一九一話 evil preparedness
シオンとノアルが牙天の出現によって戦闘へと移行したほんの少し前……
ヒロムは「月翔団」の団員から預かった関係者専用のパスカードによって姫咲女子学園の中に入ることに成功し、校内を探索していた。
探索という言い方は少し変だが、探し人を探そうにもヒロムにはこの学園内は未知の世界。
校舎などは一見すれば新設されたかのような美しさが保たれ、校庭の花壇は数多くの花で彩られていた。
どこかで探せばこの景色など容易に見つけられるかもしれないが、女子校というだけで目に見えるものが未知のものに感じてしまう。
それ故にどこに何があるのか分からないがためにヒロムはこの学園内を探索せざるを得なかったのだ。
「さて……中に入ったはいいけど、どこに向かえばいいのやら……」
どこに向かうべきか悩むヒロムは辺りをキョロキョロ見ていた。
するとどこからともなく声がしてくる。
「ねぇあそこ……男の人がいるけど大丈夫なの?」
「誰かの関係者なのかな?」
「警備の人に言った方がいいのかな……?」
声のした方に視線を向けると三人の女子生徒がヒロムを見ながら不審者がいるかのように話をしていた。
彼に聞こえぬように話してると思われるが、そこを変に意識しすぎたせいか声はヒロムに聞こえてしまっていた。
「……関係者専用のパスカード持ってるのに不審者扱いかよ」
(というかここに男がいる時点でアウトなのかもな……)
関係者専用のパスカードで手順通りに学園内へ入ったというのに普段この場にいるはずのない男子がいるというだけでこの扱い……。
その悲しい現実にヒロムは小さなため息をついてしまった。
「まぁ、それはそれで悲しいな……」
『マスター、少しいいですか?』
先を思いやられるヒロムの中にいる中から彼に向けてある事を伝えた。
「どうかしたか?」
『その……おそらくですけど、その服装が余計に怪しく思わせてるのかと思います』
「服装……?」
フレイに言われて何のことか分かっていないヒロムは自身の服装を確かめるように視線を下に向ける。
ヒロムの服装……今着ているのは普段通りのジャージだ。
「いつも通りで問題ないだろ?」
『……今回ばかりは問題あると思います』
「そうか……?
まぁ、服装はさておきあの人たちに聞いて……」
「そこのアナタ!!」
服装の話を強引に終わらせたヒロムは探し人捜索のために聞き込みでもしようかとそれを口に出そうとした時、それを遮るかのように誰かが彼に声をかけてきた。
声のした方を向くと、その先には一人の女子生徒がいた。
が、その女子生徒は左腕に「風紀」と書かれた腕章をつけており、ヒロムを見る目は完全に不審者を見る冷徹な目だった。
(腕章……してるってことは風紀委員とかだよな……。
面倒なのに捕まったな、多分……)
「オレのことですか?」
「他にいますか?
どこから入ったのですか?」
不審者としてヒロムを扱うかのように問い詰めてくる女子生徒にヒロムは少し面倒だと感じながらも首からさげている関係者専用のパスカードを提示しながら説明した。
「人探しでここに来たんだよ。
ほら、パスカードならあるぞ」
「パスカードを持ってる……失礼しました」
ヒロムの提示したカードを見るなり女子生徒は頭を下げて謝罪し、頭を上げるなりヒロムに近づくと彼にあいさつをした。
「失礼しました。
私、この学園の風紀委員長の弓矢川といいます」
「ご丁寧にどうも。
あ……姫神ヒロムだ」
「姫神さん、ですね……。
今日はなぜこちらへ?」
「実はある人……ここの生徒なんだがどこにいるか教えてもらえないか?」
「どの方ですか?」
「二人いるんだが……ちょっと待ってくれ」
ヒロムはジャージのポケットから二枚の写真を取り出すとそれを弓矢川に見せながら説明した。
「この二枚の写真に写ってる二人なんだけど……ここの生徒だよな?」
「ええ、お二人ともここの生徒で間違いありませんよ」
「どこにいるか分かるか?」
「そうですね……詳しくは分かりませんが今日は夏期講習のために皆さん登校されてますから教室にいると思いますよ」
「夏期講習……なるほど、夏休みなのに学校にいる理由はそれか」
(オレだったら絶対サボってるな……)
「一年生の教室のある棟まで案内しましょうか?」
「ああ、頼……」
弓矢川に案内を頼もうとした時だ。
何か禍々しい殺意と狂気に満ちたようなものがどこからか感じ取ったヒロムは思わずその方向へ振り向いてしまう。
(なんだ今の……!?)
方向というよりは場所的にはおそらく学園の外だろう。
つまり……
外でシオンとノアルが敵と戦っている可能性が高い。
ヒロムはそう考えると二人のことを心配してしまうが、ヒロムの突然の行動に弓矢川は少し困惑した様子で彼を見ていた。
「どうかしましたか?」
「あ……いや、何でもないよ。
誰かに呼ばれた気がしたんだけど気のせいだったみたいだ」
「そうでしたか。
突然だったのでどうかされたのかと心配になりました」
「悪いね……。
とりあえず、彼女たちがいるであろう場所へ案内頼む」
こちらです、と弓矢川は案内しようと歩き始め、ヒロムもそれについて行くように歩いていく。
が、ヒロムの中で先ほど感じた気配が気になって仕方なかった。
(さっきの気配……間違いなく何かが現れたに違いない。
シオン、ノアル……無事でいてくれよ……!!)
***
学園の外
シオンとノアルは黒い狼の化け物と化した牙天を倒そうと攻撃を仕掛けていた。
「はぁぁあ!!」
シオンは全身に雷を纏いながら牙天に向けて拳と蹴りによる連撃を放っていくが、牙天はそれを避ける素振りも見せずに全てその身に受け止めてしまう。
シオンの放った攻撃は彼の体にダメージを一切与えれていない。
放たれた攻撃は命中してはいるが、牙天が避けようとしなかった理由が分かってしまえるほどに効果がなかった。
「なんだ……こんなものか?」
「この……!!」
シオンの攻撃を受けてもダメージを受けていない牙天は化け物と化したその姿でありながらも分かるほどの笑みを浮かべながらシオンを挑発するような言葉を放ち、それを聞いたシオンは苛立ちながら両手に雷を纏わせると勢い殴りかかる。
が、シオンの再度の攻撃も牙天は避ける様子もなく同じようにその身に受け止めてしまう。
シオンの拳は牙天が避けようもしなかったことで命中はするが、結果は変わらなかった。
先ほどと同じようにダメージを与えられずに、ただ拳が敵の体に触れていただけだった。
「……やる気がないなら失せろ!!」
牙天は両手の爪を鋭く尖らせるとシオンの体を抉ろうと斬りかかるが、シオンは両足に雷を纏わせて加速すると同時に高く跳んでその攻撃を回避してみせた。
が、空を切った牙天の爪の一撃の余波は大きすぎたのか、触れてもいないはずの地面を大きく抉りながら削り取ってしまう。
「な……」
(あんな一撃……直撃でもしたら一発で殺されるじゃねぇか!!)
「驚く余裕があるのかァ!!」
牙天は高く跳んだシオンの方を向きながら大きく口を開けると風を一点に集中させながら空気弾を作り上げていく。
牙天の攻撃を避けるために高く跳んだシオンだったが、その行動によって空中で動きの取れぬ間の隙が生じてしまっていた。
「しま……」
「まずは一人……消え失せろ!!」
「貴様が消えろ」
牙天がシオンに向けて空気弾を放とうとしたが、それを阻止しようとノアルは闇を空気弾に向けて放つと敵の放とうとしていた空気弾を暴発させる。
「!!」
放とうとした空気弾が目の前で暴発したために牙天はそれに巻き込まれ、自分自身の力によって負傷してしまう。
とくに大きく開いていた口はその被害を大きく受けていたらしく、牙天は痛みによる悲鳴をあげながら口を両手で押さえていたのだ。
「あぁぁぁぁぁ!!」
痛みに悶える牙天を警戒するようにノアルは構え、シオンは着地すると雷を纏いながら構え直した。
が、二人の間には微妙な距離感と気まずい空気が漂っており、二人は敵を前にして何かを語るようなことは無かった。
ましてシオンは窮地を救ってくれたことへの礼すらもノアルに伝えようとしない。
「……」
「ヤツの堅牢な皮膚の前には多少強い程度の技は通じないようだな」
重い空気の中でノアルが口を開くが、シオンは一切反応しない。
それどころかシオンはノアルに向けて冷たい視線を向けていた。
「……だから何だ?」
「シオンの中で一番威力の高い技は……」
「簡単に出す気は無い。
それはオマエのことを疑ってるからじゃない……敵の全貌がハッキリしてないからだ」
「……なるほど」
「それに……オレのことを探るのならまずはオマエが手の内を晒せ」
「手の内、か……」
「おい貴様らァ……!!」
シオンとノアルの冷たい会話を繰り広げる中、自分自身の力にやられて悶えていたはずの牙天が動き出した。
その身に負ったはずのキズは徐々に治っていき、暴発に巻き込まれて最も負傷の酷かった口に関してもすでに治っていた。
その回復力に覚えのあるシオンは面倒くさそうな顔をしながら牙天を見ていた。
「再生能力……ガイから聞いていたがコイツやっぱり……」
「おお……この力……素晴らしい!!
この「ネガ・ハザード」の力なら次こそはあの「無能」を殺せる!!」
やっぱりか、とシオンは舌打ちをしながら全身に纏う雷をおおきくしながら牙天へ問い詰めるように質問をした。
「人の姿を捨ててまで力を手にして何が嬉しい?
オマエの望みは化け物と化したその先にしかないものなのか?」
「貴様らに理解されてたまるか……!!
この力で今度こそ認めてもらうんだ!!」
牙天は走り出すなり一瞬でシオンの背後へと移動し、彼の背後から襲いかかろうと鋭い爪を持つ腕を振り上げる。
「!!」
牙天が背後にいる、それに気づいたシオンは慌てて回避しようとしたが反応が遅かったがために間に合いそうになかった。
だがそんなシオンを待つことも無く牙天を腕を振り下ろし、シオンの体の肉を削ごうと爪で襲いかかる。
(やられる……!!)
死を覚悟したシオンだった。
だがその時だった。
ノアルは走り出すなりともに両腕を黒く染め、手の爪を人とは思えぬほどに鋭く尖らせるとシオンを庇うように牙天の一撃を受け止めてしまう。
「!?」
「ぐぅ……!!」
「貴様ァ……魔人が何のつもりだ!!」
牙天は力を強めてノアルを押し返してでも倒そうと試みるが、ノアルはそれに耐えながらも必死に牙天の攻撃を受け止めていた。
「……目障りだァ!!」
自分の攻撃を必死になってでも受け止め続けるノアルに苛立ちを隠せなくなった牙天は全身から魔力を溢れ出させると狼の形へ変化させて解き放ち、狼はノアルに噛みつくと爆発すると爆風でシオンを巻き込みながらノアルを吹き飛ばしてしまう。
「ぐぁぁ!!」
「うぁぁ!!」
シオンは勢いよく吹き飛んでしまうもどうにかして立ち上がるが、直撃を受けたノアルは彼の前で倒れてしまう。
「ノアル!!」
「ぐっ……大丈夫……だ」
ノアルは何とかして立ち上がるが、爆発を直で受けたその体は大丈夫といえるような状態にはなかった。
体の至る所から血が流れ、そして立ち上がった彼の体を支えるその足は限界が近いのか今にも倒れそうになっていた。
「オマエ……なんで……」
「……大丈夫だ」
大丈夫、ノアルがそう言うと彼の体の傷は徐々に治り始めていく。
それは目の前にいる敵と同じ力、再生能力によるものだ。
「このくらいなら……すぐに治る」
「オマエまさか……」
(再生能力があるから自分を犠牲にしたってのか!?)
「……「魔人」の再生能力とは厄介だなァ」
牙天は首を鳴らすと爪を鋭く尖らせ、シオンとノアルを始末しようと動き始めた。
が……
「そこで何をしている!!」
牙天の背後に警備服を来た男が現れ、男は牙天に向けて拳銃を構えていた。
いや服装から見てどこかの警備員なのはすぐに分かる。
「この学校の警備員か……。
ちょうどいい……「無能」がこの中にいるなら後々のために始末しておくか……」
「な……」
(あの野郎……!!
民間人を殺す気か……!!)
「オッサン逃げろ!!」
シオンは警備員に向けて叫ぶが、それよりも速く牙天は動き出す。
「と、止まれぇ!!」
警備員は迫り来る牙天に向けて数発銃弾を放つも牙天の体に当たると弾け飛んで終わり、牙天は警備員に向かう速度を落とすことなく接近していた。
「と、止まれ……!!」
「自分の不幸を呪え……!!」
絶望的な状況に陥った警備員は手も足も出せずに立ち尽くし、警備員の命に終わりを告げるかのように牙天は勢いよく斬りかかった。
警備員の命が奪われる。
その場にいれば誰もがそう思うであろうその瞬間、シオンと牙天の目には予想していなかった光景が映っていた。
「ぐぁぁぁぁ!!」
牙天が警備員に襲いかかっていたはずなのに、警備員の前には彼を守ろうと牙天に背を向けて庇おうとノアルが立っており、牙天の爪はノアルの背中を大きく抉ってしまう。
「貴様ァ……また……」
「……ガァァァァ!!」
ノアルは黒く染め上げていた左腕に力を集中させると牙天の顔面を殴り、そのまま遠くへと殴り飛ばしてしまう。
牙天は殴り飛ばされるもすぐに受け身を取ると体勢を立て直し、敵の一撃で大きく負傷してしまったノアルはダメージによって膝をついてしまう。
「き、キミ……大丈夫……なのか?」
警備員の男は恐る恐るノアルに声をかけるが、徐々に治り始めていく傷を見ると彼から逃げるように後退りしてしまう。
体を張って命を救われた男は、その感謝の気持ちを伝えることも無く目の前で起きる未知のことに恐怖を強く感じていた。
そんな男の気持ちを察したのかノアルは男に向けて伝えた。
「……この学校の警備の関係者なら頼みがある。
あそこにいる化け物はオレが何とかするから……中にいる人を安全な場所へ避難させてくれ……」
「あ……あ……」
「早く行け……!!」
ノアルが念押しするように強く言うと男は何も言わずに学園の方へと向かっていき、それを確かめたノアルは傷が完全に治ると呼吸を整えて立ち上がった。
「なんで他人のためにそこまで命をかけられるんだよ……!!
再生能力があるからってそごで自分を犠牲にして他人を助けようとするんだよ!!」
ノアルの行動が納得いかないシオンは彼に問い詰めるように叫ぶが、ノアルはそれに対して落ち着いた様子で答えを返すかのように告げた。
「……人の命は一瞬で散る。
だがオレは忌み嫌われた魔人だ……傷を受けても再生し、同じ傷を受けても再生する……。
人の命を少しでも多く救えるのなら……オレは忌み嫌われたこの力で人の命のために戦うと決めた……!!」
「オマエ……」
「無駄話は終わったかァ!!」
牙天はシオンとノアルに向けた殺気を放ちながら魔力を放出し、そして二人を殺気に満ちた目で睨みつけた。
「茶番は終いだァ!!
さっさも殺してオレは……」
「……オマエはここで殺す」
シオンは全身に纏う雷をさらに大きくさせると同時に体を変化させていく。
シオンの体は雷と同化するように変化していき、髪の毛は逆立ちながら少し長くなり、そしてその瞳は目の前の敵を強く捉えていた。
「雷鳴王」。
シオンの誇る雷の強化術にして雷と同等の力を発揮する姿へと到達させる力。
それを発動させたシオンは雷鳴を轟かせると牙天に向けて告げた。
「悪いがオマエはここで殺す!!
ノアルを……仲間を傷つけたオマエだけはオレがこの手で殺す!!」




