二七話 狂い始め
廃墟
そこには何人もの不良や能力者が倒れていた。
「弱いな……」
刀を引きずりながらそれをやった張本人は現れる。
「モルモットならモルモットらしくもっと楽しませろよ……」
「てめぇ……オレらを何だと思ってやがる……
「狂鬼」、鬼月真助……!!」
「……モルモットが偉そうに吠えるな」
真助はまだ意識がある不良を蹴り飛ばすと、あくびをした。
蹴り飛ばされた不良はそのまま何度か地面に叩きつけられながら転がり、意識を失っていく。
まだ意識が残っているであろう他の不良と能力者は次は自分が狙われると思ったのだろう。
全員が我先にと逃げ出していく。
「……ったく、楽しめねぇなぁ〜」
自分以外に立ってる者がいない状況にため息をつきながら刀を鞘に収め、座り込んだ。
「雑魚のくせに群がりやがって……
満たされねぇな……」
(雑魚の相手じゃ満たされない……
この心の渇きは満たされない……)
真助の脳裏にシンクの姿が過ぎる。
と同時に何かを思い出した真助は不敵な笑みを浮かべる。
そして次第に気味の悪い笑い声を出す。
(いるじゃねぇか……
満たせそうな相手が……)
「楽しみだなぁ……
「覇王」……」
***
夏休み前日の、一学期最後の登校日。
「すまなかった」
いつものように待ち合わせ場所に来るなりヒロムはガイとソラに頭を下げて謝った。
ユリナたちには余計な心配をかけさせぬよう、フレイとともに先に学校へと向かわせた。
突然のヒロムの謝罪にガイは困惑し、同時に何があったのか心配になってしまう。
「い、一体どうしたんだ?」
「……とにかくすまなかった」
「昨日のことか?」
ソラのいう昨日のこと。
それは「ハザード」について意見が割れ、ヒロムとガイが決闘をすることになった一件だ。
おそらくそれだろうとソラは思っていた。
「……ああ。
オマエたちのこと考えないで自分勝手なことしたからな……」
「……ったく。
今更だな」
するのソラはヒロムの胸ぐらを掴むと、ヒロムに伝える。
「オマエの我儘なんざいつものことだ。
今更自分勝手だとか言っても遅せぇよ」
「……」
「それに、オマエが好き放題やっても気にしねぇよ」
ソラはヒロムの胸ぐらを掴む手を離すと、ため息をつきながら話した。
「……オマエは強い。
オレなんかじゃ適わないくらいな。
だから、オレも心のどこかでオマエを頼ってた」
「……」
「ただ、これだけは約束しろ。
オレたちはオマエの力になるために強くなる。
だが、オレたちが守りたいものはオレたちのようには強くない」
ソラが言いたいこと。
それはユリナたちのことだ。
ソラの言葉に関してヒロムはその通りだと思っている。
どれだけ自分が強くなっても彼女たちは同じように強くなるわけではない。
それどころか、彼女たちは何かあれば容易く傷ついてしまう。
「……わかってる」
「ならオレからは何もない。
ガイも同じだろうがな……」
「……ああ。
とりあえず、次はオレが勝つ。
そうすればオマエが暴走しても問題ないだろ?」
そうだな、とヒロムはため息をつきながらも返事をした。
「ところで、特訓の方は?」
「全然だな。
抑える手段の算段はついてるが、それを実行する段階で毎回失敗、毎回壁に叩きつけられる」
(どんな特訓してるんだよ……)
「まあ、暴走しても夕弦が止めるだろうから心配はしてねぇよ。
好きなだけ悩んでろ」
「そういうオマエらはどうなんだよ?」
「オレの方は……」
大変だ、とイクトが走ってこちらにやってくる。
息切れしており、かなり慌てているようだ。
「何かあったのか?」
「……「狂鬼」が現れた」
「何……?」
「狂鬼」が現れた。
つまりはシンクの言っていた「天獄」のメンバー候補である鬼月真助が現れたということ。
「おい、詳しく……」
「何かあったのか?」
イクトに詳しい話を聞こうとすると、遅れてシオンがハルカを引き連れてやってくる。
「ちょうどよかった。
「狂鬼」が……」
「現れたんだろ?
知ってるよ」
イクトが知らせようとするとシオンは知っていると言わんばかりの反応を見せ、さらに説明し始めた。
「不良と能力者が襲われたって話だ。
死者はいないが、大半が重症らしい」
「まずいな。
そんな危険なやつを……」
「だがやつがギルドに捕まることは無い」
シオンの口から出た意外な言葉。
その真意がヒロムたちはわからなかった。
が、情報を持ってきて伝えようとしていたイクトはわかっているらしく、どういうことかを話し始めた。
「被害者全員が「世界王府」の「駒」だったんだ」
「全員がか?」
「そ、全員が。
わかっててやったみたいだしな。
襲った理由が「ちょうどいいモルモットがいる」って」
言葉の真意は定かではないが、おそらく、鬼月真助は戦うためだけに襲いかかったことはたしかだ。
「それで、そいつの行方は?」
「さあ、な。
とにかく危険性が高い男だ。
対策を……」
「狙いがオレなら話は……」
「オマエが直接倒すのか?」
ダメか、とヒロムは尋ねてくるが、それに対してガイたちはただため息をつくだけだった。
「……何だよ?」
「どうせ止めても聞かないだろ?」
ガイたちのため息。
それはヒロムの行動に対してだ。
おそらくガイたちは止めたいのだろうが、ヒロムの性格と人間性をわかってしまってる以上、無駄なんだと判断したのだろう。
「まあな。
仲間にするならオレ自ら相手してやらねぇとな」
ヒロムはというと、あまりガイたちが心配していることに関しては気にしていないように見えた。
「仲間にするのは確実なんだな……」
当然、と当たり前のように答えるヒロムにシオンは少しだが呆れる。
「……素直に聞くとは思わねぇがな」
「そんときは力尽くだ。」
「勝算はあるのか?」
「ま、あるのはあるな。
それにオレにはフレイたちもいる。
いざとなれば数の暴力で無理矢理でも倒してやるよ」
そうか、とガイは納得したかすらわかりにくい返事をすると、次の話へと進めた。
「オレたちはどうすればいい?」
「変に警戒してるのを悟られるのもやりにくいしな……
オマエらは特訓続けてろよ」
「いいのか?」
「ああ、いいぜ。
その代わり、オレはヤバいと思ったら退くからその時は……」
任せろ、とヒロムの言葉にガイは少し力強く答えた。
いや、ヒロムの口から撤退の考えがあると聞けたことが嬉しかったのだ。
「いざとなったらオレたちが倒してやるよ」
「任せた」
***
とある高層ビルの屋上。
そこに真助がいた。
「さて……どこにいるのかなぁ〜」
真助は辺りを見渡しているが、見つけられるはずがない。
今真助がいるのは高層ビルの屋上。
つまり、そこから見える人など小さすぎて誰が誰なのか判別のしようがない。
それでも真助は辺りを見渡している。
「……姿はないな」
すると真助は急に何やら匂いを嗅ぎ始めた。
しばらく匂いを嗅ぎ続けると、真助は何かに反応し、笑みを浮かべる。
「……そっちか!!」
真助は勢いよく走り出すと、ビルの屋上から飛び降りた。
***
体育館での長い終業式と教室でのHRも終わったことでようやく帰れる。
やっと帰れる、とヒロムは喜んでいた。
が、その喜びとは少し違う展開が待っていた。
「……何してんの?」
帰って特訓を始めようと思っていたヒロムの腕にしがみつくようにリサとエリカが抱きついていた。
ユリナはユリナでヒロムの目の前で何か顔を赤くして恥ずかしそうに見つめている。
「……何なの?」
「……」
何がしたいのか答えてほしい。
正直言うと周囲の目が痛い。
今のこの状況を見て、さすがに冷たい視線が向けられる。
それが耐えれない。
「……用件だけ言ってくれないか?」
「朝一緒に来れなかったから寂しかったの……」
「……はあ?
何言ってんだよ?」
「寂しくて死ぬかと思いました」
「寂しくて泣きそうになりました」
大袈裟だな、とため息をつくヒロムにユリナは恐る恐るお願いをした。
「だから……一緒に帰ろ?」
「あ……ああ……うん。
いい、けど……」
ヒロムがユリナの願いを承諾するとユリナたちは笑顔になる。
「お昼どうする?」
「ファミレス行こうよ」
「ヒロムくんもそれでいい?」
別に、とヒロムはため息をつくしかない。
(何でもいいしなで
別に……オマエらがそうしたいなら……)
考えても何もない。
そう思うとヒロムはまたため息をついた。