一七話 報告
七瀬アリサの言葉をヒロムは容易に信用することはできなかった。
それは七瀬アリサについてヒロムが詳しいことを何も知らないからであり、そして何よりも相手が「十家」であるからだ。
「……オレらは何も話すことはない」
「警戒しないでください。
私は本当にあなたたちと話がしたいだけなんです」
「だから……」
「オレの体に関しては何ら問題はない」
するとソラはヒロムの前に立つと、七瀬アリサに対して話し始めた。
「傷はまだ治っていないが、この通り生活に支障はない」
「そうですか。
では問題なさそうですね」
「ああ。
で、その十家会議とやらの報告ということはその全容を明かしてくれるのか?」
ソラは自分の容体について報告するとそのまま話を進め始めた。
おい、とヒロムがソラを止めようとしたが、ガイがヒロムを止める。
「ああ?」
「落ち着け。
これはチャンスだ」
「ああ?」
「シンクがいない今オレたちは「十家」全体の動きがわからない。
ともなればこうして向こうから接触してきたのはありがたい」
「「七瀬」は医療技術の分野の家系だ。
利用する価値もない……」
「だが「十家」であることに変わりはない。
……もし問題がないならオレとソラで対処する。
オマエはユリナ達を頼む」
「……勝手にしろ」
少しばかり納得のいかないヒロムはアリサに対して何も言うことなく足早に去っていく。
「ヒロムくん!?」
「ああ、ユリナ。
これ渡しとくわ」
するとガイはユリナにパンフレットを渡した。
渡されたユリナはそれを受け取るとリサとエリカと共に見た。
パンフレットは以前、ソラとイクトがシオンと戦っていた際にヒロムたちといった店のもので、大きな文字で
「期間限定!!
ジャンボクリームパフェメガ盛りが今なら半額!!」
と書かれていた。
「ヒロムと一緒に行ってこい。
金はオレに請求すればいい」
「あら、太っ腹ね」
「……いいから行ってこい」
ガイに言われて、ユリナ達はヒロムを追いかけるように走っていく。
それを見たソラはガイの考えを察したのか、ガイに話しかける。
「優しいじゃないか。
わざわざ遠ざけてあげるなんて」
「……知る必要がないものを聞かせる必要ないだけだ」
「……この間の大将の一件か?」
「……ああ。
イクト、アイツのこと任せていいか?」
「ま、しょうがないな。
シオンもまだいるだろうし、任せるよ」
イクトはあくびをしながらヒロムたちのもとに向かおうと歩いていくが、走ろうともせずゆっくりと歩いていた。
「……蹴とばすぞ」
「まあ、落ち着け」
「何してる?」
するとシオンがハルカと共にこちらにやってくる。
ガイとソラ、そしてアリサを見たシオンは状況を何となくで理解したが、ハルカは不思議そうにアリサを見ていた。
「うちの生徒、じゃないよね?」
「……「十家」が何の用だ?」
「へえ~、この人……「十家」なの!?」
「例の会議の内容を教えてくれるんだとよ」
「そうか。
なら都合がいい」
「?
何かあったのか?」
「あの男のことを、な」
シオンの言うあの男とはヒロムのことだろう。
そうだとすればシオンもガイやソラと同じように情報を求めている。
「……ここじゃ目立つ。
場所を変えよう」
「ガイの言う通りだな。
どこがいいか……」
「どこか空き教室があればありがたいですが……」
「じゃあ、適当に探して使うか」
「えっと……」
オマエも来い、とシオンはハルカについてくるように伝える。
が、自分がついていってもいいのか不安そうな顔をするハルカを見たシオンはハルカにその理由を告げた。
「聞いた話じゃオマエはあの男をよく知らないんじゃないか?
あの男について知る方が今後のためにいいんじゃないか?」
「知るって、私アレとは中学の時から……」
「そうじゃない。
オマエはあの男がどうなっているかを知るべきだ。
……あの女たちにはないオマエのその気の強さは今後あの男のためになる」
「……あんまりうれしくないかも」
***
待って、とユリナ達が後ろから追いかけてくる中、ヒロムは止まることなく歩いていた。
「……」
『いいのですか?』
ヒロムの頭の中にフレイの声が響く。
フレイたちはヒロムの中にいるとき、つまりはヒロムの前に召喚されていない状態でも中から話しかけてくることができる。
当然、ヒロムの言葉も向こうに伝えることはできる。
「……ユリナ達のことか?
それとも、七瀬アリサのことか?」
『両方です。
彼女たちが呼んでいるのに無視していますし、七瀬アリサのこともガイたちの言うように……』
「……わかってるさ。
でもな、オレにとってあの女はトウマと同じ忌むべき存在でしかない」
『……』
「ユリナ達はガイの差し金だろ。
どうせ余計なこと聞かせたくないだけだ」
『では止まらなくていいのですか?』
「……目的地に向かって歩いてるだけだ」
ヒロムが淡々と進もうとする中、リサとエリカが背後からヒロムの腕をつかむ。
捕まえた、と二人は微笑むが、その後ろでユリナは息を切らしていた。
「……ユリナ、運動したほうがいいわよ」
「だ、だって……みんな早いから……」
「ていうか、何で無視したのかな?」
エリカが腕に抱き着くなりヒロムにその真意を確かめようとしたが、ヒロムはため息をつくとエリカを離れさせてそのまま歩く。
「……パフェ食いに行くんだろ?
さっさと行くぞ」
「あれ、知ってたの?」
「それガイに渡したのオレだしな」
ユリナが持っているパンフレットを指差しながらヒロムは言うと、少しだが歩く速度を落として進んでいく。
ユリナも息が整うとヒロムの横に並び、リサとエリカもヒロムの横に並んで歩き始める。
「……ったく、面倒なことになったな」
「さっきの人?」
「ああ、ガイたちは情報だのなんだのって言うけどな、警戒心がなさすぎる。
そんな簡単に信用していいものかよ」
「あれ、利用価値とか……」
「ないね。
こっちの戦力増強にも利用できない後方支援特化の家系だからな」
どうかな、とイクトがやってくるなりヒロムの言葉に異を唱え、続けて話し始めた。
「利用価値はあると思うよ。
医療技術に特化しているなら今後ソラとガイが力の制御を行う上で役立つかもしれない。
それにオレたちの中で後方支援ができるのはオマエの精霊のユリアだけ。
そうなれば回復要員で利用できる」
「ただその程度だろ。
それ以上に何が……」
「あるよ。
大将にとってはね」
「ああ?」
***
カルラに頼み、応接室を借りたソラたちはそこにアリサを招き、アリサの言う報告を聞くことになった。
「……この度はありがとうございます」
「かしこまらないでくれ。
オレたちも本音を言えば情報のためにあんたをここに招いただけだ」
「そうですか……。
ですが、貴重なお時間をいただいたのです。
お礼だけは言わせて下さい」
アリサは深々と頭を下げる。
ガイとソラは「十家」の当主とは思えないその姿に慌ててアリサに顔を上げさせる。
「頭を上げてくれ。
オレらにそんな気を使わなくていい」
「さっきも言ったが、情報が欲しいだけだ。
それ以上は何もいらない」
「ですが……」
「どうでもいいが、さっさと本題に入れ」
咳ばらいをするとシオンはアリサに強く言い放つ。
シオンの言葉にアリサも仕切り直し、話し始めた。
「まずは十家会議の結果についてです。
十家会議の今回の議題はまず姫神ヒロムについてです」
「やっぱりか……」
思わずガイは声に出してしまう。
予想していたことではあるが、まさかこうも早く出てくるとは……
「想定できていた、ということですね。
「八神」の当主、八神トウマは彼を始末しようとしています。
そのために彼は……」
「同じ「十家」である「三日月」、「六道」、「十神」、「一条」に協力要請をしたんだろ?」
どうして、となぜシオンが知っているのか不思議そうな顔をしているアリサにシオンは続けて説明しようとしたが、ガイがそれを止めた。
そして、代わりにガイが説明した。
「……こちらでも情報を一応は集めていたんだ。
ただ、その四つの家の当主がどう返事をしたか気になっていてね」
「そうだったのですか」
アリサはガイの説明で納得しているが、ガイの言ったのはすべて嘘だ。
正確にはトウマが出現した日に飾音から聞いた話だ。
飾音の名前を出さない理由、それはシオンでもすぐに気づいた。
が、それを口には出せなかった。
「……」
(この女が信用できないからこそあえてあの人のことを言わなかったんだ。
下手をすれば「八神」に潜むスパイのことも……)
「それで、結果は?」
「結果は全員が却下しました。
個人として協力する意味がないとして承諾しなかったのです」
よし、とソラとガイは小さくガッツポーズをした。
これでヒロムを狙う敵はトウマのみ、他の「十家」が干渉してさえ来なければ何とかなる。
二人がそう考えていると、アリサがそれを察知したかのように付け足すように言った。
「ですが、「一条」当主の一条カズキはこう言いました。
「万が一にも姫神ヒロムがオレたちの害となるならばオレは動く」と」
「……つまり」
「一条カズキはオレたちの動き次第では敵となる、か」
「ですがアナタたちが何もしなければ……」
無理だ、とガイはアリサの言葉を一言で否定すると続けてその理由を説明した。
「トウマがヒロムを始末しようと手段を一切選ばないとなればこちらも反撃するしかない。
アンタの言うように何もしなければいいが、トウマが何もしないでいないことはありえない」
「……その会議でアイツの動きはどう変わったんだ?」
「厳重注意だけです。
一条カズキは行動を起こすのならば失敗したときにそれ相応の罰を覚悟しろとは言いましたが……」
さすがは「十家」内実力一位。
言葉一つにもその威厳があると聞いただけでもわかる。
「……その一条カズキは強いのか?」
ガイは純粋な疑問をアリサにぶつけた。
そう、今知っておいた方がいい。
いずれ動いたときに自分たちが対処しなければならないのなら、一条カズキについて知るべきだ。
「……はい、次元が違う、としか言えません」
「?」
「というと?」
「一条カズキの実力は未だ全容が明らかになっていません。
ハッキリしているのは以前八神トウマと「十神」の当主を同時に相手にした際、彼は一歩も動くことなく勝利し、これまで一度も負傷した姿を見られたことがありません」
「……マジかよ」
アリサの口から告げられた一条カズキの実力。
「十家」最強ということからある程度は覚悟していたが、ガイたちの予想以上の実力だったため、ただ驚くしかなかった。
いや、それどころか未だ負傷した姿を見られたことがないというのが厄介だ。
こういう場合、多少なりにも負傷してもおかしくはない。
なのにそれが一切ないし、トウマと「十神」の当主を相手に一歩も動かずに勝利したというのだ。
トウマは三位、「十神」の当主は二位、つまり、それなりに実力がある二人だ。
その相手を圧倒的な強さで倒しているということは、ガイたちの予想の範疇を超えていた。
(化け物かよ……!!
いくら何でもありえない……!!)
(だがこの女が誇張してる可能性がある。
そうなれば少しは……と思うが、この女がそうして嘘をついても何の利益にならないのは確かか)
「……一条カズキの能力は?」
ガイとシオンが考える中、ソラはアリサに一条カズキについてさらに質問た。
「実力はどうあれ、能力さえわかればどうにかなるはずだ。
だから、教えてくれ」
「……」
ソラの単純な問いに対して、アリサは突然口を閉ざしてしまう。
急なことだった。
先程まで質問したことには必ずと言っていいほど答えていたアリサがソラの一つの質問でそれをやめたのだ。
「そんなに言いにくいか?
もしかして、一条カズキと……」
「……違うんです。
詳しくわからないんです」
詳しくわからない。
アリサが閉ざした口を開き、ソラに告げたのはいまいち彼らが納得できるようなものではなかった。
どういうことだ、と問い直そうかとソラが考えているとアリサは恐る恐る付け足して説明した。
「私もその戦闘の見学に立ち会いました。
が、気づけば一条カズキだけが無傷で立ち、二人は一条カズキの攻撃を前に倒れていました」
「……つまり、一条カズキの能力は認識することができないのか?」
そうなります、とアリサは曖昧な返事を返したが、ソラはそれで納得した。
いや、納得せざるを得ない。
唯一の情報源であるアリサがその目で見た光景は紛れもない事実であり、それを疑ったところで他の情報はない。
ソラはそれを理解しているが故にそれで納得した。
「そうか……。
だが、それだけでもわかればいい」
(だったらオレがそれに対応できるほど強くなればいいか……)
それと、とアリサは少し間を置くと、ヒロムについてのことで話題を変えた。
「一条カズキが先日の「八神」の角王との戦いを映像として残していたのを拝見しました。
彼の……姫神ヒロムの実力は私たちにとって未知の領域、私たちはそう判断しました。
ですが、同時に私は彼に対して危険性を感じました」
「それはどういう……」
「精神干渉汚染」
「え?」
シオンが口にした言葉、それにアリサは頷く。
ソラとガイは一瞬それが何か考えたが、シオンがヒロムと初めて会い、戦った時にシオンがヒロムに聞いていたのを思い出した。
「じゃあ……精神干渉汚染は……?」
そう、シオンがヒロムにそれらしいことを聞いていたが、イクトが話題を変えたせいで今まで忘れていた。
「……何か知ってるのか、シオン?」
「一応な。
だがオレよりも医療技術を得意とする人間がいるならそっちが説明する方がいい」
シオンはアリサの方を見ながら言い、アリサもそれに応えるように頷くと、説明を始めた。
「精神干渉汚染は稀に起きるものですが、脳や身体に何かしらの異常が起きた際に能力や魔力が同じように異常を起こし、それが精神を蝕んでいくことを言います。
様々な形で症状が起きますが……能力の暴走、精霊使役による精神崩壊などの症状はこの精神干渉汚染に該当します」
アリサの説明に、ガイとソラは理解するのに時間はかからなかった。
「つまり、ヒロムはフレイたちの使役で魔力が汚染され、それが精神に悪影響を与えていると?」
「ええ、本来はですが……
少しここから話が変わります」
「?」
「能力による汚染については「力型汚染」の「チャージネス」、精霊使いが主に発症するのは「霊型汚染」の「ネガネス」。
ですが、彼の身に起きている症状は「戦型汚染」、通称「ハザード」です」
「ハザード」
その言葉から危険性はなんとなくでもわかるが、どれほど危険かがわからなかった。
「その「ハザード」ってのはどう危険なんだ?」
「「ハザード」は戦う中で症状が加速していくタイプです。
戦う中で破壊衝動が増していき、それが脳や精神を刺激していくことで戦闘や破壊を楽しむようになっていき、次第に理性をなくすほどの衝動に駆られていきます」
「……角王戦で戦えば戦うほど、好戦的になっていたのはそのせいか」
「ですが……問題はここからです。
「ハザード」の悪化と戦闘の長期化により進行が限界を達した場合、自我が崩壊し、破壊衝動に従うだけの戦士になるでしょう。
守りたい彼女たちのことも、あなたたち仲間のことも忘れ、壊れるまで破壊しようとします」
「!!」
「そんな……」
ヒロムの精神干渉汚染、「ハザード」の症状の果てにあるものを聞いたガイとソラは言葉を失うしかなかった。
仮にその通りになってしまえば、ヒロムは守りたいと思うユリナ達も攻撃する兵器となってしまうのだろう。
「……どうにかして止めないと」
「だがヒロムが戦うのをやめることはない。
むしろ、それをわかったうえで戦うはずだ」
「原因はわかってるだろ」
するとシオンがガイとソラに告げる。
「オレと会うまで精神干渉汚染を知らなかったってことはそれまで異常がなかった。
だが角王との一戦で症状が現れた。
じゃあオレと会ってからその戦いがあるまでの間に発症している」
シオンの言うその間。
その間に起きた出来事は一つしかなかった。
「まさか……」
「さすがは精神干渉汚染の名を持つだけはある。
ヒロムの八神トウマへの異常なまでの憎しみが「ハザード」を発症させたんだ」