二三一話 死神の油断
「貴様……加減していたのか?」
イクトの言葉、とくに「ウォーミングアップ」という言葉に対して反応した蒼牙はイクトのことを強く睨んでいた。
その目はイクトに対して強い怒りを抱いたような冷たい目だ。
そんな目で睨まれているにもかかわらず、イクトは呑気に首を鳴らすと蒼牙の言葉に対しての返事を返した。
「相手の手の内知らないのに本気で始めるわけないだろ。
それに……オマエらも本気じゃないだろ?」
「貴様……オレたちが本気を出さないからその必要がないとでも言いたいのか!!」
「オレは別に武士道精神とか持ち合わせてねぇし、頃合いを見て倒すつもりだったんだけどな。
けど、それももうやめる」
イクトが言葉を発すると同時に彼の影から無数の腕が現れ、そしてそれらは影で出来た大鎌を持っていた。
「体術は「ネガ・ハザード」のリュウガたちよりは優れてるし、オマエらの使う炎は今のところその辺の能力者よりはマシだけど……その程度だ。
オマエらのその力はオレの想定してい範囲内に収まりすぎてるからこれ以上は無意味だ」
「貴様ぁ……!!」
「そもそもオマエらの炎は中途半端だ。
纏うにしても放つにしても……オレの力で簡単に防げるレベルだ」
「オレたちは竜装術に選ばれた能力者!!
オマエの能力とは次元がち……」
それだよ、とイクトは蒼牙の言葉を最後まで聞くことなく指摘するように言うと、さらに蒼牙の言葉について指摘するように話し始めた。
「竜装術がどの程度優れてるか分からないけど、たかだか力を手にしたくらいで高みに登れたと勘違いしてるオマエらのその発言が間違ってる。
次元が違う?
そんなのはオマエらが判断することじゃあない。
それを判断するのは……その力を目の当たりにした第三者だ。
自分の能力を自分で評価するなんて程度の低いことしてるようなヤツが口にしていい言葉じゃあない!!」
「この……!!」
イクトの言葉を受けて反論しようにも言葉が見つからない蒼牙は拳を強く握りながら怒りを顕にし、そしてそのそばにいた紅牙もイクトに対して苛立ちを覚えていた。
が、そんな二人を前にしても余裕を崩さないイクトは指の関節をポキポキ鳴らしながら彼らを挑発しようと言葉を発した。
「威勢がいいだけでオレを倒せると思うなよ?
さっさと竜装術を発動して本気になってかかって来やがれ」
「てめぇ、調子に乗ってんじゃ……」
「いや、言わせておけ紅牙。
どうやらヤツはこちらが冷静さを欠くように仕向けたいだけのようだ」
「どういうことだ?」
イクトの言葉に腹を立てる紅牙に対して蒼牙はこれまで何も起きなかったかのように落ち着いた様子でいた。
「……へぇ」
蒼牙の一変した様子を見て少し意外だと思うイクトは彼に視線を向ける中であることを思っていた。
(案外冷静な判断も出来るようだな。
炎の能力に自惚れてるだけかと思ったけど……蒼い炎の男の方は厄介そうだな。
けど、紅い炎の方は……頭に血が上りやすいタイプのバカだな)
「思ったより冷静な判断出来るようで驚いたよ。
あんなに怒ってたのに……急にどうした?」
蒼牙の冷静さに感心するようにイクトは思ってもいないような言葉を並べながらも敵を探ろうとする。
が、そんなイクトの思考を読んでいるかのように蒼牙はただ冷静に、そしてただ冷たく答えた。
「黒川イクト……貴様は頭がキレる策士のような男だ。
その頭脳と機転の速さは賞金稼ぎとしての天賦の才を発揮し、「ハンター」としての功績を与えるまでに達した」
「懐かしいあだ名だな。
というかオレのこと褒めてるよな?」
「評価はしている。
だが……貴様は少し間違っている、とだけ告げよう」
「間違ってる?
何がだ」
「貴様の言葉……オレたちの炎のことを真似たと思っているようだからな。
先程も言ったがオレたちの炎は赤と青から紅と蒼に進化した。
より強く、より激しく……高みに近づくための力となり新たな次元に進んだ」
「次元、か。
さっきも言ったけど次元が違うってのは……」
「貴様にも教えてやろう。
己の知る世界が全てではないということをな」
紅牙、と蒼牙は炎を強く纏いながら彼に向けて指示を出すように伝えた。
「あれを始める。
タイミングはオレが合わせるから好きに暴れろ」
「あれをやるか……。
まぁ、ヤツがオレたちの炎を不完全とか中途半端と思ってるなら思い知らせてやるいい機会か」
「そういう事だ。
……始めるぞ」
蒼牙の言葉を聞いた紅牙はどこか嬉しそうに笑みを浮かべながら炎を纏い直し、蒼牙は紅牙に伝えるとなぜか数歩下がっていく。
「……!!」
(下がった!?
何かするような口ぶりだったのに……なぜだ?
次元が違うってのはハッタリなのか?)
蒼牙の行動が意外だったイクトはその理由が気になり、頭の中で色々と推測していくが、そんなイクトのことなど構うことなく紅牙が走り出した。
「行くぞゴラァ!!」
「……考えてても仕方ないか。
やれ、影の腕!!」
走り出した紅牙の姿を視認したイクトは頭の中で悩むのをやめて大鎌を持った無数の影の腕に迎撃させるように指示を出し、指示を受けた影の腕は大鎌を振り上げながら紅牙に迫っていく。
「行くぞゴラ!!
オレたちの力……思い知らせてやる!!」
紅牙は両手に紅い炎を纏わせると拳を強く握り、振り下ろされる大鎌を次々に破壊していく。
が、大鎌を破壊してもイクトの攻撃は終わらない。
「影死神」の力を受けた影は紅い炎に触れるとその力を奪うかのように吸収しようとしていく。
(大鎌と魔力吸収の二弾攻撃。
大鎌を防ごうと魔力や能力を使えば吸収、それを恐れて魔力や能力を抑えれば大鎌の餌食……。
つまり逃げ場は……)
「オラァ!!」
イクトが頭の中で自身の攻撃の意図を整理するように考えていると紅牙は紅い炎を勢いよく放つ。
が……
「何!?」
放たれた炎を見るなりイクトは驚き、思わず言葉を失いそうになってしまう。
そう、放たれた炎はイクトに向けられてはいない。
放たれた炎は……紅牙の味方であるはずの蒼牙の方に向かっていたのだ。
そして蒼牙は身に纏う蒼い炎を大きくさせながら迫り来る炎の方に向けて走り出していく。
「おいおい……」
(何か始めると思ったら奇天烈なこと始めやがったか?
味方に向けて炎撃つわ、それに突っ込むかのように走るわ……ヤケになったのか?)
「見せてやろう黒川イクト。
貴様の知り得ぬ高次元の炎の力を!!」
イクトが二人の行動に戸惑う中で蒼牙が叫ぶように告げると彼は向かってくる紅い炎に向けて手を伸ばす。
何をする気だ?
それが気になったイクトはただそれを確かめようと見入ってしまう。
そして……
「はぁぁあ!!」
蒼牙の取った行動、それはイクトの予想を超えていた。
自暴自棄にでもなったのかと疑っていたイクトの思考を裏切るように蒼牙は伸ばした手の中に紅い炎を吸収していき、自身の身に纏う炎を何倍にも膨れ上がらせたのだ。
炎を吸収した。
その光景はイクトが全く予想していない事だった。
「まさか……味方の炎を食って力を!?」
「それだけではない!!」
驚くイクトなど放置するように蒼牙は巨大な蒼い炎を紅牙に向けて放っていく。
そして……紅牙は巨大な蒼い炎の方へ手を伸ばすと、伸ばした手の中へとその炎を吸収していく。
「来た来た来た来た来た来た!!」
蒼牙の炎を吸収した紅牙の炎が膨れ上がった蒼い炎の数倍にまで大きくなると同時に彼に襲いかかっていく影の腕を一瞬で蹴散らしていく。
影の腕が破壊され、さらに大きくなった炎の力の余波を表すかのように熱波が周囲に放たれ、その熱さがイクトの身に襲いかかる。
「なんて熱さだ……!!」
(この熱さ……ソラの炎ほどじゃないにしても普通じゃない!!
生身で操るような炎じゃねぇ!!)
「くらいやがれ!!」
紅牙は炎の一部を巨大な球体に変えてイクトに向けて放ち、イクトの身に纏う影のマントはそれを防ごうと大きく広がるとイクトを守り、そして影の中へと取り込もうとしていく。
が、取り込もうとする影は炎に触れると炎に飲まれてしまう。
「くっ……!!」
(「影死神」の魔力吸収が追いつかないせいで炎に……)
「くそ!!」
イクトは影のマントが完全に炎に飲まれるのを防ぐかのように炎に飲まれた部分を切り捨てると炎の軌道から慌てて退避した。
すると……
「どうした。
慌ててるようだな」
イクトの行動を読んでいたかのように蒼牙が彼に接近すると拳の連撃を放ってくる。
「ちっ……!!」
咄嗟のことではあったが自動防御を行う影のマントが連撃を防いだことでイクトは難を逃れ、紅牙の炎もイクトが軌道上から脱したことでどこかへと飛んで行こうする。
しかし……
「もらうとするか」
蒼牙は右手に炎を集めると巨大な炎の腕を作り上げ、その腕を大きく伸ばすと紅牙が放ち、イクトが避けたことでどこかへと飛んで行こうとする炎を握り掴む。
「おいおい、まさか……!?」
まさか、そう思っていたイクトの予想を裏切らぬように蒼牙の炎の腕は掴んだ炎の球を吸収し、炎の腕……そして蒼牙の炎はさらに大きくなっていく。
「そんなことが……」
「そう、これこそが貴様の知らぬ次元の違う炎だ!!」
蒼牙は炎の腕を消すと拳に炎を集中させて更なる連撃を放ち、イクトはそれを影のマントで防ごうとした。
しかし……
影のマントは蒼牙の連撃を止めると炎によって破壊されていき、防ぎきれなかった蒼牙の拳がイクトの体に叩き込まれていく。
「ぐっ……!!」
「どうやら無限に吸収出来るわけではないようだな!!」
イクトの影の力を理解した蒼牙は不敵な笑みを浮かべながら炎を纏わせた拳をイクトに叩きつけ、殴られたイクトは勢いよく吹き飛んで倒れてしまう。
「がは……!!」
倒れたイクトが身に纏う影の力が消え、イクトは急いで立ち上がると再度力を纏おうとする。
だがそんなに甘くはなかった。
「な……」
倒れてから立ち上がるまではほんの僅かな時間だった。
なのに蒼牙と紅牙の頭上には紅と蒼の二色の巨大な炎の玉が出現していた。
「これが「双炎」。
互いを高め合う無限に進化する炎だ!!」
二人の頭上の炎がイクトに向けて放たれ、放たれた炎は一つになるとさらに大きくなってイクトの目の前で炸裂し、巨大な爆発を起こす。
「!!」
回避が間に合わなかったイクトはその爆発に巻き込まれ、戦場となっていた高層マンションの屋上での爆発は建物を大きく揺らすと同時に次々に崩壊させていく。
「きゃぁぁぁ!!」
「うわぁぁ!!」
下の方から聞こえてくる悲鳴と叫び声。
平和だったはずの日常を壊すかのように黒煙が上がり、蒼牙と紅牙は炎の翼を纏うと飛行し、空高くに浮上して様子を見ていた。
「倒したと思う?」
「いや……ヤツのことだ。
生きている」
「建物ごと潰すか?」
「落ち着け。
ヤツのことだ……こちらの動きを警戒してるに違いない。
だから……やることは一つだ」
いくぞ、と蒼牙は紅牙とともに炎に姿を変えて消えていく。




