二話 夜叉
幼少の頃、五歳くらいか。
叔父と叔母が家に来ていた時、四人で話をしているのを立ち聞きしていた。
たしか扉の隙間から中を見ていた気がする。
それでも内容はかすかにだが覚えている。
叔父がなぜか謝っていた。
父がすぐさま叔父に言葉をかける。
「謝らないでください。
あの家にいた自分が憎い……!!」
「あなた……」
「で、向こうは?」
叔母が何やら気になる言い方をした気がする。
「向こう」というのは一体何なのだろうか?
「……「無能」と言ってきました」
父の口から出た「無能」という言葉の意味を理解するのに苦労しなかった。
確か、役立たず……
冗談じゃない、と叔母が怒りだした。
「一人の子供に対して言うセリフか!!」
「姉さん、あの子が起きてしまいます……」
「だけど、あの子は……」
母が叔母に落ち着くように言うが、それで叔母の怒りが静まるはずもない。
ああ、母の気遣い、無駄にしてしまったな。
盗み聞きしてたら意味がない。
叔母の怒りも。
「あの子が十一体の精霊を宿していると告げましたが、「器に力がないなら無意味」だと!!」
父は怒りによって机を強く叩いた。
「それってなんだよ。
まだ幼いあの子が……役立たずって言いたいの?」
叔母は怒りと共に悲しみを抱いたような言葉を発する。
やっぱりだ……
考えていた通りの意味だ……
今の自分は役立たずだ。
悲しいはずなのに涙すら流れない。
そんなとき、フレイがそばに現れて、何も言わずに抱きしめてくれた。
何も言わず、フレイは涙を流していた……
なのに、涙は流れなかった
***
目が覚めた。
思い出してまたあの夢を……
いや、寝ているとよくこうしてあの日のことを夢で見てしまう。
「……最悪」
夢を見ないときは眠気が残るのに、こういう時は嫌になるくらいそれがない。だから気分的には最悪だ。
「……」
先日の一件は解決した。
生徒会の不祥事として扱われるらしい。
内輪もめ、いわゆる次期会長の座を奪うための騒動として扱う、と。
うちの学校は能力者とそうでないものが共存する。
大半以上が互いを理解し、互いに手を取り合っている。
少なからず一部には今回のようにそれを否定するものがいるのは事実。
「まるでオレを嫌う「あの家」のようだ」
ヒロムにとってあの学校は居心地がいい、だから動いた。
そう、ただの自己満足。
「……偽善でしかない」
ヒロムは自分に言い聞かせるように言うと、同時に拳を強く握った。
***
朝食を食べ終えたヒロムフレイと共に家を出て学校に向かっていた。
精霊の彼女がそばにいる理由、それは彼女がヒロムの荷物を持っているからだ。
荷物持ち、傍から見ればそう思われるだろう。
だがこれは彼女が自らやっていることだ。
「相変わらずだな……」
待ち合わせ場所ではないが、ガイとソラと合流した。
というよりは二人が向かっているであろうタイミングで出会ったのだ。
ヒロムは手ぶらで、ヒロムの数歩後ろでフレイがヒロムの荷物を持っている。
そんな光景にガイは少しばかり呆れていた。
「楽してるな……」
「そうか?」
「お二人のもお持ちしましょうか?」
「大丈夫だ」
歩くヒロムたちの横を通った車にガイは視線を向ける。
その車には四枚の翼を持った十字架のマークが描かれていた。
ガイはもちろん、ヒロムもソラもそのマークの意味を知っていた。
「ギルド、か」
「何かあったのか?」
「興味ねえ」
「マスター」
ガイとソラが話す横で興味を示さないヒロムは別の方向を見ながらつぶやき、フレイはそんなヒロムを心配そうに見ていた。
フレイは知っているのだ、ヒロムが今朝何を見たのかを……
だが、ガイはあまり気にしていなかった。
「平常運転ご苦労さん。
ま、ヒロムがやる気になることに対して一切の期待はしていない」
「……だろうな」
「……で、何か知ってるんだろう?
イクト」
バレたか、と物陰からイクトが姿を見せる。
突然姿を現したものだから普通は驚くものだろうが、ヒロムたちは慣れているからか何ともない
というよりは一切反応しない。
「……驚いてくれない?」
「そういう能力だろ」
イクトはがっかりしていたが、ソラがハッキリと言うとすぐに立ち直ったのか、平然とした様子で納得していた。
「確かに」
「それで、ギルドが動いてる理由は?」
納得しているイクトの横からガイはギルドについて尋ねた。
どうやらイクトは知っているらしく、すぐに語り始めた。
「ああ、あれか。
「能力者狩り」だよ」
「能力者狩り」
単純な言い方をするならば能力者を狙った通り魔や賞金稼ぎによる事件をいう。が、能力者狩りと聞いてガイとソラは違和感を感じた。
「それにしては派手だな。
犯人探しにしては目立つな……」
「普通なら能力者狩りに車まで出して探すのか?」
「ちょいとした訳ありでな。
実は~……」
おはよ、とイクトの言葉を遮るようにヒロムたちのもとに少女が来て挨拶をしてくる。
腰まである長い黒髪、少し幼さの残るかわいらしさのある顔立ち、華奢で細めの腕と足、一言で形容するならば「お姫様」のような少女。ヒロムはもちろん、ガイたちもよく知る少女、姫野ユリナ。
「……おはよ」
ヒロムが適当な返事をし、それに続くようにガイ、ソラ、イクトが順番にユリナにあいさつをした。
「みんな今日は早いね」
「おはようございます」
「あ、おはようございます」
フレイにあいさつされてユリナは少し驚きながらも挨拶を返した。当然かもしれない。
フレイが精霊ということもあるかもしれないが、それ以上にフレイが当たり前のようにヒロムの荷物を持っていたからでもあると思う。
「今日もいつも通りだね」
「……ああ」
「相変わらず、な」
ユリナがヒロムの今の状態に少し戸惑っている中、ヒロムは何食わぬ顔で歩き、ガイはユリナに同調するように返事をした。
ガイ、ソラ、そしてユリナはヒロムとは幼い頃からの仲である。
そのため三人ともヒロムの性格と精霊についてはその頃から知っている。
「でもたまには頑張ったほうが……」
「疲れる」
ユリナはヒロムに提案を試みるが、ヒロムは食い気味でそれを拒んだ。
が、ユリナも負けじと勇気を出してヒロムに続けて提案した。
「でも、ほら……」
「体力の無駄だ」
が、言い出そうとした瞬間にヒロムはユリナの話の腰を折るように言う。
さすがのユリナもこれには驚いたのか、何を言おうか混乱し、言葉がなかなか出てこなかった。
「あ、あの……」
やめとけ、とガイとソラは何かを言おうとしたユリナを止めた。
というよりは周囲の誰が見てもユリナの言葉を今のヒロムが聞こうとしないことは目に見えていた。
つまり、止めないとユリナがかわいそうでしかない。
「姫さんも熱心だねえ」
「どういうことだ?」
「ほら、ガイも知ってるだろ?
大将って授業を全体の九割九分ぐらい寝てるだろ?
姫さんはそんな大将の分のノートまで取ってるんだ。
絶対になにかあるって」
「え、えっと……」
イクトの言葉にユリナは顔を赤くしながら慌て始めた。
「そ、その、あれはガイもソラもイクトもヒロムくんに冷たいからで。
そ、その……決して変な意味はなくて」
イクトの言葉を訂正させたいのか、ユリナは必死に言葉を探りながらも何かを言おうとしている。
が、それが結論に至るまでは時間がかかりそうなため、ガイは少し強引に話を終わらせた。
「ああ、わかったわかった。
つかイクトもユリナを弄るな」
ユリナを止めたガイはすかさずイクトを後ろから蹴った。
ごめん、と軽い口調で返事をしたイクトはガイにだけ聞こえるように告げる。
「……八神」
「!!」
「八神」
その名を聞いたガイの顔は少しだけだが殺気を感じ取れた。
それほど因縁があるものなのだ。
「後で聞いてやる」
***
学校に着くなりガイはイクトを連れて校舎裏に来ていた。
「……で、何をどうするとあの家が出てくる」
「その辺は不明。
ただ「八神」が追ってるやつは少し特殊らしい」
「?」
「……「月閃一族」の一人だ」
「戦闘種族か。
でも全滅してるんじゃ……」
「その生き残りがいたんだよ。
……と、お客の登場だ」
イクトが視線を送った先には道着を着た生徒が立っていた。
「雨月ガイ、話がある」
「お知り合い?」
イクトは彼が誰なのか知っているかをガイに問うが、ガイは彼を知っているらしく、舌打ちをするとイクトに軽く説明した。
「……剣道部の主将だ。
しつこいぞ」
「刀剣所持の許可証を得ているほどの実力者であるお前にはぜひ入部してほしい。
それに今日で最後だ」
すると同じように道着を着た生徒が何人もやってくる。全員が竹刀を装備していた。
「強欲だねえ。
そんなにうちの剣士が欲しいの?」
「剣術名家「雨月」の息子。
そしてその天才ともなればわが剣道部発展のために必要だ」
「オレは必要と思っていない。
それが答えだ」
ガイは剣道部主将に冷たく言うと去ろうとしたが、そんなガイに対して主将は告げた。
「それがあの「無能」と一緒にいる理由か?」
「無能」という言葉を聞いた瞬間、ガイの表情が一気に険しくなっていく。
そしてガイは先程まで見せることがなかった殺気を纏うと主将を睨んだ。
それはイクトでもすぐに気づき、イクトはやばいと思った。
「それはヒロムのことか?」
「そうだ。
あの程度の男といて何の利益が得られる?」
「何が言いたい?」
ガイは持っていた竹刀袋から刀を取り出す。
鞘から柄まで青く、刃を鞘に収めているにも拘らず、その刀は異様な力を感じてれる。
「あの無能より貴様の方が上。
貴様のおかげであの男も今普通に生活している」
「……で?」
ガイが刀を強く握る
それを見て全員が何か起きると考え、竹刀を構えるが意味のないことだった。
ガイは目にもとまらぬ速さで抜刀し、横に刀を振ると刀をすぐに鞘に収めた。
カチン、と刀が鞘に収まると同時に全員の竹刀が壊れていく。
「「!?」」
「な……」
「偉そうに言うなら避けろ。
ヒロムなら避けてるぞ?」
「わ~お」
イクトはただただガイの剣術に驚いていた。
が、それ以上に目の前の男たちは驚き、言葉を失っていた。
抜刀術、ガイが行ったのはそれだ。
が、ただ抜刀術を行うのであれば目の前の男たちもけがをしていたはずだ。
しかし、ガイの一振りは竹刀だけを破壊した。
狙ってできるほど簡単なことではない。
「悪いな、イクト。
そろそろ戻るぞ」
「あいよ。
ま、これであんたらの地位も落ちたね」
「ま……」
「次はない。
次はその首を落とす」
***
ガイとイクトと別れて先に行ったヒロムたちはすでに教室にいてもおかしくなかった。
が、ヒロムたちはまだ校舎の外にいた。
ヒロムたちの前には一人の男が立っていた。
その男の服にはギルドのマークが描かれており、刀を帯刀している。
ガイとイクトは歩きながらそれを視認した。
「なんでギルドがここに?」
「それより大将たちのとこにいるな」
「……そんなもん見ればわかる」
どうした、とガイとイクトは合流するなり状況を聞こうとしたが、一見しただけですぐにすべてを察し、同時にヒロムの機嫌が悪いことを理解した。
「おい……何かしたのか?」
「失礼、私軽部と申します。
ある男を探している」
「ある男って?」
「……月閃一族の血族の一人……
紅月シオン、らしい」
ソラは軽部から受け取ったであろう写真をガイとイクトに見せた。
そこに写っていたのは銀髪に紅い瞳の少年、年齢は同い年ぐらいだと思われる。
ガイもイクトも面識がない。
「「知らないな」」
「困りましたね。
これではせっかくの「八神」の依頼が……」
「!!」
そういうことか、だからヒロムは機嫌が悪い。
すべて把握したガイは刀を強く握る。
状況次第では抜刀し、軽部という目の前の男を斬る。
ガイにはもうそれしかないとわかっていたが……
「落ち着け」
ガイの考えを読んだのか、ヒロムがガイを制止する。
が、そのヒロムの顔からは苛立ちが出ている。
いや、そうでなければおかしい、とガイは思った。
あの家が、「八神」がヒロムにとってそういう存在でしかないのだから。
が、この中で一人だけ状況を理解し把握できていないのが一人いた。
というよりはこういうこととは本来無縁な存在だから仕方ない。
「あの……「八神」って何ですか?」
ユリナが恐る恐る尋ねた。
「おや、そこのお方は能力者ではないのですね……
では説明しましょう。「八神」とは……」
「一から十まである十個の名家の集まりからなる「十家」の一角。
現状一位の実力を持つ「一条」や「十神」に次ぐ実力者で逆らうものを世から追放するとまで言われている」
ヒロムは軽部が言おうとしたであろうことをすべて説明したが、軽部は咳ばらいをすると補足した。
「忘れていますよ?
あなたはその「八神」に「無能」の名を与えられた」
「え……?」
突然のことにユリナは何をどうしていいのかわからなかった。
ユリナが今理解しているのは目の前の男が大きな力を持った「八神」という家から人探しを依頼されているということ。
そして、ヒロムのことにかかわりがあるということ。
ただ、それだけは聞きくなかった。
「彼の父、姫神飾音は元・八神の人間。
生まれてからしばらくして何の力もないとして「無能」の烙印を押された。
あなたも一度は聞いたことがあるでしょう?
もう有名な話ですからね」
「うそ……」
ユリナは確かにこれまでに何度か聞いたことがある。
でもそれが、ここまで大きな事とは思わなかった。
ユリナはヒロムにどう声をかけるべきか必死に考えるが、思わず目を逸らしてしまう。
するとヒロムがユリナの頭を軽く叩いた。
「?」
突然のことでそれがどういうことかわかっていないユリナは不思議そうな顔でヒロムを見るが、ヒロムはお構いなしに話し始めた。
「気にしなくていい。
オレに力がないのは事実だけど、今おまえがどうにかして変わることじゃない。
だから気にしなくていいよ」
「……良いように言い換えてますが、所詮は「無能」。
役立たずです」
「そんなこ……」
そんなこと、とユリナが言おうとした瞬間、ガイが抜刀し、軽部の首に刀を突きつけた。
「黙れよ!!」
「三人ともすぐに武器を下ろしなさい。
拘束しますよ」
三人?
そんなはずはない。
今武器を構えているのはガイだけのはず、そう思ったユリナは周囲を見た。
ユリナが周囲を見るとそこにはガイだけでなく、ソラは銃を構え、フレイは大剣を手に握っていた。
「やってみろよ。
そうなる前に引き金を引く」
「私も斬ります」
「ではあなたたちをギルドへの反逆者として罰します!!」
軽部が地面を蹴ると無数の岩の柱が現れ、それが軽部の前で重なり合い、大きな壁となる。
「!!」
「私の能力は「岩」。
魔力を使うことで岩を作れるのです」
「見たまんまじゃん」
「こんなもの……」
「手を出すな」
ソラがどうにかしようとするととガイが刀を収めると壁に背を向けて遠ざかるように歩き始めた。
「ガイ?」
「逃げるのですか?
当然でしょうね、刀できれば折れるでしょうね。
ですがこの防御を活かし、遠距離からの攻撃で……」
「折れるわけがない」
するとヒロムがユリナにガイの刀について説明を始めた。
「あの刀はな「折神」っていう名前なんだ。
その名の通り折れることを知らぬ神の一振りなんだ」
「じゃあ、あの岩も……」
「でもあれって切れ味悪いだろ?」
ユリナへの説明中、横からイクトが割って入ってくる。
「ああ、魔力や能力を注ぐことでもう一つの意味である「折れぬものがない神の一閃」に早変わりだが、平常時は刃こぼれしていないのに切れ味が悪い鈍ら……多分木も斬れないな」
「じゃあ……」
でも、とヒロムは続ける。
「アイツは天才だから問題ない」
ある程度歩き進んだガイは止まるなり振り返り、ガイが態勢を低くして抜刀の構えをとると同時にヒロムはユリナを連れて少し離れる。
「?」
「見てるとわかるよ」
ガイは深呼吸をすると目の前の岩の壁を睨む。
「我流……」
するとガイが消え、次の瞬間には岩の壁の前で一回転していた。
「え……ええ?」
「夜叉殺し!!」
一回転したと同時にガイは一瞬で抜刀、その勢いを殺すことなくすぐさま一閃を放つ。
すると岩の壁がきれいに横に両断され、崩れていく。
壁に隠れ、攻撃でも放とうとしていた軽部は予想すらしていなかったのだろう。斬撃の余波を受けて負傷し、倒れていた。
「う……」
「今のガイならあの刀で普通に鉄ぐらい余裕なんだよ」
岩の壁は完全に崩れると消滅し、軽部は何とか起き上がるもガイの剣術に恐怖したのか急に尻餅をついた。
「ま、まさかおまえが「閃剣」?」
「……だとしたら?」
「八歳で大人三百人を一人で倒した天才剣士がなぜ……」
黙れ、とガイは鞘で勢いよく軽部を殴り、気絶させた。
「口ほどにもない。
どっちが無能なんだよ」
***
「あの~。
わかってます?」
黒いマスクに覆われた口からけだるげに発される言葉。
担任の滝神カルラにより職員室に呼ばれたヒロム、ガイ、ソラ、イクトはカルラから今どうしてここにいるか問われ、順番にそれについて答えた。
「さあ?」
「知らん」
「右に同じ」
「存じ上げませ~ん」
「……今回はギルド側の指導不足で済んだんすけど~。
次はないんで相手考えてくださいよ~?」
「そのギルドが道徳に反した。
だから斬った」
「……正当防衛ですか。
でも、その通りですね。
ギルドとは世界各国で起きる能力者犯罪やテロに対応できる能力者で構成された特殊部隊。
それはもう警察と同義。
つまり、そんな人が一個人の感情で市民を冒涜するのは許されないすよ」
ガイの言葉にカルラも賛同したと思った。しかし……
「でも、いくら刀の所持の認可受けてても~。
キミ、剣道部の件はやりすぎですよ?」
「……すまん」
「?」
「まあ、理由あっての行動ならいいけど~」
「いいのかよ」
「これが教師でいいのか?」
「あ、三人はもういいんで。
ヒロムだけはここに」
げ、とヒロムは不快さを顔と声に出してしまう。
それをよそに我関せずとガイたちは足早に去っていく。
「早いな!!」
ガンバ、とイクトは笑いながら扉を閉めていく。
ヒロムはため息をつくととりあえずカルラに用件を尋ねた。
「で、何の用?」
「八神のことっすよ」
「どうでもいい」
「ああ、紅月シオンの件ではなく、依頼していたって件です」
ヒロムはカルラが何を言おうとしているのかわからなかった。
軽部という男と「八神」に関しての続きなら紅月シオンの件しかないはず、ほかに何があるというんだ。
「八神の現当主は今君について調べてるみたいっすよ」
「あ?
なんで……」
何を言っている、と思ったヒロムだが、ふと思い出した。
今朝のギルドの車、あれがイクトの言う「紅月シオン」を探すためでないとして。
そもそも軽部という男が来たのも本当に紅月シオンが目的なのか?
ヒロムの中で思い当たる節が次々に出てくる。
「……監視されてんのか?」
「可能性大っすよ。
とりあえず飾音さんが動いてるんでもう安心す」
「……」
「大丈夫っす。
いざとなればオレが守るっすよ」
カルラはそっとヒロムの手を握った。
「オレの使命は君の護衛、そのためにこうして教師になってるっす。
今こうして手が届くからには必ず守るっす」
「とりあえず離せ」
ヒロムはカルラの手を振り払うとため息をついた。
「……悪いな」
「いいんすよ。
むしろ、今のキミがどうして「無能」と呼ばれないといけないのか聞きたいくらいっす」
「すまない……」
もういいすよ、とカルラが言うとヒロムは職員室を退室した。
と同時に窓に反射した自分を見て思わずため息が出た。
「「器」に力がないなら無意味」
「役立たずです」
あの日の「八神」の告げたという言葉と軽部の言葉。
それが今になってヒロムを嫌にさせる。
「結局、オレは守られるしかないのか……」