一八二話 imitation heart
「四割は人間じゃなくなったらしい」
廊下でのヒロムがガイに向けて告げた言葉を扉越しに聞いていたユリナの頭の中は混乱していた。
ヒロムの言うことが本当なら……ヒロムの体の四割は人ではない何かに変化しているということになる。
「ど、どういうことなの……」
(どうしてヒロムくんはそんなことを……)
「……四割、か。
そこから進行するのか?」
「いや、その心配はない。
ラミアたちが完全に現れるようになったことで進行は止まってる」
「……そうか」
ヒロムとガイの話が進む中、話を詳しく聞きたいユリナは扉を開けようとドアノブに手をかける。
「……」
ドアノブに手をかけたはいいものの中々開ける勇気が出ないユリナだが、深呼吸をして扉を開けようと決心して行動に移そうとした。
しかし……
「……分かった。
先にリビングに向かっててくれるか?」
「あ?
ああ……そうするさ」
ガイの一言で話は終わり、ヒロムは彼に言われるがままにリビングの方へと向かっていく。
扉越しではあるが、リビングの方向へと向かっていく足音が聞こえてくる。
徐々に足音が小さくなっていき、しばらくして足音が聞こえなくなるとユリナはなぜか一息つくように安堵のため息をこぼしてベッドを直しに行こうとするが、そのタイミングを見計らったように扉が開いてしまう。
「え……」
「……聞いてたか?」
扉の先、扉を開けた張本人であるガイがユリナに訪ねるように言うと彼女に歩み寄っていく。
ユリナは盗み聞きをしたことへの罪悪感から声が出ず、ただ小さく頷いて返事をする。
それを見たガイはため息をつくと頭を掻き、ヒロムの部屋の中を歩き進むと椅子に腰掛けた。
「あ、あの……」
「ヒロムの体のことだよな?」
「……うん。
ヒロムくんは……大丈夫なの?」
「大丈夫、かもな」
ユリナの質問に対するガイの答えはどこか曖昧だった。
が、その曖昧な答えについてガイはその理由を説明し始めた。
「ヒロムが言うにはあれだけの数の精霊を扱える理由は肉体の特異性だと言ってた。
バッツと戦うまではほんの一割にも満たない程度の進行だったのが……戦いが激しくなるにつれて四割にまで達してしまった」
「原因は分かってるの?」
「……昨日の夜、シンクの見舞いに行く時に本人から直接ユリナに話すと言われた。
だから今オレが話す内容はヒロムから話を聞いても落ち着けるようにするためだ」
「全部じゃないの?」
ダメだ、と不安を隠しきれないユリナに向けてガイは目を逸らしながら言うと、なぜなのかを語った。
「……本当はヒロムから止められてるんだ。
ユリナには……ユリナやリサたちには自分から話すからってな」
「でもヒロムくんは元気そうだったよ!!
なのに何で……」
「心は元気さ。
問題は……体の構造だ」
「構造……?」
「……詳しくはオレからは言えない。
けど、簡単に言うなら今のアイツはカクテルと同じだ。
オレたちは人として純粋なものだが、今のアイツは……体の三分の一が人ではない精霊へと変化している」
「治らないの?」
「……」
答えてよ、とユリナは涙目になり、抑えられぬ感情で取り乱しながらガイの肩を強く掴んで訴えるが、ガイはその手を振り払うと冷たく告げた。
「……オレから聞いて納得出来るのか?
本人から聞かなきゃ納得出来ないんだろ?」
「でも知ってるなら……」
「悪いけどこれ以上は語れない。
……オレにもアイツとの約束がある」
「そんな……」
ゴメンな、とガイは申し訳なさそうに言うと立ち上がり、ユリナを見ることなく去ってしまう。
ガイの姿が消えるとユリナは崩れ落ちるように座り込み、そして大粒の涙を流してしまう……。
***
朝食や身支度を済ませたヒロムはユリナとともにシンクが入院している病院に向かっていた。
が……ユリナの足取りは重く、そして彼女の顔色はどこか悪そうに見えた。
いや、悪いに違いない。
それに朝からなぜか目の周りが赤く腫れているのだ。
「……ユリナ、大丈夫か?」
「ううん……ちょっと……」
心配になったヒロムはユリナの体調を確かめるために声をかけるとユリナは暗いトーンで答える。
何かあったのか?
さすがのヒロムもユリナに何かあったのだと異変に気づき、歩くのを止めるとどこか彼女を休めさせられそうな場所が近くにないか探しつつ彼女の話を聞こうとした。
「少し休もう。
気分が悪いんだろ?」
「……いいよ。
気にしないで」
「バカ言うな。
朝から無茶してたんだろ?
調子悪いのに無理してユキナを止めに来てくれたんだな」
「……違うよ」
「気分悪いなら言ってくれればよかったのに。
屋敷で休ませて、エレナかチカに代わりについて来てもらってもよかったんだぞ?」
「……違うってば」
「とりあえず休もう。
幸いな事に病院に行くからついでに診さ……」
「違うって言ってるでしょ!!」
ヒロムの言葉を強く否定するように声を荒らげてユリナは強く言い、それを聞いたヒロムはユリナの態度に驚いてしまう。
あのいつも優しいユリナが声を張ってまでヒロムの言葉に対して反論しようとしてきたのだ。
「ユリナ……?」
「違うって言ってるじゃん……!!
何回も言わせないでよ……」
「わ、悪い……。
体調が悪そうだったから心配になって……」
「……もういいからはやく行こうよ」
ユリナはどこか怒ったような表情のままヒロムに冷たく言うと病院に向かおうと足早に歩き始めるが、いつもと様子の違うユリナを見ると見過ごせない気持ちになったヒロムは彼女を心配して再び声をかける。
「ユリナ、何かあったんじゃないのか?」
「大丈夫だから……気にしないで」
「今朝のユキナの件で何か嫌な思いをさせたなら謝る。
だから何かあったなら言ってくれないか?」
「……」
「ユリナ、オレはオマエが心配で……」
「ふざけないで!!」
ユリナを心配したヒロムは彼女の手を握ろうとすると、ヒロムを拒絶するようにユリナはヒロムの手を振り払って言葉をかき消すように強く言った。
「心配してるから何?
私は今までずっとずっと心配してたのに何も言ってくれなかったのに、何で私の時はしつこく聞いてくるのよ!!」
「それは……ユリナを巻き込まないようにしてたからで……。
これからはユリナたちの気持ちに応えれるようにって約束……」
「約束したから何!?
変わろうとしてくれるなら力になるとは言ったけど、結局変わってないじゃん!!」
「さっきから何を……」
聞いてたの、と声を荒らげてヒロムに言葉を吐き捨てるように言い続けたユリナが彼にある事を伝えた。
「今朝……ガイと話してるのを聞いたの」
「ガイと……まさか!!」
「盗み聞きしたことは謝る。
でも……何で私には教えてくれなかったの?」
「それは……ユリナに余計な心配をかけたく……」
「余計な心配って何!?
二日前にあれだけボロボロになって帰って来てたのに今更心配するなって言いたいの!?」
ヒロムの言葉、それを聞く度にユリナの中の怒りが増大しているのか彼女の言葉はどんどん乱暴になっていく。
「結局私が心配してもヒロムくんは何も思わないんでしょ!!
勝手にやってるとか思って分かってもくれないし、分かったような言い方で誤魔化せば騙せるとか思ってるんでしょ!!」
「そんなこと言ってないだろ!!
オレはオマエが余計な心配をして落ち込むくらいなら順を追って話そうとしてただけだ!!」
「余計な心配?
私がやることは全部余計だったの?」
「だから誰もそんなこと言ってないだろ!!
少しは人の話を聞けよ!!」
弁解しようとしても聞く耳を持たずにただ自分の言葉をぶつけてくるだけのユリナに対して我慢ができなくなったヒロムはユリナに向けて強く言い放つ。
「オレだって不器用なりにどうにかしようとしてるんだよ!!
自分のことをどうにかしなくちゃならない中でオマエらのことを少しでも理解しようとしてる!!
それが余計だって言うなら……勝手にしろ!!」
「勝手にしろって何よ!!
私は少しでもヒロムくんのために……」
「今のオレの体のことをオマエがどうにか出来るのかよ!!」
ユリナの言葉をかき消すようにヒロムは言うと、今自分の身に何が起きているのかを彼女に簡単に説明した。
「オレの体は……もう四割が人間じゃない。
フレイたちと同じ精霊へと変化している……ユリナがこれを聞けばショックを受けると思った。
だから納得出来る説明が出来るようになるまでは言わないつもりだったんだよ……!!」
「でも……私だって何があったか知りたいの!!
役に立ちたいのに……」
「何か役立ちたい気持ちは嬉しい。
けど……ユリナがどうにか出来る状態じゃないんだ」
「そんなの……やってみなきゃ分からないよ!!
体を元の状態に戻す方法も調べたら……」
「……今のオレのこの体は精霊へと変化していると同時にフレイたちと強く繋がっている状態にある。
万が一オレの体から精霊としての部分が消えた時……フレイたちも一緒に消える」
ヒロムの口から出た言葉にこれまでヒロムに向けて強気な発言をしていたユリナも言葉を失い、それを見たヒロムは彼女に向けて現状について伝え、ユリナも先程まであった感情を落ち着かせてヒロムの話を聞こうとした。
「こうなった以上はもう元には戻れない。
今までも母さんや蓮夜たちが必死になって探してくれたけど……そんな方法はないんだ」
「今まで……って最近の話じゃないの?」
「遡ればかなり前になる。
二日前の限界を超えた「クロス・リンク」よりも、パーティー会場で「クロス・リンク」を発動した時よりも、真助と初めて会った時の銀色の魔力よりも……トウマとの再会よりも前の話になるな」
「で、でもヒロムくんがこうして戦うきっかけになったのは……」
「たしかにトウマや「八神」のせいだ。
でも……根本的な疑問の解決にはならないんだ」
「根本的な……?」
「そう、なぜオレは二十四人という精霊をその身に宿していたかという問題の解決にはな」
ヒロムが何を言いたいのか、ユリナはまだ分からなかった。
だがヒロムが二十四人という数を宿すことがどれだけすごい事かはユリナは分かっていた。
それは今までガイたちがそれについて語っていたからだ。
一人につき一つ、素質があれば二つまたは三つ宿せる精霊をヒロムは二十四という数も宿している。
だがその理由は誰も知らず、その数はヒロムにある素質と選ばれた才能があるからだと思っていた。
そしてその理由を……ヒロムは彼女に向けて告げた。
「オレはフレイたちをその身に宿した時から体の一部が精霊と同じようになっていた。
だから二十四人という数を宿せたし、進行が進む度に「ソウル・ハック」や「クロス・リンク」を発動出来るようになった」
「ま、待って……。
それって……」
「そう、フレイたちが初めてオレの前に現れた時からオレの体は徐々に変化していた……オレは最初から人と精霊の曖昧な立ち位置にある存在なんだよ」




