一八話 異変
ヒロムが発症したという精神干渉汚染の「ハザード」。
そしてその症状が最悪、ヒロムの自我を崩壊させて破壊衝動に身を任せた兵器と化す。
それを聞いたガイとソラは驚き、これまで同席していて一切話していないハルカは困惑していた。
「……それって……死んじゃうってこと?」
「死んだも同然だ。
意識はなくなり、最悪精霊はすべて消滅、そしてヒロム自身も誰が誰かを識別できなくなる」
「……阻止する方法は?」
ソラはシオンに問うが、シオンは首を横に振り、アリサの方を見た。
シオンは知らないのだろう。
アリサの方を見たのはアリサなら知っていると言いたいのだろう。
アリサもシオンの視線でそれを察したのだろう、ソラの問いに対して説明を始めた。
「方法はあります。
「ハザード」唯一の治療方法、それはその衝動を抑制できる強い意思と、原因となる強すぎる能力を制御することです」
「じゃあ……」
「ですが、彼には能力がありません。
彼の専売特許ともいえる十一体の精霊についても彼に一切の弊害を与えていない上に個で独自行動できるようになっている。
つまり、彼自身が強い意思を持っても原因となる力がないために制御するものがない」
「じゃあどうすればいい?」
「それはわからないわ。
実際のところ、彼のような前例がないことから対処方法がないの」
「未知の領域、か……」
「だから彼について言えるのは彼を戦闘から遠ざけること……」
無理だ、とアリサの言葉にガイは反論するように続けてアリサに言った。
「アイツが強くなったのは自分を忌み嫌うトウマとその家を潰すため、つまりは発症した原因こそがあいつが戦う理由だ」
「ですが彼が死んでしまう可能性が……」
「そもそもヒロムはそんなことで止まらない。
あいつは……誰かに愛されたり、誰かを愛することを嫌う」
「?」
「あいつは幼少期に自分が忌み嫌われたと知ったことで心に深い傷を負っている。
そのせいで誰かを愛する権利が自分にはないとか、愛される権利もないとか思ってやがる。
……そのせいで自分が傷つこうが構わないとも思っている」
ガイの口から語られたヒロムの考え。
自己犠牲というか、自分の幸せを考えないでただ傷つくことを躊躇わない。
普通ではないその考え方にアリサとハルカはただただ驚いていた。
「そんな……」
「もし仮にあんたの言う戦闘から遠ざけるという方法をとるならそれだけじゃ足りない。
もしそうするなら……ヒロムの「ハザード」が進行する前にオレたちでトウマをつぶすしかない」
「それにアイツのことだ。
オレたちが傷つくくらいなら自分が戦うと言うに決まっている」
「……そうなるか」
ソラの言葉、それを理解していたシオンとガイは同じタイミングで同じようにため息をつく。
ソラもため息をつくと頭を抱える。
(くそ……口では簡単に言ったが、確実に止めないと加速する。
ヒロムのトウマへの殺意はオレたちの思っている以上に強く、根深い。
下手をすれば一気に進行して暴走する危険性は高い。
何か対策をとらないと……)
「ソラの言う通り、もはやオレらでアイツを止められるようなものでもない。
フレイたちもきっと止められない」
「だったら……」
ガイが悩んでいるとソラが拳を強く握りながら告げた。
「だったらオレがやる。
「魔人の炎」……「炎魔」の力でオレがトウマを倒す」
ダメよ 、とソラの言葉にアリサは強く反発した。
そのアリサのソラを見る視線からはソラを止めようとする強い意思が感じ取れる。
「あなたのその力は使うたびに確実に体を傷つけています。
そんなことすれば、彼を助ける前にあなたが倒れてしまう」
「それは理解している。
だが、そうでもしないと「ハザード」の進行を抑える方法はない」
アリサの言葉と心配するその気持ちは十分わかる。
しかし、ソラにとってそれは余計な心配だった。
「オレからすればアイツと同じようにオレにも自分を犠牲にしてでも守りたいものがある。
それがヒロムであり、そのヒロムが暴走するのを防ぐことができるならオレだってやってやるよ」
ヒロムを止める、それは生半可な気持ちじゃダメだ。
ヒロムが自分を犠牲にしてでも戦い、トウマを潰そうというのならば、それ相応の覚悟でヒロムを止めるため、ヒロムの暴走を阻止するために同じように覚悟を決めなければならない。
ソラもそれをわかっているため、「炎魔」の力を使うことをためらう気はなかった。
「オレの手で止める。
それが仲間として、友としてオレにできることだ」
「……それが妥当だな」
「たく……厄介な王のもとに仕えたもんだ」
ガイとシオン、二人はソラと同じように覚悟を決めたらしい。
多くを語らない二人だが、言葉からは少なくともその闘志と熱意が伝わってくる。
が、その三人の覚悟に圧倒されるアリサは言葉を失って唖然とし、ハルカはそれでもソラたちを止めようと口を開き、三人に告げる。
「三人は死ぬのが怖くないの?」
ハルカの質問、それは当然のものだ。
自分を犠牲にしてでも他人を助けようとするその覚悟はおそらく能力のない一般の人間であるハルカには到底理解できるものではない。
「ここに「十家」の人がいるし、相談して攻撃しないように言えば……」
「ヒロムのためを思うなら何もかもを破壊するために揺るがない覚悟が必要になる。
それにここで頭下げてまでトウマを止めても、ヒロムのこれまでの努力を否定することになる。
恩知らずなことはオレにはできない」
ガイが語ると、それに続くように今度はソラが語り始めた。
「……それにオレらも初めから負ける気はない。
止めるために戦うならヒロムと一緒に無事に戻るために戦う」
「でも……」
やめておけ、とガイとソラの言葉に何か言おうとしたハルカの言葉を遮るようにシオンが話し始めた。
「こいつらはオマエの言葉で考えを改めるような覚悟で話していない。
今のオマエが何を言っても心に響かないんだよ」
「どうして?」
「……オレたちは戦うことで能力者としての意味を見出している。
そしてヒロムも同じように自分が戦うことで存在意義を見出そうとしている。
生半可な気持ちはただの迷惑だ」」
「違うの……ただ……」
「……だが、オマエのその考えはオマエらしさだ。
それを無理して変えろとは言わない。
いや、むしろオマエがオマエらしさを維持すればそれはそれでこいつらの力になるかもな」
シオンの言葉にハルカはこれ以上何かを言おうとしなくなった。
いや、シオンの言葉というよりは、おそらくガイとソラの考えが理解できなくなったのだろう。
「…………」
「……ったく」
ソラは大きくため息をつくと、シオンの言葉に沈黙しかけているハルカに対して話し始めた。
「死ぬのなんざ怖いに決まってんだろ。
それでも止まったら殺されるかもしれない。
何もしなければ後悔するかもしれない。
今できることを、命かけてでもやるしかないんだ」
「今できることを……」
「それにオマエに何も難しいこと求めるわけないだろ。
オマエが不満に思うならいつも見たくヒロムにでも言え。
抱え込むくらいならそうしとけ」
「相馬くん……」
「少なくともオレらはオマエが思ってるような悲劇的な結末は阻止する」
だから、とソラはアリサに対して一つ申し出た。
「万が一ヒロムが「ハザード」の進行を抑えられなくなった時、手を貸してもらえないか?」
「それは彼が嫌う「十家」としてですか?」
「個人的なものでも何でもいい。
アンタはただ「オレら」のためにヒロムを止めようと力を貸してさえくれればな」
ソラの言葉、それにアリサは少し考え、沈黙を与えるが、すぐさま口を開き、ソラたちに告げる。
「できる限りのことはします。
ですから、まずは可能な限り情報をあなたたちに提供させていただきます」
「……ああ」
***
どういうことだ、とヒロムはイクトに対して問う。
イクトも考えがあるらしく、ヒロムの言葉に一切引こうとしない。
「どうもこうもないさ。
大将のことも考えれば七瀬アリサは大きな価値がある」
「オレにはあるとは思えない。
違うか?」
「……オマエ、気づいてないことないよな。
自分が無意識のうちに理性が効かなくなってることに」
「……知らねえな」
誤魔化すな、とイクトはため息をつくとヒロムに前回の戦闘について指摘した。
「角王との戦い、どこまで記憶がある?」
「……今関係ないだろ?
つうか、こいつらにその話聞かせないためにわざわざガイたちから離れたんだろうが」
「……オレは正直に言えば、ユリナ達にも聞かせるべきだと思ってるよ」
ヒロムの言葉に、イクトは突然冷たい眼差しでヒロムを睨み、そしてヒロムに冷たく言い放つ。
「もうヒロム一人の問題じゃない。
この先知らないとか関係ないじゃすまないんだよ」
「何だよ、茶化す気もないってか」
茶化す、というのはイクトの話し方のことだ。
イクトは基本ヒロムのことは「大将」、ユリナのことは「姫さん」と普段から呼ぶ。
日常的にまるでからかうかのようにその呼び方をする。
が、実際イクトは真剣な話になるとそれらの呼び方を一切しなくなる。
人と話す中でそういうのを気にしているのだろうが、イクトの場合、そのスイッチの切り替えがハッキリとわかりやすくなっている。
「ヒロムの体の異変でどんだけの人間が心配してるかわかってるか?」
「心配しろとは言ってない。
そもそも、何があってもオレはトウマを倒すために止まる気はない」
「そんなこと言われなくてもわかってる。
でもな、オマエのその考えでユリナ達が悲しむってことは考えないのか?」
「そうならないように守ろうとしてんだろうが」
ヒロムの意見とイクトの意見は明らかにすれ違っている。
イクトは単純にヒロムが無茶してユリナ達が悲しむと言いたいのに対して、ヒロムはただトウマを倒すこととユリナ達が悲しまないように自分が守ると言っているのだ。
ヒロムとの会話が成り立っていない、と感じたイクトはため息をつくとヒロムに一つ確認した。
「正直に言ってくれ。
オマエは自分の身に起きていることについて心当たりはないんだな?」
「……しつこいな」
私も、とイクトの問いに対して答えようとしないヒロムに対してユリナがヒロムに話しかける。
予想外だったのか、ヒロムは少し意外そうな顔をしていた。
「……何?」
「……私も正直に言ってほしいの。
もう、これ以上誤魔化さないでほしいの」
「ああ?」
ヒロムの思わず出た威圧的な態度にユリナは一瞬ビクッとなって怯えるが、リサがユリナをフォローするようにヒロムに話し始める。
「ユリナもヒロムくんが心配なのよ~?
ヒロムくんが傷つくの見たくないのよ」
「戦うなら仕方ないだろ」
「でも戦わなくてもいいわけでしょ?
アナタが戦わなくても雨月くんや相馬くんがいるし」
(あれ……?
目の前のオレは?)
眼前にいるはずの自分がスルーされて若干ショックを受けるが、それを気にすることなくヒロムはユリナたちに続けて話した。
「戦わなきゃ意味がない。
そんな心配しろとは頼んでない」
「じゃあ、私たちも頼んでないよ?」
横から割って入ってきたエリカの一言にヒロムはエリカを睨んでしますが、エリカはそんなこと気にすることなく続けて言った。
「だって頼んでないでしょ?
私たちは守ってほしいって」
「……何が言いたい?
オレが迷惑かけてるってか?」
「そうは言わないけど……
でも、今ユリナがすごく心配してるのは無視するの?」
「だから……」
「それはそれですごいユリナに迷惑だよ。
ユリナがどれだけ心配してるか知ってる?」
そんなこと、ヒロムが知るはずがない。
それがわかれば苦労しない。
ヒロムはユリナの方を見ると、ユリナが涙目でヒロムを見ているのに気づいた。
その涙の原因はわからないが、ヒロムは誰に言われるでもなく自分が原因ではないかと一瞬で悟ってしまう。
「……知らねえよ」
「だよね。
だってこの間、あなたが急に人が変わったかのように攻撃的になった話を私たちに泣きながら相談してきたんだから。
「ヒロムくんがこのままじゃおかしくなる」って」
「!!」
予想もしていなかったエリカからの言葉にヒロムは戸惑い、言葉を失うとともにユリナから目を逸らす。
知らなかったのだ。
今まで当たり前だと思っていた何かを守るために戦ってきたことが、一度の戦闘で逆に迷惑をかけていたことなんて。
「……だとしても、オレには戦うことしかできない」
「……で、でも私だって……」
ユリナは恐る恐るヒロムに近づくと涙を流しながらヒロムの手を掴む。
そしてユリナはヒロムに強く訴えかける。
「ヒロムくんの悩みを聞くことできるよ……?
ヒロムくんのために何かできることがあるかもしれないなら、手伝えるよ?」
「……」
何も言えないヒロムに、ユリナは一番言いたくないであろう一言を告げた。
「私は……ヒロムくんにとって、邪魔なの?」
「……!!」
ふいに見たユリナの悲しそうな顔。
その眼差しからは明らかに悲しさしかなく、今のユリナの気持ちも本心なのだとヒロムは気づかされてしまう。
と同時にあまりにも突然のことで言葉が出ず、何も言えなかった。
ユリナは何か言ってほしいと言いたそうにヒロムの手を掴むその手に力が入る。
別に大した力ではない。その気になればヒロムは振りほどけるくらいの強さだ。
だが、その強さでもユリナの強い気持ちが嫌というほどヒロムには伝わっていた。
「……そんなことは……ない」
歯切れの悪い言葉。
それでユリナが、ユリナ達が納得するはずがないのはヒロムでもわかっている。
だが、ヒロムの中にある何とも言い難い感情はヒロムの思考を鈍らせ、言葉を途切れさせる。
「オレはただ……。
オマエたちに迷惑をかけたくなかっただけだ……」
なのに、と続きを言おうとしたヒロムはユリナの顔を見ると目を逸らし、続きを言うのをためらってしまう。
「……オレは……」
「……私は戦うときのヒロムくんが好き」
ヒロムが続きを言うよりも先に、ユリナが自分の思いをヒロムに伝え始めた。
「いつものヒロムくんもいいけど、戦うときのヒロムくんはすごく生き生きしてるから違う雰囲気で好きなの」
「うわ~、大胆な告白よ、エリカ」
「抜け駆けね、リサ」
「……黙ってて二人とも」
ユリナを茶化すかのように言うリサとエリカをイクトは静かにさせると、ユリナに続きを話させた。
「でも、この間のヒロムくんは違ったの。
いつものヒロムくんが消えてしまいそうで、すごく怖くて……」
「……ユリナ……」
「だから……」
言わなくていい、とヒロムはユリナの手にそっと自分の手を添える。
何かがあるわけではないが、ヒロムは少し考えるとユリナに話し始めた。
「……言わなくていいよ。
心配なのはわかったから」
「……本当に?」
「ああ……甘えてたんだな。
オレはオマエが何も言わなくてもわかってくれているってことに甘えてた。
オマエにばっかり気を使わせて……オレは何も考えてなかったな」
「ヒロムくん……」
「ごめんな……オマエらに迷惑かけたら意味ないよな……」
「ううん、いいんだよ。
でも、これからは何かあったら頼ってほしいな」
ユリナが言うと、その後ろでリサとエリカもそれに賛同するように頷く。
ユリナのその表情には悲しさはなく、ヒロムが自分の気持ちに気づいたためか少しばかり嬉しそうだった。
「……」
「……終わったか?」
突然の言葉。
ヒロムでもイクトでもないその男の言葉に全員が言葉を失い、ヒロムとイクトはユリナ達を守ろうと周囲を警戒した。
「そんなに警戒するなよ。
どうせ警戒しても意味ねえよ」
警戒しているヒロム体の前方から一人の少年が歩いてくる。
金髪の髪を束ねた少し目つきの鋭い少年はその身に黒い装束を纏い、剣を帯刀している。
少年の視線はただヒロムだけを捉え、睨んでいた。
ただそれだけでイクトはその少年が何なのかを理解した。
「……八神か?」
「ああ?
見ればわかるだろうが」
「……リクト……」
少年を見たヒロムは驚いた表情で少年をただ見て、その名を口にした。
が、リクトと呼ばれた少年はただただ不快感を露わにし、舌打ちをするとヒロムに対して強く言い放つ。
「オマエがその名で呼ぶな。
今のオレはオマエが知る男じゃない」
「どういう意味だ……?」
「角王が一人、斬角」
「「!!」」
「さっさと首寄こせや。
どうせ、無能なんだからできるよな?」
「急に何を……」
「これはオレ自身の判断だ。
……オマエに価値はない」