二〇話 衝突
瞳の色が変化したイクト。
その金色となった瞳には斬角が映り、不敵な笑みを浮かべながらイクトは斬角に問いかける。
「あんたは生と死、どっちを選ぶ?」
斬角は突然のイクトに質問にため息をつくと、イクトに対して言い放つ。
「意味が分からん。
オレの生き様を貴様がとやかく言う資格はない」
「そんなの決まってるじゃん。
オレの異名があるからだ」
「貴様の異名……
確か「死神」だったな。
……「覇王」と「死神」なんて偉そうな名前与えられやがって」
「本当にそう思うか?」
するとイクトは斬角の言葉に異論を唱えるように話し始めた。
「その異名通りに成長しているんだぜ。
ソラは「炎魔」、ガイは「閃剣」の名の通りの戦い方をする。
そしてヒロムもその名に恥じぬ戦いをする」
「何を……」
「あいつらはその成長性とかで異名つけられてるんだが、オレはこれまでの戦い方とその姿から呼ばれている。
そう、まるで……」
するとイクトの周囲の影がイクトのもとに集まり、イクトの体に纏わり付いていく。
何かあると斬角は阻止しようとするが、突然斬角の影から刃が出現して襲い掛かる。
「何!?」
斬角はすぐさま回避すると構えるが、イクトを止めようにももう間に合うことはなかった。
イクトの全身は影によってできた黒い繭のようなものに包まれていた。
「……久しぶりだから発動するのに時間がかかる」
「な……なんだそれは!?」
「気にしなくていいよ。
だって……」
黒い繭が弾け、中から黒衣に身を包み、両手は紫色のガントレットにも似たものを装備したイクトが現れる。
その姿はまるでイクトの冠する異名「死神」そのものだった。
「な……」
「影死神。
この姿になると少しだけかっこいいだろ?」
「見てくれが変わったくらいで!!」
斬角はイクトに向けて雷を放つが、イクトの黒衣に触れた雷は突然、その黒衣の中に消えていく。
斬角はその光景を目の当たりにして言葉を失ってしまう。
「は?」
「影死神はオレが能力を制御しようとして完成した影の力を最大限に発揮するための姿。
そしてオレの影は……オレが操る影は今、触れた魔力を吸収して奪う力を持つ」
「何!?
「吸収」だと!?」
「これをしばらく使っていなかったのは使うほどの相手がいなかったからだ。
それにこれ使うと疲れるし、雑魚だと一瞬で終わる」
「……貴様は確かそこの無能に負けたはずだ。
ならばその時に……」
イレギュラーだった、とイクトは斬角に対してその理由を語り始めた。
「あの時、そうしなかったのはこの姿唯一の弱点と直面したからだ」
「弱点……?」
そういうこと、とエリスが横からイクトの言う弱点について説明した。
「彼のあの姿、魔力を触れることで吸収するみたいだからマスター相手だと不利なのよ。
だって、マスターは魔力を纏うことしないから」
「……ああ、そういうことか」
「うん、敵を前に思いっきり弱点バラすなよ」
エリスによるネタばらしにイクトは少し怒り気味で注意するが、そんな中で斬角は赤い雷を体から消すとイクトへ告げる。
「……つまり魔力も能力も使わなけばオマエのそれも無意味だ」
「ん?
それ無理だから」
斬角の言葉を即座に否定したイクト。
否定された側の斬角は苛立ったのか、さらに雷を纏い威嚇するが、イクトは動じず、それどころか大鎌を構えた。
「ヒロムは生身で戦う前提で強くなっているが、あんたは違う。
あんたはその力を最大限発揮しようと強くなっている。
つまり、強さへの過程が違うのさ」
「貴様……!!」
「言っておくけど、ここから先、命を管理するのはオレだ」
上等だ、と斬角は勢いよく走り出す。
するとイクトは右手を斬角にかざし、自分の影から分身を作り出す。
「やれ」
イクトの分身は次々に斬角に襲い掛かるが、斬角はそれらをすべて雷で破壊し、イクトへと接近する。
「ほお……」
「吸収される前に倒せばいいだけだ。
弱点など関係ない!!」
「……そうでもないよ?」
「何を……」
すると斬角の雷が大きな音を立てるとともに消えてしまう。
「な……」
「言ってなかったか?
オレは今、オレの効果範囲内の影を無条件に操れる。
それも他人の影でもな」
「まさか……オレ自身の影から力を……」
覚悟しろ、とイクトは大鎌に魔力を纏わせて斬りかかるが、斬角はそれを右手のガントレットで防ぐと左の拳で殴りかかる。
しかしイクトはそれを避けようとせず、黒衣から出現した無数の腕が斬角の拳を弾き、さらにその腕は拳となって斬角を殴り飛ばす。
「影連撃」
殴り飛ばされた斬角を追うように影の拳は長く伸び、斬角に追いつくとそのまま止まることなく連続で殴り続ける。
「な……」
「悪いな。
この姿のオレは超絶強いんだぜ?」
影の拳が一つとなり、巨大な拳となると斬角を地面へと叩きつける。
「がは…………」
さて、とイクトは影の拳を元の影へと戻すと、ヒロムの方を見ながら話を始めた。
「急にどうした?
頭押さえて……」
「……うるせえ、、わかってるくせに……」
ヒロムはエリスを離れさせるとイクトのもとへと進んでいく。
そしてヒロムはイクトに今の自分の状態について問いかける。
「これが精神干渉汚染か?」
「……わかってたのか」
「こうもはっきりと異常が出れば、な。
おまえも知っててあの時、シオンの話終わらせたんだろ?」
ヒロムが言うあの時とはシオンと出会った時だ。
確かにあの時、イクトはシオンが「精神干渉汚染」という単語を出したあたりから様子が少し変だった。
「……知ってたよ。
「ハンター」してた時に遭遇してたからな」
「……治るのか?」
「さあ、な。
オマエのパターンは知……」
「ふざけるなあああ!!」
すると吹き飛ばしたはずの斬角が雄叫びを上げるとともに雷を纏い、そして携える剣を抜いた。
「もういい……こいつで決める」
「あれって……」
「冥土の土産に教えてやる。
こいつは魔剣「ラース・ギア」。
憤怒を司る剣にして「憤撃」のために造られた一本だ。
その威力は……」
そこまでだ、と斬角の前に突然炎が現れ、その炎が拳角へと姿を変える。
拳角の登場は、意外だった。
そしてヒロムは拳角を見て驚くしかなかった。
数日経過しているとはいえ拳角は肩の骨を砕かれ、さらにボロボロになるまで追い詰められていた。
なのに、今ヒロムの前にいる拳角は一切の傷がなく、全快している状態だ。
「これ以上は容認できない」
「どけ!!
こいつらは……」
「トウマ様からの指示だ。
オマエは逆らう気か?」
「……く!!」
斬角は悔しそうに剣を納め、ヒロムたちを睨むと雷となって消えていく。
しかし、ヒロムはそれを許さなかった。
「待ちやがれ!!
なんで……」
「傷のことか?
これが「不炎」の力だ。
圧倒的な破壊と再生、その再生があればあの程度の傷は一晩で治る」
「な……」
「一つ教えておこう。
トウマ様はおまえを確実に始末すると仰られている」
「……抵抗するなってか?」
いいや、と拳角は炎を纏うとヒロムに告げる。
「オマエは強いが、その程度だ。
叶わぬ夢を見続けろ」
どういう意味だ、とヒロムが拳角に問い詰めようとするが、拳角は炎となって消えていく。
逃げられた、とヒロムは悔しそうにするが、イクトは影死神を解除するなりヒロムに伝える。
「今回は助かったな。
あのままじゃ危なかった」
「……ああ」
「ヒロムくん!!」
戦闘が終わったのがわかったらしく、ユリナ達がこちらに走ってくる。
そしてユリナ達は迷うことなくヒロムのもとに駆け寄ると心配そうに声をかける。
「気分悪い?」
「けがはない?」
「大丈夫?」
ユリナ、リサ、エリカの順でヒロムに声をかけていくが、三人ともイクトは一切見ることなくヒロムばかり心配している。
さすがのイクトもため息をつくと少し落ち込んでいた。
「うわ~……
オレのこと誰も心配してないじゃん」
問題ない、とヒロムは三人に伝えると、今度はイクトに問いかける。
「オレの体は……オレ自身はどうなってるんだ?」
「……いいの?
姫さんたちに聞かれても?」
「……ああ、構わない」
今更隠しても意味がないことだ。
それに下手に隠して悪化した後で知られるのも後味が悪い。
「もう無関係とも言ってられないだろ。
ここまで巻き込んでおきながら……」
「それもそうだな……。
うん、わかった。
ヒロムのそれは精神干渉汚染の一つである「戦型汚染」と呼ばれる通称「ハザード」だ。
オマエも経験していると思うが、戦闘中に症状が進行し、戦いを求める好戦的な性格となる。
そして……オマエに一定の負荷がかかってしまうと自我が消滅し、目に映るものを破壊しようとする兵器となる」
「そんな……」
イクトから告げられたヒロムのみに起きている異変。
それを聞いたユリナと、リサ、エリカは驚きを通り越して、言葉を失い、怖がっていた。
「……死ぬのか?」
ヒロムの質問はシンプルなものだったが、イクトはそれに対してハッキリとした答えは出せないらしく、首を傾げた。
「さあな……自我がなくなるってことはそういう意味かもな。
それに……そうなればフレイたちも消えるかもしれない」
「…………対策はないの?」
「……これ以上進行させない方法はある」
ユリナの疑問に対してイクトはその手段があることを伝える。
それを聞いたユリナは当然、その方法について興味を抱いている。
「じゃあ……」
「でもそれはヒロムの邪魔をするだけだ」
イクトの言葉の真意、それはユリナ達に理解できなかった。
が、どうやらヒロムは理解しているらしく、横でため息をついていた。
「ヒロムくん……?」
「トウマと戦うなってか?」
「……ああ。
おそらくだが、オマエがトウマと再会したあの日から症状が現れてるとしたら……
トウマと会って戦闘になれば一気に進行してしまう可能性がある」
***
ユリナ達が連絡を入れたようで、しばらくしてガイたちが来た。
イクトが何が起きたかをすべて説明すると、ガイは血相を変えてイクトの胸ぐらを掴みかかる。
「おい……オマエ、馬鹿か?」
「悪い……」
「おい、やめろ。
もう済んだことだろ?」
ソラは何とかしてガイを落ち着かせようとするが、ガイは聞く耳を持とうともせず、ただイクトへの怒りをぶつけていた。
「オレらがどういう思いであの話し合いの場からユリナ達を遠ざけたかわかってんのか!!
これ以上こいつらに不安を抱かせないためだろうが!!」
「そんなのわかってる……!!
けど……それが正しいかなんてわかんないだろうが!!」
イクトは苛立つガイの腕を強引に引きはがすと、ガイを睨みつける。
「ただでさえヒロムが隠してきた秘密を知ったユリナがどうなったかオマエも知ってるだろ!!
だったらもう最初から知らせるべきだ!!」
「あの時とは規模が違う!!
今の問題はヒロムの命にかかわってんだ!!」
「やめろって!!」
ガイとイクトの言い争いを仲裁しようとソラは必死になるが、完全に熱くなった二人が止まる気配はない。
「ち……どっちが正しいとかないだろうが」
シオンもこの状況に呆れている中、ガイはイクトに一つ問い詰めた。
「……じゃあ、聞くぞ?
ユリナ達が知って、ヒロムを止めないと思ったか?
ヒロムが戦うのをやめないってわかってても止めようとするだろ!!」
「だからって黙ってろっていうのか?」
「オマエら、いい加減……」
我慢の限界に達したソラは二人を黙らせようとしたが、それよりも先に「やめて」とユリナが大きな声で叫んだ。
そのユリナの声にガイとイクトは思わず争いをやめ、ユリナの方を見てしまう。
「……やめてよ。
私たちのこと気にかけてくれるのはうれしいけど、そのことで喧嘩しないでよ」
「……」
「……」
「私だってヒロムくんが苦しいのはつらいけど、今一番つらいのはそのヒロムくんじゃないの?
戦いたいって思ってもどうなるかわからないのは怖いと思う……」
ユリナはその身に感じる恐怖を押し殺すようにガイたちに言う。
それを聞いたガイたちは何も言えずに沈黙するが、ヒロムはため息をつくとユリナに言った。
「そんなに気にしなくていいさ。
なったもんはしょうがない」
「そんなこと言ってられないよ。
だってさっきも急に……」
「さっきはたまたまだ。
次はどうにかしてみる」
「……また、無茶するの?」
ユリナが心配そうに尋ねるが、ヒロムはユリナの方を見ようともせず、返事をしなかった。
が、そのヒロムの態度が気にくわなかったガイは思わずヒロムに対して不満をぶつけ始める。
「んだよそれ……!!
みんなオマエのこと心配してるんだぞ!!
なのにそのオマエがそんな言い方するなよ!!」
「じゃあ、どうにかしろよ。
こっちだって苦労してんだよ」
「苦労ってなんだよ?
オマエのためにこっちだって情報集めてるんだぞ?
オマエがそうして苦しんでるようにオレたちだって!!」
「だったらさっさとどうにかしろよ!!
……オレがどんな思いしてるかわからねえくせに!!」
ヒロムとガイが睨み合う中、空気は完全に悪い方に流れていた。
ユリナが争いをやめてほしいと思い、ソラがどうにか止めようとする中、ヒロムはガイにある提案をした。
「……もういい。
こうなりゃ決闘だ」
「何?」
「こんなに苛立ってんだ。
発散させろや……」
「……上等だ」
ガイは竹刀袋から「折神」を取り出すと構えようとする。
が、さすがにここで戦わせるのはまずいと思ったイクトとシオンは止めようとしたが、ヒロムも首を鳴らすと構えた。
「……邪魔するな」
「待てって大将!!
ここで戦う必要は……」
イクトの制止を振り切ったヒロムはガイを睨み、そのガイもヒロムを睨み返した。
「どうせ言っても聞かないなら戦って決める」
「馬鹿か?
この女どもが悲しむだけだろうが」
「「もう手段は選べない」」
ヒロムとガイは互いに少し距離を置くと、睨み合う。
「や、やめて二人とも!!」
「……うるせえな」
「え……?」
争わないでほしい、そう思ったからこそユリナは止めようとした。
だが、ヒロムの口から出た言葉は今までユリナがヒロムの口から聞いたことがないものだった。
「そろそろ黙れよ……!!」
ヒロムを心配したユリナに対して突然ヒロムは不快感を露わにし、そしてそのユリナを睨みながら冷たく言い放つ。
そのヒロムの言葉と冷たい視線にユリナは言葉を失うとともに膝から崩れ落ち、涙を流し始めた。
それを見たガイは刀を握る手に力が入り、ヒロムを強く睨み、全身に魔力を纏う。
「……オマエ、いい加減にしとけよ?」
「……文句あるなら来いよ。
オレを……滾らせろよ?」