一九話 斬角
「……オマエに価値はない」
突然の斬角の言葉にヒロムとイクトは戦闘になると察知し、構えると同時にユリナ達を自分の後ろに下がらせた。
そのユリナ達は斬角に対して少しばかり恐怖している。
特にユリナはヒロムが以前に戦闘中に好戦的になっていたのを知っているためにヒロムが心配で仕方なかった。
「ヒロムくん……」
「心配するな。
何かあればイクトに止めさせる」
「何、頼りにされてる感じ?」
「一応はな。
ただ、相手が角王だからそうも言ってられないかもな」
「無駄な抵抗はするな。
トウマ様のためにオマエの首を取りたいだけだ」
「させると思うか?」
まったくです、とフレイとマリアが現れるなりヒロムを守ろうとヒロムの前に立つと、斬角に対して構えた。
「マスターに対して手出しはさせません」
「マスターの首狙うなんていい度胸してるじゃない」
「……精霊風情が出しゃばるな」
斬角はその身に魔力を纏うと、殺意を剥き出しにしてフレイとマリアを威嚇する。
斬角の纏う魔力は赤黒く、どこか怒りに満ちているようにも感じ取れる。
「……リクトっていうのか、あいつの本名は?」
イクトは恐る恐るヒロムに斬角について問う。
ヒロムも普段なら面倒だと言いかねないが、イクトが納得するように現状で知りうる範囲で説明した。
「リクトは元々オレやトウマの護衛につくはずだった男だ。
ガキの頃に何度も会ってるが、能力が厄介だ」
「どんな能力だ?」
「……「憤撃」。
アイツの能力はアイツの怒りに呼応して強くなる。
特に……今の状況じゃまずいな」
「おい、誰がオマエの護衛につくって?」
すると斬角の纏う魔力が数倍に膨れ上がり、そしてそれが赤い雷へと姿を変えるとともにさらに大きくなっていく。
ヒロムの言う「憤撃」の力。
それは事実のなのだろうが、今のがそうだとすれば確かに厄介だ。
「開始早々でこの魔力……」
「なんかやばくない、フレイ?」
「落ち着いてマリア」
「…………訂正しろ。
誰がオマエみたいな屑の護衛をすると思う?」
「何を……!!」
「オマエは八神の払拭すべき過ちそのものだ。
トウマ様が、八神総動員で貴様を忌み嫌う理由は貴様にしかない」
「ちょっと、なんでその八神に仕えてるだけの人が偉そうなのよ!!」
エリカがヒロムの背後から強気に言い放つが、エリカに対して斬角は睨み返す。
斬角に睨まれたエリカは思わずヒロムを盾にして隠れてしまう。
「何あの人、こわ……」
「……あいつは無関係じゃない」
まあ、そりゃ角王だし……」
「アイツの本名はリクト、八神リクトだ」
「「「!!!」」」
ヒロムの口から出た名にイクトやユリナ達は驚くしかなかった。
そして、その様子を見た斬角はイクトたちに説明を始めた。
「所詮オレは分家の人間、トウマ様の力となれるのは光栄なことだ。
だがな、本家の血筋でありながら一切の力がない貴様は八神の恥さらしだ」
「別にどうでもいい。
従兄弟程度の人間関係だろうが」
「貴様、わかってて言ってるのか?
「十家」たる誇りである力を持たぬ貴様に血筋を語る資格はない」
「無茶苦茶言いやがる!!
そもそも見捨てたのはオマエらだろうが!!」
イクトは我慢出来なくなったのか自分の思いをぶつけるが、斬角はそれすら気にも留めずに話を続ける。
「見捨てた?
勘違いするな。
そいつはそうなる運命だったんだ」
イクトの言葉に対して斬角は何の迷いもなく冷たく言い放ち、そしてイクトに続けて告げる。
「そいつはただの器だ。
精霊を呼び出し、使役するための器でしかない」
「それがどうした?
オマエたちはヒロムと同じように十一体を使役できるのか?
同じだろう、あんたにできてもヒロムができないことがあるようにヒロムができてあんたができないことがある。
それでも、まだ無能だの何だのと言い続けるか?」
「……わかっていないな。
そいつの場合、他にもそう呼ばれる理由があるんだよ」
斬角の言葉、それにイクトは一瞬違和感を感じた。
ヒロムに能力がないからこそトウマとそれに仕える奴らはヒロムを「無能」と呼んでいるのは知っている。
だが他にもそう呼ばれる理由というのは初耳だ。
どういうことだ、とイクトが訊こうとすると斬角は首を鳴らしながらゆっくりと構え始めた。
「もういい、構えろ。
これ以上は時間の無駄だ」
「……こいつ!!」
イクトは影から大鎌を出現させると構え、ヒロムは深呼吸すると拳を強く握る。
が、そのヒロムの姿を見たユリナは思わずヒロムを止めようとした。
「待って……!!」
ユリナは思わずヒロムの袖を掴み、不安そうに見つめる。
ヒロムは一瞬ユリナをの手を振り払おうとしたが、その不安そうな眼差しを見てそれができなかった。
「ユリナ……?」
「ご、ごめんね……。
でも……怖いの。またあんな風になるのが……」
ユリナは戦おうとするヒロムに前回のあの好戦的な姿を思い出したらしく、震えながらあの時の恐怖を口にした。
「……ヒロムくんには余計なことかもしれないけど……
でも……」
「……大丈夫だ」
ヒロムは優しくユリナの頭を撫で、そっと手を離させるとユリナに伝える。
「今はイクトもいる。
この間みたいなことにはぜったいにならないさ」
「でも……」
「だからユリナたちは離れててくれ。
そんでもって、ガイたちに連絡してくれ」
ヒロムは伝えるとイクトの横に並び立ち、フレイとマリアも構える。
「……うん!!」
ユリナはリサとエリカを連れて離れていき、それを確認したヒロムとイクトは斬角を睨んだ。
「……くだらない演劇は終わったか?」
「くだらないかはオマエが決めることじゃない」
「それにオマエを倒せばここで角王がまた減る。
加減はしないぜ?」
「おいおい……調子乗んなよ?」
斬角はヒロムとイクトの言葉に不快感を露わにし、そしてその身に纏う赤い雷が大きくなっていく。
イクト、フレイ、マリアはそれに対抗すべく魔力を纏い、ヒロムは体勢を低くして構えた。
「……先行する。
援護頼むぞ」
「おう!!」
ヒロムは一気に斬角に接近すると殴りかかるが、斬角はそれを避けて殴り返そうとするが、同じようにヒロムも斬角の攻撃を避ける。
が、ヒロムが攻撃を避けると同時に斬角が蹴りを放とうと動くが、ヒロムは高く跳んだ。
「……ちい!!」
「捕らえた!!」
すると斬角の周囲に無数の影の腕が現れ、斬角を拘束しようと掴みかかる。
が、斬角は一切焦らず、身に纏う赤い雷を暴発させて影の腕を消し去る。
「!!」
「何がしたい?」
イクトの攻撃に呆れる斬角だが、接近するフレイとマリアに気づくと再び赤い雷を纏い、二人に攻撃を仕掛ける。
「はあああ!!」
「喰らうかよ」
フレイが大剣を振り上げ、勢いよく斬りかかるも斬角は避け、斬角を仕留めようとするマリアの拳を左手で止める。
「この……!!」
「……喰らうわけないだろ?」
そうかよ、と高く跳んだはずのヒロムが斬角を背後から蹴り飛ばし、さらにフレイとマリアが同時に蹴りを放ち、大きく吹き飛ばす。
が、手応えはなく、斬角もすぐに体勢を立て直し、構えている。
「……」
「今の……わざとか?」
当たり前だ、と斬角は冷たく言うと続けて話した。
「オレとオマエたちじゃ基本的なスペックが違う。
そして、背負うものの大きさもな!!」
「大層なこと言ってんじゃねえよ!!」
斬角が動くと同時にヒロムが斬角との距離を縮め、攻撃を仕掛けるが、斬角はヒロムの拳を自身の拳で殴り、弾こうとした。
が、互いの力が強かったためか、周囲に衝撃波が生じるとともに二人は互いに少しばかり吹き飛んでしまう。
「な……」
(ありえない……。
拳角の拳を押し返すほどの一撃とは聞いていたが、今のオレの力と互角だと?
一体……)
「……魂を……」
「?」
「まさか……」
(いや、早すぎるだろ?
フレイたちから前に聞いた話じゃまだ……)
「その身に宿す血も……」
「ああ?
頭イカれたか?」
「殺意も……覚悟も……
その身に宿す魂を燃やして……オレを滾らせろやあああ!!」
ヒロムが不敵な笑みを浮かべるとともに勢いよく斬角に接近して攻撃を仕掛ける。
斬角はその攻撃を避けて反撃しようとしたが、気づけばヒロムは次々と攻撃を放ち、それが斬角に命中しはじめる。
「な……!!」
(攻撃の質が変わった!?
攻撃力もスピードもさっきと違う……
これが……拳角を倒した「ハザード」か!!)
「まずい!!」
イクトはこのままではまずいと判断し、影でヒロムを押さえようとしたが、ヒロムはその影を避けるとイクトを睨む。
「邪魔するなら……オマエからやるぞ?」
「!!」
(これが「ハザード」……!!
いや、わかっていただろ!!)
「……邪魔して悪いけど、オレもそいつ倒したいんだよ」
「ああ?
だったら力づくで奪えよ!!」
ヒロムはイクトに強く言い放つと斬角に殴りかかるが、斬角は赤い雷を一点に集中させるとヒロムへと放つ。
「マスター!!」
「邪魔するなあ!!」
フレイとマリアが助けに入ろうとしたが、ヒロムは斬角の放った雷を殴り、それを斬角へと弾き返した。
「な……!!」
弾き返された雷を斬角は避けるが、ヒロムはその隙を逃すことなく斬角に殴りかかる。
が、斬角は身に纏う雷を大きくすると消え、気づけばヒロムの後ろにいた。
「ちょこまかと……う……!!」
斬角を発見したヒロムは追いかけようとしたが、突然頭を押さえ、苦しみだした。
「あ……が……」
マスターとフレイとマリアがヒロムに駆け寄るが、斬角はその間も雷を大きくしていく。
「ヒロム!!」
「それがオマエの限界だ。
拳角相手には運よく勝っただけだ……」
「く……そ……まだ、だ……」
「マスター、ダメです!!」
何とかヒロムに意識を保ってほしい、そう思ったフレイは叫ぶ。
すると、それに反応するかのように思わぬ出来事が起きた。
「ここで終わったら……戦いを……あいつらを……守らなきゃ……」
「マスター?」
(意識が戻ってる?
ううん、違う。
もしかして……)
ヒロムの意識が曖昧な状態である中、斬角はヒロムに赤い雷を放とうと迫っていた。
「消えろ……」
「それは無理じゃないかな?」
すると無数の刃が斬角に襲い掛かり、斬角の雷を次々に消していく。
「!!?」
「ダメだよ?
マスターは絶対にやらせないんだから」
すると斬角の前に銀髪に美しい衣装を身に纏った少女が金色の装飾の二本の剣を持って現れる。
その少女はヒロムの方を見るとヒロムに対して笑顔を見せる。
「よかった、怪我がなくて」
「エリス!!」
「フフフッ。
無事でよかった」
「おい、女……
オマエがやったのか?」
「そうよ?
だって愛するマスターのためだもの」
「何?」
「当たり前のこと。
マスターのすべてが愛おしいもの」
エリスは双剣を構えると一瞬で斬角との距離を詰め、斬りかかる。
が、斬角は腰に携える剣を抜かずに、その手に着けるガントレットで防いだ。
「止めちゃうんだ?」
「当然、このくらいはやれる」
斬角は剣を弾くと蹴り飛ばそうとしたが、その考えに至った際にはエリスは目の前にはおらず、エリスはすでにヒロムのもとにいた。
「……エリス……か?」
「そうだよ♪
びっくりした?」
エリスは戦闘中にもかかわらず、ヒロムをぎゅっと抱きしめる。
その光景にイクトはもちろん、離れていたユリナ達も驚き、思わず大きな声を出してしまう。
「何やってんだ!!」
「「「何やってるのよ!!」」」
「?
マスター苦しそうだったから」
「戦闘中ですよ!?」
「フフフッ、そんなの関係ないわ。
私はマスターを感じることができればそれでいいわ」
それに、とエリスはイクトを見ながらイクトに伝える。
「あなたの隠してる本気を出せばもう少しゆっくりできるのだけれど……」
「な……なんでそれを?」
「あなたが本気じゃないのなんて見ればわかるわ。
だから、その本気見せてよ」
「……援護くらいはしてくれる?」
やだ、とイクトを一蹴したエリスは続けてイクトに告げる。
「あなたの頑張り次第だよ?」
「……そうか」
イクトはため息をつくと、前に出る。
そしてゆっくりと進み、ヒロムよりも前に出ると大鎌を構えた。
ああ?
茶番は終わりか?」
「……嫌になるよな」
「あ?」
「この異名のせいで嫌になるくらいの戦いをした。
その度に聞いては潰して……」
「何が言いた……」
なあ、とイクトは斬角に問いかける。
が、そのイクトの黒い瞳が一瞬で金色へと変化する。
「……あんたは生と死、どっちを選ぶ?」