一七八話 information memory
施設内にある格納庫、そこは悲惨な事になっていた。
死体となり無惨な姿で倒れる無数の兵士、そして体から頭を斬り離されて倒れるスーツの男……
地面は彼らの体から流れ出た多量の血で赤く染まっていた。
「さて……」
一人無傷であるノーザン・ジャックは血で汚れた床の上を歩きながら外へと通ずる扉に向けて歩いていた。
両手に装備されたガントレットの鋭い爪は先程血を拭かれていたが、うっすらと血の色が残っていた。
「帰って床につきたいものだ。
……こんな疲れるだけの仕事を押し付けたことにも文句を言わねぇとな」
「その仕事を押し付けたのはヴィランのことか?」
扉に向かうノーザン・ジャックの行く手を阻むかのように扉よ前に一人の男がいた。
黒いロングコートに身を包み、青い髪を持つ青年は金色の瞳で彼を見ていた。
「……何の用だ?」
ノーザン・ジャックは足を止めると青年に問うが、彼は応えようとしない。
呆れた様子でため息をつくとノーザン・ジャックは彼に向けて言った。
「オマエがわざわざここに足を運んでくるとは意外だったよ」
「……オマエたちがこのタイミングで動き出したせいで人手不足なんだよ」
「人手不足で動かされるとは大変な役回りだな……どうなんだ、一条カズキ?」
さぁな、と青年は……「一条」の当主である一条カズキは腕を組みながらノーザン・ジャックに対して話し始めた。
「なぜここを襲ったのか気になるが、そこはどうでもいい。
問題はこれまで身を潜めていたオマエたちがなぜこのタイミングで動き出したかだ。
だから聞く……なぜ今なんだ?」
「それを知ったところでオマエに止められる計画ではない。
それを理解していないとは思えないが……どうなんだ?」
「質問に対して質問で返すな。
頭の悪いガキじゃないだろ?」
「答える必要は無い。
それだけだ」
一条カズキとノーザン・ジャックの会話に進展はない。
いや、互いに互の真意を確かめようとするがために話は一向に進む方向に向かないのだ。
だからといって二人は話が進まないことに苛立つことも急いで事を済ませようとはしない。
しないというよりは出来ないのだろう。
一条カズキは「十家」最強の名を有している実力者、ノーザン・ジャックもこの場の敵をすべて惨殺するほどの実力を持つ「世界王府」の人間。
これまでの会話から彼らは互いに相手をよく知る中であることが分かる。
だからこそこ、今この状態にあるのだろう。
「……」
「……」
互いに互いの動きに警戒することにより生まれる重い空気と緊縛間。
それが広がりつつある中でノーザン・ジャックはそれを打ち破ろうとするかのようにある人物についてカズキに尋ねた。
「アイツはどこにいる?」
「アイツ?誰のことを言ってるのか分からないな。
オレはこれまで何人もの人間に会ってるからな」
「……まぁ、いい。
このノーザン・ジャックの相手といえばオマエではなくアイツが適任のはずだ」
「随分な自信だな。
オレじゃそいつの代わりは無理か?」
「……実力は申し分ない。
ただ……オマエじゃ心の底から滾れる戦いは出来ない」
なるほど、とカズキは残念そうな顔をしながら言うとノーザン・ジャックはさらなる質問をした。
「ヴィランのヤツはあるガキに興味津々でな。
……「覇王」についてオマエはどう思う?」
「そういうことか……なるほど、理解した」
ノーザン・ジャックの言葉を聞いて何かに気づいたカズキは音を立てることも無く何も無い空間に大剣を生み出すとそれを手に取って目の前にいる男に向けて構えた。
「オマエたちは姫神ヒロムが全ての力を手にする時を待っていた。
オレたちと同じように……計画のために」
「計画?
ああ、ヴィランのアレのことか。
残念だが……アレについて教える気はない!!」
ノーザン・ジャックはカズキに殺意を向けると同時に体に巻きつけている無数のベルトを長く伸ばしてカズキに向けて襲いかからせようとするが、カズキは一瞬で彼との距離を詰めると大剣を振り下ろすが大剣は空を切るだけで終わり、ノーザン・ジャックはいつの間にか扉の前に立っていた。
「最強の能力者の一条カズキにしては単調な攻撃だな」
「オマエ……」
「そんなに邪魔されたくなければあのガキを捕らえておけ。
……ヴィランの指示が出ればいつでもオレはあのガキを手中に収める気だからな」
ふざけるな、とカズキは大剣を天に投げるとノーザン・ジャックに向けて矢の如く放つが、大剣は扉を破壊するもそこにノーザン・ジャックの姿はなかった。
「……クソが」
***
日も暮れて、夕日が空を緋色に染めていく。
そんな景色の中のヒロムの屋敷。
真助がフレイやディアナと夕飯の用意を仕上げようとする中でラミアはガイ、ソラ、屋敷にやって来ていた紅月シオンと栗栖カズマ、東雲ノアルに今日あったことを話していた。
「……ということがあったわ。
「世界王府」の情報はマスターがガイへ写真を渡した時に伝えたのと大差のない情報で悪いわね」
「いや、小さな情報でも今は大丈夫だ」
「確かにな。
前に蓮夜さんが接触してから何の動きもなかったからな」
ラミアの話を聞き終えるとソラとシオンはガイがヒロムから受け取った写真を見ながら言い、ソラはノアルの方に写真を向けると知っているか確認した。
「ヴィランとノーザン・ジャック、どっちかに心当たりは?」
「……すまない。
オレは「一条」の手から逃れるように身を潜めていたが「世界王府」とは関わってはいないから分からない」
「本当……だろうな。
今更オマエがヒロムを裏切るようなウソをつくとは思えないしな」
「裏切るような真似はしない、知ってるならすべて話すさ。
それでヒロムの役に立てるならな。
だが……」
「ああ、気にしなくていい。
オレはただここにいるメンバーの中でオマエと真助、それから栗栖カズマの三人が知ってるんじゃないかと思っただけだ」
「そうか……」
「栗栖カズマ、オマエは何か知ってるか?」
いや、とカズマはシオンの質問に首を横に振ると続けて言った。
「オレはリュウガたちのことで手一杯だった。
だから……」
「悪い、嫌なことを思い出させたな」
「……いいや、大丈夫だ。
アイツらが決めたことの結果だし、アンタらは何も悪くない」
「そうか」
「そもそも「一条」がようやく手に入れたであろう情報がそれなんだろ?」
すると真助がテーブルへと食器を運びながらソラに対して話し始めた。
「オレらのようなガキが自衛のためにつくった組織にテロリストを束ねるようなヤツらの事を詳しく知る方法はないと思うぞ」
「……可能性として聞いてるだけだ」
「バッツの正体に気づかなかったのに?」
何が言いたい、と真助の言葉に不快感を感じたソラは苛立ち混じりに真助を睨みつける。
それを受けて真助はソラに向けて冷たく告げた。
「目的は何であれバッツの存在に身を隠しながら飾音は暗躍していた。
それに気づかなかったオレたちが世界中に暗躍するヤツらのことを知れると思うのか?」
「あの人はヒロムの……」
「ああ、家族さ。
歪んだ愛情を抱いた父親だった」
「オマエ……!!」
落ち着け、とガイは真助の言葉に苛立って今にも殴りかかりそうな状態になっているソラを止めると二人に言った。
「真助の言うように簡単に情報が集まる訳でもない相手だし、飾音さんのことは誰にも止められなかった。
どっちもオレらが未熟だから招いた結果だ」
「けど……」
「それに……「世界王府」のことは安易に踏み込める話じゃない。
オレたちが下手に関わればユリナたちが巻き込まれる」
「既に「八神」の件で巻き込んでるからな。
これ以上は……だよな」
「ああ、それに情報なら裏に精通してるのが一人いる」
「それって……」
「何してるのよ!!」
ガイが誰のことを言ってるのか、それが気になったソラは彼に確認しようとしたが、どこからともなく聞こえてくる誰かの女の叫び声に邪魔をされてしまう。
話の腰を折られたことでソラはため息をつくとガイに告げた。
「とりあえずその話はあとだ。
まずは……あっちを止めないとだよな?」
「ああ、止めないと危ないからな」
***
リビング
「何してるのよ!!」
誰に招待されたのかは分からないが、紅月シオンと屋敷へと訪れてきた雨木ハルカはリビングの光景を目の当たりにするなり大きな声で叫んでしまう。
「うるせぇな……」
リビングのソファーでくつろいで夕飯を待つヒロムだが、そのヒロムの周囲のことでハルカは叫んでしまったのだろう。
「この人誰?」
ヒロムに体を完全に密着させるように抱きつくユキナは同じようにヒロムに抱きつくアキナに質問し、アキナはハルカを冷たい目で見ながら説明しようとした。
ユリナとリサ、エリカ、チカ、エレナに関してはソファーに座ってユキナとアキナに抱きつかれるヒロムを見ているだけでとくに何かをしようという気配はなかった。
「雨木ハルカ、ヒロムのことを嫌ってる人よ」
「アキナさん、ウソを教えないでください。
私は別に……」
「リサから聞いたわよ。
普段からやる気を見せないヒロムのことを真面目でお堅いアナタは嫌ってるって」
「違います。
私はただやれば出来るのにやろうとしない姫神くんが……」
「ヒロムはそのままでいいんだよ?」
するとユキナがヒロムを抱きしめたまま彼の頭を撫でながらハルカに向けて告げた。
「ヒロムはただこうしていてくれるだけで私たちを癒してくれるし、私たちはヒロムのためなら何でも出来る。
だからヒロムはゆっくりしてくれればいいの」
ダメよ、とユキナの言葉をキッパリ否定するとハルカはヒロムについて話し始めた。
「姫神くんはやれば出来ることをやろうとしないで「面倒くさい」の一言でやろうとしない。
そんなの人として変じゃない」
「だから私たちが……」
「人のことを好きになるのはいい事だけど、それを理由に甘やかすのは違うの。
だから……」
うるさいわね、とハルカの言葉を聞くなりレナは舌打ちをするとハルカに近寄り、睨むような視線を送りながらハルカに告げた。
「ユキナがそうしたいって言って、ヒロムも嫌がってないなら好きにさせればいいでしょ。
アンタはヒロムの保護者じゃない、分かる?」
「保護者とかそういう……」
「ヒロムが嫌がるなら私たちだってしつこく迫ったりしないわ。
だからヒロムが許してくれる範囲で力になってるのに、それを邪魔するの?」
「そ、それは……」
「ヒロムがやれる事をやろうとしないからダメ?
むしろ何でそうやってヒロムの考えを否定されなきゃならないのか訳が分からないわ」
「え、えっと……」
「何?自分が真面目にやってるからヒロムにも強要する気?
どうなの?」
レナの気迫に押し負けたハルカは涙目になりながら視線を逸らしてしまう。
だがそれでもレナはハルカに迫るように問い詰めながら強い視線を送り続ける。
「どうなの?」
「うう……助けてぇ……」
ハルカは今にも泣きそうになりながらユリナたちに助けを求めるが、レナの気迫を前にしたユリナたちはハルカの助けに反応せずに静かに見守っていた……




