんがり帽子の子は自己紹介を始める。
「ボクの名前は飛天と言います。
えっと……精霊です。
よろしくお願いします」
「あっ、あの……ユリナです」
「エレナって言います」
「ユカリです。
よろしくね」
「ユキナよ。
よろしくね」
「よろしくお願いします」
可愛らしい子……飛天と名乗ったその子に続くようにユリナたちも自己紹介をし、四人が名乗ると飛天はお辞儀をした。
そんな飛天に向けてガイは少し厳しい言い方をする。
「飛天……。
勝手に彷徨くなって言ったよな?」
「だって……お腹空いたんだもん」
「……用意するから待てって言ったろ?
この広い屋敷でオマエが迷子になると心配なんだよ」
「ごめんなさい……」
ガイに注意されて少しションボリしてしまう飛天。
するとションボリしてしまった飛天をユリナは抱き上げるとガイに対して優しくお願いをした。
「ガイ、あまり怒らないであげてね。
この子も悪気はないと思うから……」
「あ、いや……怒ってはないんだよ。
ただ、まぁ……そうだな。
悪い飛天、言い過ぎた」
「ご主人〜……」
ガイが謝罪をすると飛天は瞳に涙を浮かべる。
そんな飛天のことをユキナはじっと見つめると、ガイに対して質問をした。
「ねぇ、ガイ。
この子っていつからいたの?」
「昨日くらいからだ。
きっかけとかは特になかったけど……夜に特訓してた時に現れたんだ」
「どんな感じで?」
「どんな感じって言われると難し……」
「あのね、ボクはご主人の中で生まれてね、その後ご主人のところに出たんだ」
ガイが説明しようとすると飛天が嬉しそうに説明するのだが、飛天の説明があまりにも曖昧すぎたためにユリナたちは理解が追いつかずに首を傾げてしまう。
自分の説明がこの反応を生んでいると気づいてない飛天は不思議そうにユリナを見ているが、ガイは咳払いをするとユリナから飛天を抱き上げる。
「悪い、まだ生まれて間もないからか子供っぽさが目立つ」
「あ、うん。
大丈夫だよ。
それより、この子お腹空いてるの?」
「ああ、そうらしい。
夕飯の時はその直前にお菓子食ったからって昼寝してたんだが、目を覚ますなりお腹空いたって泣いてな。
どうにかして用意しようとして目を離した隙に迷子になったんだよ」
「ごめんね、ご主人……」
「怒ってねぇって。
ただ、明日からはご飯の前にお菓子食うのはダメだからな?」
「うん!!」
ガイが優しく話すと飛天は元気よく返事をし、ガイと飛天をユリナたちは微笑ましそうに眺めていた。
「それより飛天。
煎餅用意したから食べるか?」
「……煎餅、きらい」
ガイが煎餅を用意したことを伝えると飛天はなぜか機嫌を損ねてしまい、ガイの腕から飛び下りるとユリナたちの方に駆け寄っていく。
駆け寄った飛天はユキナの脚に隠れるように彼女の後ろに回り、ガイはそんな飛天に何が不満なのかを訊ねた。
「飛天、オマエ昼寝前まで煎餅食べてたろ?
何で嫌いなんだ?」
「……煎餅、辛いもん」
「辛い?」
「かたいし、ジュース飲みたくなるんだもん」
「え、いや……煎餅ってそんなもんだぞ?」
飛天の思わぬ理由にガイは戸惑うが、そんな飛天を見かねたユリナは飛天に目線を合わせるように腰を下ろすと話しかけた。
「ねぇ、飛天くん。
飛天くんはどんなのが食べたいの?」
「……テレビで見たケーキ」
「どんなケーキ?」
「いちごののってるケーキ……」
「イチゴのケーキか……。
イチゴのケーキは今はないけど、シュークリームなら冷蔵庫にあったと思うよ?」
「シュークリーム?」
どうやらシュークリームを知らないらしい。
飛天はシュークリームという未知のものに興味津々な様子で、目を輝かせながらユキナの後ろから顔を出すとユリナを見つめていた。
「食べる?」
「うん、食べる!!」
ユリナは飛天に向けて微笑みながら飛天に食べるかを訊ね、飛天は嬉しそうに頷きながら返事をする。
「じゃあ、ちょっと待っててね」
ーーー五分後ーーー
ユリナはキッチンにある冷蔵庫からシュークリームとオレンジジュースを持ってくるとソファーに座る飛天の前に置いた。
「どうぞ」
「ねぇ、食べていいの?」
「うん、食べていいよ」
目の前に置かれたシュークリームとオレンジジュースを見た飛天は興奮気味にユリナに確認するように言い、ユリナは笑顔で答える。
「いただきます!!」
飛天はお行儀よく手を合わせて食事前の挨拶をすると、シュークリームを手に取って食べ始める。
「……おいしい!!」
初めて食べるシュークリームの味に飛天は嬉しそうに感想を述べ、そしてそのまま続けてシュークリームを食べていく。
「……悪いな、ユリナ」
シュークリームを用意してくれたユリナにガイは礼を言い、礼を言われたユリナは首を横に振ると彼に向けて言った。
「私たちはこういう時に力になりたくてここにいるんだから謝らないでね」
「けど……」
「でもガイ。
何でもこなすアンタでもあの子の面倒見るのは苦戦するのね」
ユリナに対して何か言おうとするガイだったが、そんなガイに向けてユキナが飛天のことでガイに話しかけた。
「ヒロムのそばにいたなら精霊のことは勉強してたんじゃないの?」
「フレイたちは特殊すぎると思うけどな。
それに飛天はオレの前に現れた時に比べたらまだしっかりするようになったし、これからかもしれないからな」
「ふーん……。
ヒロムとか他の人たちは知ってるの?」
いや、とガイはユキナの質問に対して答えると飛天についての話を続けてした。
「ただでさえみんな自分のことで手一杯だからな。
その中で飛天のことを明かしたら混乱させかねないし、今の未熟な面を見たら不安を与えるだけだから話してないんだ」
「ふーん……。
でも、ヒロムには話した方がよくない?」
「ヒロムには?
ヒロムにだけは話した方がいいと思うのか?」
「そりゃそうでしょ。
アナタなんかより長い年月を精霊と一緒に過ごしてるんだからアドバイスくらいは聞けるかもしれないわよ?」
ユキナのそれは提案だ。
ガイ一人で悩まずに精霊について知識を持つヒロムに頼れば何かあるかもしれないというものだ。
彼女の言い分は間違っていない。
いや、むしろ正しい。
一人で悩むくらいなら頼れる人に情報を提供してもらう方がいいのは目に見えて分かる事だ。
「……そうだな。
アイツが戻ってきたら色々教えてもらおうかな」
「その方がいいわよ。
アナタって意外と頑固だから」
「……ユキナに言われるとなんか腹立つな」
そうかしら、とユキナはどこか楽しそうに笑うとシュークリームを食べる飛天を眺めるように視線を向ける。
ユキナのその態度に少し呆れてため息をつくとガイは心の中でヒロムの事を考えた。
(ヒロム……。
オマエの方は順調なのか?)
***
精神世界・影の世界
フレイとラミアがティアーユと光の柱の中で戦っているであろう中、ヒロムはロゼリアたちとともにトワイライトとの戦いを繰り広げていた。
「はっ!!」
二本に分割されて双剣となった剣でトワイライトは連撃を放ちながらヒロムを追い詰めようとするが、ヒロムはその連撃を何とかして避けながら隙を窺っていた。
「クソ……!!」
(全然隙がねぇ!!
アマゾネスとロゼリアみたいなパワーがあるとかじゃないし、アマゾネスみたいな恐ろしいほどの速度を持ってるわけでもない。
けど隙がまったくない!!
パワーとスピードが不足してる分を補うかのように一切無駄のない動きをしてるせいでコイツに全然反撃する余裕が……)
「何か考えてたのですか?」
ヒロムが頭の中で焦りを感じているとトワイライトは双剣を元々の一本の剣に戻すように連結させると至近距離からヒロムに斬撃を放つ。
「くっ!!」
ヒロムは咄嗟にフレイの武装である大剣を出現させて手に持つとそれを盾の代わりにして斬撃を防ぐと反撃に転じようとする。
が……
ヒロムが大剣を構え直そうとするその瞬間、トワイライトの剣の刀身と柄が展開されて裁断バサミのように変形され、そしてトワイライトの刃が大剣を挟み込むと銃剣の時と同じように一切の力比べをすることなく大剣を破壊してしまう。
「なっ……」
「その程度で私の攻撃を防いだとでも?」
大剣を破壊されたことで隙が生じたヒロムに向けてトワイライトは一切の躊躇なくハサミと化した剣で彼の体を両断するために挟みこもうとする。
だがそのトワイライトの攻撃は不発に終わる。
「させるか!!」
両手のガントレットに魔力を纏わせたアマゾネスがヒロムとトワイライトの間に割って入ると彼をトワイライトから引き離すように蹴り飛ばし、そしてトワイライトのハサミの刃をガントレットで止めてみせた。
「うおっ……!!」
蹴り飛ばされたヒロムは突然のことで受身を取れなかったが、すぐに立ち上がるとアマゾネスの方に視線を向ける。
アマゾネスはヒロムを蹴り飛ばしてトワイライトの刃を止めており、そしてそこからトワイライトの刃を押し返すとトワイライトにも蹴りを入れて吹き飛ばそうとするが、トワイライトは蹴りを受ける直前に後ろに飛んで蹴りの威力を軽減させ、その上で蹴りを受けて吹き飛ぶと慌てる様子もなく受身を取ると剣を構え直した。
そして構え直した剣を再び分割させるとトワイライトは双剣を装備した。
双剣を装備して構えるトワイライトのその姿からは一切隙は無く、それによってヒロムは下手に動くことが出来なかった。
そんなヒロムのもとへとアマゾネスは音も立てずに一瞬で駆け寄ると彼の身の安否を確認するように話しかけた。
「大丈夫よね?
ケガした?」
「問題ない。
アマゾネス、オマエから見てアイツを倒す方法は思いつくか?」
突然の質問、ヒロムはそれをアマゾネスにするのだが質問されたアマゾネスは首を傾げるとヒロムに言い返した。
「そこは試練なんだからアナタが考えないと意味無いわよ?」
「……だよな。
面倒だな、ホント……」
ヒロムは質問する前からアマゾネスが言った内容について分かっていたらしく、ため息をつくとトワイライトを見ながら一人呟き始める。
「アイツはパワーもスピードも高いわけじゃない。
けどそれを補えるだけの戦闘センスと技術があるおかげで持ちうる力以上の力を発揮出来ている。
だとすれば……やることは一つだな」
ヒロムは何か思いついたのか指を鳴らし、その音に反応するように精霊・ディアナとクロナが姿を現す。
「精霊のマスター?」
ヒロムが一体何をしようとしてるのかが気になるアマゾネスは彼に訊ねようとするが、ヒロムはそれを邪魔するようにトワイライトに向けて一言告げた。
「試練云々はさておいて、少しオレの実験に付き合ってくれよ」




