二五七話 精神への訪問
数時間後の屋敷…………
ユリナたち女性陣が夕飯の支度に向かい、ガイたちも各々でやるべき事をやるためにトレーニングルームに向かった中、ヒロムは自分の部屋に戻っていた。
「……」
ベッドの上に腰掛けるなり思い詰めたような面持ちで天井を見つめ、しばらくそれを続けた後にため息をつくと腰掛けた状態からベッドの上に寝転がるように背中から倒れる。
より一層視界に入りやすくなったことで天井は視界から外れることも無く、ヒロムはまた天井を見つめてしまう。
「……」
天井を見つめたまま続く沈黙の時、それが部屋を満たそうとする中でヒロムは中々動こうとしない。
何か考え込んでいて心がそこにないかのように……。
「……精神の深層、か」
(親父がバッツとともに試みて辿り着けなかった精神世界の先にある世界。
オレがオレ自身の全てを知るための手掛かりになるはずのその世界……一体何があるんだ……?)
「……考えても仕方ない、よな」
ヒロムはため息をつくと大きく息を吸い込んで、勢いよく息を吐くと瞳を閉じた。
「……」
(親父は親父、オレはオレだ。
何もかもを否定されても抗い、今の自分に到達したのなら……)
「世界の一つや二つ、辿り着いてやるよ……!!」
***
瞳を閉じたヒロムは一切の考えを閉ざし、神経を研ぎ澄ませる中で意識を自分の中に集めるように集中させる。
そして……
彼の周囲に光が眩い輝きを放ちながら現れると彼を包み込んでいく。
「……」
光に包まれたヒロムはゆっくりと瞳を開ける。
するとそこは白銀の輝きに包まれた精神世界の景色へと変化していた。
白銀の輝きを放つ城、それを中心に広がる白銀の世界……そこはヒロムの精神世界だ。
つまりヒロムは……
「さて、着いたか」
つまりヒロムは意識を集中させることによって己の精神世界へと来ていたのだ。
正確に言えばヒロムの精神だけがこの世界に来ている。
彼の肉体は外の世界……つまりは現実世界においては睡眠状態にあるはずだ。
ヒロムは精神世界に到着した自身の体の調子を調べるかのように首を鳴らすと柔軟体操でもするかのように腕や脚を動かし、そして一通りの動きを終えると歩き始めた。
「まずは城の中に入らねぇとな。
それからどうするかを考えよう」
ヒロムは一人呟くように話しながら白銀の城に向かうように歩いていく。
「この世界での時間の流れは外の世界とは隔絶されてるからな。
外の時間での一時間をこっちで換算すると一日だから……」
「マスター、お待ちしておりました」
ヒロムが独り言のように呟いていると、彼の前に精霊の一人であるセツナが現れる。
長い銀髪を束ね、赤の装飾を施された白の装束と黒の装束を身に纏う彼女はヒロムに一礼し、ヒロムも軽く会釈すると彼女に話しかけた。
「わざわざ出迎えてくれたのか?」
「はい、マスターがこちらにお越しになられましたので私が代表して参りました」
「そっか。
一人でこの遠い道のりを歩くよりは助かるけどな」
「ありがとうございます。
マスター、よろしければなのですがその道中で私たちの方で調べたことを聞いていただけませんか?」
「オマエらも精神世界について調べようとしてたもんな。
何か分かったのか?」
はい、とセツナはヒロムの隣に並ぶとヒロムの歩幅に合わせるように歩き、そして彼に向けて報告を始めた。
「まずマスターにお伝えしなければならないことがありまして……」
「何かヤバいことが分かったのか?」
「ヤバい……という言い方で合ってるのですが、もはや私たちにもどうしていいか分からないことでして……」
「いいよ、責めたりしないさ。
オレも全てを把握出来てないこの精神世界のことを調べてくれてるのに何か言う権利はオレにはないしな」
「マスター……ありがとうございます。
実はこの世界の時間の流れに関してなんです」
「精神世界の時の流れ?
それがどうかしたのか?」
「マスターはこの精神世界の時間の流れについては把握されてますよね?」
当然、とヒロムは即答すると彼女も理解してるであろうこの世界の時の流れについて語る。
「原理は分からないがこの世界での一日は外……つまりオレの肉体がある現実世界での一時間とされる。
多分精神世界自体が特異すぎる世界なのと人の意識下にあるとされる夢と称されがちなものだからこその現象なんだろうけどな」
「はい、その通りです。
マスターが今お話しされた通りの原理で時の流れに変化が生じているのかと思います」
「その時の流れが変わってるのか?」
「……はい、その通りです。
私たちが確認したかぎりでは外の一時間がこの精神世界の中では約一ヶ月に……」
「一ヶ月!?
ちょっ……ちょっと待て!!」
「すみませんマスター……ですが事実です。
私たちが何度も何度も確認したのですが……何度確かめても一ヶ月に相当するほどの時間の流れに変わってるのです」
「マジかよ……。
いつからそんな風に……」
「分かりません。
私たちも精神世界について調べ直そうとした時に初めて違和感を覚えたのですが……可能性として考えられるのはマスターの体の変化の影響が現れたのではないかと」
「オレの体の……」
ヒロムの体の変化。
それに該当するものといえば一つしかない。
ヒロムの体の四割ほどが人間から精霊に変化しているというその変化しかない。
が、セツナの報告を聞いたヒロムはある疑問を抱いていた。
「でもセツナ。
それだとおかしくないか?
だってオレの体の変化は今起きたことじゃない。
なのに何で今になって……」
「そこに関してはフレイも気にしてました。
マスターの体の変化がここ最近急激に起きた点があるにしても今まで何も起きなかったのにおかしいと言ってました。
ですが……ここは精神世界、マスターの精神が形になった世界です」
「……まさかだがオレの中にセツナたちが封印されていたように精神世界もオレが無意識下でその本質を封じてたのか?」
おそらくですが、とセツナはどこか申し訳なさそうに伝え、それを受けたヒロムは少し考え込む。
自身の中にある世界の変化、それに直面して驚くと共に悩まされるヒロムだが、その中で彼はチャンスだと捉えていた。
「……精神世界の時の流れが変化しているってことはオレたちが知らないこの世界の本質に近づいてる可能性もある。
時の流れが変わって外の何倍もの時間を得てるのなら、この世界の全てを調べる時間も増えるってことになる」
「ですが……」
「セツナが危惧するように危険性もある。
時の流れが変わったこの精神世界にオレが長く滞在してどうなるか分からない以上呑気なことも言ってられない。
だけどオレがオレ自身のことやセツナたち精霊のことを知るためにはやむを得ないリスクでもある。
ここまで来てやると決めたからには何が何でも引き返せない」
「マスター……」
「……とまぁ、こうやってめちゃくちゃなこと言ってるわけだけど、オレに仕えてくれてるオマエらが危険だと思ったらすぐにオレを追い出してくれてもいい。
オマエらの足でまといになる気は無いからな」
「……覚悟の上、というわけですね」
「ああ。
オレ自身の中にある謎を解き明かすんだ。
多少の犠牲は承知してるが、オマエらがそれを黙認しないことも承知してる。
だからこそ覚悟を決めた」
「……分かりました。
万が一の場合はマスターの意志を無視してでも止めさせてもらいます」
ヒロムの強い思いを聞いたセツナは彼の頼みを聞き入れるとそれに対する返事を伝え、次なる報告を始めた。
「次は精神世界ではなく、私たちに関してなのですが……マスターは「八神」との戦いの際の闇に飲み込まれた際の記憶はありますか?」
「あるのはあるけど……精神世界に閉じ込められてた時の外の様子は知らないんだよな」
セツナの質問にヒロムは正直に答え、それを聞いたセツナはそんなヒロムに向けてある事を説明し始めた。
「マスターが闇に飲まれて私たちの力をフレイに託された時、フレイはマスターがいなければ身に纏えない白銀の稲妻を自力で纏い、そして「ソウル・ハック」の力を発動させました」
「オレがいなければっていうか……「ソウル・ハック・コネクト」の力はオマエらの力を底上げした上でその力を借りるものだからな。
その性質を逆利用して白銀の稲妻を共有してるだけだからな」
「そうですね。
ですがフレイはその後も「ソウル・ハック」を自分の力として発動しています」
「フレイがオレの力を受け継いでるのか?」
「いえ、それだけではありません。
マスターにも変化は起きています」
「オレにも?」
「マスターは「クロス・リンク」の組み合わせ……つまり十二のパターンとは異なる新たなパターンを形にしていますよね」
「ああ……フレイとラミア、それとディアナとクロナの組み合わせか」
セツナに言われて思い返すヒロム。
フレイとラミアとの「クロス・リンク」はラミアの強すぎる闇の力をフレイの能力が無限に強化するがために強力な力を発揮するが代わりに肉体と精神への負担が大きい。
ディアナとクロナとの「クロス・リンク」は三十秒という時間制限がある中で圧倒的なスピードで相手を翻弄出来る。
ただし三十秒を超えるとどうなるか、その危険性をヒロムは知っている。
「……どっちもピーキーで扱いが難しいんだけどな」
「ですがマスターはその「クロス・リンク」に適応しつつあります。
危険性を持つ「クロス・リンク」にすら適応しつつあるということは私たちの力が増す一方でマスターがそれに順応、適応する力を備えつつあるということです」
「つまり……フレイが「クロス・リンク」を発動出来るようになり、オレが別派生の「クロス・リンク」を発動出来るようになったようにセツナたち全員に何かしらの可能性が秘められてるってことか」
「そうなりますね。
そればかりは確かめてみないことには分からないことですが……」
「まぁ、この世界を知るついでにそれも調べればいいだけさ」
ヒロムはセツナに一言伝えると足を止め、そしてセツナも彼に続くように足を止めた。
そして……
「着いたか……」
「はい、着きましたね」
ヒロムとセツナが足を止めて目の前にある物に視線を向ける。
それはこの世界の中心にあるとも言える白銀の城へと入るための入口となる城門だ。
そびえ立つその城門を前にしてヒロムは深呼吸をするも城門に向けて右手をかざす。
ヒロムがかざした右手に反応するように城門が意志を持つかのように開門を始め、門が開くのを待つ中でヒロムはセツナに確認するように訊ねた。
「他のヤツらは中で待ってるのか?」
「はい、今フレイたちは円卓の間にてマスターをお待ちになっておられますよ」
「そうか。
それなら……詳しい話はそこでするとしよう」
ですね、とセツナが返事をするとヒロムは彼女とともに門をくぐって城の中へと入ろうと進む。
己の中にある知らぬ部分を、彼女たちの中にあるとされる秘密を知るために……




