二四七話 心の世界
「ちょっと待って!!」
ヒロムが自身の考えを話した直後、話を聞いていたユキナが頭を抱えながらヒロムに対して質問をした。
「……分かりにくいんだけど、ヒロムはその「ハザード」には発症してなかったの?」
「ああ、おそらくな」
「なんでそれが違うって断言出来るの?」
「……状況から考えればオレが「ハザード」にハッキリしてる可能性が低いからだ。
まず「ハザード」だと思っていたのはオレにはフレイたちを宿している器としての力しかないと思っていたこと、「十家」の七瀬アリサが現れた際にあの女とイクトがオレが「ハザード」に発症してる可能性があると話したこと、戦いが増す中でオレが「ハザード」のように好戦的になっていたこと……これらの不確定要素が積み重なったから「ハザード」に発症していると誰もが思っていた」
「でもそれが間違いだって確定できる要素もないんでしょ?
なのに……」
「さっきも言ったがオレが「ハザード」に発症していたとすれば「ソウル・ハック」の力を得ている段階で克服は出来ていないことになる。
自分勝手な意志で戦おうとして発症したとされる「ハザード」が自分自身も能力者と対等に戦えるように魂を精霊に消化させる術で戦おうとする「ソウル・ハック」を前にして消えるとは思えない」
「つまり……どういうこと?」
「……簡単に言うなら「ソウル・ハック」で魂を昇華させている時点で「ハザード」の発症理由と大差ないってことだよな、大将」
ヒロムの話を聞いても分からずにいるユキナにも分かるようにイクトはヒロムに確認するように言い、それを聞いたヒロムもただ頷いていた。
そしてバッツはヒロムの話が終わったと判断したのか自分の話に話題を戻した。
「鬼桜葉王もすぐにそこに気づいた。
そしてヤツはある説を立てるとそれを立証するために「八神」を操った」
「急に話戻したな……」
「そりゃ本題は精霊についてだからな。
「ハザード」が話をしてたわけじゃないから気にするな。
で、オマエに対して敵を仕向けることでオマエの仲の力を次々と引き出し、そしてパラドクスの石版を使ってその答えを確かめた」
「闇の力を持ったラミアたちか」
「そう、四人の闇の力を持つ精霊の出現は鬼桜葉王や一条カズキの計画にとって都合のいい方へと進むきっかけとなったんだ」
「つま……」
「グダグダ長い!!」
するとこれまで静かに話を聞いていたと思われるシオンが何故か苛立ちながら話の腰を折るように叫ぶと、バッツを指さしながら強く言った。
「ヒロムの精霊について話すとか言って前置きが長すぎる!!
話す内容まとめてから話やがれ!!」
「おお、怖い怖い……」
「それにオマエらもだ。
たかだかヒロムの「ソウル・ハック」の話聞いたくらいで動揺しやがって……信じて仕えてるならこれまで通りにしてろ!!」
「えぇ……」
「オレらまで……?」
それと、とシオンはバッツ、ガイ、イクトに強く言葉を発した後にヒロムの方を見ると彼に歩み寄っていき、何の躊躇いもなくヒロムの胸ぐらを掴むと彼を睨みつける。
「うおっ!?」
「ヒロムくん!!」
「騒ぐな!!」
驚くヒロムを心配しようとするユリナに対してシオンは一喝入れると、そのままヒロムに対してある事を告げるように質問した。
「コイツから精霊について聞いてどうするつもりだった?」
「ああ?
それは……」
「オマエはこれまで自分の中の真実と信念と向き合って戦ってきたはずだ。
だからこそオマエの中に特異性があり、オマエという人間に多くの人間が影響され引き寄せられている。
それも厄介なことにオマエの命を狙ってたヤツとその首謀者がオマエに仕える道を選んでいる」
「シオン……?」
「ハッキリ言ってやる。
オマエの中にいるまだ精霊が隠れてるならそれでいい、オマエの中にある秘めた力がこれかれ覚醒する可能性があるならそれでいい。
どんな結果になろうとも……オマエはオマエ自身を信じろ!!」
「……!!」
「オマエの辿る道はオマエが決めろ!!
精霊の記憶とか「ハザード」だったかなんて関係ないだろ!!
オマエが進む道をハッキリ決めろ……結果はその果てにしか現れない!!」
ヒロムに対して強く訴えかけるように発せられるシオンの言葉。
その言葉を聞いたヒロムはシオンの強い言葉に対して反論することも出来なかった。
いや、反論など出来るはずもない。
シオンの言葉は迷いを抱くヒロムの心を的確に指摘しているのだからそこに反論する余地などあるはずもない。
「オレは……」
シオンに何か言おうとするヒロムだが、シオンの言葉を前にすると言葉が出てこない。
何を言うべきか、何をどう言えばいいのか……
心の中に迷いがあるヒロムは中々言葉を出せなかった。
そんなヒロムの様子を見かねたのか、シオンは続けて彼に対して強い言葉で告げた。
「何かを守るために戦うと決めたのなら力の根源とか記憶とかに囚われるな。
オマエが見るべきは過去じゃない、これからだろ。
もしそのために力が足りないのならオレたちを頼れ。
オレたちはオマエのためならどんなことだってやってやる」
「シオン……」
「……正直オマエがどうなってるかなんてオマエが分からないならオレたちも分からない。
だがオマエの中に疑いたくなるような記憶があるのなら一人でどうにかしようとするな。
オレたちはそのためにここにいる」
「……」
「オマエに仕えてるオレたちはオマエの仲間だ。
その仲間を信用しろ」
だから、とシオンはヒロムから手を離すと右手で拳をつくり、その拳をヒロムの胸に当てた。
「オレたちが信じるオマエの意志をその胸に強く抱いてくれ」
「シオン……」
「……話が逸れたな。
今のは忘れてくれ」
シオンはヒロムから拳をどけると下がろうとした。
そんなシオンの言葉を受けたヒロムは深呼吸するとバッツの方を見ながら言った。
「バッツ、精神世界の先に進むにはどうすればいい?」
「精神世界の先だと?」
「オマエが葉王に寄生してる間に何を知ったかはこの際後回しだ。
とりあえず今は今ある問題を解決するために精神世界の先に行きたいんだ」
「先、か……」
ヒロムの言葉、それを聞いたバッツは首を傾げながら悩む。
ヒロムが何を言いたいのかわからないらしいが、そんなバッツの代わりとでも言いたいかのようにシオンがヒロムの話を聞こうとした。
「コイツがグダグダ長い話をしてる中にその精神世界とやらの話題はなかったがどうしたんだ?」
「真助との戦いの後、オレは精神世界に導かれてセラと出会って他に精霊がいることを知った。
そしてオレは精神世界で「ソウル・ハック」を完成させようとして守護の精霊と称される四人の存在を知った」
「最初からいたフレイたちに加えて九人が新たに現れて「八神」の一戦までに二十人になったんだな。
そしてオマエが闇に心を支配されてガイやシンク、それに真助を倒そうとする中で精神世界で抗った結果意識を戻して闇の力を持つラミアたち四人の精霊を現界させた」
その通りだな、とヒロムは一通りの流れを振り返るように話すシオンに言うと次に精神世界について話し始めた。
「精神世界はフレイたちにとっては現界していない時間を過ごしている場所であり、オレ自身も意識を集中させればそこに行くことが出来るオレの精神を形にした世界だ。
オレの精神を形にした世界なのにオレは精神世界について知らないことが多すぎる」
「けど大将。
精神世界について知ったところで肝心のフレイたちの記憶の矛盾とかは解決しなくないか?」
それは違う、とヒロムは精神世界の話について疑問を抱くイクトに向けて言うと、なぜ精神世界の話をしたのかについて補足するように説明した。
「フレイたちの記憶やその存在、さらには「ソウル・ハック」に「クロス・リンク」……あらゆる所に精神世界が関与してる。
それにセラやラミアたちは外部に封印されていたのではなくオレの精神世界の中に封印されていた。
にもかかわらずオレはそれを今まで……十何年も認識すら出来ていなかった」
「セラやラミアのことはオマエが物心つくかどうかって時に行われた封印が原因なんだろ?
オマエがどうにか出来ることでも……」
「どうにか出来るわけじゃない……たしかにガイの言いたいことは分かる。
だけどオレはフレイたちとの今日までの日々をずっと過ごしてきた。
十何年もこの現実世界と精神世界とでオレたちは強い繋がりを持っていたのに肝心のことは何も知らない。
自分のことなのにだ」
「だけど……」
「事実だからフォローしようとか思うなよ、ガイ。
フレイたちの主として今一度再認識する必要がある。
精神世界のことも精霊のことも……オレのことも」
「ヒロム……」
ヒロムの言葉にはどこか自責の念のようなものが感じ取れ、それを感じたからこそガイは心配になってしまう。
いや、ガイだけではない。
イクトや真助、そして話を聞いているユリナたちもだ。
彼女たちも同じようにヒロムのことを案じているのだ。
「ヒロムくん……」
「……悪い、ユリナ。
オマエたちの前でするような話じゃなかったな」
ヒロムはため息をつくと話を終わらせようとしたが、それをユリナが阻止しようとするかのようにヒロムに言った。
「私たちに手伝えることはない?」
「……」
彼女の純粋な優しさから来る言葉、ユリナの言葉をまえにヒロムは黙ってしまう。
そしてユリナはヒロムが黙っているのを見ると察したのか、どこか申し訳なさそうな顔をしていた。
「……ごめん、ユリナ。
どんな些細なことでも力になってくれるのなら嬉しいけど、今のままじゃまだ頼れないんだ」
「う、ううん!!
私は大丈夫だよ!!」
ユリナの顔を見たヒロムは彼女に謝り、それを受けたユリナは笑顔を浮かべてヒロムに微笑むが、その笑顔はどこか引きつっていた。
彼女なりにヒロムのことを心配し、力になりたいと思っていたのだろう。
だがヒロムの力になれないと思って何かを感じたからこそ落ち込み、この笑顔も彼を心配させないように無理してつくってるのかもしれない。
ヒロムもヒロムで彼女に心配をかけたくない思いもあるが彼女の力になろうとしてくれる姿勢には有難いと思っているのだ。
だからこそどう頼っていいか分からないままではダメだと思ったのだろう。
ヒロムとユリナのやり取り、それはいつの間にかその場にいた全員を静寂に包んでいく。
「皆さん、お待たせしまし……た」
ユウナがチカとともに紅茶とクッキーを運んでくるが、静寂に包まれている場の空気にどこか気まずさを感じた。
「あ、あの……紅茶お持ちしましたので……」
ユウナは恐る恐る言うとテーブルに紅茶とクッキーを置き、チカとともに静かにソファーに腰掛ける。
「……」
「……」
「えっと……」
ヒロムたちが沈黙の中にいる理由が分からないユウナとチカは困った顔をしていた。
どうしたらいいのか?
それを悩まされる。
するとこの場の空気を支配する沈黙と静寂を塗り替えるかのようにバッツは紅茶の入ったカップを手に取るとヒロムに向けてある話を始めようと語り始める。
「……オマエが求めている先かは知らないが、一つだけ心当たりはある」
「何?
それは……」
「確証がない。
オレを宿したあの男が辿り着けず、「十家」のどの家にも都市伝説のように伝えられているものだ。
それが事実かすらも分からないから言うべきか迷ったくらいだからな」
「それは一体……」
「精神世界の奥底にあるとされる極地と呼ばれる世界……精神の深層だ」




