二四話 苦悩
ヒロムは一人、ベンチに座って空を見上げていた。
「……」
「ハザード」に関してまったく関心がないわけではなく、むしろガイたちにいらぬ心配をさせたくないのだ。
そのためにどうにかしたいが、どうにも出来ずに結局は心配をかけた上にガイとは揉めて戦う羽目になった。
あの時のガイの姿が脳裏を過ぎる。
「……何やってるんだかな 」
そして自分のことを心配してくれたユリナさえも冷たく睨みつけ、悲しませた。
そこが一番の問題だ。
あの時のユリナの涙を流す姿を思い出すだけでも胸が苦しくなる。
「……はあ」
(フレイの提案、あれだけは承諾できない。
オレが無事でもアイツらに何かあればオレは……)
フレイの心配する気持ちもわかる。
だが、ヒロムにとってフレイたちは何にも変え難い大切な存在。
これまでを共に過ごし、様々なことを共に経験してきた「家族」とも言える存在。
それを失うことはヒロムには耐えれない。
「どうにかして止めるしかない……
そのためには……」
やはり、と言うべきか。
ヒロムが考えたその瞬間、脳裏に浮かんだのはトウマだ。
トウマと戦えば「ハザード」が一気に進行し始めるとともにどうなるかは保証出来ないとガイたちから忠告されている。
それを聞いたからこそユリナは心配していた。
「……」
「迷っているのですか?」
音もなく現れたテミスは悩むヒロムに心配そうに声をかける。
「マスターの優しさは皆理解しています。
でもそれと同じくらいマスターを守りたいと思っているんですよ?」
「そんなのはわかってる。
けどそれだけじゃ「ハザード」は止められない」
「ですがマスター一人が背負うことはありませんよ?
私たちも何か力になれるはずです」
「……わかってる。
でもオレが戦闘を行えば「ハザード」が進行するならオマエらでも止めれねぇだろ」
「ですが……」
「それに無意識とはいえ抑え込めたのもまぐれだろうしな…」
どうしたものか。
ヒロムは頭を抱え、悩み出す。
フレイとマリアが遅れてやってくるも、ヒロムのその姿を見るとすぐに声をかけれなかった。
ヒロムのため、自身のマスターにどう声をかけるべきか悩んでいると、思わぬ人物が現れた。
「ここにおられましたか」
音もなく夕弦が現れ、ヒロムのもとへと歩み寄る。
「探してたのか?」
「はい。
いくつかヒロム様にお伝えしておくことがあります」
「……「天獄」のことか?」
「ええ、団長からその事について伝言があります。
「オマエの意思で決めたことなら止めはしない。
その代わり、やり遂げろ」と」
「……アイツか」
団長、それは「姫神」に属し、「姫神」が有する最強の部隊「月翔団」のリーダーのことだ。
そう、ヒロムもよく知り、夕弦が逆らえない相手だ。
「で、それだけか?」
「次は私の件です」
すると夕弦はヒロムの前に立つと、すぐさま膝をつき、頭を下げる。
まるで、玉座に腰掛ける王に対する騎士の忠誠を誓うその様にも見える光景の中、夕弦はヒロムに伝える。
「本日付けで白崎夕弦は貴方様の部隊「天獄」に属することを許可されました」
「……「月華」はどうする気だ?」
「そちらの方の処理は検討中とのことです。
今後の私の活動次第でしょう」
どうして、とヒロムは夕弦に問いかける。
「どうしてオマエは自分の立場が危なくなるような真似をしてでもオレのために何かをしようとする?
オレは何もしていないだろう?」
夕弦の家、つまりは「白崎」が代々「姫神」に仕えてるのは知っている。
だがヒロムは別に「姫神」の当主になったわけでもないし、夕弦に対して何か特別なことをしたのでもない。
なのに、なぜ夕弦はこうまでして自分の力になろうとするのか。
不思議で仕方なかった。
そんなヒロムの言葉に夕弦は何も迷うことなく、答えた。
「それは私がそうしたいからです」
「オマエの家が……「白崎」の家が仕えてるのとオマエがオレに仕えることと関係はないはずだ」
あります、と夕弦は顔を上げるとヒロムを見つけめながら自分の気持ちを伝える。
ヒロムを見つめるその瞳からは何か決意にも似た強いものを感じ取れる。
「私は家の理念に背きました。
「姫神」に仕えるという理念から外れ、一人の存在を守ることを選びました。
私は……私が強くなろうと決めたのはあなたがいたからです」
「何?」
「あなたが「無能」と呼ばれたと知った日、私は誓いました。
誰もがあなたを見捨てても私だけでも力になりたい、そう思ったからです」
「まさかオマエ……」
「私が「月翔団」に入ったのもあなたのために強くなりたかったからです」
夕弦の口から話されたのはこれまでの自分の行動の経緯、つまり、ヒロムですら知りえないものだ。
その夕弦のこれまでの行動は自分が影響を与えていたと知ったヒロムは少なからず罪悪感を感じた。
そう思うと気休めにもならないであろう謝罪を夕弦に対してするのだった。
「悪かった……」
「あなたは悪くありません。
私にはあなたが「無能」と思えない。
だからこそ、その言葉を覆す力になるためにこうして強くなったのです」
ですから、と夕弦はゆっくりとヒロムの手に自分の手を添え、そしてヒロムを見つめながら伝えた。
「あなたが何かするというのであれば協力します。
ですから何でも仰ってください」
私たちもです、と夕弦に続くようにフレイはヒロムに自分の気持ちを伝えた。
「マスターのために私たちがいます。
今まで通り、マスターのためにお力になりたいんです」
「……」
「マスターにとって私たちは頼りないですか?」
「違う!!
オマエたちがいたからオレは……」
「それと同じなんです、マスター。
私たちもマスターがいたからこそマスターの精霊であることを幸せに思ってるのです」
フレイの言葉にマリアとテミスは頷き、そしてフレイはヒロムのもとへと近づくとヒロムをゆっくりと抱きしめた。
突然のことでさすがのヒロムも顔を赤くして動揺し、フレイを離れさせるためにどうにかしようとしたが、それが出来なくなった。
自分を抱きしめるフレイの体が震えていた。
「マスターのいない日々は……私たちにとっては地獄なのです」
「……」
ああ、そうか。
ヒロムはこうしてフレイの気持ちを知り、ようやく理解した。
フレイたちとこれまで過ごした日々。
そしてこれからもその日々を続けたい。
そのためにも傷つくフレイたちを見たくないと思い、戦闘中に邪魔になりたくないと思い強くなった。
フレイたちだけじゃない、ガイたちも、そしてユリナたちも、自分の身近にいる人を失いたくなかった。
たとえそれで自分が傷つくことになっても、守れるなら
同じだった。
だけどそれは、ヒロムだけでなく、皆が同じように思っていたのだ。
それを改めて感じたヒロムは自分を抱きしめるフレイを強く抱きしめた。
「ま、マスター!?」
「……ごめんな、
オレのために辛い思いさせて」
「ちが……」
「だからせめて、オマエたちのその思いを背負わせてくれ」
「……!!」
ヒロムの口から出た言葉。
それはマリアやテミスはもちろん、フレイですらこれまで聞いたことのない言葉だった。
「だから、オマエたちの力を貸してほしい。
オレのために……」
「当たり前じゃないですか、マスター……」
フレイはヒロムをより強く抱きしめ、そして同時に瞳から涙を流した。
「私たちがお願いしたいくらいです」
「……」
「「ええええ!?」」
ヒロムとフレイの今の光景をやっとのことで追いついてきたリサとエリカは大きな声を出して驚いていた。
走り疲れ、座りこむユリナもその光景には驚き、言葉を失っていた。
ユリナたちの存在に気づくとヒロムとフレイは慌てて離れるが、なにか妙な空気は残っていた。
が、ユリナは今のヒロムを見ると安心したのか、安堵のため息をつく。
「良かった……」
「あ、あのさ……」
ヒロムは立ち上がるなりユリナのもとへ向かい、そして深呼吸すると深々と頭を下げて謝罪した。
「悪かった。
オレが身勝手なせいで迷惑かけた」
「そ、そんなことないよ!!
私もヒロムくんのことわかって……」
オレが悪いんだ、とヒロムはユリナが言い終える前に自分の言葉をユリナに伝える。
「自分がどうにかすればいいと思ってオマエたちの気持ちも考えずに行動したのは事実だ。
謝って済むわけじゃないけど、許してほしい」
「大丈夫だよ、ヒロムくん。
これからは一緒に頑張ろうね」
なぜかユリナは涙目になりながらもヒロムに対し今のて自分の気持ちを伝えた。
ユリナのその涙はおそらく悲しいからではない。
嬉しいという気持ちだろう。
ヒロムの気持ちをこうして言葉で聞くことが出来たからこそ出てきた涙なのだろう。
「……」
「でもどうするの?
これからどうしたらいいの?」
「それは……どうするの?」
ヒロムの気持ちを聞いたが、それでも問題は解決していない。
が、ヒロムは悩むことなくフレイたちに伝えた。
「一つだけ、方法があるかもしれない。
それを試したい」
「それは一体……」
「一度屋敷に戻って確かめる必要はあるが、可能性はあるかもしれない。
……ある方法を思い出したんだ」
「?」
ある方法。
その方法というのは夕弦にも心当たりはないが、ヒロムとずっといるフレイたちも何のことかわかっていなかった。
当然ながらユリナたちにはもっとわからない話だ。
全員がヒロムの言う「ある方法」がわからない中、ヒロムは説明するように話し始めた。
「フレイたちの協力が必要になるが、成功すれば「ハザード」を抑えるくらいはできるはずだ。
そして、「ハザード」のあの戦う度に力を増すあの感覚も利用出来る」
「は、はあ……」
そういえば、とヒロムは夕弦に一つ確認をした。
「オマエ、もう一つ報告することがあるんじゃないか?」
「どうしてそれを……」
「わざわざ報告の時に「いくつか」なんて言うか?」
「……さすがですね。
これは、ヒロム様とそして彼女たちやガイたちが大きく関わる可能性があります」
「そいつは「十家」か?」
いいえ、と夕弦はヒロムの問いに対して首を横に振ると、すぐさまその正体について説明した。
「これは団長が任務中に発見したということで危険性を伝えろと。
世界の敵……「世界王府」が確認されました」