一六六話 starting date
空は非の打ち所のないほどの快晴。
風も少し吹き抜ける程度で外で過ごす上では問題のない快適さがある。
ちょうど学生にとって大きな休みである夏休みは半分が終わった今日、季節としては真夏。
日差しは強く、夏特有の暑さが地上の人々を苦しめる。
そんな中、一人の少年は長袖長ズボンの青いジャージを身に纏い、眠たそうにアクビをしながら歩いていた。
「ふぁぁ〜……眠い。
歩くのも面倒になってきたな……」
アクビをするなりその赤い髪を手で掻きながら愚痴をこぼしてしまう。
面倒くさそうにため息をつきながら歩く少年……姫神ヒロムは足取りが重そうに歩いていた。
彼は一人で歩いていたわけではない。
その傍らには少女たちがいた。
「だ、大丈夫?」
彼のそばにいた少女の中の一人、姫野ユリナはヒロムの身に何かあったのではないかと心配そうに尋ねるが、その様子を見ていた赤い長髪の少女はユリナに言った。
「ダメよユリナ。
今日は私たちとのデートなんだから」
「そうじゃなくて……やっぱり体の調子が悪いんじゃ……」
「大丈夫よ。
昨日私がナース服で看病してたんだから」
「おい、アキナ。
あれが看病なのか?」
赤い髪の少女、朱神アキナの言葉を訂正させようとヒロムは彼女に問い詰めた。
「オマエの中での看病ってのはナース服のコスプレが似合ってるかを散々見せつけながら感想聞こうとして騒いだ挙句に寝落ちして寝ながら服脱いで全裸になってたあの状況を指すのか?」
ヒロムの口から出た昨日の出来ことであろう内容を聞いたユリナや他の少女たちは一斉にアキナを見るが、アキナは何食わぬ顔で話を進める。
「ちょっと、照れないでよ」
「照れてねぇよ、バカか。
つうかなんで寝ながら服脱いでるんだよ」
「私服着てると寝れないから」
「さも当然のように言ってんじゃねぇよ!!」
「「うわぁ……」」
ヒロムが鋭いツッコミを入れると、ユリナの隣で二人の少女がアキナを冷めたような目で見ていた。
桃園リサと高宮エリカ、二人ともモデルではないかと思うようなおしゃれな服装と着こなしを決めている。
「さすがにやりすぎじゃない?」
「リサの言う通りやりす……」
オマエらもだ、とヒロムはリサとエリカを見ながら言うが、何のことやら理解していない二人は首を傾げる。
そんな二人に向けて、そしてユリナたちに聞こえるようにヒロムは何のことかを説明し始めた。
「今朝、エレナが起こしに来てくれた時……オマエら着る服に悩んでるから選んでくれとか言って二人とも下着姿でオレの部屋に来ただろうが」
「何してるのよ二人とも!!」
ヒロムの話を聞いたユリナはリサとエリカを叱ろうとしたが、二人は正当性を主張しようとするかのように理由を語り始めた。
「だってせっかくのデートなのよ?
私もエリカもヒロムくんに気に入ってもらいたいと思っても変じゃないでしょ?」
「そうよ。
デートなのにヒロムくんの趣味に合わない服なんて着ていけないじゃない」
「だからってオレの部屋に下着姿で入ってくるな」
「だってね……リサ」
「うん……ヒロムくんには色んな私たちを見てもらいたいから」
「おい!!
そういうアキナみたいなこと言うな!!つうかアキナの影響を受けるな!!」
「褒めないでよ」
褒めてねぇよ、と照れるアキナの言葉を否定するようにヒロムは強く言うと思わずため息をつく。
ヒロムが落ち込んでいるとでも思ったのか、長い金髪の少女、愛神エレナが心配そうにヒロムに寄り添う。
「大丈夫ですか?」
「ああ……大丈夫だ。
ったく、このエロトリオは……」
「ちょっと待ってヒロムくん!!
私とエリカはエロくないわ!!」
「そうよ、セクシーすぎるだけよ!!
エロいのはアキナだけよ!!」
「二人して私の事ひどく言いすぎじゃない!?」
うるさい、と騒がしいリサたちにヒロムは一言告げるとまたため息をついてしまう。
というか先程からため息をついてばかりだ。
「……少しは静かに出来ないのかよ」
「あっ、そういえば一ついいかな?」
何かを思い出したのかリサはヒロムへと質問をした。
「私たちもそろそろ合鍵欲しいんだけど、いつもらえるの?」
「ああ?何のだよ?」
「ヒロムくんの部屋って入口の扉に鍵ついてるでしょ?
その鍵はヒロムくんが持ってて、なぜかユリナとエレナ、それにチカもだけどこの三人は合鍵持ってるでしょ?」
「……だから渡せってか?」
そういうこと、とリサが微笑みながら言うとヒロムはなぜか嫌そうな顔をしながら彼女に伝えた。
「何企んでるか分からないのに渡すと思うか?」
「何も企んでないわよ?
ただ……私もそろそろヒロムくんと愛を育みたいなぁって」
「……合鍵が欲しいなら大人しく静かに真面目な生活を送ってくれ。
でなきゃ渡さない」
残念、とリサは望みが叶わなかったはずなのにどこか嬉しそうに言うと羽咲チカのもとへと歩み寄っていく。
「ねぇ、チカ」
「何ですか?」
「合鍵欲しいからちょうだ……」
「ダメですよ?
ちゃんとヒロム様の言うことを聞いてください」
「むぅ……」
チカに正論を言われてリサは頬を膨らませながら不満そうにするが、それについて誰も触れようとはしない。
リサの今の状態を放置したままヒロムは話を進めようと話題を戻そうとした。
「……で、このデートはまずどこに向かえばいいんだ?」
「えっと……この前みんなで行ったショッピングモールなんだけど……」
するとユリナがヒロムに今回のデートについての説明を始めた。
「その……今回はヒロムくんに私たちのお願いを聞いてもらいたくて……えっと……」
「オレは今からショッピングモールでお姫様方の願いを叶えればいいんだな?」
言葉に迷うユリナが言おうとしてることを先に理解したヒロムはそれを確かめるようにユリナに言い、ユリナもそれを受けて頷くと続けて話した。
「ヒロムくんには迷惑かけちゃうなもだけど……大丈夫かな?」
「ああ、問題ない。
そういう約束だからな」
「じゃあ……」
「まずは私から!!」
すると突然エリカがヒロムに抱きつき、それを見たユリナたちは驚いてしまう。
「エリカ!?」
「じゃあヒロムくん、まずは……」
ダメよ、とアキナがエリカを離れさせるとヒロムの腕に強引に抱きつきながら言った。
「まずは私と一緒に……」
「もういい、こんな事しててもキリがない。
全員の願いは叶えるが、その順番は内容を聞いた上でオレが決める。
だから……これに六人の望みを書け」
ヒロムはどこからともなく紙とペンを取り出すとユリナに手渡した。
「う、うん……」
「安心しろ、ちゃんと叶えてやるから。
オレが何をすればいいのか、ユリナたちが思ってることを書いてくれればいいのさ」
…………
数分後
「書けたよ」
ユリナはヒロムから渡された紙に六人分の望みを書いたことを伝えるとヒロムから受け取ったペンとその紙を彼に手渡した。
ヒロムはユリナから紙とペンを受け取るとすぐに紙に書かれた内容を確かめた。
「予想通りというか何というか……」
紙に書かれた内容を見たヒロムは苦笑いするとユリナに一つだけ確認した。
「無理だと判断したらこの望みを少し変えてもいいよな?」
「えっと……出来れば変えない方向でお願いします」
丁寧に返事を返すユリナに対して何かを言うわけでもなくヒロムは頷くと紙を四つ折りにしてジャージのポケットにしまうと咳払いをした。
そして、携帯電話を取り出すと何かを調べ始め、調べる中でユリナにまた確認をした。
「今日のスケジュールは立ててあるのか?」
「ううん、何も立ててなくて……」
なら良かった、とヒロムが携帯電話を片付けると、ユリナたちの携帯電話への通知を知らせる着信音が全員同時に鳴る。
何なのか、それを確かめようとユリナたちは携帯電話を取り出して画面を見た。
画面には「新着メッセージ」とメッセージアプリからの通知があり、それを開くとヒロムから全員へ送られたメッセージが表示された。
「ヒロム様、これは……?」
「今日の予定だ。
何も無かったみたいだからオレが用意した」
「スゴいわエリカ……私たちのお願いを叶えるための予定まで組まれてるわ」
「ヒロムくんって普段やる気ないのにこういうこと出来ちゃうのがスゴイよね……」
「さすがヒロムさんで……」
ちょっと待って、とヒロムに感心するエレナの言葉を遮るようにアキナは言うとそのままヒロムに質問した。
「私のお願い、含まれてないんだけど?」
「ああ?
心配するなよ……ちゃんと叶えてやるから」
「本当よね?
昨日のことで怒ってて叶えないとかないわよね?」
いつも強気な彼女とは思えぬほどに心配そうな顔で確認してくるアキナを見るとヒロムは彼女の頭を撫でるなり伝えた。
「オレがそんなヤツに見えるか?」
「……見えなくはないわ」
「……オッケーだ。
とりあえず軽く傷ついたけど出発しよう……」
ヒロムはアキナの頭から手を離すと目的地であるショッピングモールに向かおうと歩き始める。
「あっ、待って!!」
ヒロムの後を追うようにユリナたちも歩き始めるが、そんな中でリサとエリカはヒロムと手を繋ごうと手を伸ばす。
が……
「……さすがにその選択権はオレが持ってる」
ヒロムはリサとエリカの手を避けると自ら手を伸ばし、ユリナとエレナの手を掴むと二人を自分のもとへと引き寄せる。
「「え!?」」
避けられたのが予想外だったのか、それともヒロムが自らの意思で二人の少女の手を掴んだのが予定外だったのか……
とにかくリサとエリカは驚き、そしてユリナとエレナは顔を赤くして恥ずかしそうにしていた。
「あ、あの……ヒロムさん」
「ヒロムくん……えっと……」
「たまにはいいかなって思ったんだよ。
それに……いつも真面目に頑張ってる二人への感謝の気持ち、てことで」
「ひ、ヒロム!!
私も……」
「アキナは我慢してください」
「えぇ!?
私も手繋ぎたい!!」
「生憎今のオレの両手には花があるから無理だ」
「カッコつけるなぁ!!」
ヒロムの言葉にツッコミを入れるようにアキナが言うと、ユリナたちは笑っていた。
そんな彼女たちを見るヒロムは彼女たちが気づかないくらいの小さな笑みを浮かべて楽しそうに笑っていた。




