二〇五話 抱く恐れ
遡ること一時間前……
七瀬アリサと「七瀬」の協力を受けて新たな力を手にするために精霊を宿そうとするソラは七瀬アリサに仕える十束の提案で精神世界につながろうとしていたが、一向に成果が出なかった。
そんなソラは七瀬アリサの案内である場所へ来ていた。
その場所は「七瀬」の屋敷から遠く離れてはおらず、屋敷の敷地内の離れにある蔵のような建物の中にあった。
蔵自体はごく一般的の金持ちの家や古い民家にあるようなものだが、その中に入ると地下に通じる入口がある。
ソラはアリサとともにその地下にいた。
地下に広がる空間は薄暗く、ライトの灯りがなければ先が見えないほど奥は真っ暗だった。
「こんなのが地下にあったとはな……」
アリサが手に持つライトだけでは物足りないと感じたソラは右手に炎を纏わせるとそれを松明の代わりにして歩き出した。
炎の灯りによって地下の空間のおおよその構造が見えた。
地下に広がるこの空間は人の手によって掘られた洞窟のようになっていたのだ。
「これはどこにつながってるんだ?」
「ある試練の間につながってるわ。
かつて「七瀬」が「十家」で力を誇示しようと考えていた頃に使われていた場所なのよ」
「試練の間?」
「どんな縁があったかは分からないけど、この先にある試練の間ではある世界につながる可能性が高くなる噂があるの」
「ある世界?
まさか精神世界か?」
「それは分からないけど、試練の間で挑戦者の前に現れるのは心の中で真に恐れている何かが現れるということ……それが精神世界の可能性があるというくらいよ」
「……よく分からないがそこに行けばオレはオレが無意識で恐れてる敵と会えるから、そいつを倒せばいいってことか」
「そうなるわね……。
でもどんな敵が現れるかは分からないわ」
そうか、とソラは覚悟を決めるかのように深呼吸をすると先に向かおうとするが、その前に彼女にある事を確認した。
「……オレはオレの目的のためにここを使うが、いいのか?
「七瀬」が代々使ってきた試練の間をオレなんかが使っても」
「構わないわ。
ここへの立ち入りと使用は「七瀬」の当主の許可があれば問題ないわ」
「……アリサの許しがあるから使ってもいい、か」
「そういう事よ。
でも……何が起こるかは分からないから油断しないで」
「分かってるさ」
行ってくる、とソラはアリサに告げると先に進んでいく。
ーーーー
しばらく歩くと振り返るとアリサの姿は確認出来なくなり、ソラはただ真っ暗な空間を歩いていた。
「……いつになったら試練の間につくんだよ」
(進み始めて結構経つけどそれらしい場所が見えねぇし、同じような景色が続くだけ……)
「まさかもう試練の間の試練は始まってるのか?」
試練の間について少し疑い始めたソラの足取りは重くなりつつあった。
が、そんなソラはある変化に直面することになった。
「これは……」
足取りの重くなったソラが数歩歩いた所で彼の足は何かに踏み入れた。
それは液体……水だった。
目を凝らしてみると、先に続く道は水没したかのようになっていた。
「……ようやく試練の間ってか?」
ソラは恐る恐る進んでいき、足は膝くらいまで水に浸かっていく。
(水の中で何かするのか?
それとも……)
何が起きるのか、ソラがそれに気を取られながら進んでいた時だ。
ソラが一歩踏み進んだ時、突然彼の全身が水の中へと引きずり込まれていく。
「!!」
ヤバい、そう思ったソラは何とかして浮上しようと考えたが事は上手く動かない。
浮上しようと頭で思っても体が動かず、みるみるうちに奥深くに引きずり込まれていく。
(くっ……このままじゃ……)
このままじゃダメだ、そう思ったソラは全身に炎を纏って水を全て蒸発させようと試みた。
が、それよりも先に事態は動いた。
「うおっ!?」
引きずり込まれていたはずのソラは水の中から放り出され、勢いよく地面に落とされる。
先程までの薄暗い空間ではなく、真っ白な空間……
「ここは……?」
ここはどこなのか?
ソラは周囲を見渡すように視線を向け、そして自分が落とされた頭上を見ると驚きの声を出してしまう。
「何だよあれ!?」
ソラが見たもの、それは普通ではありえないものだ。
本来足下にあるであろう水面が、ソラの頭上で空間の天井を担うかのように広がっていたのだ。
「何がどうなってやがる……?」
何が起きてどうなったのか、それが分からないソラは辺りを見渡そうとした。
が、そんなソラの背後から足音が響いてくる。
コツッ、コツッ……
ゆっくりと足音を立てながら何かが近づいてくる。
「……お出ましか」
姿を見なくてもソラは分かった。
迫っているのは敵、そしてその敵をここで倒す。
つまりここは試練の間だ。
「背中を取った気か?」
ソラは振り返ると迫る何かの姿を確かめようとしたが、迫る何かの姿にソラは自分の目を疑ってしまう。
それはハッキリとした容姿を持たない人の形をした闇だった。
「……オレは闇を恐れてるのか?」
『闇を恐れない人間はいない』
「あ?」
闇は音を立てずに消えると、振り返ったソラの背後に移動する。
『オマエが恐れてるのは闇ではない。
闇であって闇でないもの……それがオマエが恐れてるものだ』
「……悪いがオレはクイズを解きに来たんじゃねぇ。
強くなるために来たんだ!!」
ソラは拳銃を取り出すなり背後に立つ闇を破壊しようと構えるが、それと同時にソラは何かに体を吹き飛ばされて壁に叩きつけられてしまう。
「!!」
『おいおい……分かってないなぁ。
話し合うことはしない……オマエはここでオマエの恐れるものに壊されるだけだ』
闇が大きな棺に形を変え、棺が開くとそこから人が姿を見せる。
それは先程までとは異なりしっかりとした姿を持ち、そしてその姿は体勢を立て直そうとするソラを驚かせるものだった。
「……なるほど。
たしかにそれは恐れてるわ……!!」
「……オマエを殺す」
闇の棺より現れたのはヒロムと瓜二つの姿をした人間、そしてそのヒロムの髪は紫色に染まり、瞳も闇に支配されていた。
まるであの日、飾音の手によって闇に堕ちた時の姿のようだった。
「たしかに恐れてるよ……オマエを闇に堕とした自分の弱さにな!!」
ソラは炎纏うと走り出し、無数の炎の弾丸を放ちながら距離を縮めていくが、目の前のヒロムは弾丸を全て避けると迫り来るソラを殴る。
殴り、蹴り、そしてまた殴り……連撃をソラに食わせるとヒロムは右足に闇を集中させ、勢いよく蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされたソラは地面を勢いよく転がるように吹き飛ぶが、何とかして立ち上がる。
「……くそっ!!」
(純粋に闇を受け入れて支配されてるからこそのこの力……あの時の闇に堕ちたヒロムと大差ねぇな)
「こっちも殺す気でやるしかねぇ!!」
「……殺す」
ヒロムは全身に闇を纏うと一瞬でソラの背後に移動し、そしてその場で回転すると回転蹴りをソラの体に叩きつける。
「!!」
「どうした?
手応えがないぞ」
***
そして現在…………
「はぁぁぁあ!!」
ソラは両手の拳に炎を纏わせて何度も殴りかかるが、ヒロムはその全てを受け止めるどころか全て簡単に避けてみせる。
「この……!!」
「弱い」
ソラの右の拳から放たれる一撃、それをヒロムは蹴りで弾くと拳に闇を纏わせる。
「攻撃の仕方を教えてやる……」
拳を蹴りで弾かれたソラは無防備となり、ソラの無防備となった体にヒロムは連撃を叩き込む。
「がっ……!!」
脆い、とヒロムはソラの体に掌底突きを放ち、それを受けたソラは大きく吹き飛んでしまう。
攻撃を受け、その全身にダメージを負ったソラは痛みに耐えながらも立ち上がるが、その姿を見たヒロムは冷たい目で見つめながら告げた。
「なぜ立ち上がる?
オマエはオレには勝てない」
「本物じゃないなら殺せる……!!
オマエの命を奪うのくらい……簡単だ!!」
ソラは全身に炎を纏い、そしてその炎を紅く染めていく。
「燃え上がれ……!!
「炎魔劫拳」、焼装!!」
紅い炎は彼の両腕を包み込み、その腕を変化させる。
赤い甲殻のようなアーマーに覆われ、鋭い爪を有したその拳を構えるとソラは走り出し、敵に向かって襲いかかる。
「はぁっ!!」
紅い炎を纏わせた一撃を放つソラだが、ヒロムは右手に闇を収束するとその一撃を止めてみせる。
何の苦労もなくソラの攻撃を止めると、闇は紅い炎を消し去ってみせる。
「!?」
「……この程度か?
この程度で殺すと宣ったのか?」
ヒロムはソラに一撃を食らわせると闇を放出しながらゆっくりと浮遊し始める。
そして放出された闇はソラの周囲を覆うと彼を飲み込もうとする。
「この闇……!!」
「オマエが恐れてるのはオレではない。
闇に堕ちたオレでも闇を克服したオレでもない。
オマエが恐れてるのはこのオレを止められなかった無力なオマエ自身だ!!」
「黙……」
「ハザード・インフェクション!!」
ソラを飲み込もうとした闇が爆発を起こし、その中心にいたソラは巻き込まれてしまう。
「がぁぁぁあ!!」
ソラは爆発によって全身に致命的なダメージを受け、「炎魔劫拳」が解けるとともに倒れてしまう。
爆発によるひどい火傷、ヒロムの連撃による痛み……
ソラは立ち上がろうにも立ち上がれなくなっていた。
「……くそが……!!」
「理解しろ……オマエが恐れてるのはオレではない。
今この現実を招いたオマエ自身だということを……」
「うるせぇ……!!」
ヒロムの言葉に苛立ちを隠せないソラは拳を強く握ると地面に叩きつけ、痛みと苦しみに耐えながらも立ち上がる。
そしてソラはヒロムを睨みながら彼に向けて強く言った。
「オレが弱いのなんざ最初から分かってんだよ……!!
弱かったからこそオマエが闇に堕ちるその時を見てることしか出来なかった!!
あの時から数日経った今でも思い出す……!!
己の無力さ!!未熟さ!!不甲斐なさ!!覚悟が……何もかもが……オレには足りなかった!!」
「だが心の中では逃げようとしていた。
それ故の弱さ……そして結果だ」
ヒロムは浮遊したまま闇を放出し、放出した闇を翼に変えると飛翔し始める。
そして全身に闇を纏うと殺気を放ち、ソラを圧倒しようとする。
が、ソラは動じなかった。
それどころか強い意志を瞳に宿しながら、目の前の大きな力を抱く敵を倒そうと視線を向けていた。
「……何が強いかなんて勝った方にしか分からねぇ!!
だからオレは……ここでオマエに勝つ!!」
ソラは紅い炎を全身から溢れ出させると全身に力を入れて叫んだ。
「紅き炎よ……オレに宿れ!!」
溢れ出た炎が悪魔のような形になるとソラを飲み込み、そしてソラは新たな姿となって出現する。
両腕は肩まで、両脚とともに「炎魔劫拳」のような姿をした紅い甲殻にも似たアーマーに覆われ、さらに尾には鋭く尖った尻尾を持ち、そして炎の翼を身に纏ったその姿は悪魔と呼ぶべきものだった。
「研究所の時から一切制御出来なかったからあの戦いでも使えなかったこの力……オマエを倒すためにここで使う!!」




