一五話 今の思い
「オマエたちは覚悟ができているのか?」
シンクの言葉に一瞬ガイ、ソラ、イクト、シオンはどうこたえるべきか悩んだ。
ガイたちにとってヒロムのために戦うことはもう決めていることだ。
だが、シンクの言う覚悟とはおそらくその程度のことを踏まえたうえでの確認なのだ。
「……オマエはもし、オレたちが覚悟できてないと判断したら追い返すのか?」
ガイはただ純粋に思った事をシンクに問う。
が、シンクははっきりとした答えを返さなかった。
「さあな。
オマエたちの実力以上にこの先にある酷な試練を乗り越えるほどの覚悟がないなら足手まといになるのは事実だ」
シンクの目には一切の迷いも冗談もなく、真剣さそのものしかない。
そのシンクは続けてガイとソラに告げる。
「特にガイとソラ、オマエたちはよく考えて判断しろ」
「なんでこの二人だけなのさ?
オレやシオンならともかく、二人は……」
「コイツらはまだ自分の能力を完全に使えないからだ。
特にガイはある一件から能力を使わない。
ソラに関してはそのざまだ」
「……否定はしない」
ユリアの治癒を受け、イクトに支えられて立っている状態のソラはシンクを睨む。
「でもな……オマエがいなくなった後もオレとガイはヒロムのために戦おうとしたんだ。
それを一度離れたオマエが戻ってくるなり偉そうに言うなよ。
オレらだって自分のすべてかけてでも守ろうとしてるんだ」
ソラの目には迷いなどはなく、純粋に闘志がみなぎり、ソラはシンクに対して強い決意を感じさせるような視線を送っている。
それを感じ取っているシンクは小さくため息をつくとガイを見た。
が、ガイは小さく頷くとソラと同じようにシンクに告げる。
「オレも同じだ。
オレはオレがやれることのためにすべてを犠牲にするつもりでここにいる。
今までがそうだったように、これからもだ」
「……そうか。
オマエ、継がないんだな」
シンクの言葉の意味をいまいちわかっていないシオンはどういうことなのかソラに説明するように目で訴えかける。
同じようにユリナもソラの方を見ている。
「ガイの家である雨月家は昔から代々引き継がれてきた剣術名家。
ガイも次期後継者としてその実力を現在の当主たる親父さんからも期待されていた」
「剣術名家……」
「だが、ガイはそれを降りた」
「何か問題があったのか?」
「……ヒロムに仕えるのに地位は必要ないってな」
ソラが告げたガイの家を継がない理由はシオンだけでなく聞いていたハルカも驚くことを通り越して呆れるものだった。
「それって……」
「当主になるほどの力があるのにそんな理由で断ったのか?」
「オレにとっては重要なことだ。
オレのこの力でヒロムが救えるならな」
ガイの言葉の真意がシオンには理解できなかった。
剣術名家の家でその現当主から次期当主として見込まれ、期待されるほどの実力者がそこまでしてヒロムの力になりたい理由が見当たらない。
いや、それ以前にガイという人間の考えがシオンにはわからなかった。
「そこまでしてでも仕えたいのはなぜだ?
オマエほどの実力者がなぜ……」
「……オレが弱いからだ」
「何?」
「……もういいだろ。
オレはとにかく、シンクがどう言おうとヒロムのために戦う。
それについてはとやかく言われる筋合いはない」
「そうか。
……死神、オマエは?」
オレか、とイクトは呑気に座り込むと少し考えたが、その答えはあまりガイたちと変わりなかった。
「オレは今や大将のための戦士。
アンタに比べりゃそりゃ思い入れは違うと思うよ?
でも……アンタなんかよりは余程頼れると思うけどな」
「それで?」
「オレが大将を守る。
それだけの実力はあるよ。
アンタにも負けないさ」
「……じゃあ、試すか?」
イクトの挑発的な言葉にシンクも反応して魔力を纏おうとしたが、ヒロムが咳払いしたことでそれをやめた。
「面倒なことするなよ。
結論言って終わってくれる?」
「結論?」
「オマエは何か隠してるだろ?
オレにも言えないようなことを」
「隠してはない。
それにオマエに隠しごとはしないと決めている」
「……本当かよ」
とにかく、とシンクは突然ヒロムたちに背を向けるとその場を去ろうと歩き始めた。
「オマエたちの覚悟はわかった。
その上で今後に期待する」
「どこに行く気だ?」
「……「狂鬼」を探しに行く。
言い出した手前、何もしないわけにはいかない」
「一人で行く気か?」
「オマエたちが来ても変わらないからな」
シンクは全身を氷に包むと、そのまま氷を砕き、氷とともに消えていく。
シンクが消えたことで場は一瞬沈黙するが、夕弦がソラに対して言葉を発したことでその沈黙が消えた。
「ではアナタは私と来てください」
「ああ?
何でだよ?」
「その体ではまともに歩けないのでは?
それに、アナタのその力は体への負担が大きいこともある。
一度病院へ検査を受けに行くべきです」
「……面倒だな。
あと任せるぞ、ガイ」
夕弦はヒロムに深々と頭を下げるとソラを連れて歩いていく。
そのソラもどこか納得いかない様子で不満げに歩いていた。
あとは任せたと言われたガイだが、シンクの言う「天獄」についてはもう話が済んだも同然。
ボロボロのソラを夕弦が連れていき、シンクも「狂鬼」を探しに向かった。
つまり、ここでの話はほとんど終わったも同然だ。
「……で、大将よ」
「ガイ、オマエは普通に呼べよ」
「冗談だ。
ヒロム、どうする?
敵も去って、ほぼ話は終わった」
「ま、確かにここにいる意味ねえな」
「これからどうするんだ?」
シオンがまず今思っていることをヒロムに尋ねた。
が、相手が悪かった。
そもそも今後のこととかどうでもいいと思っている可能性が高いヒロムがまともに反応するわけがない。
「知るか」
案の定の反応。
ガイはそれを見て小さくため息をつくと、ヒロムに一つ提案した。
「ここはまず、十家会議とやらの結果を待たないか?」
「好きにしろ。
……で、その結果を誰に聞く気だ?」
「そこはシンクに頼る。
アイツが八神に追われながらも十家会議の情報を得たその情報網を頼るしかない」
「そのシンクもどの辺探すか言ってねえんだがな……」
「まあいいじゃないか。
それで、とりあえずはどうする?」
「……帰るほかないだろ。
どうせここにいても何もないんだ」
***
高架下
シンクは氷とともにそこに姿を現す。
そしてもう一人。
「キミがまさか水面下であんなことをかんがえていたとはな」
ゆっくりとこちらに飾音が歩いていくる。
飾音に対してシンクは別に身構えるわけでもなくただ平然としていた。
そしてその飾音もシンクに対して怒っているわけではなさそうで、どこか飄々とした雰囲気でシンクに話しかける。
「でも、うれしいよ。
まさか、あんな小さなころからこの時のために動いてくれていたなんて」
「どうも。
これでもヒロムには恩義を感じている。
その礼ですよ」
「そうなんだ。
理由はどうあれ、味方として力になってくれるのは心強い」
どうも、とシンクは適当に返事を返すと飾音に対して一つ質問した。
「……頼みがある。
アンタの弟子を二人、「天獄」に勧誘したい」
「なるほど。
個人的には賛成したいけど……」
どうしてです、と飾音の答えを完全に聞く前にシンクは真意を尋ねる。
飾音もそれに答える形で続きを語り始めた。
「実力はもう申し分ないけど、彼らにはまだ経験が足りない。
それをキミが補ってくれるとは思うけど、せっかくならしっかりと学ぶこと学んでからキミに一任したいね」
「……それはつまり、アンタはオレの考えに賛同するということですか?」
どう思う、と飾音がシンクに聞き返す。
シンクは飾音の言葉に反応せず、そのまま話を進めた。
「……それで、オレの拘束に来たのか?
仮にも八神に追われるようなことをした身だ。
姫神の当主が見過ごすとは思えないが……」
「それについては何も言われてないよ。
むしろあの人もキミがヒロムの味方になったと知れば喜ぶはずだ」
「何を根拠に……」
でも、と飾音はシンクに対して一つ問いかける。
「個人的にはキミの目的が気になるんだ」
「目的?
オレの目的は「天獄」を結成してヒロムを……」
「嘘はいいよ。
キミがトウマのことを殺そうとしていることは「彼」から報告を受けている」
「……あの男か」
あの男、八神トウマに仕えながら、その実、姫神飾音に裏で情報をリークしているスパイ。
シンクもそのスパイについては知っている。
「あの男もよくやるものだ。
アンタのために従う気もないのに「角王」の地位を得ている。
あの男こそトウマを裏切って首を狙うはずだが……」
「今はキミの話だ。
どうなんだい?」
飾音の問いにシンクは誤魔化すこともせず、ただ真剣に答えた。
「……ああ、殺すために利用した。
アイツといればアイツのすべてを知ることができる。
そしてオレはアイツの手の内を知り、そして……アイツがヒロムを狙う理由を知った」
「ヒロムを狙う理由だって?」
シンクの口から出た言葉に飾音は取り乱してしまう。
飾音にとっては思いもしない言葉だったからだ。
そもそもトウマがヒロムを狙う理由はかつて飾音が「八神」に告げられた「無能」であるからだと思っていた。
が、それはシンクも知っているし、何ならヒロム当人だってそれを理解している。
なのにシンクは真にトウマがヒロムを狙う理由を知ったという。
つまり、トウマがヒロムを狙うのは他の理由からだということだ。
「それは本当なのかい?」
「ああ、事実だろうな。
現に今のヒロムはその理由と一致せざるを得ない状況下にある。
遠くからではあるが、オレもそれを確認している。
ヒロムがトウマに狙われるのは……」
シンクがその事実を告げようとしたタイミングでちょうど高架を列車が通っていく。
列車の走行による騒音と振動により、シンクの言葉がはっきりと聞こえない中、飾音はシンクの言葉を何とか聞き取り、そしてそれにより知った事実に驚くしかなかった。
「もしそうだとすれば「八神」は狂った思想をしていることになる。
何せ、アイツらは責務を果たさなかったことになる上にそれを今になって消そうとしているのだからな」
***
どうする、とガイはヒロムやイクトたちに相談する。
結局のところ、ここにいても何もないとして各自帰ることになった。
そこまでは良かったが、一つ問題があった。
「オレは別にその辺で野宿でもする」
「そうもいかない。
オマエはこれでも追われてる身だ」
そう、シオンの今後についてだ。
飾音に何を言ったかは知らないが、ここまで来たシオンのその後については何の考えもなかったのだ。
「オレかイクトの家に……」
「いらん世話だ。
好きにさせろ」
「オレは知らんぞ。
そいつの言うように好きにさせろよ」
シオンはガイの提案を拒み、さらにヒロムもなぜか責任感のないことを言い始める。
「無責任なこと言うな。
ヒロムの屋敷は……フレイたちがいるから無理か」
「……そんなにオレをどこかに滞在させたいのか?」
「万が一のこともある。
飾音さんが迎えに来るかもしれないからすぐ動けるようにしてくれ」
「そうか……」
じゃあ、とハルカが突然手を挙げた。
「私の家はどうかな?」
「女は苦手だ」
「でも私、ユリナと違ってアナタたちの家から少し離れてるから万が一のことがあったら怖いでしょ?」
「なるほど……。
護衛としてか」
待て、と納得するガイに対してシオンは反論するように言った。
「なぜオレが女のお守なんかしなきゃならない。
勝手に話を進めるな」
「だが今オマエが捕まれば好きに暴れられなくなるぞ?」
「それは……」
「いいじゃねえか。
飾音さんからの連絡が来るまでの間くらい我慢しろよ」
シオンに対してイクトは笑いを堪えながら告げるが、それにシオンは少しばかり不快感を露わにする。
「何がおかしい……?」
「別に~。
好きに暴れたいんだろ?」
「……ち」
わかった、とシオンはため息交じりに返事をする。
と、同時に突然、ハルカがシオンに近づくとシオンの腕に抱き着く。
シオンの顔色は一気に悪くなり、シオンは慌ててハルカを振り払うと警戒して離れていく。
「あ、本当に苦手なんだ……」
「何の……つもりだ……」
「いや……ね。
なんか、よく見るとすごくかっこいいと思って……」
「言ってることの意味が分からん!!」
「……うるせえな」
「おい、覇王!!
止めてくれ!!」
知るか、とヒロムは適当な返事をするとシオンに背を向けてその場を去ろうとする。
「そんなとこまで面倒見れるかよ」
「あ、待って……」
ユリナもヒロムを追うように去っていく。
シオンはガイとイクトを見た。
が、二人とも同じタイミングで目を逸らす。
「おい、目を逸らすな!!」
「言っておくぞ。
ハルカは一度恋に落ちるとかなり尽くすタイプだ」
「知らん!!」
「ああ~、ガンバ」
「貴様……死神!!」
シオンくん、とハルカが笑顔でシオンに歩み寄る。
そして……
「私のボディーガード、よろしくね♪」
「ふざけるなあああ!!」