二三二話 死神の機転
蒼牙と紅牙の攻撃により爆発が起き、そこからさらに火災が発生し、崩壊の危険性が高まり続けるマンション。
消防車と救急車が駆けつけ、住民が混乱しながらも避難する中で野次馬が集まり、周囲はパニックに陥りつつある。
そんな現場から一キロ離れた場所……。
爆発によって遠く離れたこの場所に飛んできたであろう小さな瓦礫。
その瓦礫の小さな影が膨れ上がると同時にイクトが姿を現す。
「……ぷはぁ!!」
危なかった、と影から現れたイクトは声を漏らしながら何かを探すかのように周囲を見渡す。
危なかったと声に出したイクトだが、彼の左肩は火傷を負って負傷している。
おそらく先程の爆発によって受けたものだろう。
彼は火傷の痛みに耐えながらも身を隠せる場所を探し出すとそこに身を隠した。
「くそ……」
(「影死神」が通じないとはな……。
アイツら、互いに炎を譲渡することでその力を倍増させていたのか)
「だからアイツらは自分たちのことを「双炎竜」とか言ってたのか……」
蒼牙と紅牙、二人の能力について考えていたイクト。
そんな中、彼らについてあることを思い出した。
いや、彼らについてと言うよりは彼らに関連するであろうことについてだ。
「そういえば、賞金稼ぎの時に聞いたことがあるな。
互いの炎を喰らうことで強くなる二人一組の能力者……まさかアイツらのことだったとは……」
(あの時聞いた話じゃ単体での戦闘力の低さが露点してるせいで二人一緒じゃないと話にならないとかだったけど……その情報も二年ほど前の話だしな)
「今更過去の情報に頼ろうとするとか……アイツらや「ハザード・チルドレン」と変わらないな」
自分の言葉に呆れてしまい、イクトは思わずため息をつくと影の中から薬液の入った注射器を取り出すと、注射器の針を左肩の火傷の上から刺し、中の薬液を体内へと注ぐように入れていく。
「ぐっ……くぅ……!!」
薬液を投与する中で走る激痛に顔を歪めながらも耐えるイクト。
薬液の投与が終わると注射器の針を抜いて空になった容器を投げ捨てた。
「ふぅ……」
激痛が未だ走る中でイクトは呼吸を整えようと深呼吸をすると、自分に言い聞かせるように言った。
「油断するな……。
相手は強い……だからこそ冷静になって相手を見ろ。
どんな敵にも弱点はある。
それを見つければ……勝機はある」
(最悪の場合……奥の手を使ってでも倒す)
「見つけたぞ」
覚悟を決めたイクトの前に紅と蒼の二色の炎が現れ、現れた炎は人の形になるとそれぞれが紅牙と蒼牙へと姿を変える。
それを見たイクトは影の中から大鎌を取り出し、それを手に取ると敵に向けて構えた。
イクトが構えると、蒼牙は少し驚いたような顔を見せた。
「あれを受けてもその程度のダメージで済むとは……貴様の力は大したもののようだな」
「大したもの、か。
上から目線で言われるのは腹立つけど……オマエらの力に関しては考えを改める必要があるようだな」
「ふっ、別にそのままでもいいぞ。
そのままの考えを抱いたまま殺されるのも悪くなかろう」
「……ちょっとオレを追い詰めたからって調子に乗りすぎてないか?
オレもまだ本気じゃねぇのにな」
「口では何とでも言える。
オマエがどれだけの力を隠していてもオレたち二人の力には遠く及ばないのだからな」
蒼牙はイクトに向けて冷たく告げると炎を纏いながら走り出し、それに続くように紅牙も炎を纏いながら走り出した。
走り出した二人を前にしてイクトは再び「影騎死」を発動して敵を迎え撃つように動き出す。
「さて……どこまで耐えられるか見せてもらうぞ」
蒼牙は両手に炎を纏わせると周囲に無数の炎の球を出現させ、それをイクトに向けて放っていく。
だが、放たれた炎の球は速いわけでもなく、その気になれば簡単に避けられるようなスピードでイクトに向かっていた。
「そんなもの……」
食らうはずがない、そう思ったイクトは回避しようと考えた。
が……
「後ろががら空きだ!!」
イクトの背後に音もなく紅牙が現れ、その両手に炎を纏わせながら構えた。
「くっ……!!」
それを確認したイクトは回避しようとするのをやめると大鎌に魔力を纏わせると迫り来る炎の球を破壊していく。
「賢明な判断だ。
避ければ紅牙の力になるだけだからな」
だが、と蒼牙は再び炎の球を出現させるとそれをイクトに向けて放つ。
「オレたちを倒すには到らない」
「同じことを……」
先程と同じ攻撃、そう思ったイクトは迷うことなく大鎌を振って破壊しようとした。
が、大鎌の一閃が放たれると同時に蒼牙の放った炎の球が突然軌道を変え、イクトの放った攻撃を避けるとイクトを通り過ぎて行ってしまう。
「な……」
「同じこと、と思ったか?
そんな甘いことはしない」
「ナイスだぜ蒼牙!!」
イクトの後方から走ってくる紅牙。
炎の球はその紅牙の方へ向かっていき、そして紅牙は全身に炎を纏うと彼は向かってくる炎の球を自身の炎で吸収し、己の炎をさらに大きくさせた。
紅牙は大きくさせた炎を拳に纏わせると、イクトに向けて巨大な炎の玉を放つ。
「……この!!」
イクトは影から無数の腕を出現させると拳に変化させて炎の玉を押し返そうと殴らせるが、影の拳は炎に触れるとその熱に飲まれて消えてしまう。
「残念だったな!!
今のオレの炎を止めたいなら……」
「誰も止めるなんて言ってねぇぞ」
紅牙が余裕を見せようとする中、イクトは大鎌に身の丈ほどの魔力を纏わせながら武器を振るった。
振られた大鎌から魔力と一つになった巨大な斬撃が放たれ、斬撃は紅牙の放った炎を両断してみせる。
「な……」
「そっちは囮。
こっちが本め……」
「オレからすれば紅牙のそれは囮だ」
余裕の崩れた表情を見せる紅牙に向けてイクトが言おうとする言葉を遮るように蒼牙は言うと、両手に炎を纏わせ、その炎を巨大な腕に変化させるとイクトが両断した炎の方へと伸ばし、紅牙の炎を喰らいながら炎を大きくさせる。
「マジか……」
互いに互いの炎を喰らうことで強くなる紅牙と蒼牙。
イクトが彼らの攻撃を防ぐか止めるかしたところで彼らのその特異性の前では無意味にも等しく、彼らの力はただイクトの全てを覆すように追い詰めていく。
「受けよ」
蒼牙はイクトに向けて炎を放ち、放たれた炎は七体の龍になってイクトに襲いかかっていく。
「くらうかよ!!」
イクトは炎の龍が迫る中で再び影の腕を出現させるが、それを見た蒼牙は呆れたような顔を見せた。
「オレのことを偉そうに同じことと批判しようとしたオマエが同じことを……」
「バーカ。
お返しだ」
蒼牙の呆れながらに放たれる言葉を嘲笑うかのように、蒼牙のことを馬鹿にするようにイクトは下を出しながら中指を立てながら言う。
するとイクトの言葉に反応するように影の腕が動き出すが、影の腕の動きを見た蒼牙紅牙は意表を突かれたのか驚いて動きが止まってしまう。
「な……」
「アイツ、何を……!?」
二人が驚く中、そのきっかけとなった影の腕は迫り来る炎の龍ではなく、なんと術者であるイクトに掴みかかっていたのだ。
手や脚を掴み、敵の身動きを封じるのと同じようにイクトから自由を奪うようにしっかりと掴んでいた。
しかし、イクトが身動きを取れなくても関係はない。
炎の龍は敵の状態を知ることも無く、ただ敵を倒すためだけに襲いかかろうと迫っていく。
(なぜだ?
なぜヤツは自分を追い詰めるような真似を……)
影の腕の奇妙な行動、そしてそれを指示したはずのイクトに対して疑問を抱く蒼牙だが、彼の放った炎の龍はあと少しのところまで迫っていた。
イクトが何をするのか、それが気になる蒼牙は炎の龍が襲いかかる中で確かめようと敵の方を見ていた。
するとイクトが不敵な笑みを浮かべる。
「じゃあな」
「な……」
じゃあな、その一言を残すとイクトは音もなく消えてしまい、標的を失った炎の龍はイクトがいたはずの場所を通り過ぎていく。
「「消えた!?」」
炎の龍がどこかへと飛んでいく中、音もなく姿を消したイクトに対して紅牙と蒼牙は驚きのあまり目の前で起きたことを声を揃えて口に出してしまう。
が、驚くの当然かもしれない。
目の前にいたはずの男が一人、自ら身動きを封じたはずの男が音を立てずに消えたのだ。
「どこに行きやがった!!」
「落ち着け紅牙。
姿を消したといってもどこかに身を潜めてこちらを見ているはずだ」
(必ずどこかにいる。
ヤツは素早いわけではない……「覇王」の配下の中では最もトリッキーな戦いをする能力者だ。
こちらの意表を突く程度、ヤツには何の造作もないことのはず。
だがどこに……)
紅牙に冷静になるように告げた蒼牙はイクトの行方を探ろうと周囲に気配がないか注意するが、そんな中で蒼牙はあることに気づいた。
「賞金稼ぎ時代のあの男は影の中に空間を持っていると聞いたことがある……」
蒼牙はイクトが立っていたはずの場所に視線を向け、その付近の地面に異変がないかを調べた。
そこであるものを見つけた。
「あれは……」
蒼牙が見つけたもの、それは本来この場にあるはずのない中身のない注射器だった。
「まさか……」
(ヤツはあの注射器の小さな影の中に身を潜めてるのか?)
「紅牙、そこの注射器が怪しい!!」
蒼牙は蒼い炎を拳に纏わせながら紅牙の名を呼ぶように叫ぶと彼の方へと炎を放とうとする。
「この炎を食らって、その注射器ごと地面を破壊してしまえ!!」
自身の炎を食らうことで得られる力で破壊しろと指示を出した蒼牙は紅牙に向けて蒼い炎を放つ。
「よし、任せ……」
任せろ、蒼牙に向けてただそれを言おうとした紅牙だったが、その言葉を言い切る前に蒼牙の周囲の異変に気づいてしまう。
炎を放った蒼牙の影……彼の影が不自然なまでに揺らぐように動きながら膨らんでいたのだ。
「……蒼牙!!
オマエの影に何かいる!!」
「何……」
蒼牙に何かが迫っている。
それをすぐに伝えようとした紅牙は叫ぶが、蒼牙がそれを聞いた時には遅かった。
蒼牙の膨らんでいた影の中から無数の黒い刃が放たれ、刃が蒼牙の体を貫いていく。
「がっ……」
「蒼牙!!」
刃に貫かれて膝から崩れ落ちてしまう蒼牙。
その蒼牙の身を心配する紅牙は彼のもとに向かおうとする。
「黒川イクト……!!
出てこい!!」
紅牙はイクトに姿を見せるように叫びながら蒼牙が放った炎を食らって力に変えようとする。
が、紅牙のその行動すら予期せぬ方向に転じてしまう。
紅牙が蒼い炎を食らおうとしたその時、どこからともなく影のマントが現れて蒼い炎を取り込み、マントの中から大鎌が現れて紅牙の身を抉るように斬撃を放った。
「!?」
斬撃を受けて負傷した紅牙は何が起きたのか分からぬまま倒れてしまい、そして紅牙の影の中からイクトが姿を現す。
「貴様……!!
まさか……」
「苦戦してる「フリ」だよ。
引っかかってくれて助かったよ」
「この……!!」
負傷した蒼牙はイクトを睨むが、イクトはその視線を気にすることなく話し始めた。
「油断大敵、だ。
自分の力を過信しすぎたな」
「何をした……!!」
「あん?
何をしたって?
それは今何をしたかを聞いてるのか?
それとも……なんで姿を消したかを聞いてるのか?」
答えねぇけど、とイクトは笑顔を浮かべながら言うと大鎌を構え、紅牙と蒼牙に向けて告げる。
「どんなに強力な力でも戦い方次第でどうにかなるのは証明出来た。
ここでオマエたちを……」
「「ふざけたことを言うな!!」」
紅牙と蒼牙は立ち上がると全身に炎を纏う。
そして炎を纏った二人は雄叫びを上げるように叫び始めた。
「「あぁぁぁぁぁぁぁあ!!」」
叫びに呼応するように炎が大きくなり、そして炎が一瞬竜を思わせるような形になると二人と同化しようと激しく燃えていく。
「おいおい……ここで使うのかよ」
「「竜装術!!」」
炎を身に纏いながらその姿を変化させる紅牙と蒼牙。
二人を前にしてイクトは深呼吸すると大鎌を強く握る。
「……覚悟決めるしかないよな、こうなったら!!」




