二〇三話 愛の連鎖
「一番ヤバイ……って何かやらかした人なの?」
ガイの言葉には一体どんな意味があるのか、それが気になったハルカは恐る恐る彼に質問した。
今現在ヒロムに抱きついた長い髪の少女、その少女が一体何をしたのか?
ハルカはそれを確かめようとしたかった。
そしてそれを言われなくても理解しているガイはハルカに向けて説明した。
「今ユキナと一緒になってヒロムに抱きついるのは雛神リアナ。
「姫神」の家と親交は深く、ヒロムとリアナの母親は小学校から高校まで同じ所に通い、その頃から母親同士仲がいい」
「思ったより普通じゃない?」
「急かすなよ。
問題はリアナの方にある。
何を思ってるかは定かじゃないがリアナはヒロムに対して異常なまでの愛情を抱き、そして共同生活の時に事件が起きた」
「まさか……好きすぎて監禁したの!?」
違う、とガイは冷静に答えると何があったのかその結末を言った。
「ヒロムへの愛とヒロムのためになりたいという行動心からリアナはヒロムの身の回りのことを全てやろうとしたんだ。
掃除、洗濯、炊事……あらゆる家事はもちろんのこと、リアナはとにかくヒロムが何もしなくていいようにあらゆる面で尽くそうとしてたんだ」
「あらゆる面……?」
「入浴時もヒロムの手を煩わせぬようにヒロムの体を洗おうとしたり、風呂から上がったヒロムの体を拭こうとしたり……朝寝てるヒロムを起こさないように就寝用のジャージ脱がせて新しいジャージに着替えさせるし、最終的には食事もヒロムに労力を取らせないように一口一口食べさせてあげてたんだ……」
「え……何それ……」
「挙句の果てにはトイレにまでついて行こうとするし寝る時もヒロムが寝たの確認するまで離れようとしない。
しかも共同生活期間中はヒロムの通学に同伴しようとするし……とにかくリアナはヒロムのことになると狂ったかのように愛を注ごうとするし、ヒロムも何やかんやで楽出来るから文句すら言わないんだよ……」
「ヤバいとかじゃなくて……おかしすぎるわよそれ……」
ガイの口から語られた少女の話、それを聞いたハルカはかなり引いていた。
が、自分の話をされている少女は何の疑問もないらしく、ヒロムから離れることなくずっと抱きついていた。
「ゆ、ユリナもみんなも止めなくていいの!?」
今のヒロムの状態を異常だと思っているハルカはユリナやアキナたちに向けて注意するように言うが、彼女たちは止めようとする素振りを見せない。
「あ、あれ……?」
「……多分無理だな」
「無理ってどういう……」
「多分ハルカはヒロムに対して不満やら疑問を持ってるから影響ないんだろうけどユリナたちはもう手遅れなんだよ。
……慣れてるからオレもおかしいとか思うのやめてるけどな」
「ど、どういう事なの?」
ガイは何を言っているのか?
それが気になったハルカはガイに質問し、質問されたガイはノアルとともに床の上に座り込んで答えた。
「……簡単に言うならヒロムのことを「好き」って気持ちが共鳴してるんだよ。
そのせいでユリナたちはお互いの愛情表現について羨ましく思ったりするせいで注意するとか止めるとかの判断を放棄してるんだよ」
「え、え?
ごめんなさい、意味が……」
「分からないだろうな、多分。
言ってるオレも恥ずかしくなるくらいだからな」
「う、うん……。
えっとつまり……」
「最近ユリナがリサやエリカがヒロムに対して何かしようとしたら注意する姿を見たか?
前のユリナはあんな風にヒロムに自分から何でも話にいくようなキャラだったか?」
「あ……」
ガイの言葉を聞いてハルカは何のことなのかようやく理解した。
今までならリサやエリカがヒロムに抱きつくと「離れなさい」と注意していたのに、今ヒロムに抱きつくユキナとリアナには注意しようとしない。
今までのユリナはヒロムに話しかけるのもどこか遠慮しがちだったのに、今では自分から何でもヒロムと色んな話をするほどの積極さを持っている。
ハルカはそれを気にしていなかった。
ユリナが少しずつ変わっているのは分かっていたが、それは恋する彼女が相手との距離を少しでも近づけられるようにと頑張っているものだと思っていた。
今の話を聞くとハルカにはユリナに対して不思議に思うことがいくつも湧き出てくるように頭の中に浮かんできた。
が、それが事実だとしても彼女は簡単に受け入れることは出来なかった。
「で、でもたまたまの可能性も……」
「リサとエリカがユリナに料理を習おうとしたことも、男が苦手のエレナがヒロム相手とはいえユリナと一緒にリサみたいに夜這いしようとしたこともたまたまか?」
「それは……」
「誰か一人が個人的に変わってるならたまたまで見過ごせる。
けどユリナだけじゃなくてリサやエリカ、それにエレナまでもが変わってる。
それもヒロムという共通の相手がいる中でだ」
「じゃあ今ユリナが止めなかったのも……」
「……そういうことになる。
もっとも、渦中にあるヒロムはそれを理解してないからどうにも出来ない。
いや……今ここでオレが話してるならもう理解してるか」
「そ、そんな……」
「だからってわけじゃないが諦めろ。
無理に言ったらオマエがユリナたちに嫌な目で見られるだけだ」
「でも……!!」
納得のいかない様子のハルカは言葉を詰まらせてしまう。
そんな中、ヒロムはため息をつくとハルカに向けて言った。
「よく分からんが、オマエにとって今のユリナの状態は良くないのか?」
「え、ええ……そうよ。
けど姫神くんに自覚はないんでしょ?」
「ああ、今の話を聞いててオマエが何に戸惑ってるか何となく理解してるくらいだ」
「……別に責めたりしないから。
ユリナたちがそうしたくてしてるなら私には何も……」
「あっそ、なら好きにすればいい。
だけどこれだけは言っておいてやるよ」
「何?」
「本当にヤバいと思った時にユリナを止めれるのはオマエだけだ。
他でもないユリナの親友のオマエが間違った方に進もうとした時は止めてやれ」
「え……」
ヒロムの口から出た言葉、それは普段彼女に対して冷たい彼から出るとは思いもしなかった言葉だ。
いつも悪態をつくような乱暴な言葉ばかりのヒロムがおそらく初めて彼女に対して告げた言葉。
それを聞いたハルカは驚きを隠せなかった。
「ひ、姫神くん……?
なんで……」
「オレが止めればコイツらを否定することになる。
だから止めない、その分をオマエが止めてくれればいい」
「それでもユリナたちがやめなかったら?」
「そん時考えればいいことだ。
先のことなんて今気にしても始まらねぇだろバカが」
「……そうね。
とりあえずいつもの姫神くんだと思うと安心した」
「話逸れてるのに安心したのか?
やっぱバカだろ?」
「……ねぇ、黙ってたら何でそんなにバカって言うのかな?」
「理由なんざねぇよバカ。
バカにバカって言って何が悪い」
「はぁ!?
信じらんない!!」
先程までユリナたちのことを心配して落ち込んでいたはずのハルカだが、気がつけばいつも通りの彼女に戻ってヒロムとのやり取りを繰り広げていた。
ハルカの姿を見たガイは安心して安堵のため息をつくと、ふとヒロムのことである事を考えた。
(今のヒロムの言い方……まるでユリナたちの変化について気づいてたような言い方だったな。
もしかしてヒロムはそれを誰よりもはやく察知していたのか……?)
とりあえず、とヒロムは自身に抱きつくユキナとリアナを離れさせると座るが、離れさせたにもかかわらずリアナはヒロムに抱きつこうと隣にベッタリとくっつくように座り、そして彼の腕を抱き抱えるかのように掴んだ。
「……変わった様子もないし、問題無さそうだな」
「その問題も今解決……したみたいだしな」
リアナの行動については何も言わずに話を進めるヒロムとそれに反応したガイ。
そのまま何事もなく話が進むのかと思われたが、ここでレナがヒロムに対してある事を言及した。
「ヒロム、一つ答えてほしいことがあるんだけどいい?」
「あ?
何だよ急に?」
「いつからなの?
体がおかしくなっ……言い方間違えた。
いつから体が変化してたの?」
「……言い直しても大差なくないか?
別にいいけど……面倒な聞き方してくれるな……」
レナの質問にヒロムは面倒くさそうな態度を見せ、そんな中で視線をユリナの方へと向ける。
視線を向けられたユリナはそれに気づくと申し訳なさそうな顔をし、それを見たヒロムは全てを察した。
「そうか……」
(一人で気にするのは辛いもんな。
こればかりは仕方ないな……)
「……いつからってなると答えは生まれた時からとしか言いようがない」
ヒロムは後ろ頭を右手で軽く掻くとレナの質問に答え始めた。
そう、自身の体が四割ほど精霊に変化していることを嘘偽りなく真実だけを語る。
「フレイたちをこの体に宿した時からオレは人でありながらその一部が精霊に変化していた。
だからオレは一人につき精霊一人の理に反して複数の精霊を宿していた。
セラやラミアたちを現界させれたのも「ソウル・ハック」や「クロス・リンク」を完成させれたのもオレが体を精霊に変化させていたから出来たことだ」
「じゃあ強い敵が現れてアンタが強くなろうとしたらまた進行するってことなのね?」
「悪いが断言は出来ないが……可能性がある以上フレイたちが何とか抑えようとしてくれてる。
……先に言っておくが治したくても治せないんだ」
「それは聞いた。
アンタが元の一人の人間になったらフレイたちが消えるんでしょ?」
「ああ、その通りだ」
(そこまで話してるならもうほとんど理解してるか……)
「とにかく今のオレは……」
「何で黙ってたの?」
するとリサが不安そうにヒロムに質問した。
それはユリナ時と同じものだ。
だからヒロムは悩むことも無く答えることが出来た。
「……不安にさせたくなかったってのもあるけど、何よりもリサたちが納得いくような話をしてやれるほどまとまってなかった。
どこかのバカ侍が不注意で話したのを聞かれたから話さなきゃならなくなったけど……いつかは話すつもりだった」
「……軽く根に持ってるよな、その言い方?」
「黙ってたことはすまないと思ってる。
だけどただでさえオレはオマエたちに迷惑かけてるのにこんな事を話して混乱させたくなかった。
だから……」
違うよ、とリアナがヒロムの頬を抓ると彼に向けて言った。
「……リアナ?」
「ヒロくんの体のことを隠されてたのはショックだったよ?
でもそれ以上にショックなのはヒロくんが私たちのことを信頼してくれてないことだよ?」
「何言ってんだよ?
オレは……」
「みんなヒロくんのためにここにいるのに、ヒロくんのために自分を捧げようとしてるのにヒロくんは隠してた。
それって私たちのこと弱いった思ってたってこと?」
「その言い方されると何て言えばいいのか……」
「……いいんだよ、もっと頼っても。
ヒロくんのまわりにはこれだけの人がいるんだから、私たちはみんなで協力しあって力になるから、ね?」
「リアナ……」
そうだよ、とユリナはヒロムの前へと歩み寄るとしゃがみこみ、そして彼の手を優しく握った。
「私たちのことを心配してくれるのは嬉しいけど、だからって頼ってもらえないのはすごく寂しいよ。
だから……ヒロムくんが困ってるなら何でも言ってくれれば何でも協力するからね」
「ああ……」
「何かあったらちゃんと言ってね?」
「……分かった。
何かあったらちゃんと言うよ」
ユリナとリアナの言葉にヒロムはしっかりとした答えを返し、その光景を見たノアルはガイに向けて言った。
「これが人の優しさと好意による相手への思いやりというものか?」
「……これは特殊だからあまり参考にしなくていい」
「え!?
私たち普通だよ!!」
そうよ、とガイの一言にユリナたちが反応してガイは彼女たちに責められるような状態に陥り、彼は思わずヒロムに対して助けを求めようとした。
「ひ、ヒロム……助けてくれ」
「悪いなガイ……今のはオマエが悪い」
そんな、とガイはヒロムに見捨てられたことでため息をつくと自分の言葉に少し後悔してしまった……




