一八三話 no return soul
どういうことなのか?
ユリナにはヒロムの言葉から全てを頭の中で理解して把握することは出来なかった。
「ど、どういうことなの?
結局は……」
「オレは元々人間じゃないってことだ。
元々人間じゃなかったのに人間に戻るなんて無理なんだよ」
「何でそうなるの?
だってそれは可能性の話じゃ……」
「可能性の話じゃないさ。
「ソウル・ハック」はフレイたちと共鳴出来るように一時的に魂を精霊と同列に昇華する。
けど普通の人間がただの思いつきで簡単にそんなことを出来るのか、てところに疑問を持ってしまったんだ」
「でも実際にヒロムくんは……」
「そもそも人の魂が体に定着しているのは同じ存在同士だから。
オレはフレイたちを憑依させる「精霊憑依」を実行しようとして失敗したのに「ソウル・ハック」で魂を昇華して「ソウル・ハック・コネクト」でアイツらと強い力で繋がることが出来た」
「それはやろうとしてたことが違うからじゃないの?」
違うよ、とヒロムは彼女の言葉を優しく否定するとすぐにユリナの言葉を訂正するように語った。
「たしかにやろうとしてることは違うけど、至る結果は同じだ。
精霊を憑依させて同化するか、魂を昇華させて繋がりを得て同化するか……ただそれだけだ」
「それでもヒロムくんは成功させたんだよね?
だったら可能性の話とかじゃなくて……」
「……喉渇いてないか?」
ヒロムは少し歩いた先に自動販売機があるのを見つけるとユリナに尋ねるが、喉の渇いていないユリナは首を横に振る。
だがヒロムはユリナをその場に待たせると自動販売機に向かっていき、ペットボトルの水と缶コーヒーを買うとユリナのもとへと戻り、ペットボトルのキャップを外すなり水を少しだけ捨てた。
「飲まないの?」
「いいんだよ。
まぁ、このペットボトルがオレで缶コーヒーがフレイたちだとしよう」
少量の水を捨てたペットボトルに缶コーヒーの中身を注ぎながらヒロムは彼女に説明した。
「オレの中にフレイたちが入ってくる。
これが「精霊憑依」……オレの中に入ろうとするのがこれだ」
そして、とヒロムはコーヒーの混ざったペットボトルの水を缶コーヒーの容器の中へと注いでいくが、容器から水が溢れ出てもヒロムは注ぐのを止めようとしない。
「ヒロムくん、お水が……」
「そしてこれが「ソウル・ハック」……魂を精霊と同列に昇華しようとした結果、こうなる」
ペットボトルの中の水が空になり、缶の中には水が入ると同時に溢れ出た余分な水は缶の周りに零れていた。
「どういうこと……?」
「……分かりやすく言うと人の魂がこの缶だとすれば「ソウル・ハック」で魂を昇華させるという行為はこういうことをしてることになるんだ」
「溢れてたけど……」
「そう、本来は人の魂が別のものになろうとするとその力に耐えれず精神が崩壊する危険性があるから無意識でそれを阻止するようにセーブしてしまう。
けど……」
ヒロムは缶を手に取ると今度は缶の中の水をペットボトルの中へと移し始めた。
「人と精霊との曖昧な存在……体の一部が精霊となってしまっているオレが「ソウル・ハック」を使うとこうなる。
まぁ……これが魂を昇華させる完成形、つまり今のオレの状態だ」
ペットボトルの中に入った水、缶に注ぐ際に溢れ出たために量が不足している。
ヒロムはこのペットボトルの状態を「ソウル・ハック」の魂を精霊へと昇華させることの完成形だと言うのだ。
「これが今のヒロムくんの状態……?」
「簡単に言えばだけどな」
「でもヒロムくん……これだとペットボトルの中に余裕があるけど……」
「その部分がフレイたちと繋がる部分だ。
だから「ソウル・ハック」としては魂……というよりはそれを形成する器が大きくなっているってことだ」
「そ、そうなんだ……」
いまいち理解していないユリナは首を傾げながら返事をするが、その中で疑問に思ったことを一つヒロムに質問した。
「缶がヒロムくんの言う人の魂の形だとしたら、溢れた水はヒロムくんの中でどうなるの?」
「魂を昇華しようとして溢れた力……今の流れで説明するなら水だが、この缶から溢れ出た余分な水は体へダメージを与えていく。
つまり「ソウル・ハック」を行おうとして魂の器が昇華されて大きくならないとその力に耐えれずに体はダメージを受けてしまう」
「……てことはヒロムくんは今それに対応出来る大きな器を持ってるってこと?」
「極端な話をするならな。
普通なら魂の昇華は無意識でセーブされるが、オレの場合は既に体が適応してるがために簡単に出来る。
その結果が「ソウル・ハック」だ」
「……さっきヒロムくんが言ってたのはどういうことなの?」
ユリナの言うそれが何を指すのか、ヒロムはユリナから詳しく言われることなくすぐに察するとペットボトルの中の水を見つめる。
ペットボトルの中に入っている水、それは先程ヒロムが缶コーヒーを注いだがために濁っている。
その水を見ながらヒロムはユリナが気になっている事について説明した。
「……オレが完全な人間に戻る前が今のこの水だとすれば、この中からコーヒーを取り除くしかない。
ただそれをした場合、オレの中からフレイたちとの繋がりは消え、別の存在として消えてしまう」
「で、でもヒロムくんがフレイたちとの繋がりがなくなっても一緒にいられる方法は探せばきっと……」
「……ユリナは何でオレに能力がないと思う?」
ヒロムの突然の質問、それを向けられたユリナはどうしてなのか悩むと同時になぜその質問をされたのかと戸惑ってしまい、すぐに質問に対する答えが返せなかった。
「えっと……」
何とかして答えを返そうと必死に考えるユリナだが、そんなユリナの様子を見たヒロムは質問の答えとも取れる説明を始めた。
「能力者の能力も一人一つ……素質があれば複数持っていることもある。
精霊もどういうわけか同じような理屈で成り立っている。
けどオレはこの体の変化の影響で精霊を二十四人宿して能力に恵まれなかった」
「能力と精霊は同じってこと……?」
「親父のような例もあるけどな……。
でもオレの場合はフレイたちを宿す段階で体の一部が精霊へと変化しているからこそあれだかの数を宿すことが出来るようになり、その代償として能力を得られなかった」
「で、でもそれは……」
「可能性の話、だろ?
でもこれに関しては立証されちまったんだ」
どういうことなの、とヒロムの言葉についてユリナは説明を求め、それを受けてヒロムは彼女に向けて説明をした。
「フレイたちと繋がることでその力を発動可能とする「ソウル・ハック・コネクト」はフレイたちの能力も使える。
人が他者の能力を無条件で扱う……これはどんな能力でも不可能だし、可能だとすればバッツのように吸収することだ。
だがオレはそれを何の条件もなく行える。
それはなぜか……オレの中には能力も無ければこれから目覚める可能性を秘めた能力も眠ってないからなんだ」
「で、でもそれだけで……」
「それだけで立証出来るんだよ。
リスクもなく他者の力を扱い、それによる拒絶反応も無い」
ヒロムはため息をつくとペットボトルの中の水を勢いよく地面へ流し捨て、そしてユリナに結論を伝えた。
「これだけ精霊のことに優遇されてるからこそオレは能力に恵まれず、そしてその才能を発揮するために人と精霊との間の曖昧な存在として成り立った。
……これがオレの全てだ」
「ま、待ってよ……こんな話すぐに理解出来ないよ……」
「まぁ、説明したオレですら矛盾したような言葉使ったり曖昧な言い方したりで説明した内容を覚えれてないんだからな。
だからこそしっかり説明出来るようになってから話したかったんだ」
「そ、そうだったんだ……」
「けど判断を誤ったらしいな。
いつも優しいユリナをあんな風にさせたんだからな。
すまな……」
ヒロムは謝罪しようと彼女の方を見ようとしたが、視界の中に彼女が入ると同時に彼女の表情に驚いてしまう。
彼女はなぜか悲しそうな顔をし、そして涙を流して泣いていたのだ。
「ゆ、ユリナ!?
どうしたんだよ!?」
「ごめんなさい……わがままな事言って……」
「何でユリナが謝るんだよ!?
悪いのは……」
「だって私……自分のことばっかり押しつけてヒロムくんのこと何も考えれてなかったんだもん……!!」
「い、いや……オレの方も悪かったから……」
涙を流して泣くユリナをヒロムは何とかして励まそうとするが中々泣き止んでくれない。
どうすればいいのか、必死に考えるヒロムに向けてユリナは涙を流しながら自分の思いを伝えた。
「ヒロムくんが私のこと気にして話さなかったのに……私自分が避けられてるって思ったから……」
「わ、分かったって!!
だから泣くのやめてくれ……見てるオレも辛くなるから」
「う、うん……」
ヒロムに言われ、ユリナは溢れてくる思いをどうにか抑えると涙を拭う。
どうにか泣き止んでくれたユリナにヒロムは安堵のため息をつくと、彼女の手を握って優しく伝えた。
「大丈夫だよ。
人と精霊との曖昧な存在になってもオレはオレだ。
消えるわけじゃないんだから心配……するなって言っても心配しちまうもんな」
「心配しないなんて無理だよ……」
「そうだな……だから何かあったら相談する。
だからその時は力になってくれるか?」
もちろんだよ、とヒロムの頼みにユリナは頷きながら強く返事をすると彼に向けて伝えた。
「私が役に立てるなら何でもやるからね。
だから遠慮なく相談してね!!」
「……頼もしいな」
ユリナの言葉にヒロムは嬉しくなって微笑み、彼女の手を強く握るとともに彼女を抱き寄せた。
「え!?」
「……ありがとな、オレのために」
「う、うん……!!」
突然のことでユリナは顔を真っ赤にして困惑してしまうが、ヒロムはユリナをそっと離すと言った。
「さて……ユリナの機嫌も直ったし、シンクのところに向かうぞ」
「あっ、お見舞いなら何か……」
いらないよ、とヒロムはユリナの申し出を断ると続けてその理由を語った。
「見舞いは口実……シンクには別で用があるのさ」
「用?」
「目を覚ましてれば助かるけどな……何せ、アイツが何か知ってるかもしれないんだからな」
***
ヒロムの屋敷・庭園
そこにある噴水の前にガイはソラと二人でいた。
そしてガイは申し訳なさそうにソラに何かを話していた。
「……ということだ。
オレの不注意でこんなことになった」
「オマエにしては面倒なことを引き起こしたな。
まさかヒロムとの会話をユリナに聞かれてるなんて……気配を感じなかったのか?」
「油断してた……。
ヒロムが部屋から出てきた時点で誰もいないと思ってたよ」
「間抜けだな……呆れて何も言えねぇよ」
悪い、とガイはソラに向けて頭を下げるが、ソラはため息をつくと彼に冷たく告げた。
「謝る相手を間違えるな。
オマエが謝らなきゃならないのはユリナたちに心配させないように体のこと伏せてきたヒロムじゃないのか?」
「……そうだな」
少しばかり落ち込むガイ、そのガイの姿に呆れつつもソラは少し驚いたような反応を見せた。
「でもオマエがそんな対応をするとは意外だったよ。
バレたからには全て話すと思ってたけどな」
「……オレが説明するよりはヒロムが説明した方が分かりやすいと思ったからだよ。
何というか……オレの口からは上手く説明出来そうになかったからさ」
「まぁ……無理だよな。
ヒロムの体の一部が精霊へと変化してて、その進行が四割に達してる。
治したくても治らない、治ったとしてもフレイたちが消える。
そもそもこの件の始まりがフレイたちがヒロムの体に宿った時だ……なんて簡単に説明出来るか?」
「今聞いてた限りじゃものすごく分かりやすかったけど?」
「オマエに出来てもユリナには無理だ。
……そのユリナは?」
「ヒロムとシンクのところに向かってる。
その道中でこの話になるかもしれないけどな……」
「シンクのところか……ただの見舞いか?」
ソラの問いに対してガイは首を横に振ると、続けて彼に向けて説明した。
「鬼桜葉王がヒロムに与えた情報……「世界王府」についてシンクが知ってる可能性があるから聞きに行ったのさ」
「なるほど……たしかに何か知ってるかもな。
アイツのことだからな」
「ソラは今日はどうする気だ?」
話題を帰るようにガイはソラに質問し、ソラは質問されるなり少し微笑むと彼に向けて告げた。
「オレも情報収集に向かう。
確実に何か知ってるであろうアイツにな」




