二五一話 呪導の毒を召す
屋敷の庭園に現れたムクロを前にして「魔人」の力を発動して構えたノアルだが、何の前触れもなく突然彼は口から血を吐き出してしまう。
「何……?」
「さぁ、開幕だ!!
死に向かい続けるデスパレードのな!!」
「デスパレード……だと?」
ふざけたことを、とノアルは口元の血を手で拭うと魔力を纏いながら走り出そうとするが、ムクロはそんな彼を不敵な笑みで見つめながら指を鳴らした。
すると……
ノアルはまた口から血を吐き出してしまい、そしてカレの右肩に大きな傷が出来るとそこからも血が吹き出てしまう。
「何……!?」
自分の身に何が起きたのか、ノアルにはまったく分からなかった。
「バカな……」
(何が起きた!?
ヤツが攻撃したのか?だがそんな素振りはなかった。
ならヤツが何か仕掛けたのか?だとしても……)
「どうした?
何を驚いている?」
動揺するノアルを見て楽しそうに笑うムクロは彼に近づこうとゆっくりと歩き始め、そしてノアルを見つめたまま楽しそうに話し始めた。
「何をされたのか気にしてるのか?
オレが何をしたのか、それを気にしてるのか?」
「……関係ない」
ノアルは「魔人」の力である再生能力で右肩に出来た傷を修復するとムクロに向けて走り、勢いよく右手の爪で襲いかかる。
「関係なくないでしょ?」
ムクロは左手に魔力を纏わせるとノアルの攻撃を止め、彼との距離が近づいた状態で呑気に話し始めた。
「今オマエはオレと戦っている。
それはつまり強い関係にあるということ」
「知らねぇな。
オマエが敵ってことくらいしかオレには関係ない!!」
ノアルは自身の攻撃を止めたムクロの左手を弾くと両手の爪で敵を切り裂こうとした。
しかし……
「いいのかなぁ?
オレの能力すら判明してないのにそんなに慌てて」
「何?」
「知らねぇよ?
死に急ぎ野郎になっても」
ムクロが不敵な笑みを浮かべるとノアルの右腕が突然血を吹き出すようにダメージを負っていく。
「な……」
(また……!?)
「その程度で驚くなよ!!」
ムクロが右手をノアルに向けてかざすとノアルの左腕も同じように血を吹き出すようにしてダメージを負い、さらにノアルの全身に何かが駆け巡ると彼は膝をついてしまい、そして勢いよく血を吐いてしまう。
「がっ……!?」
「ふむ……歯応えがないなぁ。
やる気あるのか?」
「この……」
ノアルは両腕の傷を再生能力で治すと両手に留めていた「魔人」の力による変化を両腕に広げ、全身に魔力を纏うと立ち上がって構えた。
が、ノアルは構えるだけでムクロに向けて攻撃を仕掛けようとはしなかった。
「……」
「あれ?
もしかして怖気付いちゃった?」
「……どうかな」
(落ち着け……ここで敵を倒さなければ彼女たちが危険なのは百も承知だが、冷静さを取り戻せオレ……。
ヤツの能力を解明しなければ危険すぎる)
ノアルは頭の中で自分に言い聞かせるように言うと深呼吸し、そしてムクロを見ながら今まで自分の身に起きたことを整理した。
(ヤツが現れてオレが構えた後、オレは突然血を吐き出した。
その次に右手から血が出るようにして傷を負い、また口から血を吐いた。
この二度の吐血はヤツと接触していなかった。
だがヤツに攻撃して防がれた直後に両腕を負傷し、また血を吐いた。
三回中二回はヤツとの距離が離れていて、三回目は接触したからか規模が大きかった)
「……」
(接触したから被害が大きかったとして、それなら最初の二回はヤツはどうやってオレを……)
「待てないんだけどなぁ」
ムクロが指を鳴らすとノアルの両肩が血を吹き出すように傷を負い、ノアルはふとある事に気づいた。
「そうか……」
(音だ、ヤツの言葉や指を鳴らした音に能力が宿っているとすれば……音を封じれば防げる可能性はある!!)
「だとすれば!!」
ノアルは両手に魔力を集めるとムクロに向けて無数の衝撃波を放ち、放った衝撃波をムクロの前で炸裂させようとした。
(衝撃波を炸裂させた際に生じる音でヤツの発する音を封じれば……)
「フッ……」
ノアルの攻撃を見るなり鼻で笑うムクロは右手に魔力を纏わせると迫り来る攻撃に向けて手をかざし、かざした手から魔力が霧のようにして消える。
魔力が霧のように消えるとノアルの放った衝撃波はムクロに向かっていく途中で消滅してしまう。
「なっ……」
自分の放った衝撃波が消滅したことに戸惑うノアルだったが、そんな彼の両足までもが血を吹き出すようにしてダメージを受ける。
「バカな……」
(ヤツは何も音を出してないはずだ!?
なのにどうして……)
突然のダメージに困惑し、何が起きてるのか理解の追いつかないノアル。
そんなノアルの姿をムクロは面白そうに笑いだした。
「キャハハハハハ!!
バカみたいな勘違いして混乱してやんの!!」
「勘違い……だと?」
「オマエが考えたのはこうだ。
オレの能力は音に関連してオマエにダメージを与えるような能力だと。
だから音を遮るために衝撃波を放ち、その衝撃波を炸裂させた後に速攻で倒そう、てな」
「……まさか……」
「あまりにも浅はかな考えで簡単に読めたよ。
というか、間違えてるから笑ってるんだけどな」
見てみろよ、とムクロは笑いを堪えながらノアルの右肩を指さした。
ムクロが指さす先に視線を向けたノアルは自身の身に起きている変化に驚かされる。
「なっ……!!」
ノアルの右肩、それは今さっきムクロの能力を受けて左肩と共に負傷した傷があるが、その右肩の傷を中心に皮膚が紫色に変色していたのだ。
「魔人」の力によって黒く染まって変化した両腕とは違い、右肩は徐々に紫色に変色している。
「……そういうことか。
だからデスパレードとか訳の分からないことを言ってたのか」
その変色していることに驚いたノアルだが、驚くと同時にノアルはその変色の状況からムクロの能力の正体に気づいた。
「……オマエの能力は音とか接触とかそういうのは関係ない。
原理は分からないが……オマエの能力は相手の体を内部から破壊する能力だな?」
「……バカなりに考えたと思うけど、少し違うなぁ」
ノアルの言葉を聞いたムクロはため息をつくと情けをかけるかのように自分の能力について語る。
「オレの能力は「呪毒」。
大気中にウイルスを散布して相手を襲う。
一見地味に聞こえるが、このウイルスは能力者にとっては毒だ。
何せ魔力を強く持てば持つほど内側から魔力と肉体は大きく蝕まれ、そして魔力は内側から肉体を破壊する爆弾のようにオレに支配されるようになり肉体はそれに耐えれぬように脆くなっていく!!」
「なっ……」
「オマエが外に出てきた時点でオレのウイルスに汚染されてたってわけだ。
そのウイルスに汚染された魔力に合図を送って内側から攻撃してた。
どうだ?恐ろしいだろ?」
「……なるほど。
理解したよ」
ムクロの能力、それを聞いたノアルはその全容を理解すると両足の傷を治し、そして左手の爪をさらに鋭くした。
「攻撃しようとしても無駄だ。
こっちが合図を送ればいつでもオマエの体は破壊出来る」
ノアルが左手の爪を鋭くするを見たムクロは嘲笑うかのように彼に告げる。
が、彼はムクロの言葉を聞くと鼻で笑うと彼に向けて言い返した。
「そうか。
ならば好きにすればいい」
「何?」
「……オマエもバカだってことを教えてやるよ」
するとノアルは鋭くした左手の爪で勢いよく右肩の肉を抉りながら変色した部分を削ぎ落とし、さらにそのまま左手の爪で自分の腹を刺して血を地面に吹きこぼさせる。
「な、何ぃぃ!?
コイツ……自分の体を自分で!?」
突然のノアルの行動に驚き、困惑してしまうムクロは思わず後退りしてしまう。
が、そのムクロの姿見たノアルは深呼吸するなり左手についた自分の血を拭い捨て、自分で負わせた腹の傷を治すと抉り取った肩の肉も綺麗に再生させていく。
そしてノアルは首を鳴らすと両手の爪をさらに鋭く尖らせて斬撃を放った。
放った斬撃は後退りしているムクロに襲いかかり、ムクロは魔力で防ごうとするも間に合わずに左肩にそれを受けてしまう。
「ぐぁぁぁあ!!」
「どうやらこれまで毒の対処をした能力者と遭遇した事がないようだな」
「お、オマエ……何をした!!」
「能力の原理がわかったから処理したのさ。
変色している部分はおそらく細胞レベルで崩壊してるだろうからもう役に立たないから捨てたし、体内に残る毒も腹から魔力と血を同時に吐き出させて抜いた」
「なっ……再生能力があるからってそんな……」
「そう、再生能力があるから出来たことだ。
何せオレは……「魔人」だからな」
「……!!」
知らなかったのか、とノアルは不敵な笑みを浮かべると両足のズボンの裾を破り捨てて動きやすくし、そして足をも「魔人」の力で黒く染め上げるとムクロに向けて告げた。
「オレはかつて親に捨てられ、「一条」によって実験のために利用されていた「魔人」だ。
そしてそのしがらみから抜け出したオレは……失った時間と手に出来なかったモノを知るため、オレが仕えるべき主のために戦うことを決めた人になることを決意した「魔人」だ!!」
ノアルは全身に魔力を纏うとムクロに向けて殺気を放ち、それを受けたムクロも全身に魔力を纏う。
「覚悟しろ、「竜鬼会」の能力者、ムクロ。
ここに足を踏み入れた以上、オマエを生きて帰らせる気は無い!!」
「生きて帰らせる気は無い?
面白いことを!!」
ムクロは身に纏う魔力を大きくさせると両手をノアルに向けてかざす。
「残念だが「魔人」だか何だか言っても所詮は人間!!
一度ウイルスを受け入れたその体はもうオレの的になったも同然な……」
「そうか。
だが無意味だ!!」
ノアルは勢いよく走り出し、それを止めようとするムクロはノアルの体の中のウイルスを作用させようとした。
が、ムクロがウイルスに向けて指示を送ってもノアルの体には変化は起きない。
「は……?」
「言ったはずだ。
ウイルスは抜いたとな!!」
ノアルはムクロに接近すると連撃を放ち、さらに蹴りを放つ。
ノアルの攻撃を受けたムクロは吹き飛び、思わず血を吐き出してしまう。
「な……なぜだ!?
オレのウイルスは大気中に撒き散らしている!!
つまり永遠にオマエの中に入っているはずなのに……」
「言ったはずだ。
オレは「魔人」だと。
この再生能力も要は使い方だ。
さっき肉を抉り、体内からウイルスを抜いた直後に大気中のウイルスに対しての抗体を体の中につくりながら再生したのさ」
「なっ……抗体だと!?」
「そうだ。
ウイルスだと言うならそれを止める抗体が存在してもおかしくない。
そう考えたからオレは再生能力を応用してつくった!!」
「ありえねぇ……」
(再生能力があるからって崩壊しつつある肉を抉ったり、ウイルス取り除くために自傷したりするだけで頭おかしいのに……それをしながら抗体を生み出すとか……)
さて、とノアルは全身に纏う魔力を強くするとムクロを見ながら告げた。
「オレの見た目を貧相とかバカとか言ってたが……オレとオマエのどっちが強くて賢いかハッキリさせようか」




