二七五話 覇導の王
「オマエはオレが……導く!!」
『……虫酸が走るんだよ、クソがっ!!』
ヒロムはゼロに向けて一言告げるが、それを聞いたゼロは全身から闇を放出させるとヒロムを睨みながら叫んだ。
『導く?何をだ!!
オマエに出来ることはただ身勝手に振る舞い、他者を欺きながら平然と過ごすことくらいだ!!』
ゼロは体から放出した闇を身に纏うとさらに強い闇を体から放出し、そしてヒロムに向けて強い殺気を放つ。
が、殺気を放たれているヒロムは何も無いかのように平然とした様子でいた。
そのヒロムの姿が気に入らないのかゼロは舌打ちするなりさらに闇を放出する。
『気に入らねぇ、気に入らねぇ、気に入らねぇ!!
さっきまで追い詰められてたヤツが偉そうに立ちやがって!!
絶対に潰して殺してやる!!』
「余裕が無いようだが大丈夫か?」
苛立ちが止まらないゼロに向けてヒロムはただ一言落ち着きながら呟くと彼に向けて話し始めた。
「さっきまで人のことをとやかく言ってた男とは同じヤツとは思えないくらいに焦りに満ちてるようだが……大丈夫か?
戦いにおいて焦りは隙を生むだけだぞ?」
『……黙れ!!
「無能」と呼ばれて身の回りの全てを否定することで心を満たそうとしてたヤツが偉そうに……!!』
「そうだな……。
オレは否定しようとしていたよ。
でもそれは人としての心の弱さがあったからこそだ」
『心の弱さ?
自分のことを今まで何も知らなかったヤツが己を語るのか!!』
「……そうだな。
オレは何も知らなかったし、何も無かった。
だからこそオレは決めた」
『何も知らず、何も無かったと理解しておきながらまだ自惚れるのか!!
その自己への甘さがオレを苛立たせるんだよ!!』
ゼロはヒロムに向けて闇を放つと、それを無数の弾丸に変えてヒロムに襲いかからせようとする。
が、ヒロムは迫り来る弾丸を避けようとせず、それどころか目を閉じるなり動こうとせずに立っていた。
「マス……」
「大丈夫だよ、フレイ。
何もしなくていいよ」
回避しようとも防御しようともしないヒロムを心配して身を呈してでも守ろうと考えたフレイだが、ヒロムはそんなフレイを優しく制すとそのまま何もせずにいるように伝えた。
ヒロムの言葉を受けてフレイはその場に留まるように行動をやめるが、それでも迫り来る弾丸をどうにかしたいという思いは消えない。
が、そんな彼女の心の中の心配はすぐに消えることになる。
ゼロの放った闇の弾丸、それは確実にヒロムに迫っていたが、ヒロムに向けて徐々に近づくにつれてどこか力が弱っているように見え、そしてヒロムにあと少しで命中するという所まで来た弾丸は突然自壊するかのように炸裂して消滅してしまう。
『!?』
「何が……」
弾丸の消滅に放ったゼロ本人はもちろんのこと、目の前でそれを目撃したフレイは驚いており、そしてラミアたちもその光景に驚いていた。
「今マスターは何かした……?」
「何も見えなかった……」
『……ありえない』
ラミアたちがヒロムの前で何が起きたのかを驚きながらも起きたことを確かめように話す中、ゼロは困惑した表情でヒロムを視界に捉えながら頭の中で状況を整理しようとしていた。
(何が起きた?
ヤツに放った攻撃が自壊したように見えたが、ヤツは一切手を出さなかったのか?
何かしていたのならそれらしい反応があってもおかしくはない……はずなのに何も無いってことはヤツは本当に何もしていないのか?
だとしたら……)
「頭の中の整理は出来たか?」
ゼロが頭の中で状況を整理しようとしているとそれを邪魔するかのようにヒロムは落ち着いた様子で彼に話しかける。
単に余裕があるのか、それとも急かすような発言をすることでゼロの思考を正常に機能させぬようにしてるのか……それについては詳しくは分からない。
だが今確実に言えること、それは先程までとは形勢が逆転していることだ。
先程までは自身の真相を知ったことで迷いが生じていたヒロムの動きには隙があり、そしてゼロはそんなヒロムに対して圧倒的力を見せつける形で追い詰めていた。
ラミアたちの介入も許さぬように拘束し、その上でロゼリアの力を抑制し、アマゾネスに始末させようとしていた。
ヒロムを追い詰め、彼を守ろうとするフレイも倒していたはずのゼロは今、追い詰めたはずのヒロムの力に全てを覆されそうになっていた。
そして今、そのヒロムがまるで自分を追い詰めるかのように言葉を発してくる。
「どした?
さっきまで余裕ありまくりだったのに今じゃそれすら消えてないか?」
『……黙れ!!』
「黙れ、か。
散々オレの言葉や存在、思考やこれまでを言いたいように言ってくれてた野郎が自分のことを言われたら黙らせようとするとはな」
『黙れ!!
オマエが何をしたのかはもはや関係ない!!
今ここでぶっ潰してやる!!』
「ぶっ潰してやる、か……。
それなら仕方ないか」
ヒロムを倒そうとやる気を見せるゼロに対してヒロムは呆れたようにため息をつくと、続けてフレイの方に視線を向けると優しく彼女に伝えた。
「少し離れててくれ。
巻き込んだら危ないからな」
「待ってくださいマスター。
私もお力に……」
「アレはオレ自身が生み出した負の感情と心が形を得たものだ。
それを倒して決着をつけるのに巻き込みたくないんだ」
「ですが……」
「文句なら後で聞く。
だから今は言う通りに離れててくれ」
「……分かりました。
でも、万が一の時は……」
「大丈夫だよ。
その万が一は起きないから」
ヒロムに言われ、納得のいかぬ点もあるフレイは渋々承諾するとヒロムから離れるように下がる。
そしてフレイが下がると彼女のもとへラミアたちが歩み寄り、彼女たちは揃ってヒロムの身を案じるように彼を見ていた。
「……大丈夫。
オレは負けねぇ」
『ヒロムゥゥゥ!!』
するとゼロが叫びを上げると闇を纏いながら走り出し、そしてヒロムに接近すると彼の首を掴もうとする。
が、ヒロムはそれを避けると彼の腕を掴んで腹に拳を叩きつけようとするが、ゼロは掴まれていないもう片方の手でヒロムの拳を止めてみせた。
『オマエを殺す!!
オマエを殺してオレはオレとしての存在を完成させる!!』
「おいおい……大丈夫か?
オマエとオレは表裏一体なんだろ?
下手なことしてオマエも死ぬとかならないのか?」
『うるさい!!
オマエを殺してオレがこの世界を壊し、そしてゼロとして全てを支配する!!』
「……自我を持つ感情ってのも厄介だな」
うるさい、とゼロは叫ぶなり身に纏う闇の一部を四本の腕に変え、その四本の腕の拳で掴み合いになっているヒロムを殴ろうとする。
ヒロムはそれを防ごうとするとゼロは思っていたらしいが、四本の闇の腕の拳がヒロムに迫る中、ヒロムは音も立てずに全身を光の粒子に変化させて姿を消し、姿が消えたことによって標的を失った拳は地面を強く殴ってしまう。
『何!?』
「どした?
そんなに驚いて」
目の前から音もなくヒロムが消えたことにゼロが驚いていると彼の背後にヒロムが現れ、現れるとともにゼロの体に連続の拳撃が放たれる。
『がっ……!!』
「悪いが今のオレはオマエの理解を超えてる。
オマエがオレのことをどう認識してるかは知らないが、今のオレはオマエより強い」
『理解を超えている……?
ふざけたことを……!!』
ヒロムの言葉を苛立ちながら否定しようとするゼロは振り返るなり彼に殴りかかろうと拳を構える。
が、ヒロムはそれを見るなりため息をつくと彼に向けて話し始めた。
「ふざけたこと、か。
悪いけど……今のオマエにはこんなこと出来ないだろ?」
するとヒロムの右の瞳が白銀から青く変化しながら光り、そしてヒロムは両手の拳に炎のように揺らぐ魔力を纏わせるとゼロの拳を殴り返し、そして彼の顔に渾身の一撃を叩き込む。
『!?』
「もうオレは……オマエには負けない!!」
さらにヒロムの左の瞳が紫色から黒く変化しながら光り、彼の周囲に黒炎が現れてゼロに襲いかかり、襲いかかった炎は炸裂するとゼロを吹き飛ばしてしまう。
『ぐぁっ!!』
まだだ、とヒロムが呟くと右の瞳が赤、左の瞳が蒼に変化しながら光り、そしてヒロムの周囲を舞うように赤の炎と蒼の炎が現れ、そこからヒロムの両の瞳が紺に変化すると現れた二色の炎は龍の形を得ながらゼロに食らいつく。
『がぁぁあ!!』
「たしかにオレは何も無いし、オマエに比べたらオレは身勝手でわがままかもしれない。
だけどオレはそれでも止まらない!!
オマエがオレの前にたちはだかる闇だと言うならオレはそれを乗り越えて全てを統べる王となる!!」
ヒロムの瞳がさらに変化し、今度は白く光るとヒロムの手に光の剣が現れ、彼はそれを用いてゼロに斬りかかる。
しかしゼロも負けてはいない。
襲いかかってきた炎の龍を振り払うと両手に闇の剣を装備し、二本の剣を用いてヒロムの攻撃を防いでみせる。
『ぐっ……何故だ!!
何故「ソウル・ハック」の力が……!!』
「そうか……話してないから理解出来ないよな」
『何を……』
「オレのこれは「ソウル・ハック」じゃない。
これはその先にある力だ!!」
ヒロムが全身から白銀の輝きを放つと光の剣が鋭さを増し、ヒロムはその剣でゼロの闇の剣を破壊すると彼に連続で斬撃を放つ。
放たれた斬撃は全てゼロに命中し、ゼロは攻撃を受けて負傷するとその場に膝をついてしまう。
『バカ……な……』
「信じられないか?
オマエがオレに追い詰められるのは」
『……少しオレに勝ったくらいで調子に乗るな!!』
ゼロは闇をさらに強くさせると闇の中から黒い稲妻を出現させ、そしてそれを自分の身に纏わせていく。
まるでヒロムの「ソウル・ハック」のように全身に駆け巡らせるように……
「それは……」
『さっきオマエに従う精霊どもを拘束してる際に密かに奪っておいたんだよ、その精霊どもの力を!! これでオレもオマエが得意とする「ソウル・ハック」を……』
するとヒロムはゼロに接近すると彼の体に手をかざし、そしてかざした手から光の輝きを放ち始める。
放たれた輝きはゼロに迫ろうとする中で彼の纏う黒い稲妻を体から引き剥がしていき、そして引き剥がした黒い稲妻は光の中に吸い込まれるとそのままヒロムの中へと消えていく。
『なっ……』
「悪いなゼロ……。
別にオマエが「ソウル・ハック」を使うことが許せないからこうしたんじゃない。
ただ……オマエがオレの大切な家族の力を勝手に使おうとしてるのが許せねぇだけだ」
『まさか……オレから奪ったのか!?』
違うな、とヒロムはゼロの言葉をただ一言で否定すると続けて瞳を白銀に輝かせ、そしてその手にフレイの武装である大剣を装備すると振り上げた。
そして……
「オマエが奪ったのを取り返しただけだ」
ヒロムは振り上げた大剣を強く握るとゼロを見つめながら一切の迷いなく振り下ろし、そしてゼロの体を抉るように斬りつける。




