二六三話 天邪鬼
「どうなんだ?」
ヒロムは真実を聞こうと天邪鬼に問い詰める。
天邪鬼とアマゾネス。
この二人はセラやラミアが精神世界に自らとともに封印した精霊であり、おそらく封印しなければならないきっかけとなった存在だとヒロムは言う。
だが彼の言葉が信じられないフレイは話を止めるかのようにヒロムに質問した。
「あの、マスター……。
お言葉ですがどうしてそのような結論に……。
その、今の話だけではなぜそう思えたのか分からないのです」
「……簡単な話だ。
この精神世界に存在しているということは精神世界……つまりオレに関係している。
そしてかつて封印されたはずのラミアがその封印の中で気配を感じていたということは天邪鬼もアマゾネスもここ最近精神世界にどうにかして侵入した敵ではない」
「たしかにこの精神世界に外部からマスターや私たち以外の人間が干渉して足を踏み入れるのはほぼ不可能に近いことです。
ですが……」
「フレイの言う通りですよマスター。
いくら私が誰よりも早く気配を感じていたからって……」
「そもそもの話をするとなラミア……オマエたちの記憶が曖昧な理由って何が原因だと思う?」
フレイと同じようにヒロムの言葉に疑問を持つラミアだが、彼女やフレイたちに向けてヒロムはある点について質問した。
その質問を受けたフレイたちは答えを口に出せずに考えてしまうが、その彼女たちの答えを待つことなくヒロムは彼女たちの記憶が曖昧な理由についての考察を話し始めた。
「フレイだけがセラの名を覚えていたり、新たに封印が解けて現れた精霊についてセラの記憶が変わったり、この精神世界で過ごした時間は異なるのに何の違和感もなくオマエたちが過ごしていること……これら全てには何者かが記憶に介入しなければ巻き起こせないことなんだよ」
「じゃあ天邪鬼とアマゾネスが……」
「それは違うな。
アマゾネスと天邪鬼にそれだけの力があるのならさっきいくらでも出来たはずだ。
けどそうしなかった。
それは何故か?
記憶の書き換えが可能だと仮定して、考えられる理由は二つだ」
ヒロムは天邪鬼を見ながらその理由について語る。
「一つ目は記憶の書き換えが可能だとした時……記憶が強く頭に定着しているのなら簡単に出来ないのかもしれない。
記憶の書き換えが出来たとしてもオレたちが二人の存在を強く記憶してしまったから書き換えれなくなったのかもしれない」
「ですがそれだと私たちが互いのことを曖昧に認識していたりしていたことの説明が……」
落ち着け、とヒロムはユリアに向けて言うと続けて二つ目の理由について話した。
「ユリアが言いたいことは分かる、
最初からオレの中にオマエたちが揃っていたとすれば一つ目の仮説は成り立たない。
封印される前に面識があるはずのフレイたちの記憶が書き換えられているのだからな。
だから……オレ自身の状態が不安定だった時に書き換えたんだ」
「それって……」
「そう、セラやラミアたちが封印された時……つまりはオレの中にまだいた時に書き換えが行われた可能性もある。
封印を施す段階でオマエたちの記憶を書き換え、オレのもとに残った十一人と封印された側との接点を消し、さらにオレにその全てを悟らせなくした……これが二つ目の理由と仮説だ」
「じゃ、じゃあ……」
「まぁ簡単に言えばオレの中で行われた封印の時にしか記憶の書き換えが出来ないのかもしれないな」
「……ちょっと待って」
すると話を止めるようにラミアが二つの理由と仮説を話したヒロムに向けて質問をした。
彼女の中でヒロムの話を聞いて疑問が浮上してきたのだろう。
「マスターの仮説とその理由はよく分かったわ。
仮説とそれに対する理由も筋が通ってるようでよかった。
ただそれだと……」
「記憶を書き換える理由とそうまでして封印したものが何か……だろ?」
「え、ええ……。
それについてはどう説明を……」
「あくまでオレが今言ったのは記憶の書き換えが出来るであろうアマゾネスと天邪鬼が現れた時に書き換えなかったかについてだ。
ラミアが疑問に思ってるのはこれからオレが話してやる」
ヒロムは休憩を挟むように深呼吸をすると、天邪鬼にある事を突きつけるように告げた。
「記憶を書き換えてるヤツはどこにいる?
そしてオマエにオレを見守るように指示を出したヤツはどこにいる?
オマエやアマゾネスはそいつらの指示で動いてるんだろ」
「え……?」
「マスター……?」
「何を言って……」
ヒロムの言葉を聞いたフレイたちは驚きを隠せず、ラミアもヒロムが何を言いたいのか分からなかった。
が、そんな中で鬼の面を付けた天邪鬼は何も感じさせぬように落ち着いていた。
いや、それどころかヒロムがそれを言うのを待ってるようだった。
「……よく分かりましたね」
「いいや、ほぼ勘だよ。
オマエの言葉を聞いたからこそ頭を働かせて立てた仮説に足りないものを埋めようとすればそうなるからな」
「なるほど……。
私の口から真相を聞き出すために言ったというわけですね」
「ああ、自分のことだからな。
おかげでいい話が聞けそうだ」
「マスター、教えてください。
どうして私たちの記憶が曖昧な理由からマスターの記憶の話になったのですか?」
「これについては一から話さなきゃな……」
天邪鬼の反応を確かめたヒロムは驚きを隠せないフレイたちに向けてどういう事なのかを話し始めた。
「天邪鬼が言ってたろ。
オレは「ソウル・ハック」を使うことで本来の姿から遠ざかってることを。
けど、よく考えてみろよ。
オレが生まれてからオレの中にいたセラやラミアが封印したものとともに封印されたであろう天邪鬼とアマゾネスにとっては現界してその力を発揮する機会が訪れるきっかけになるはずだ。
仮にオレが本来の姿からかけ離れようとしてるのなら……ただ監視するのではなくそばでそうならないように導いた方が効率的だろ?」
「た、確かに……」
「で、アマゾネスが攻撃してきて戦闘になり、その後天邪鬼が現れて今のこの状況にあるわけだが、この二人に記憶を書き換える力があるならそれこそオレたちの記憶を書き換えて本来の姿に向かうようにしてるはずだ」
「じゃあ、どうしてなの?」
「まぁ慌てるなってラミア。
おそらくだがアマゾネスが現れたのも誰かの指示によるものだ。
ただその指示をした人物がアマゾネスと天邪鬼とで異なるだけだな」
「えっと……?」
「つまり……?」
いまいちヒロムの話の内容が分からないフレイとユリア。
そんな彼女たちにも分かるようにヒロムはある事を伝えた。
「記憶を書き換えることが出来るとされる力を持つ人物と封印するに至った原因の力を持つ人物は一人ずついて、アマゾネスは記憶の書き換えの方の指示で動いてオレを襲い、天邪鬼はもう片方の方が出した指示でオレたちを見守ろうとしてアマゾネスから守ったんだよ」
「……」
「……だろ?
天邪鬼」
「……流石ですね。
ここまでの話でそこまでのことをお考えになられるとは……」
「二人いるかは定かじゃねぇ。
けど、このくらいのことでも起きなきゃ説明がつかねぇからな」
「ですが……彼女たちの記憶が曖昧な理由についてはどう説明されるのですか?」
ヒロムの考察に関心する天邪鬼だが、そんな彼の言葉でも解決されていない問題点について問う。
彼女の言葉、おそらくここまでは彼女の中では想定内なのだろう。
だがヒロムにもまだ考えはあった。
「フレイたちの記憶のことならやり方次第では解決する」
「……!!」
「マスター、本当ですか!?」
「そして精神世界の謎とオレの中で封印というものが起きた原因も解決する」
「……大きく出ましたね」
「オレの中で起きてることだ。
きっかけに気づけば綻びを見つけてしまえばいい」
「綻び……ですか」
「正直に言うとオマエが言っている本来の姿とかいうのは分からないけど、他のことなら何とか分かる」
なるほど、と天邪鬼は一言呟くと少し間を置き、そしてヒロムに視線を向けると彼に向けて伝えた。
それはこれまで語らなかったこと、ヒロムが到達したであろう答えについてだ。
「ここまで来たのならお話します。
私やアマゾネスの背後にいる存在について。
そして……私たちが何と封印されたのかを」
「…… 」
「まずアナタの言っている二人いるとされる人物ですが、これは少し違います。
私に指示を出した人物は存在しますが、アマゾネスは指示を受けたのではなく私と同じようにアナタを見守る中でアナタが進む方向を変えたからこそそれがどういう影響を及ぼすかを確かめようとしていたのです」
「つまり……記憶の書き換えをしたヤツとオマエは繋がってるんだな?」
「はい。
ですが今の彼女には記憶を書き換えることは出来ません。
アナタが言っていたように封印の時にしか発動しなかった力のようです」
「なるほど……。
でも何で書き換えた?
しかもそれが今になって曖昧な形で戻ってる?」
「それはアナタの「ソウル・ハック」の影響です。
アナタの中から力が溢れ出た最初の戦闘の時にセラが目を覚まし、そこから彼女に近い精霊が順に封印を解かれる形で現界しました。
そこまでなら何の違和感もなく初対面としての関係になるはずでしたが「ソウル・ハック」によるアナタの魂の昇華に伴う繋がりの強化が書き換えられた記憶の一部を破壊して本来の記憶を蘇らせていたのです」
「ふーん……。
つまり、コイツらの記憶の書き換えをしたのは未だ姿を見せないヤツであり、オレの「ソウル・ハック」が記憶を呼び覚ますきっかけになってたってことか」
「はい、その呼び覚まされた記憶が順当ではなく不規則だったがために曖昧になっていたのです」
なるほど、とヒロムは天邪鬼の説明を受けた上でフレイたちの記憶の曖昧な理由を理解すると、次の疑問について訊ねた。
「オレの中にあったとされる封印された力ってのは何なんだ?
それがオマエが言う本来の姿と関係あるのか?」
「……それはまだ語れません」
「おいおい、ここまで来て答えられないのか?」
「……答えるには言葉が足りないだけです。
あれは……力と呼ぶには大き過ぎる概念ですから」
「概念……?」
「それよりもまずアナタがなぜこれだけの精霊を宿せたのかを話しましょう」
「……!!」
「マスターの謎を……」
(私たちを宿している理由。
これに関しては私たちだけでなく、ガイやソラも気にしていたこと。
それについて彼女は……)
「知ってるのか?
オマエは……オレの中の真相を?」
「……これについては簡単に話します。
話を聞いた上で後ほどご自身の目で確かめてください」
「あ?
オレの目で?」
言いますよ、と天邪鬼はヒロムたちの視線を自分に集めるように言うと、そこから彼と彼女たちに向けて告げた。
彼らが予想していない規模の話を……
「精霊のマスター……アナタが精霊を宿した理由、それはアナタが生まれた直後にこの精神世界に到達し、そしてその先の世界に無意識で到達したからです」
「それって……」
「まさか……マスターは……」
「オレは……精神の深層に到達していたのか!?」
「そう……アナタはそこに到達し、そしてそれが原因でアナタの運命は大きく壊れた」




