二八四話 次元竜
「大物がかかるとはな……」
蓮夜とスバルの出現、二人が現れたことに対してどこか嬉しそうに呟く白一色の敵。
嬉しそうにする敵とは対照的に蓮夜とスバルは夕弦を襲おうとした敵に対して殺気を放っていた。
敵を睨む蓮夜はまだしも、穏やかな表情を浮かべているスバルもだ。
「へぇ……オマエらにとってその女は余程大事な存在のようだな」
「ええ、私たちの娘なのだから当然でしょ?」
「おい……私情を挟むなよォ?
相手は「竜鬼会」、生かす理由もねぇ敵だァ」
「ええ、存じてますよ。
ですから……情け容赦を与えるつもりはありません」
「……それならいい。
さて、テメェは……」
「そういえば名乗ってなかったな」
蓮夜が何か言おうとするのを遮るように敵は話し始める。
「名前、名乗ってなかったよな?」
「ああ?
これから倒す相手の名前なんざどうでも……」
「オレは「次元竜」のウル。
オマエたちが倒したいであろう「覇王竜」の側近だ」
「覇王……竜?」
「あら、覇王なんて大層な名前を持つ人間が彼以外にいるなんて驚きだわ」
「フッ、オマエたちのところの「覇王」と我々の「覇王竜」は存在する世界が違う。
人である限りあの方に勝つことは不可能、そして我々竜装術を統べるその力は誰も止められない」
「よくわかんねぇけどよォ……要はテメェを潰して拷問すりゃ猿山の大将にたどり着けるってわけだなァ」
「蓮夜……。
猿山じゃなくて竜の巣窟の方がいいわよ?」
「テメェは黙ってろォ、スバルゥ」
余裕を見せる敵・ウルを倒そうと真剣に考える蓮夜の集中を削ぐかのようにスバルが茶化し、茶化された蓮夜はスバルを黙らせようと冷静に一言告げる。
スバルは怒られちゃったと言わんばかりの笑顔を見せると口を閉じ、蓮夜はため息をつくとウルに攻撃でも仕掛けようとした。
しかし、ウルは蓮夜の想像していないことを始めた。
「そういえば獅童士門はどうなった?
あの男、拘束したこちらの駒を護送中に襲われたらしいが、生きてるのか?」
「テメェ、その話するってことはケンカ売ってるってことでいいんだよなァ?
テメェらが襲っておいてわざわざそんなこと確認するかァ?」
「ケンカ?
これは戦争だ。ケンカなんて生易しいものじゃない。
生きとし生けるもの、力を持つものが生存をかけて争う戦争なんだよこれは」
「あぁ?
テメェ、何が言いたい?」
「さて、質問に答えてもらおうか。
獅童士門はどうなった?」
蓮夜の言葉などに耳を貸す気は無いと言わんばかりに話を進めるウル。
蓮夜としてもそれに律儀に付き合うつもりは最初からなかったのだが、ウルが何かを知っているとなればそう簡単に始末するわけにはいかない。
敵は「竜鬼会」、未知の中の未知ともいえるほど得体の知れぬ集団だ。
そして蓮夜の目の前にいるウルはその得体の知れぬ集団のリーダーとされる「覇王竜」の側近だという。
つまり、何かしらの情報を確実に持っていることは間違いない。
「……答えればそれなりのことを話してくれるんだろうなァ?」
ウルを警戒する一方で敵の思惑通りにならぬように様子を探り、その上でどう動くかを蓮夜は判断しようとしていた。
……のだが、その蓮夜の考えすらウルは見通してるかのようだった。
「答えてくれればそれなりの情報は報酬として話してやるつもりだ。
オマエが警戒していようがオレはオマエには倒されないし、オマエはオレには勝てない」
「あぁ?
テメェ……」
「さて、最後のチャンスだ。
獅童士門はどうなった?
答えないのなら……相応の罰を受けてもらうだけだ」
「チッ……。
どっかの誰かに襲われたせいでアイツは今病院に帆走されて治療中だ」
「つまり、生きてるんだな?」
「……オマエにとって不都合か知らねぇが、こっちとしては生きててくれねえと困んだよォ」
「いや、オレとしても生きててもらわなければ困るからな。
あの男にはまだ役割があるからな」
「は……?」
獅童士門は生存している、それを聞いたウルは突然訳の分からぬことを話し始める。
そしてそれは蓮夜にとっても想定していない言葉であり、思わず耳を疑ってしまう。
「テメェ……獅童に何をしたァ?」
「ほぅ……獅童士門が内通者ではないと言いたそうな口振りだな」
「アイツはそんな野郎じゃねぇからなァ。
一度決めたことは死んでも曲げない……それがガキの頃に出会った時から変わらないアイツの信念だからなァ」
「なるほど……昔から知る中だからこその信頼というやつか。
実に無駄で滑稽なものだが……まぁいい。
兎にも角にも獅童士門には伝言を頼んであるから生きててもらわなければ困るんだよ」
「オマエ、まさか……」
そのまさかだ、とウルは蓮夜の言葉を奪うように言うと、彼らに向けてある事に関しての真相を語り始めた。
「拘束した能力者の護送中の獅童士門を襲ったのはこのオレだ。
そして獅童士門を倒した後に全員を返してもらった」
「テメェ……!!」
獅童士門を襲ったのが目の前にいるウルだとわかった時、蓮夜は怒りに駆られて冷静さを失ってしまい、全身に魔力を纏うとウルに攻撃しようと動こうとする。
が、そんな蓮夜に対してウルはただ 冷静に対処するように右手を前にかざし、右手が前にかざされると蓮夜の動きが止まってしまう。
いや、蓮夜だけではない。
彼と共に現れたスバルも、クジャとの戦いで負傷して膝をつく夕弦も……ウルの視界の中にいる三人は身動きが取れなかった。
「なっ……これは……!!」
「体が……」
「動かない……!?」
言葉は発せるが動けない、その状態に蓮夜たちはただ焦りを感じていた。
このままではやられる。
ただそれだけが彼らから冷静になることを忘れさせる。
そんな状況下で余裕があるウルは首を鳴らすと蓮夜に向けて獅童士門を襲った時の話を始める。
「ヤツもオマエたちと同じように体が動けなくなったことに動揺を隠せずにいた。
ああ、何人か部下と思われるヤツがいたけど、すぐに倒したから覚えてないな……」
「テメェ……!!」
「獅童士門もそうやって戦う姿勢だけは見せてたな。
もっとも、クジャの名前を口にしたら血相変えた上に冷静さを失ってたけど……始末しやすくて助かったよ」
「一つ答えろ。
なぜクジャがオマエたちとともに行動している?
そいつは消息不明になって……」
「消息不明になるように仕向けたのさ、オレが。
この計画のためだけに「覇王竜」とともに使える人間を調べ上げ、そして鬼之神麗夜に仕えるフリをして勧誘してたのさ。
もっとも、元々裏切る予定だった鬼之神麗夜と裏で愛人のような関係にあったクジャの説得は容易ではなかった」
「じゃあ何故……」
「口車に乗せたのさ。
数日前までは鬼之神麗夜のために「竜鬼会」に入れと説得していたが、ヤツが勘づいたことで計画に支障が出ると考えたオレは「魔弾竜」と「斬刃竜」に殺害を命じ、オレはその間にクジャが命令を聞きやすいようにした」
「まさか……」
ウルの言葉を聞いて何かに気づいた夕弦、その夕弦の反応を楽しむかのようにウルはクジャに何をしたのかを語る。
「見せてやったのさ。
無惨に殺害された鬼之神麗夜の死体をな。
そこでオレはこう話した……「これをやったのはオマエたちがかつて仕えていた人間どもだ。オマエと同じ痛みを味わせてやれ」ってな」
「そんなことをしてまでヒロムを……!!」
どうかな、とウルが指を鳴らすと夕弦に倒されて気を失っているクジャの周囲の空間が歪み、そして空間の歪みの中にクジャが飲み込まれるように消えると空間の歪みが消えてしまう。
「なっ……」
「悪いがコイツにはまだ利用価値がある。
オマエたちに渡す気は無い」
クジャが消えたことに驚く蓮夜に向けてクジャの身柄について話すと続いてある話をしようとする。
「さて、我々の計画は最終段階に到達しようとしている。
そしてその計画が完遂された時、オマエたちは用済みになる」
「テメェらの計画ってのは何なんだァ?
さっさと教えやがれェ……!!」
「教えたところで止められない。
オマエたちは我々の次元には到達出来ないのだからな」
「どういう意味なのかしら……?
まるで私や蓮夜では相手にはならないような口振りですけど……」
「オマエたちが何をしようと全てこちらの想定内。
オマエたちの行動など我々からすれば手に取るように分かるからな」
「……だからヒロム様の作戦も見抜かれてたのね」
ウルの話を聞いて夕弦は「竜鬼会」の行動についてヒロムたちと話していた際に出た「敵がヒロムの考えを把握してる」というものを思い出して口にする。
それが夕弦の口から語られた時、ウルはどこか驚いたような声で夕弦に向けて訊ねた。
「意外だったな。
まさかその結論に至ってる人間がいるとはな」
「どういうことだァ、夕弦?」
「……鬼之神麗夜について知ったことでヒロム様がユカリたちを迎えに行った先で敵が現れ、ユウナを迎えに行くために二手に分かれて囮を用意したのにそれすら見抜かれてしまってました。
そこで……エレナの一言から敵はヒロム様の思考を把握する術を有してるのではないかという話になりました」
「それはいつ判明したァ?」
「すいません、その話をしたのは数時間ほど前……しかも信憑性の低いとも思われたことから報告を後回しにしてしまいました……」
「チッ……。
まぁ、いい。
説教は後回し……」
「オマエたちに明日があれば説教でもすればいい」
ウルが指を鳴らすと彼の頭上の空間が歪み、その歪みの中から無数の槍が姿を現し、その矛先は蓮夜たちに向けられる。
「……!!」
「身動きも取れぬまま殺される屈辱の中で後悔しろ。
オマエたちは仕えるべき王を間違えたとな」
ウルは指を鳴らして無数の槍を解き放とうとする。
……のだが……
「おいおい、側近程度が偉そうな口叩いてんじゃねぇぞ?」
どこからともなく聞こえてくる声、そしてその声とともに天より巨大な紅い炎が地上に向けて飛んでくると槍を全て焼き払い、そしてウルに襲いかかろうとする。
「何!?」
突然の炎に驚くウルは自身の周囲の空間を歪めると姿を消して炎を避け、蓮夜たちや炎から離れた場所に転移するように現れる。
「今のは……」
「へぇ……「次元竜」ってのは空間を操る能力ってことか。
その手の瞬間移動やらは得意ってか?」
ウルに襲いかかろうとした炎の中から声がし、その声の主がゆっくりと炎の中から姿を見せる。
人にも似たような姿でありながら真紅の甲殻に身を包み、悪魔とも鬼とも取れるような頭や両腕両脚はどこか禍々しく、そして爪と牙は鋭く尖っている。
鬼、そう呼ぶのがいいのかもしれない。
「アレは……?」
「アイツは一体……」
その鬼のような存在の出現に戸惑う夕弦と蓮夜だが、そんな夕弦に向けてそれは安心させるかのように話し始める。
「オレの名はイグニ……いや、今は炎魔って名乗っとくか。
炎の「魔人」……炎魔だ。
オマエらの味方として馳せ参じたってな」




