二一五話 一族の王
一度時は遡る……
昨晩、夜遅い時間にシオンは一人トレーニングルームで特訓をしていた。
「はぁ……はぁ……。
くそ……」
中々思い通りに特訓の進まぬシオンは息を切らす中で上手くいかない自分に少し苛立っていた。
「こんなんじゃダメだ……」
(ノアルはあんなにもハッキリとやるべき事を見据えている。
ヒロムだって精霊に変化する体にある中であれだけの力を……なのにオレは!!)
「何も出来ないのかオレは……!!」
「何焦ってんだよオマエ」
焦りから来る不安が言葉に出た時、タイミングよく真助がトレーニングルームに入って来て彼に声をかけた。
シオンは舌打ちをすると何事もなかったかのように振る舞おうと考えたが、真助はそんなシオンの思惑に反するようにシオンの頭の中を詮索しようとしてきた。
「何か試そうとしてたのか?」
「……オマエには関係ない」
「関係なくないだろ?
オレはオマエの仲間だぞ」
「馴れ馴れしくされる覚えはない」
「今は亡き一族の同じ末裔だし血の繋がりは少なからずあると思うけど?」
冷たい言葉を放つシオンに向けて告げられる真助の一言。
それを受けたシオンは再び舌打ちすると真助に向けて少し面倒そうに話し始めた。
「……今日の戦いで思い知らされた。
ノアルには覚悟があり、ヒロムは目的のために確実に強くなってる」
「ノアルの奇妙な覚悟はともかく、ヒロムのアレは周りから少し危険視されてるけどな。
何せヒロムの体はもう後戻り出来ないんだからな」
「だが二人はそれでも強くあり続けてる。
それに比べるとオレは……」
「強くなきゃいけないのか?」
「……力だけが全てじゃないのはここに至るまでの間に嫌というほど思い知らされた。
けど敵の力の前では精神論は通じないのは確かなことだ」
真助に対して胸の内を明かすシオン。
そのシオンの顔は言葉に連なるようにどこか悔しさが出ていた。
そんなシオンの顔を見ると真助はため息をついてしまい、そして彼にある事を告げた。
「オマエは角王のリーダーである獅角を倒してる。
「十家」三位の「八神」の部隊のリーダーをだ。
誇りに思えよ」
「……過去は飾りだ。
必要なのはこの先勝ち続けるための力だ」
「理想より現実か?」
「……ヒロムの考えを否定することになるが事実は変えられない。
だからオレは……」
「相変わらず単細胞だなオマエ」
真助が呆れながら言うと、シオンはその言葉に対して少し不機嫌さを見せながら彼に反論した。
「オレは真面目な話をしているんだ。
なぜ単細胞だとバカにされなきゃならない!!」
「おいおい、落ち着けよ。
そもそもヒロムもノアルも力を得てるわけじゃない。
ただ心に決めたことを実現しようとしているだけだ」
「そのためにも力が……」
「ノアルは元々謎な部分が多いから別としてもヒロムは力を強くしたわけじゃない。
身に纏う精霊の組み合わせを変えただけだろ」
「それは……」
「力や強さを求めるのはいいが目的を見失うな。
オマエが手にしなきゃいけないのはその先にあるものを掴む力だ」
真助の言葉、それは強くなろうとするシオンを冷静にさせ、そして彼の悩みは違う方へと進んでいく。
「先にあるものを掴む力……そんな力があるのならどうやって手にすればいい?
今のオレには無理だ」
「いや、不可能ではない。
むしろオマエなら出来るはずだ」
「オレなら?」
「ああ、オマエなら出来るはずだ。
「月閃一族」の中でも選ばれた人間……覚悟や使命感ではない強い意志により覚醒する戦導の力をな」
「それは一体……」
「知らないのか?
なら教えてやるよ。
それはな……」
***
時間は巻き戻って現在……
「教えてやるよ。
「月閃一族」のみが……選ばれた一族のみがその身に宿す力をな!!」
竜装術を発動して風や刃を身に纏うキリハに向けてシオンは告げると走り出し、そして轟音を響かせてキリハの背後へ一瞬で移動してみせた。
そしてシオンは雷を大きくさせると目にも止まらぬ速度で拳の連撃を放つ。
……が、キリハの纏う風の翼が盾のようになって攻撃を防いでいく。
「悪いがこの姿を晒した以上アンタの力が増そうが関係ない。
オレは容赦なく殺す!!
そのために全てを尽くす!!」
盾となっていた翼は元に戻ると烈風を生み出してシオンを吹き飛ばし、それを追いかけるようにキリハは飛翔していく。
吹き飛ばされたシオンは受け身を取ると雷をさらに大きくして力を増しながら走り出し、そして雷鳴を轟かせると姿を消した。
「なるほど……雷と同化したことにより発揮される超速を武器にしてオレを倒そうと考えてるのか?
けど……甘い!!」
キリハは天高くにまで飛翔すると翼を大きく広げ、そして翼と両手の爪から無数の斬撃を放ち始める。
放たれた斬撃は地上のものを破壊しようと雨の如く降っていき、迫り来る斬撃を前にしてガイとイクトはキリハの射程圏から逃れようと回避していた。
「うおおおお!!」
「アイツの竜装術……一体何をベースに……」
「細かい分析はいいから逃げるぞガイ!!」
イクトに言われるとガイは彼とともに斬撃を避けながらキリハから遠ざかるように走っていく。
「愚かな……」
(紅月シオンの姿が見えないが……)
けど、とキリハはシオンの姿が見えないことを気にしながらもガイとイクトに向けて右手をかざすと自身の周囲に無数の斬撃を出現させる。
「「!!」」
「仲間が殺られる瞬間になれば現れるよな!!」
キリハが叫びながら斬撃を放とうとしたその時、突然彼の右腕に雷が被雷し、雷の熱で腕は焼かれていく。
「何!?」
「油断しすぎだ」
するとシオンが現れ、キリハのもとへと向かうように両手に雷の槍を持って天を駆けながら接近していく。
「オマエ……!!」
「どうした?
悔しいなら防いでみろ」
キリハを挑発するようにシオンは言うと両手の雷の槍を投げ飛ばし、キリハはそれを避けようとさらに飛翔するために翼を広げる。
が、雷の槍はキリハに接近する中で突然炸裂してキリハの周囲に雷を撒き散らしていく。
周囲に撒き散らされていく雷はキリハの視界を奪うように広がり、気づけば彼の向けて走っていたシオンの姿がまた消えていた。
「何!?」
「教えてやるよ、偽者」
どこからともなくシオンの声が聞こえてくるとキリハの体に巨大な雷が命中し、さらに無数の落雷がキリハを襲う。
「!!」
「オマエはたしかに竜装術という力を得た。
だがそれは本来のオマエの力ではない」
さらに無数の雷の球が現れるとキリハの動きを封じようと襲いかかり、キリハは負傷しながらも何とかして避ける。
が、雷の球を避けた先にシオンが現れ、シオンの拳がキリハの顔面に叩き込まれる。
「後付けの力に頼ってるだけのオマエは強くなどなれない」
シオンはキリハの顔を殴る拳が纏う雷を炸裂させてキリハを勢いよく吹き飛ばすとさらに全身に纏う雷を大きくしていく。
そしてその雷は徐々に鋭い刃を持つ槍へと変化しながらシオンの周囲を舞う。
「あれは……」
「シオン……何を……」
シオンが何をするのか、それが気になるガイとイクトは彼に視線を奪われるが、その一方で吹き飛ばされたキリハは全身に風を纏うとシオンを強く睨みながら雄叫びを上げるように叫んだ。
「ガァァァァア!!」
「……」
「オレのことをバカにしてるのかオマエは!!
なぜ殺せるチャンスで殺さない!!」
「……イクトが言ってたろ?
殺せるってことは生かすことも出来るってことだ」
それに、とシオンは自身の行動に苛立っているキリハに向けて冷たく告げた。
「オマエの全てを完膚なきまでに否定するのなら簡単に倒したら意味ないだろ」
「……殺す!!」
シオンの一言で完全に頭に血が上ったキリハは全身に纏う風を強くするとシオンを包囲するように無数の刃と風の槍を出現させる。
そしてキリハはシオンに向けて語り始めた。
「いくらオマエでも回避することは不可能!!
オレの能力「風迅」は風を操るだけでなく、その力を利用してあらゆるものを凌駕する加速の力を手にする!!
そして「迅爪竜」の力でオレは周囲の風を支配することで相手のスピードを自由に支配できる!!
その力を宿した刃と槍を避けるなど不可能!!
つまりオマエはもう……」
「うるせぇ野郎だな……たく。
オマエの能力が風を操るのも、風を利用して優位に立とうとするのもとっくに理解してんだよ」
「戯れ言を言うな!!
今のオマエはここで死ぬんだよ!!」
「死ぬ理由がないな。
オマエが自分から能力を語ったせいで避け方が分かったからな」
「……ふざけるな、ふざけるなふざけるな!!
ここで死ね!!
迅爪竜・奥義……迅葬断斬裂破!!」
キリハが叫ぶと同時にシオンを包囲する刃と槍はシオンの命を奪おうと勢いよく放たれていく。
が、シオンはそれを視認しているのに避けようとしない。
それどころかため息をついてしまう。
「……何も言わずにその力で殺しに来てくれればオマエにも勝ち目はあったのにな」
シオンは呆れながら言うと瞳を白く輝かせる。
そして……
「悪いが今のオレには全てが「視えている」!!」
シオンは周囲を舞う槍を迫り来る刃と槍に向けて放ち、放たれた槍は迫り来る攻撃を正確に貫いて破壊していく。
「な……」
「到達したぞ真助……」
破壊された刃と槍の残骸が周囲を舞う中、シオンは真助の言葉を思い出していた。
『それはな、あらゆるものを見定めるんだ。
戦導の力……それは未来視の力だ。
その領域に達した者は一族の王として賞賛される。
それ故にその力はこう呼ばれる……真の王を写し出す曇り無き結晶の瞳……』
「一族の王の証……「晶眼」をこの手に掴んだぞ!!」
シオンの瞳は白く光ると色素を失ったような無に近いような白に染まり、そしてシオンの纏う雷は大きくなっていく。
そしてシオンは周囲を舞う残骸を振り払うように腕を振り、シオンの腕に連動するように強い衝撃が放たれて残骸が一掃される。
「な……何を……」
何が起きたのか、目の前の男は何をしたのか……
その全てが理解できないキリハは動揺し、それが反映されてか身に纏う力が弱くなっていく。
シオンは冷たい視線を送りながらキリハに一言告げた。
「今のオレにはオマエの動きの全てが視える。
もう勝ち目はない……諦めろ」
「黙れ!!」
シオンの言葉をかき消すようにキリハは叫ぶとシオンに襲いかかろうと飛翔する。
「……加速して周囲を駆けて背後から左足の蹴り」
シオンが何かを呟く。
するとシオンの言葉に従うかのようにキリハは加速するとシオンを翻弄しようと周囲を駆け、そしてシオンの背後に現れると左足に力を集中させて蹴りを放つ。
が、シオンは雷を纏わせた蹴りでそれを防ぎ、同時に雷の蹴りを受けたキリハの足はその力によって負傷してしまう。
「がぁ……!!」
「……言ったろ。
全部視えてるってな」
シオンは目にも止まらぬ速さでキリハの体を連続で殴り、キリハの頭を掴むと地面に叩きつけるように投げ飛ばした。
投げ飛ばされたキリハは受け身を取れずに地面に衝突してその場に倒れるが、何とかして立ち上がろうとする。
「く……そが……!!」
「……まだ倒れないよな?
だったらオマエの全てを終わらせてやるよ」
シオンはキリハを追ってくるかのように地面に着地すると雷をさらに大きくし、そして天に向けて右手をかざしながら言った。
「見せてやるよ。
今のオレだから出来る全て……雷帝王を」




