二六九話 向き合いの試練
「私の試練を乗り越えた彼に従う。
私はそう決めた」
アマゾネスに向けて斬撃を放った鎧の女はアマゾネスに向けて宣言するように言うと彼女に向けて強い力を向ける。
鎧の女の斬撃を防ぎ、その力の余波で少し押し返されたアマゾネスは下唇を強く噛むようにした後鎧の女に向けて叫んだ。
「オマエは私たちを裏切るのかロゼリア!!
その行動は私たちが結んだ条約に反しているはずだ!!」
「私の行動に対して条約違反だと言うのなら、天邪鬼の行動はどうするのです?
彼女の行いも条約に参反してると思いますが……」
「たしかに天邪鬼の行動も反してるわ。
でもそれ以上にオマエのそれは逸脱している!!」
「あら、声を荒らげるものだから本性が現れつつあるわよ?」
黙れ、とアマゾネスは強く叫ぶと衝撃波を放つが、鎧の女……ロゼリアは斧を振って斬撃を放つと敵の攻撃を相殺してみせる。
そしてロゼリアは斧を構え直すと連続で斬撃を放ち、放たれた無数の斬撃を見るなりアマゾネスは魔力を纏いながら走り、全ての斬撃を回避していく。
「どうしました?
貴女の好きな戦いなのに逃げるのですか?」
「うるさいわね……!!
私の狙いはそこの精霊のマスターなのよ」
「残念ですね。
私としては貴女をコテンパンにして追い返したいのですが……ね!!」
ロゼリアはどこか残念そうに言葉を発すると巨大な斬撃を放ち、放たれた斬撃を避けることが間に合わずにアマゾネスは直撃を受けて吹き飛ばされてしまう。
だがアマゾネスは吹き飛ばされた中でも何とかして立ち上がると全身に纏う魔力を強くさせるとその魔力の一部を分離させると無数の虎へと形を変化させる。
「やれ!!」
アマゾネスが叫ぶと無数の魔力の虎が走り出し、ヒロムを守るように立つロゼリアに向かっていく。
「アイツ……あんな芸当も出来るのか?」
「ええ、彼女の手にかかればあの程度のことは造作もありませんよ」
アマゾネスの放った魔力の虎にヒロムが少し驚いているとロゼリアは何もないかのように斧を振って斬撃を放ち、次々に虎を破壊していく。
そして全ての虎を破壊したロゼリアはヒロムに向けてある事を話し始めた。
「先程は流れで言ってしまいましたが、貴公は私の試練をクリアされました。
私の求めていたものを超える答えを見せてくださりましたから安心しました」
「その……試練をクリアしたって言われてもいまいち分かんねぇんだけど、オマエはオレにどんな試練をクリアさせたんだ?」
「そうでしたね。
私の試練について話さないといけませんね。
その前に……」
ロゼリアは斧を強く握ると巨大な魔力の塊を斧に纏わせ、魔力を纏った斧を勢いよく振ることで斧が纏っていた魔力は大地をも穿つほどの強大な力を持った斬撃となってアマゾネスに襲いかかる。
「そんなもの……!!」
アマゾネスは全身に纏う魔力を大きくさせると巨大な虎に変化させ、虎は雄叫びを上げると斬撃に食らいつき、二人の攻撃が衝突したことによって戦塵が巻き上がり、アマゾネスはその戦塵に巻き込まれるようにして姿を消してしまう。
姿が見えなくなったアマゾネスに追撃を加えるようにロゼリアは無数の魔力の刃を戦塵の中に放つと、身に魔力を纏ったままヒロムに向けて試練についての話を始めた。
「貴公は天邪鬼から話で試練について聞いていますね?」
「ああ、天邪鬼やアマゾネス、そしてロゼリアって呼ばれてるオマエが出す試練をクリアして信頼する。
そうすることで途切れた繋がりを戻せるって……」
「そうです。
貴公はまだ私たちの存在に対して疑問を抱いているご様子ですから試練を通じてそれを取り払うことでより強い繋がりを築き上げるのです」
「けどオマエはオレがオマエの試練をクリアしたって言ったよな?
戦いに勝ったわけでもないのに……」
「それは貴公の覚悟を見ることが出来たからです。
アマゾネスや天邪鬼、そして私という存在に直面し、さらには天邪鬼によって真相を聞かされても止まらずに進もうとした。
そしてそれは武器を交えたことによりハッキリと私にも伝わり、嘘偽りなき本物の覚悟を垣間見ることが出来た」
「アマゾネスが言う理想論や感情論がか?」
「答えがあるかも分からない道を進むことに対しての迷いは貴公から感じられなかった。
そして貴公は何度倒されそうになっても立ち上がろうとした。
不屈の闘志、揺るがぬ意志、そして前に進もうとする行動力……何よりも貴公は己と向き合い、答えを探そうとしている。
その意思こそが私の確かめたかったものなのです」
ロゼリアの話、それを聞いていたヒロムは自身の何気ない発言や行動が大きく関わっていたことに驚いてしまう。
試練をクリアすることが天邪鬼との話によって決まった方針だが、ロゼリアは当初話し合うことを拒み、試練を受けさせるような素振りもなかった。
だがそんな彼女の行動の全ての中で試練は始まっていて、そして彼女との戦いすら見定めるための材料となっていたのだ。
「……戦いだけでなく知力も必要だとは聞いていた。
けど、この試練は覚悟が必要だったんだな」
「そうです。
貴公がただ敵を倒したいという感情だけで私の前に立つようなら見当違いでしたが、貴公はただ倒すためだけではなく答えがなくとも前に進むために諦めなかった。
その強い心の覚悟が私の心に響いたのです」
「……ただ奇跡的にクリアしたって感じなんだな」
それより、とヒロムはロゼリアの試練についての話をそこで終わらせるような形で話題を変えようとすると、次にアマゾネスが口にしていた条約について質問した。
「アマゾネスが言ってた条約ってなんだ?
あの口振りだとオマエや天邪鬼との間に何かあるようだったけど……」
「条約……という言い方は形式的な呼び名です。
あれは私たちの間につくられたルールなのです」
「ルール?」
「それぞれが貴公に対して試練を用意しており、そして貴公に対して何らかの思惑を持っていました。
どのような形であれ、繋がりが途絶えている状態で封印されていた私たちがこうして姿を現すことが可能になり、貴公や貴女たちに接触出来るようになったからこそつくられたルールです」
「……本来の名を明かせないのも関係してるのか?」
「さすがですね。
仰る通りです。
私たちの素性や名を明かせないのは貴公が全ての試練をクリアするための手助けになりかねないからです。
そして……手助けになりかねないからこそ私たちの中で貴公に必要以上に接触することは禁止しようと決められた」
「そうか……。
それでアマゾネスはオマエがオレの味方になるかのような振る舞いをしたことに怒ってたのか」
「まぁ、私の戦いを邪魔した彼女が悪いのですがね。
それに天邪鬼も貴公のためとはいえ必要以上のことを教えていたようですから私も便乗したまでです」
「……随分と簡単にルールを破るんだな」
「ルールや条約と言ってもそれは私たちがやりやすいようになるために都合よくつくられたもの。
現にアマゾネスは私の試練に対して邪魔立てしようとした。
試練を行うものの邪魔をしない、というルールを無視してね……」
「……そこにもルールあったのか」
あの、とフレイはヒロムの質問に答えるロゼリアに対して自身が気になっていたことを質問する形で訊ねた。
「試練をクリアしたってことはアナタとの繋がりが戻るのですよね?
だとしたらその力をマスターが使えるということですか?」
「……それはアナタたちのように「ソウル・ハック」で繋がり、その繋がりによって精霊の力を纏えるようになるかという意味ですか?」
「はい、そうです」
「残念ですがそれは無理です。
貴女の……精霊のマスターがクリアしたのは私の試練のみ。
真に繋がりが戻るのは全ての試練をクリアした先の話です」
「じゃあアナタの試練をクリアしたからと言ってマスターが強くなるわけじゃないのですね?」
「……なるほど。
つまり貴女は私の試練をクリアしたことで精霊のマスターが力を得てアマゾネスを倒せるのではないかとお考えになられたのですね」
フレイが何を聞きたいのかを理解したロゼリアはそれを確認するように言葉にして話し、それを聞いたフレイは自身の聞きたかったことと遜色がなかったのか首を縦に振るように頷いた。
そのフレイの頷きを見たロゼリアは斧の柄を地面に突き刺すようにして置くと、フレイが聞きたかったことについて詳しく話した。
「残念な話ですがいくら精霊との繋がりを増やしても力は変わりません。
そこにある力が別物になることはありえない事なのです」
「じゃあ……」
「ですが貴女の求めるものと一致するかは分かりませんが可能性はあります。
アマゾネスを倒すために到達すべき強さの道が一つだけあります」
「何!?」
「それは本当なのですか!?」
「はい、本当です。
精霊のマスターがアマゾネスの質問に対して本当の意味で答えることが出来るようになっているのならです」
「アマゾネスの質問……。
またアレか」
ロゼリアが言い、ヒロムがどこか嫌そうに思い出すアマゾネスの質問……
『アナタは何を求めているの?』
ヒロムに向けて問われたこの質問、ヒロムは自身を知り前に進むために強くなろうとしていると答えたが、アマゾネスはそれを「嘘をついている」と否定するような言い方をした。
あの言葉の意味についてはヒロムは気にしていたが、天邪鬼は彼女の期待に応えられる解答をした所で戦うことに変わりはないと言っていたためあまり気にしなくてもいいものだと思いつつあった。
が、ロゼリアの言い方だとアマゾネスの質問は何やら大きな意味があるらしい。
それは一体何なのか?
ヒロムはそれについて深く考えようとしたが、そんなヒロムが考えようとするよりも先にロゼリアはヒロムに向けてアマゾネスと同じように質問をした。
「貴公は何を求めているのですか?」
「オレは……」
アマゾネスと同じ質問。
だがすぐに答えられなかった。
何が正しく、何が間違っているのか。
単純な質問だというのに一度答えを否定され、何かしらの大きな意味があると知ってしまうとヒロムの中で考えがまとまろうとしなかった。
「オレは……」
「……では聞き方を変えましょう。
貴公は……何故深層に到達したいのですか?」
「オレが深層に到達したい理由……。
それはオレの中のこの精神世界や精霊について全てを知る方法として……」
「本当にですか?」
「え……?」
するとロゼリアはヒロムに向けてある事を告げた。
「貴公が本当に望むもの、本当に心の底から求めているものは何なのか。
それに気づけなければこの質問の真意を知ることは出来ませんよ」




