二二話 氷牙の誇り
ヒロムとガイの戦いが終わり、フレイが何かを提案しようとする中で、一時間ほど時間を遡る。
シンクは一人、人の気配すらない廃工場に来ていた。
「……」
電気も通っておらず、割れた窓から差し込む夕陽の明かりだけで薄暗いそこを歩き、何かを探していた。
「……来てやったぞ。
そっちが呼んだんだ、姿くらい見せろ」
誰もいないはずのその場でシンクは誰かに向けて話しかける。
するもどこからともなくそれに対する返事が返ってきた。
「何を急いでるか知らないが、言われなくても出てやるさ」
シンクの呼びかけに応じるかのように奥の扉からトウマがゆっくりとこちらに歩いてくる。
「……こんな場所に呼んで、オレを始末しに来たか?」
「今更だな。
オマエくらいいつでも始末できる」
「…じゃあ、何の用だ?
オレも忙しいんだ。
早々に……」
「今日は交渉に来たんだ」
トウマの口から出た言葉にシンクは一瞬で警戒した。
この男、トウマはヒロムを始末するためなら手段は厭わない。
今の立場もおそらくはそのためだけに得たに違いない。
だからこそ、「十家会議」の後で他の「十家」の動向を警戒するはずの当主がこうして堂々と動いている。
「交渉する話はないが?」
「悪い話じゃない。
オマエにとっても良い話だ」
「……聞くだけ聞いてやる」
トウマの言う良い話というのが何かはわからない。
警戒して当たり前だが、トウマの提案を聞けばトウマの今後の目的を知る手掛かりになる。
シンクはそう考えたからこそ、トウマの提案を聞こうとした。
しかし、シンクはトウマに対して忠告した。
「オマエの発言次第ではオレはここでオマエを殺す。
ヒロムを狙っているとわかってる以上、相応の覚悟はしろ」
そう、警戒しなくていいさ。
確かにオレはあの「無能」を始末したいのは事実だが、オレには立場もある。
そう簡単には動かないさ」
トウマは当たり前のように語っているが、シンクはそれを聞いただけで気分が悪そうな顔をしていた。
「どの口が言ってやがる。
そうやってオマエらはヒロムを陥れるためにどんな手も使う。
ハッキリ言って胸くそ悪いんだよ」
「……仮にも一度は忠義を誓ってくれた仲じゃないか?」
「いけしゃあしゃあと……
オレの本心も今になってわかっててよく言えるな?」
まあいいさ、とトウマは小さくため息をつくとシンクに一つ話しを始めた。
「それよりも本題だ。
シンク、オレのもとに戻れ」
「……くだらない」
トウマの言葉にシンクはため息をつくと首を鳴らし、魔力を纏おうとしたが、それよりも先にトウマがシンクに対して言った。
「別に許す気はない。
むしろオマエのせいであの研究所のデータがすべてなくなったんだからな」
「どうでもいい。
……さっさと用件を言え」
「言ったはずだ、オレのもとに……」
「その真意を言えって言ってんだよ。
オマエが何の目的も理由もなくそんなことを言わないのは知ってるんだよ」
「……そうか。
なら、ハッキリ言おうか。
オマエがつくった「天獄」、あれが欲しいんだよ」
「……やっぱりな」
トウマが「天獄」を求めたことに対してシンクはそれをわかっていたかのように振る舞う。
「オマエのことだ。
アイツらの力を欲するとは思ってたよ」
「「無能」は別として、他の面々は優秀だ。
だからこそオレのもとに……」
バカか、とシンクはトウマに対して言うと魔力を全身に纏い、そして周囲に次々と氷を出現させる。
「「天獄」はオマエを倒すため、ヒロムを守るためにつくったんだ。
なのにオマエの駒になるような真似するかよ」
「駒とは失礼だな。
「角王」に並ぶ部隊として優遇してやる」
「それが駒だって言ってんだよ!!」
シンクは右手をトウマに対してかざすと氷の龍を造り上げ、その氷の龍でトウマに攻撃する。
しかしトウマは光にも似た魔力を身に纏うと動こうとせず、氷の龍を前にただ直立している。
「……なめやがって」
シンクが舌打ちをすると、氷の龍は急に砕け、塵となって消えていく。
何が起きたのか。
素人目で見てもわからないが、シンクはその原因と今起きた事を知っていた。
「さすがは「無効」の力の使役者。
この程度じゃ余裕だってか?」
「そうだ。
言ったはずだ、オマエを始末するのはいつでも出来るって」
「だが裏を返せばオマエはそれがないと何も出来ない」
シンクの挑発とも取れるその発言にトウマの表情は険しくなっていく。
が、それをわかってやっているのか、シンクは続けてトウマに対して告げる。
「力がなきゃ何も出来ないオマエと力がないと見捨てられても生きることを諦めずに強くなろうと努力するヒロムとじゃ天秤にかけるまでもない。
オマエの方が「無能」だ」
黙れ、とトウマはシンクの言葉を一蹴するかのように勢いよく光の翼を身に纏い、そして大きく羽ばたかせて周囲の氷を破壊していく。
「アイツとオレを比べるな…!!
オレにとってアイツは汚点でしかない!!」
「汚点?
ヒロムを知ろうともしないオマエが偉そうに叫ぶな。
オマエのそれはただ他者を威圧して支配したいだけの児戯に等しい行為だ」
「……角王候補程度の能力しかないくせに喋るな。
気が変わった、オマエを殺す!」
トウマは高く飛翔するとシンクに向けて無数の光の矢を放つ。
シンクは氷の壁を自身の前に造り上げると盾にしようと試みるが、光の矢は氷の壁を貫いていく。
「……!!」
「これが「天霊」と「氷」の格の違い!!
オマエの氷でオレの光を止めれると思うな!!」
「そうかよ……」
シンクは掌に氷の塊を出すと細かく砕き、自分の周囲に撒き散らす。
「……ダイヤモンドダスト・ゲイボルグ」
シンクが撒き散らした細かい氷の欠片は次々に巨大な氷の槍へと変化し、そしてそれは次々にトウマを貫こうと襲いかかる。
が、トウマは翼を広げると翼から光の槍をいくつも出現させ、迫り来る氷の槍へと放つことで相殺していく。
「この程度か?
この程度のことならオレでも簡単に出来る」
「だろうな。
砕いてくれて感謝する」
「何を……う!?」
するとトウマが突然、自分の胸を押さえながら苦しみ始めた。
何をした、と言わんばかりにトウマはシンクを見るがシンクはそんなトウマに対して攻撃しようと氷の槍を次々に造っていく。
「どした?
やる気あんのか?」
「何を……した……?」
トウマは言葉を発するが、それはどこか息苦しそうな様子だった。
自身の身に何か起きているのはトウマでもわかる。
が、それが何なのかはわからない。
トウマは目でシンクに説明しろと訴えるように睨み、それに気づいたシンクはため息をつくと答えた。
「オレの攻撃を防ぐとわかって対策しないとでも思ったか?
さっきのは破壊されることで微粒子レベルの氷の魔力を散布する。
それを体内に侵入させ、対象を内側から凍結させる」
「まさか……」
「ダイヤモンドダスト・ゲイボルグは本来攻撃の技だが、今回は陽動のために使った」
シンクの説明で理解したトウマは状況を整理した。
今自分の体内でシンクの氷の力が潜伏している。
そしてそれはシンクの意思ひとつで自分の体内で大きくなり、そして内側から殺そうとしてくる。
だがそれだけではない。
目の前にいるシンクはこちらが体内の魔力をどうにかしようと考える中で外からの破壊も行う。
つまり、端的に言えば一瞬で追い詰められた。
「……これがオマエの秘策か……?」
「いいや、これは愚策だ。
どうせ、今も苦しんでるフリだろ?」
「……面白みのないやつだ」
トウマはため息をつくなり胸を押さえる手を離し、何も無いような顔でシンクを見る。
「騙されればよかったのに。
そうすればすぐに楽になれたのに」
「おいおい。
それはこっちのセリフだ。
わざわざ自分の体内に「無効」の力を流して防ぐとはな」
シンクは氷の槍を次々に放つが、氷の槍はトウマに近づくと勝手に崩壊していく。
「別に今更だ。
オマエのデータは手元にあったからオマエが裏切ってから研究した。
その上でオマエがやりそうなことをすべて考えて、策を練っただけだ」
「……さすがは当主様。
オレのことはリサーチ済みってか」
「……ずいぶんと余裕だな?」
シンクの反応が気に入らないトウマはシンクを睨みつけながらそれについて言及する。
「なぜだ?
オマエのことはすべて把握している。
現にオレはオマエの攻撃全てに対応している。
なのになぜ、そんなに余裕なんだ?」
「余裕に決まってる。
オマエの力じゃオレは倒せない」
「何を言うかと思えば……
能力がなければ何も出来ないと言いたいのか?
オマエも同じだろう?
今こうして能力を……」
一緒にするな、とトウマのに告げたシンク。
そのシンクは気づけば飛翔しているトウマの目の前にいた。
「!?」
「おいおい、この程度で驚くな」
一瞬で距離を詰められたと焦ったトウマは反応出来ず、シンクの放った蹴りをその身に受けてしまう。
「!!」
「悪いが、オレもオマエのことは研究したんだよ」
シンクは続けて殴りかかるが、すぐに冷静さを取り戻したトウマはそれを避け、シンクを蹴り飛ばそうとする。
が、シンクはトウマの蹴りを避けるなりその足を掴んで地面へと勢いよく叩きつける。
「く!!」
「オマエのその力は厄介だ」
シンクは氷の龍を造るとトウマに向けて放つ。
地面に叩きつけられたトウマは起き上がるなり光の翼を大きくして氷の龍を破壊し、飛翔しようとした。
が、それを成すことはなかった。
「遅い」
気づけばシンクはトウマの背後におり、光の翼を掴んだシンクはそれを勢いよく引き抜き、トウマを蹴り飛ばす。
引き抜かれた光の翼は粒子となって消えていく。
「な……なぜ……」
「別に。
オマエに能力が効かないなら取る手段は一つだけ。
オマエが対処出来ないレベルの体術で戦えばいい」
「そんなことで……」
「そうだ、そして今証明できた。
体術を極めたヒロムならオマエくらい簡単に倒せる」
「……ふざけるな!!」
トウマは身に纏う魔力を大きくするとシンクた殴りかかるが、シンクは右手を氷で覆うと殴り返し、トウマの拳を押し返した。
「!?」
「そしてオマエのその力はオマエの精神が不安定だと機能しない」
シンクが指を鳴らすとトウマに無数の氷の球が襲いかかる。
急なことだったからか、トウマは反応出来ずに直撃を受けてしまう。
「ぐっ……」
「どうする?
まだやるか?」
シンクが再び氷の龍を造ろうとしたその時。
「ダンナ!!」
突如現れた狼角はシンクを蹴り飛ばすとトウマに駆け寄る。
シンクは蹴りを受けたが、その直前に体に氷の鎧をつけたことによりダメージを抑えており、平然としていた。
「……貴様、本当に裏切ったのか?」
「見てわかるだろ?
今オレはそいつを倒そうとしたんだ」
「貴様は……」
失せろ、とシンクはトウマと狼角に背を向けるとその場を去ろうとした。
隙だらけの背中。
攻撃するなら今だと狼角は思ったが、同時にその隙だらけの背中に警戒してしまう。
「……見逃すってか?」
「ああ、オレは忙しいんでな。
それにそいつを潰すのはヒロムだ。
本気のアイツに負けてこれまでのすべてを否定されて絶望するのがお似合いだ」
「腐ってやがる……!!」
何とでも言え、とシンクは一言言うと出て行くように歩き始める。
「オレのこの身はヒロムのためにある。
ヒロムが望むならこの手もこの力もいつか血で染めてやるよ」