二九話 遭遇
ヒロムはユリナたちと、自身の身を心配してやってきた夕弦とともに歩いていた。
先を歩くヒロムは呑気にあくびをし、ユリナたちは夕弦と話をしていた。
「じゃあ昔からずっと訓練受けてたんですか?」
「はい。
ですがそれもすべてはヒロム様のお力になるためでしたので」
話題は夕弦のこと、ユリナたちが興味津々で尋ねたのが始まりだ。
夕弦も別にそれを嫌がることもなく、普通にユリナたちの質問に答えている。
「でも友達とかはみんな遊んでたんじゃないの?」
「学校には行っていましたが、皆さんのような勉強のためではなく、能力者のための学校でしたのであまりそういうことは気になりませんでしたよ」
「なんか退屈そう……」
「ですがヒロム様のためだと思うと不思議となんでも出来るものですよ?」
夕弦の言葉にユリナたちは感心しているが、ヒロムはため息をつくなり夕弦に告げる。
「オレとしてはやりたいことやればいいと思うんだが……」
「私のやりたいことは今もやってますよ?」
夕弦のやりたいこと。
それはヒロムの力になることに他ない。
その一切の迷いのない夕弦の行動にヒロムは少し呆れ、同時にその熱意には多少の尊敬をした。
「ご苦労なこった……」
「夕弦さんってすごいですね。
なんか今まで色々経験してきた大人の女性って感じで……」
「あ、あの……」
ユリナの言葉に夕弦は何か言いたげな顔をしている。
ユリナもそれには気づいたが、何が言いたいのかを理解出来てなかった。
が、夕弦の代わりにヒロムがユリナに説明をした。
「夕弦はオレらと同い年だぞ?」
「同い年……って」
「私……これでも十六歳ですよ」
「ええ!?」
予想外だったのか、ユリナは思わず大きな声を出して驚いたが、夕弦も驚かれたことに少しショックを受けている。
いや、傍から見ればユリナの反応は十分失礼なのだが……
「ご、ごめんなさい!!」
「いえ、お気遣いなく……」
「とか言って、気にしてんだろ?」
「慣れてますからね……
実際、よく隊の者から成人してると間違われますし……」
「ご、ごめんなさい……」
大丈夫ですよ、と夕弦は何度も謝るユリナに対して伝えるが、そのユリナは夕弦の年齢を間違えたことに関して申し訳なさそうな顔をしている。
「夕弦さんってすごいのね……」
「同い年ってわかると余計に、ね」
「むしろなんで歳上に見えるかわからん」
リサとエリカも夕弦を歳上に思っていたらしく、驚いていたが、ヒロムだけは三人のその反応に呆れていた。
が、そんなヒロムに対して夕弦はユリナたちの反応について補足し始めた。
「ヒロム様と私は昔からの付き合いがありますが、彼女たちは会って間もないので無理はないですよ」
「そうか?
普通にわかると思うけどな……」
「私たちはわからなかったの!!」
「いや、ハッキリ言うなよ……」
「ですが、正直なところを言うと、皆さんのようにオシャレをしたりはしたことないですね……」
夕弦は急に寂しげな表情を見せながら言い、ヒロムもそんな夕弦を見て、一つ提案した。
「明日から夏休みだしな……
どっかユリナたちと都合の合う日にでも出かけてこいよ」
「で、ですが……」
「たまには羽目外して遊んでこい。
特訓も一日くらいなら大丈夫だ」
それいい、とヒロムの提案にユリナたちは賛同し、夕弦に視線を送る。
その視線は期待に満ちたもので、おそらく夕弦とどこかへ出かけたりしたいというものだ。
「……ありがとうございます。
では、お言葉に甘えさせていただきます」
夕弦の言葉にユリナは嬉しそうに笑みを浮かべ、大きく頷く。
「じゃあ……」
「オレも仲間に入れてくれや」
ユリナが夕弦に何かを言おうとすると、突然、ヒロムたちの背後から何者かが声をかけてくる。
その声からはどこか敵対心にも似たものを持ち、そして殺意を感じ取れた。
ヒロムと夕弦は咄嗟にユリナたちを守るように構えるとその声の主を見た。
茶髪に紅い瞳、右の頬に黒い痣を持つその青年は刀を携えてこちらを見ていた。
この青年が声の主だろう。
「初めましてだよな、「覇王」」
「……誰だオマエ?」
その青年に関して一切覚えのないヒロムはただ睨みつけるが、夕弦は知っているらしく、自身の武器であるガントレットを装着しながらヒロムに説明した。
「あの男は「狂鬼」、鬼月真助です」
「あいつが……」
「ご存じかと思いますが、シオンと同じ「月閃一族」であり、戦いのためなら何でもする狂った男です」
褒めるなよ、と真助は呑気に笑っているが、ヒロムと夕弦はそんな真助に敵意を向け、構え始めた。
「……おいおい、歓迎ムードじゃねえか。
嬉しいねぇ〜」
さすが戦いを好むだけはある。
今のこの状況を楽しもうとしている。
真助の今のその表情にヒロムは若干引いていた。
「……ねぇわ」
「で、「覇王」と「風爪」、どっちから相手してくれんだ?」
真助は戦いを始めたいらしく、構えるとヒロムと夕弦を交互に見た。
「……ま、同時でもいいけど?」
「……ここは私が時間を稼ぎます。
ヒロム様はガイたちに……」
「いや、オレたちで倒す」
「何を……」
ヒロムの判断に納得出来ない夕弦は説明を求めようとしたが、ヒロムはすぐに説明をした。
「あいつが「十家」の刺客かもしれないとなるとここで戦力を集中させるのは得策じゃない。
それにアイツらの特訓の邪魔だけはしたくない」
「まさか最初からそのつもりで……」
「悪いな。
状況的にやばくなれば撤退はするから安心しろ」
「……約束ですよ?」
ヒロムの説明に少し呆れつつも納得した夕弦は真助を見た。
真助は余裕なのか、こちらの話が終わるのを待ちながら呑気にあくびをしている。
「……オマエらは下がってろ」
ヒロムはユリアを呼ぶと護衛につかせ、ユリナたちを避難させようとした。
が、ユリナは素直に避難しようとしない。
心配そうにただヒロムを見ている。
「……大丈夫だ。
絶対勝つから」
「う、うん……」
「絶対だよ?」
「ああ」
「約束破ったら……」
「いいから早く行け」
ユリナたちを早々に避難させるとヒロムは深呼吸をした。
やるか、とヒロムは首を鳴らすと、体勢を低くした。
「お?
「覇王」から相手してくれんのか?」
「……安心しろ。
オマエのお望み通り……」
「「同時だ!!」」
ヒロムが走るとともに夕弦も走り出した。
二人の行動に真助は笑みを浮かべ、向かってくる二人に対して叫ぶ。
「楽しませろや!!」
「勝手に楽しんで失せろ!!」
ヒロムは一気に距離を詰めると殴りかかるが、真助はそれを防ぎ、ヒロムを殴り飛ばそうとした。
が、そうしようとした時、夕弦は両手につけたガントレットの鋭い爪で真助に斬りかかる。
「はっ!!」
真助は夕弦の攻撃を慌てる事もなく余裕を見せて避けるが、夕弦の攻撃を避けると同時に真助の体にヒロムの拳の一撃が命中する。
「おっ……!!」
「潰れろ」
ヒロムは勢いよく真助を殴り飛ばすと、それを追いかけるように走り出し、夕弦は全身に魔力を纏い始める。
(さすがヒロム様。
流動術による先読みで私と「狂鬼」の動きを読んだ上で行動されている)
「……負けてはいられませんね」
夕弦は魔力を纏うとともに走り出し、そしてガントレットの爪に力を集める。
「この……」
真助は受け身を取り、体勢を立て直そうとしたが、その時間を与えぬようにヒロムが接近するなり連続で攻撃を仕掛けてくる。
真助もほんの少しだが反応が遅れてしまい、それによりヒロムの攻撃を防ぐしかなかった。
そのヒロムも真助に反撃の隙を与えぬように攻撃し続け、それは次第に勢いを増していた。
「オラオラ!!」
「……!!」
ヒロムは真助に一撃を入れると突然、真助から離れるように後ろへと跳んだ。
何かある、と真助は思ったが、同時にチャンスだと思った。
今のヒロムはわずかな時間とはいえ無防備だ。
決めるなら……
「ここしかねぇよな!!」
「その通りだ」
真助が動こうとすると、夕弦が自身の目の前へと一瞬で移動し、その鋭い爪に魔力を集中させていく。
と同時に爪は魔力により鋭さを増し、その長さも先程よりも長くなっていた。
「魔爪斬!!」
夕弦の爪による一撃、確実に決まる。
ヒロムは着地するとともにそれを確信した。
が、現実はそれを裏切るような展開を見せた。
真助は不敵な笑みを浮かべると、抜刀し、夕弦の攻撃を防ぐ。
「……やるじゃねえか」
夕弦の一撃は完全に防がれ、真助は刀で押し返すとともに夕弦を吹き飛ばす。
が、夕弦は受け身をとるとすぐさま距離を取り、ヒロムの横へと並ぶ。
「大丈夫か?」
「問題ありません、が……」
ヒロムと夕弦は真助の刀を見た。
真助が手に持つ刀、それは刃こぼれしており、武器としては不格好なものだ。
だがそんな武器を持つ真助は嬉しそうに笑っていた。
「最高、だな。
ここまで楽しめそうなやつは久しぶりだ」
「……大して効いてないか 」
ヒロムの攻撃、数発は受けたはずだというのに、真助は平然としていた。
それどころか先程も見せたあの不敵な笑みを浮かべてこちらを見ている。
「さて……オマエらはどうも素手で倒せる相手じゃなさそうだし……コイツで遊んでやるよ!!」