一九七話 axel attack
「三十秒だけ付き合ってやるよ」
ヒロムの一言、その突然の宣言に弾馬は苛立ちを隠せなかった。
「三十秒……?
オレをバカにしているのか!!」
「バカにしてるつもりはない。
だが……三十秒しか相手になってやれないだけだ」
ヒロムが白銀の稲妻を纏うとそばにいるディアナとクロナは構えた。
そして……
「……「クロス・リンク」。
「星槍」ディアナ、「迅翔」クロナ」
ディアナは光となってヒロムを包み、クロナは影と同化するとヒロムは新たな装いで出現する。
全身を黒い装束に包み、そして銀色のマフラーとガントレットをした姿。
「あれは……」
「そんなもの……破壊してやる!!」
今まで見たことの無いその姿にシオンが驚いていると弾馬は雄叫びを上げながらヒロムに向けて走り出した。
……が、全ては一瞬だった。
ヒロムが動き出すと同時に姿を消し、それと同時に弾馬までもが消えてしまう。
「な……」
何が起きたのか、それが気になったシオンだった。
だがそんなシオンの前にヒロムが何も無かったように姿を見せると彼と一緒に消えたはずの弾馬が地面に勢いよく叩きつけられて倒れてしまう。
「が……!?
何が……」
「……六秒経過」
ヒロムは何かをつぶやくと再び音もなく消え、そしてその直後に弾馬が天高くへと打ち上げられる。
「な、何が起きてんだ……!?」
何が起きたのかは雷と同じ速度で動くことを可能にできるシオンの目でも捉えることが出来ずにいたが、ヒロムが何かしているということだけは分かっていた。
天へと打ち上げられた弾馬。
するとその弾馬の周囲を何かが高速で駆け回りながら敵に猛攻を加えていき、手も足も出ない弾馬は高速の連撃の前に追い込まれていた。
「ぐっ……弾丸を……」
どうにかして反撃しようとする弾馬は魔力の弾丸を生み出そうとするが、生み出そうとして現れ始めた魔力の弾丸は何かによって一瞬で破壊されてしまう。
「な……!?」
(速すぎるなんてレベルじゃねぇ!!
速さ以前にヤツを認識出来な……)
「十八秒経過……!!」
弾丸を破壊されて動きが止まった弾馬の頭上にヒロムが現れ、現れたヒロムは右足に白銀の稲妻を纏わせると同時に敵を大地に向けて蹴り落とすように蹴りを放つ。
「ぐっ……くそが……!!」
(なんで竜装術を発動したオレが追い詰められてる!?
こんな……能力も無い借り物の力しかないガキに……)
「理想のためにも……負けるなんざ許せねぇぇ!!」
蹴りを受けた弾馬はその衝撃で地面に叩きつけられ、その衝撃によって体は負傷し、何とかして立ち上がるのがやっとの状態になっていた。
だが弾馬の状態などヒロムには関係ない。
「許しなんざ必要ない」
弾馬にトドメをさせようとヒロムは足に纏う白銀の稲妻を強くさせ、さらに光の槍を出現させるとその力を右足に纏わせながら弾馬に向けて降下していく。
「二十四秒……この一撃で終わらせる!!」
右足に纏わせた力を強くするとヒロムは姿を消し、そして音を立てることも無く一瞬で弾馬に接近すると右足で蹴りを放つ。
蹴りを放った右足が弾馬に命中すると纏っていた力が炸裂すし、目にも止まらぬ速さの連撃が繰り出されてるのではないか思いたくなるほどの無数の衝撃が弾馬を襲いかかっていく。
「がぁぁぁあ!!」
無数の衝撃に襲われた弾馬はその力に圧倒され、そして衝撃に耐えれなくなったことで吹き飛ばれるとエントランスの壁に叩きつけられる。
そして壁から地面へと崩れ落ちると弾馬はそのまま気を失う。
「……三十秒、経過だ」
ヒロムが一言つぶやくと「クロス・リンク」が解除される。
圧倒的なその力を前にシオンとノアルは言葉を失い、シオンに至ってはある疑問を抱いていた。
(あの「クロス・リンク」の組み合わせは一体……。
オレの聞いていた「クロス・リンク」の組み合わせにはなかったし、そもそも「クロス・リンク」というのは相性が良い組み合わせで発動するものじゃないのか?)
「シオン、どうかしたか?」
ヒロムを見つめるシオンの視線に気づいたヒロムは彼に問うが、シオンは何も無いと言いたげに首を横に振ると彼に伝えた。
「これからどうする気だ?」
「とりあえず敵は倒した。
あとはここの騒動の後始末だな」
ヒロムは何事も無かったかのように振舞っているが、彼の体はどこかフラついていた。
「……」
(もしかしてあの「クロス・リンク」は……)
「オマエ、まさかまた……」
「心配しなくても限界は超えてない」
シオンが何か言おうとするとその言葉を読んだかのようにヒロムはシオンよりも先に告げた。
そしてシオンとノアルに向けてヒロムはあることを伝えた。
「限界を超えた「クロス・リンク」の影響でオレの体の四割は精霊となった。
その影響で「クロス・リンク」自体にも大きな変化が起きつつあるんだ」
「つまり……さっきのもその一つだと?」
「ああ、そういうことになる。
三十秒ってのはあの姿の力を制御出来る活動時間ってだけだからな」
「……万が一三十秒を超えたらどうなる?」
さぁな、とヒロムはいい加減な返事を返してしまうが、シオンはそれを聞いても深く追及しようとはしなかった。
「……そうか」
「珍しいな。
いつものオマエなら「ハッキリ言え!!」とか言いそうなのに」
「今ハッキリ言わないってことはオマエ自身もまだ体の変化について把握してないからだろ?
それなのに後先考えずに追及しても意味ないからな」
「ふーん……。
それはありがたいことだ」
「ところで二人とも」
ヒロムとシオンの話に割って入るようにノアルはあることを二人に訊ねた。
それは敵を倒した今、ある意味でもっともどうにかしなくてはならない案件だった。
「どうしたノアル?」
「これだけ騒ぎが大きくなったわけだが、どうやって逃げるんだ?」
「おい、ノアル。
逃げるなんて悪人みたいなこと言うなよ」
「だがシオン、ここまで騒ぎが大きくなっては穏便に事を運ぶのは無理があるだろ?」
「んなもんヒロムが何か考えてるだろうからそれ頼りにすればいい話だろ」
「おい、サラッと人任せにするなよ。
……まぁ、考えが無いわけじゃないけどな」
ヒロムはため息をつくなり携帯電話を取り出し、ある人物へと連絡した。
「……蓮夜、頼みがある。
話は……夕弦から聞いたなら早く済ませる。
学園内で戦闘になったから後処理を頼みたい」
電話の相手は「月翔団」の団長である白崎蓮夜らしく、ヒロムは電話越しに用件を伝えるとしばらくして電話を切った。
「で、あの人は何て?」
「もうすでに手配して待機させてるとさ。
どうやらこの三人でここに来たら何かしら起きると思ってたらしい」
「オマエ……信用されてねぇじゃねぇか」
「悪いがシオン、オマエも含めてだからな?
……とりあえずはユカリとミサキを連れて行けば問題ないらしい」
「で、その二人は今……」
ヒロムさん、とシオンの言葉を邪魔するように安全な場所へと逃げていたはずのユカリとミサキがヒロムのもとへと駆けつけてくる。
二人の少女の登場にシオンは思わず離れようとしてノアルの後ろに隠れ、そんなシオンに呆れながらヒロムはユカリとミサキにこれからについて説明した。
「蓮夜が手配してくれた「月翔団」の人間がもうすぐ来るから後始末はしてくれるらしい。
あとは……」
「姫神さん、一つよろしいですか?」
するとヒロムの話を遮るように弓矢川が一つ提案してきた。
「もし問題がないのでしたら、「七瀬」様に頼られてはどうですか?」
「……どういう意味だ?」
「実は……私は「七瀬」に仕えてるんです。
アリサ様からお話は聞いていましたので、あの方なら今の状況を……」
「つまり最初からオレのこと知っといて素性隠してたってことか?」
「すいません、ですがアリサ様から姫神さんは「十家」の存在をよく思われていないとお聞きしましたのであえて伏せていました」
「よく思ってないどころか他人を人体実験に巻き込むようなヤツらがいるって時点で嫌ってるからな」
弓矢川が「十家」に……「七瀬」に関わってるとわかった途端ヒロムの態度が冷たくなってしまう。
その大きな理由を知っているシオンはノアルの後ろから姿を出すと弓矢川に告げた。
「ヒロムが倒した敵を横取りして自分たちの手柄にするつもりじゃねぇのか?
「月翔団」が来ても「十家」の名前でどうにでも出来るだろうしな」
「いいえ、そうではありません。
むしろ後から「十家」が干渉出来ないようにするべきだと考えたからこそです」
シオンの言葉に反論するように弓矢川は言うと、それを聞いたヒロムは弓矢川に対して確認するように質問した。
「アンタがどうにか言えば「七瀬」が後ろ盾になってオレらのやりやすいようになるってことか?」
「はい、その通りです」
「それほどの発言力があるから言ってるんだよな?」
「はい、必ず説得してみせます」
「……そうか。
ならアンタを信じる」
「おい!!」
ヒロムの決断に不満があるシオンは異を唱えようとするが、そんなシオンを説得するようにヒロムは伝えた。
「落ち着けシオン。
オレだって完全に信用したわけじゃない」
「だったらどうして受け入れた?
「十家」はオマエにとっては全てを否定しようとしていた存在だ。
そんなヤツらの協力を……」
「わざわざ自分たちの首を絞めるような真似してまで協力を申し出てるんだ。
万が一のことがあればオレたちが攻撃してくる可能性も分かってなきゃこんな事言えないはずだ」
「だからって相手の言葉を鵜呑みにしてどうする気だ?」
「考えならある」
「何?」
「……とにかく今は外に出て他のヤツらと合流することを優先したい。
本題はその後だ」
「利用するってことなんだよな?」
「ああ、そういうことだ」
「……そうかよ」
どこか納得のいかない点があるシオンは不満げに返事をし、それを聞いたヒロムは話を戻すように弓矢川に伝えた。
「アンタのその提案に乗る。
その代わり……」
「分かっています。
アナタたちの損になるようなことはしないようアリサ様にお願いします」
「……その言葉、忘れるなよ?」
いくぞ、とヒロムはシオンとノアル、そしてユカリとミサキを連れて学園を去ろうとした。
そんなヒロムたちに弓矢川は頭を下げるなり、一言伝えた。
「先ほどは……我が校の生徒を助けていただきありがとうございました」
「……助けたつもりは無い」
ヒロムは足を止めると、彼女の方を見ながら訂正させるように伝えた。
「たまたまフレイがあそこにいた。
ただそれだけだ」
「姫神さん……」
「オレは正義のヒーローじゃねぇ。
オレは……ただの化け物だ」
ヒロムはただ冷たく告げると再び歩き出し、シオンたちを連れて次なる目的地へ向かおうと進んでいく。
そんなヒロムの後ろ姿を見ながら弓矢川は携帯電話を取り出すとすぐに電話をした。
『弓矢川さん?
どうかしたましたか?』
「アリサ様、お願いがあります」
『私に出来ることですか?
それなら……』
「今から全ての事情を説明します。
ですから……「七瀬」のお力を姫神ヒロムさんのために使わせてもらえませんか?」




