二一〇話 迷迷
ソラとイグニスが試練の間で戦いながら互いを高めようとしている頃のヒロムの屋敷……
ヒロムの屋敷内ではイクトや真助たちがつくった夕食を食べていた。
が、その空気は妙に重たかった。
「……」
「……」
「はい、ヒロくん」
ガイたちが静かに料理を食べる中、ヒロムに密着するように座るリアナはヒロムの口へと料理を運ぼうとしていた。
一口サイズにスプーンで取られた料理は口へと運ばれ、ヒロムはゆっくりと口を開けて食べる。
「……美味しい?」
「う、うん……」
「次どれ食べる?」
「あ、いや……リアナ。
その……」
「あっ、ごめんね。
喉乾いてるよね?」
「いや……」
ヒロムを手厚く奉仕しようとするリアナだが、それに対してどこか気まずい様子を見せるヒロム。
しかしリアナはそれに気づいておらず、ヒロムもどうしたのかと苦戦するような顔を見せる。
そんなヒロムを見ると一緒に食事をしていたシオンはため息をつくなり彼に向けて言った。
「嫌なら嫌でハッキリ言ったらどうだ。
オマエがそんなんだから女もオマエを甘やかすんだ」
「失礼なこと言わないで。
私はヒロくんのためにやりたくてやってるの」
「やってる側の意見はそうでもやられてる側はどうなんだ?」
リアナの言葉に対してシオンは少し強く言うとヒロムに視線を向け、彼に答えさせようとする。
その視線を受けたヒロムはため息をつくとリアナに優しく伝えた。
「リアナ、気持ちは嬉しいけどシオンたちの目もあるしやめてくれると助かる」
「でも……」
「さすがにメシくらいは一人で食えるから大丈夫だよ。
気持ちだけで十分だから」
「そっか……。
じゃあ、お風呂は……」
ダメです、とヒロムの精霊であるフレイが現れるとリアナをヒロムから少し離れさせるとフレイは彼女に忠告した。
「いいですか?
マスターのお力になってくださるのは有難いことですが、限度というものがあります。
ですから何でもやればいいといいわけではありません」
「……でもアナタたちのためにもやってるのよ?」
「お気持ちはありがたいのですが、マスターもリアナももう高校生、きちんと礼儀やマナーを自覚すべき時なのですから弁えることも覚えてください」
((面倒だとかで礼儀もマナーも無視するけどな、オマエのマスターは……))
フレイの言葉を聞くとガイと真助は同じことを考えてしまい
二人は目が合うと同時にため息をついてしまう。
二人がなぜため息をついたのかフレイが少し不思議そうにしていると、ノアルがリアナに注意喚起するフレイに向けて質問をした。
「誰かのために役に立つことはいい事じゃないのか?」
「人の役に立つことは人として良い行動です。
ですがそれだけではダメなんです」
「何故だ?」
「時には厳しくしなければならない時もあります。
優しくすることも大事ですが厳しくすることで互いをよりよい関係にすることもあるのですから」
「そういうものなのか、人というのは……。
何とも不可解なことが多いな」
「私としてはアナタがそこまで知らないことが多い事の方が不可解なのですが……」
難しく悩むノアルにフレイは少し呆れ気味に言うのだが、ノアルはそんなフレイに向けて話し始めた。
「オレはこの体に宿した「魔人」のせいで兵器として扱われてきた。
近づいてくるのは敵、敵でなかったとしてもオレの存在を知ってしまえば化け物と呼んで殺そうとして来る。
自分の身を守るためにオレは迫り来る敵を次から次に殺していた。
気づけば周りは血で赤く染まり、そしてオレ以外に誰も立っていなかった」
「……それで?」
「オレは人として扱われることなく兵器として全てを全うすると思っていた。
……「一条」を抜け出してヒロムと会ってここに来るまではな。
ヒロムに会ったからこそオレは過去の罪を背負いながらでも新しい道を見つけられると思った。
だからオレは今からでも人として人の在り方を知ろうと思ったんだ」
「だからアナタは……」
「なぁフレイ、その話は食事中に聞かなきゃならねぇ?」
「え……あ……」
ノアルの話の続きを聞こうとしたフレイだが、イクトの一言を聞くと冷静になって周囲を見た。
イクトが言うように今は食事中、食事中に話すような内容でもない今の話を聞かされてる者の身になれば不謹慎だったかもしれないとフレイは思い、ヒロムたちに謝罪をした。
「す、すみません!!」
「オレたちはいいけど姫さんたちが、ね。
せっかくの食事の場だからそういう話は無しでいこうよ」
すみません、とフレイはイクトが優しく言う中で再び謝る。
するとフレイに優しくするイクトに夕弦は冷やかすかのような言葉をかける。
「可愛い女の子には弱いのね、アナタは」
「いやいや夕弦。
オレは夕弦にも優しくしてるぜ?」
「知ってるわ。
でも私以外の女の子に優しくしてるのを見ると私も年頃の女の子だから妬いちゃうのよ?」
「なるほど……それは悪かった」
「……愛し合うのはいいが、見せつけるなよ」
イクトと夕弦がどこか楽しそうに話しているのを見ながらガイはため息混じりに言い、そしてガイはヒロムに向けて話題を変えるように話しかけた。
「それより明日はどうするんだ?
その……ヒロムもシオンも少し怪我してるわけだから安静にしておくのか?」
「まさかだな。
じっとしてるのは性にあわないからな。
何かしらの動きは取るさ」
「何かしら、か……。
ロビンとカルラの連絡を待つ気は無いのか?」
「待つさ、当然な。
だけど敵がその間もお利口さんで待ってるとは思えない。
だから何かする、後手に回されないようにな」
「けどどうするんだ?
「月翔団」も足取りを掴めてないような敵をオレらだけで見つけるのか?」
「そうだな……弾馬ってヤツから情報聞き出せれば話は早いが、蓮夜の様子から察するに苦戦してるみたいだしな。
敵を誘き出すなりして新しい手掛かりを掴むしかないな」
ダメだよ、と真助の疑問に対する答えを述べたヒロムの言葉にユリナは反応し、ヒロムの行動を止めるように言う。
「あ、危ないからダメだよ……。
何が起こるか分からないのにそんなこと……」
「ロビンたちの情報があっても危険なことに変わりはない。
先に動くか後に動くか、それだけの事だ」
「でも……」
「オレもユリナの意見に賛成だよヒロム。
さすがに無謀すぎるし何より……」
「オレはヒロムのやり方に賛成だ」
ユリナの言葉に賛同するガイの言葉を途切らせるようにシオンはヒロムに賛成することを述べるとガイに向けて言った。
「敵は白崎蓮夜の目を騙す形で勢力を拡大していたヤツらだ。
頭の切れるようなヤツがいるならオレたちが情報を手にすることを想定して動く可能性があるなら手を打つなら早い方がいい。
無謀だとしてもやるしかない」
「だとしても急ぎすぎだ。
ユリナたちが不安を抱くようなやり方は避けるべきだ」
「そのために先延ばしにしてオレたちが危険に晒されるだけなら不安も何もない。
今必要なのは安心させるための結果だ」
「結果のために犠牲を生むのは得策じゃない。
今必要なのは……」
「ここで決める必要ないだろ」
ガイとシオンが論争に発展する中、それを中断させるように真助が二人に言った。
「ヒロムの言い分に関してはオマエら二人の考えはどっちも正しいとオレは思う。
だけどそれを今決める必要あるか?」
「それは……」
「オマエはお嬢様方を不安にさせたくないからって言うけど、結局戦いが始まれば不安を抱かせることになる。
ならまずは今どれだけ安心させられるかを考えるべきじゃないか?」
「……そうだな。
不安にさせないためにどうするか、だよな」
「そうだろ。
それにシオン、オマエのその怪我で万全に戦えるのか?」
「こんな傷大したことはない。
その気になれば……」
「傷が大丈夫でも疲労はたまってるだろ?
少しは休むことを考えろ」
「……ちっ」
真助の言葉にガイは納得する中でシオンは舌打ちをする。
そんな二人の様子を見るなりヒロムは次は自分が何かしら言われると感じたのかガイとシオンに向けて告げた。
「……ロビンたちの情報を待とう。
最善策を取りながらどうするか考える」
「ヒロム、いいのか?」
「勘違いするなよガイ。
場の流れを読んだだけ、気持ちとしては動きたいくらいだ」
「ヒロムくんって意外と頑固なところあるよね」
ほっとけ、とヒロムはリサに向けて言うと頭を掻き、そして少し間を置くとガイやシオンだけでなくユリナたちにも向けて言った。
「ヤツらと……「竜鬼会」との戦いは避けれない。
戦うことに変わりはないが、最悪の事態を避けるために待つだけだからな」
「最悪の事態って?」
ヒロムの言葉の中からその部分が気になってしまったアキナはヒロムに質問し、質問されたヒロムは少し間を置いてから答えた。
が、その答えはどこかまわりくどい言い方だった。
「不幸な運命のことだよ。
全員でここに帰るためにな」
「ふーん……」
「……もうこの話はやめだ。
さっさとメシ食って休もうぜ」
どこか無理矢理感のある終わらせ方をするヒロムだが、ガイたちは何も言わなかった。
いや、ヒロムが言わないのなら言及しなくていいと判断したのだろう。
ヒロムがどういう人間かを分かってなのか、それとも……
どちらにせよ彼ら彼女らは小難しい話をやめて食事を楽しむことを再開した。
***
食事を済ませ、入浴を済ませたヒロムは屋敷の庭園にベンチに腰掛けていた。
風呂上がりだからか就寝用のジャージに着替えており、彼は静かに夜空を見上げていた。
雲なき常闇の空の中に浮かぶ月、その周囲に散りばめられし幾多の輝く星。
彼はそれを見ていた。
「……」
(こんな生活をいつまでも続けてたらオレたちは……)
「お嬢様方を放置して何してんだ?」
夜空を見上げるヒロムのもとへと真助がやって来る。
彼も風呂上がりなのかその身に浴衣を纏い、そして右手には青色のアイスキャンデーを持っていた。
「オマエも食べるか?」
「……オレはアイスが大嫌いなんだが?」
「知ってるよ。
魚全般と匂いのキツイ食べ物とただ冷たいだけのアイスが嫌いなのはな」
「ユリナから聞いたのか?」
前にな、と真助は軽く答えるとヒロムの隣に座った。
そして真助は座るなりヒロムに話した。
「お嬢様の誤解は解けたか?」
「……オマエのその呼び方どうにかならないのか?
まぁ、ユリナとのことは何とか解決したかな」
「おかげで全員に説明する羽目になってたらしいな」
仕方ないさ、とヒロムはため息をつくと空から視線を外し、ゆっくりと目を閉じた。
「ユリナたちのことを甘く見てたオレが悪い。
アイツらは……オレが思う以上に強いヤツらだ」
「女ってのは心は強いからな。
その分脆すぎるけど」
「そうだな……」
「……いいのか?
そばにいてやらなくても」
真助の言葉、それが何を指し示すのか分からないヒロムは目を開けると説明しろと言いたげな目で真助を見つめた。
その視線を受けた真助は分かりやすいように説明した。
「お嬢さ……ユリナは他の誰よりも辛い思いしてたんじゃないのか?
今日くらいはそばにいてやってもいいんじゃないか」
「はぁ……。
慰めろってか?」
「どうかな。
そこはオマエが考えろよ。
あのお嬢様のところに行くのならな」
「……面倒だな」
「この際だからノアルみたく女心を学べば?」
「余計なお世話だ」
ヒロムは真助に冷たく告げると立ち上がり、そして屋敷の方へ向かっていく。
(……仕方ない、か)




