二七九話 晩餐会
獅童士門が何者かに襲撃された。
その一報によりヒロムたちは敵の動きに対して警戒していた。
「竜鬼会」が刺客として送り込んだ能力者が敗北して拘束されることを最初から見込んで行動していたというヒロムの推論が正しいとなれば「竜鬼会」の能力者たちはヒロムたちの戦力を把握した上で新たな一手を投じてくる可能性が大いにありうるからだ。
が、そんな状況下にある現在でも人として必要な栄養の摂取は怠るわけにはいかない。
ヒロムたちはユリナたちが作ってくれた夕飯をリビングに全員集まって食べていた。
だがその食事の雰囲気は決して楽しいものではなかった。
「えっ……?」
「オマエ……今の話、本当か?」
ヒロムの口から語られたある話を聞いたガイは確かめるように聞き返し、同じように話を聞いていたイクトやユリナたちはその話の内容に驚く他なかった。
「……本当だよ。
ウソついても仕方ないだろ」
「だけど、それじゃ……」
「事実が何であれ今までのことが変わるわけじゃない。
気にしなくていいさ」
ヒロムはガイに向けて簡単に言うとユリナたちが作った料理を口にするが、話を聞いている側はそんな簡単に納得出来るわけもなかった。
「気にしなくていいって言われて簡単に納得出来るわけないだろ。
頼むからちゃんと説明してくれ」
何も気にすることなく料理を食べるヒロムとは異なり、話を聞いたガイは全容が気になって食事どころではなかった。
いや、ガイだけではない。
ヒロムの話を聞いた全員が彼と同じようにヒロムの話の詳細を聞きたいのだ。
ガイはただそれを全員を代表するような形でヒロムに言っているだけだ。
「頼む、話してくれ」
「……食事がまずくなってもいいのか?」
「途中まで話してたのに今更気にするのか?」
「……まぁ、それもそうか。
仕方ないか……」
ヒロムはため息をつくと食事をする手を止め、そして少し間を置くと精神世界で起きたこと、そして精神世界で知った自身の真相を語り出した。
「精神世界の中でオレが聞いたのはオレがどうしてフレイたちを宿しているのか、その真相についてだ。
そこでオレは生まれてすぐに無意識で精神の深層に到達したらしい」
「それはさっき聞いたよ。
それとフレイたちが関係するのか?」
「……オレは到達した先で精神が摩耗して崩壊する危険性がある状態に追い込まれていたらしく、そこでオレの精神が崩壊しないように繋ぎ合わせて維持する形でフレイたちを宿した。
つまり、フレイたちはオレが精神の深層に無意識で到達しなかったら宿っていなかったし、フレイたちが宿っていなかった場合のオレは本当の意味での何も無い「無能」に成り下がってたってわけだ」
「精霊たちの記憶が曖昧だったのは何でなんだ?」
ヒロムがフレイたち精霊について話していると、シオンが続いて質問をした。
それはヒロムがここに戻るまでの間に抱いていた疑問でもあるフレイたちの記憶が部分的に曖昧になっていることについてだ。
それについても全てを知ったヒロムはシオンの質問についても答えるように話し始めた。
「フレイたちの記憶に関してはそれこそオレの精神の崩壊を防ごうとして宿った精霊たちがそのことを悟られぬようにした結果生じた記憶改竄らしい。
天邪鬼、アマゾネス、ロゼリアと他に数人いるとされる精霊が精神の深層の入口を自分たちの存在とともに封印することで崩壊を防ぎ、それでもオレの中にある危険性を未然に防ぐためにラミアやセラたちが封印される形で防ぐことになった。
その過程で残ったフレイたち十一人の記憶からその全てをきれいに消してオレの前に現れるようにし、そしてオレは何も不思議に思うことなく過ごすことになったんだよ」
「つまりオマエの精霊は最初から知っていたけど、その記憶を消されてたってことか」
「そういうことになるな。
これで納得してくれるか、シオン」
「オレはな。
だがオマエは納得したのか?
今の話だと……」
「納得してるわけないだろ?
無意識だったとはいえオレは自分の中に大きな爪痕残してるのにそれを精霊であるフレイたちに背負わせるようなことをしてたんだからな。
自分の無力さを痛感したよ」
でも、とヒロムの言葉を聞いたユリナが彼を励まそうと彼の話を聞いた上で感じたことを話した。
「ヒロムくんは自分からそうなりたくてそうしたんじゃないんでしょ?
だったらそんな……自分のことを責めるような言い方は……」
「……少し違うかな」
ヒロムはユリナの話を聞いた上で、彼女の言葉の一部を訂正するように言った。
「オレがそうしたかったかどうかじゃないし、自分を責めるとかそういう話じゃないんだ。
オレは今に至るまで何も知らぬまま過ごしすぎた。
精神世界の時の流れは次第にこっちの世界とは時間軸がズレてるってのもあるけど、ラミアやアマゾネスたちは何十年、何百年って時の流れの中で封印されていた。
過去をどうにかしたいとは思わないけど、オレが何も責任を感じないのはアイツらに失礼だと思うんだ」
「で、でも……」
「ヒロム、一ついい?」
ユリナがなにか言おうとした時、それを押し切る形で狂美レナがヒロムに向けてある事を確かめるように質問をした。
「今ヒロムは体の四割が精霊になってるんでしょ?
もし本当に罪悪感みたいなの感じてたとして、まさかだけど償いのために人間やめて全てを精霊にするとかしないよね?」
「……!!」
レナのヒロムに対する質問、それはガイたちもユリナたちも気になるところだった。
今までヒロムは何かのために自分を犠牲にしようとしていた。
その結果、体が精霊に変化し、それは戦闘が激しくなる度に何かを成し遂げようとして加速させていた。
それがもし、今回の件でフレイたちに対しての償いのためなどと理由をつけて実行したら……
ヒロムのことだからその可能性が完全にないとは否定出来ない。
おそらくレナもそれを理解した上で質問したのだろう。
が、レナの質問を受けたヒロムは首を傾げていた。
「いや、そんなことするわけねぇだろ」
意外だった。
言葉を詰まらせるわけでもなく、他の言葉で話を逸らすわけでもなく、彼はただ一言で答えたのだ。
そして彼はレナの質問に対してさらに話した。
「オレが償うためにすべきことは全てを知った上で向き合うことだ。
そんな適当なことして償えるとは思ってねぇよ」
「信じていいのか?」
「なんだよ、ガイ。
オレのこと、信用……」
そうじゃない、とガイはヒロムの言葉を遮るように言うと続けて彼に向けてある事を話した。
「オマエはトウマを倒したい強い復讐心で強くなり、そしてユリナたちを守りたいという想いから何かのために戦おうとしてきた。
今のオマエは何を思って戦おうとしてるのかが気になってるんだ。
精神世界で真相を知ったオマエがどうしたいのかをオレは……」
「バカなこと聞くなよ。
オレはオレのやりたいようにやる」
ヒロムの口から出た言葉、それを聞いたガイは意表を突かれたような顔をしていた。
いや、実際そうだ。
これまでのヒロムからはそんな言葉を聞けることもなかった。
どちらかと言えばヒロムは何か理由をつけたがる男だったからだ。
「やりたいようにやるってのは?」
「……聞くか、普通?
決まってんだろ。
オレはトウマを潰すために強くなりたいし、ユリナたちを守るために行動したいし、ガイたちやソラやシンクが仕えてくれるのならオレはオマエたちの前に立って立ち塞がる敵を倒してやりたい……とにかくあれもこれもやりたいんだよ」
「……!!」
「つうか、何の話してたんだっけ?」
話がかなり逸れたことに気づいたヒロムはユリナに訊ねるように聞き、ユリナは慌てて思い出そうとする。
が、それよりも先にイクトがヒロムに向けて言った。
「精神世界で知った真相だよ。
フレイたちを宿した経緯は分かったけど、そのアマゾネスとかは現界させれるの?」
「それは試練次第だな」
「試練?」
「アイツらが言ってたんだよ。
オレはアイツらが出す試練をクリアしないと精神よ深層にはたどり着けないってな」
「たどり着いたらどうするんだ?」
ヒロムに対しての真助からの新たな質問、それを受けるとヒロムは少し悩むのかと思われたが、案外悩むことも無く即答に近い早さで答えたのだ。
「無意識で到達した時に何を見たのか……そしてそこで精霊を宿したことが正しかったってことを証明する。
何も知らずに生きてきたとしても今日まで生きてきたのは紛れもない姫神ヒロム本人だ。
フレイたちを宿したのもオレ自身だ。
だからオレはその全てが間違いじゃないってことを証明する」
「……」
ヒロムの決意の言葉に場の空気は一気に静かになる。
いや、誰も何も言えなかった。
ヒロムが決めたこと、そしてそれはヒロム自身が自分の力でどうにかするしかないことだからこそ何も言えないのだ。
ユリナたちが何か力になりたいと思っても精神世界にいけないのでは何も出来ない。
ましてガイたちもユリナたちと同じような状態。
誰もヒロムがやろうとすることに手を貸せない。
そう思っていた時だ。
「だから少し頼みがある」
ヒロムが突然真剣な顔でガイやユリナたちにあることを頼んだ。
「オレはこの後また精神世界に向かう。
明日の朝までに全てを終わらせて戻ってくるつもりだ。
ガイやイクトたちには申し訳ないけど「竜鬼会」のことをしばらく任せたい」
「オレたちで好きにしろってことか?」
「正直な話、エレナが言ったように敵がオレの思考を読んでるならオレが関与しない方向で進めてもいいだろうしな」
「そうか……」
「頼めるか?」
ヒロムの真剣な眼差しとともにガイに向けられる言葉。
その言葉を聞いたガイは何も言わずに頷くとヒロムに向けて告げた。
「オマエが不在の分は何とかする。
だからオマエはやるべき事にケジメつけてこい」
「……ああ」
「ヒロムくん、私たちは何か手伝えない?」
ガイたちに「竜鬼会」の件を託したヒロムに向けてユリナが質問をすると、ヒロムは少し悩んでしまう。
そして少し悩んだ後、彼は真剣な顔でユリナにある事を頼んだ。
「とりあえず朝起きたらコーヒーとメシ用意してくれてたらいいかな」
「そ、そう……」
「あっ……やっぱいいや。
誰でもいいから朝部屋に様子見に来てくれ」
「「!!」」
ヒロムの何気ない一言を聞いたリサやアキナ、そしてユキナやリアナたちが反応し、やる気に満ちた顔でヒロムの方に視線を向ける。
「……すげぇやる気になってるな」
「とりあえず大将はユリナたちのモーニングコールがお望みなの?」
「ま、まぁ……そうだな。
一度言ったからには頼むしかない、な」
(慣れないことは言うべきじゃなかったな……)
「まぁ、いいや。
メシ食おうぜ」
「うわ、話逸らしたよ」
うるせぇ、もヒロムはイクトに向けて冷たく言うと食事を再開し、ガイたちもそれを見るとどこか安心したような表情を見せる。
(……何があってもオレは試練をクリアする、
コイツらのためにも、自分のためにも……!!)




