一四八話 冷たい決意
「オレと共に……散れ」
冷気と氷により姿を変えたシンク。
その全身は冷気による影響なのか白く見え、そしてシンク自身からも人間味を感じられぬほどの冷たさを感じ取れる。
さながらその姿は氷そのもの、白いというよりは見た目だけで凍えてしまいそうなのだ。
そしてそれを現すかのようにシンクの足元は徐々に凍り始めていた。
地面の熱を奪い、氷が支配していくような光景、それを目の当たりにしたガイたちはただ驚くだけだが、飾音はシンクの姿について話し始めた。
「データにない力だな。
まさかそんな奥の手を隠していたとは……驚いたよ。
それで……その姿だと何が出来るのかな?」
相変わらず、というべきかまるで相手を挑発するかにも思える余裕のある言葉が飾音の口から次々に出てくるが、シンクは気にも止めずにゆっくりと歩き始めた。
シンクの歩いた跡は音もなく凍りつき、冷気を放出しながら周囲を凍結していく。
それを見た飾音はある仮説を立てるとともにシンクに質問をした。
「……オマエのその力、熱を奪う力のように見えるな。
熱を奪うことで相手の機能を低下させて潰す……そういう能力なのか?」
「さぁな。
そんなことはその身で味わえば理解出来るだろうが……」
「それもそうか……けど、受ける気は無い!!」
飾音が指を鳴らすと風の矢が現れ、シンクに襲いかかる。
が、風の矢はシンクに触れるその瞬間に音もなく一瞬で凍結し、そして砕け散ってしまう。
「な……」
「これで殺せると思ったか?
ナメられたものだな」
「ならこれでも受けろ」
トウマは光の翼を纏うとともに衝撃波を放つが、シンクの前にて一瞬で冷気となって消えてしまう。
「バカな……」
飾音とトウマの攻撃、それを防ごうとしたわけでもないのにシンクは防ぎ、その事実が二人を驚かせる。
が、一人だけ違った。
「……潰す」
ヒロムは全身に闇を纏うと走り出し、シンクに向かっていく。
シンクはヒロムの接近を確認すると全身から冷気を報酬しながら歩く速度を速めていく。
「来るなら来い……ヒロム。
オマエのその力……オレが止めてやる」
「……消す」
ヒロムはシンクに接近すると拳に闇を纏わせて殴りかかるが、シンクの体に触れる前に冷気が氷の壁へと変化して防ぎ、そして冷気によって闇が消されていく。
「!?」
防がれたこと、そして闇が消されたことにヒロムは一旦動きを止めてしまう。
が、飾音によって闇に支配されてるせいか、再び闇を纏うとシンクに向けて蹴りを放つ。
「……ムダだ」
シンクは防ごうとせず、そしてヒロムの攻撃はまたしても氷の壁へと変化した冷気に防がれる。
さらに冷気は闇を消そうとするが、ヒロムはその瞬間に闇をさらに大きくして免れると連撃を放つ。
「……潰す」
「さすがだよヒロム。
瞬時に対抗策を思いつくとは……けど、無意味だ」
ヒロムの連撃はすべてシンクに命中することなく氷の壁に防がれ、そして大きくなったはずの闇が消されていく。
「!?」
「あまり闇にばかり気を取られるなよ……」
シンクの言葉を受けたヒロムは自身の体を確かめると、氷の壁を殴った拳が冷気によって凍結し始めていたのだ。
その凍結は徐々に進行しており、ヒロムは慌ててシンクから離れようとした。
が、シンクが地面を軽く蹴るとヒロムの足元が凍り、さらにヒロムの右脚が凍りついてしまう。
「!?」
「今のオレはオマエの理解の外に……」
「うるさいぞ」
シンクの言葉を遮るように飾音は自身の周囲に数本の乱回転する風の槍を出現させ、指を鳴らすと共に風でヒロムを自分のもとへと引き寄せる。
「受けろ……ダインスレイヴ!!」
飾音の言葉を受けた風の槍は勢いよく放たれ、その全てがシンクに狙いを定めて襲いかかる。
シンクに迫る風の槍の速度は常軌を逸しており、目で追うことなど不可能に近い。
そのせいかシンクは避ける様子がない。
そして風の槍は次々にシンクの体を貫いていくが、貫かれたシンクの体は音もなく冷気となって消えてしまう。
「何……!?」
「今のオレは人の理解の外側にいる」
飾音の背後に冷気と共に現れたシンクは不意を突くように蹴りを放つが、トウマはそれを察していたのか光の翼を盾にして防いでみせる。
「ほぅ……」
「三対一だ。
オマエが何をしようとも……」
「勝てない、か?
やってみろ!!」
光の翼が一瞬で氷へと変わり、さらにその氷はトウマを凍らせようと襲いかかる。
「!!」
トウマは慌てて氷を砕こうと光を放つが、冷気がその光をかき消してしまい、氷は次第にトウマの体を蝕んでいく。
「な……「天霊」の力が効かない!?」
「言ったはずだ!!
今のオレは人の理解の外にいると!!」
シンクは全身から冷気を放出するとトウマを蹴り飛ばし、さらに飾音に殴りかかるが、飾音はそれを避けると全身に風を纏うと衝撃波を至近距離から放つ。
しかし衝撃波はシンクに触れることなく冷気となって消滅し、シンクは飾音に向けて襲いかかる。
「この……」
蹴りを受けたトウマの体は徐々に氷に覆われ始めていたが、トウマは全身に光を纏うとそれを急激に強めて氷を消し去ると光の翼を再び纏って飛翔する。
さらにヒロムも闇を纏うとそれを大きくしながらシンクに攻撃しようと走り出す。
「……皮肉なものだ。
まさかオマエら親子をこんな形で相手にしなきゃならないとはな」
シンクは飾音に連撃を放つ中でつぶやき、そして飾音に向けて告げた。
「どんな気分だ?
息子二人を利用してこの状況をつくった気分は」
「最高だよ。
これこそ「八神」を最強の存在にするための布石と呼べるのだからな!!」
風を纏わせた拳で殴りかかる飾音だが、シンクはその拳を掴み取ると凍りつかせ、そして飾音を睨みながら言った。
「つまりオマエの気分は最高ってか……。
悪いが今のオレは、イライラしてるんだよ!!」
シンクは冷気を纏わせた蹴りを飾音にくらわせると氷の翼を纏い、皮脂したトウマのもとへと一瞬で移動するとトウマの体を掴んで地面に叩きつけ、さらに氷で彼に連撃を叩き込んでいく。
「ぐぁっ!!」
「……殺す」
闇を纏ったヒロムは闇をさらに大きくするとシンクに向けて放つが、闇はシンクに触れることなく冷気によって消されてしまい、シンクは冷気へと姿を変えるとヒロムの背後へと移動してみせる。
「……!!」
「悪いな、ヒロム。
今のオマエじゃオレには届かない!!」
シンクは頭上に冷気を集めるとそれを氷へと変換し、さらにそれを大きくするとともに翼竜へと変化させていく。
「受けろ……!!
フロス・ブリューナク!!」
シンクの叫びとともに氷の翼竜がヒロムと飾音やトウマに向かっていき、三人は翼竜が攻撃と冷気に襲われていく。
「「ぐぁぁぁ!!」」
まだだ、とシンクは右手に冷気を集めると勢いよく地面に手をつき、それと同時にヒロムら三人を氷で拘束すると左腕を氷で覆うと巨大な氷の腕へと変化させる。
「ギガ・ブリザックル!!」
シンクは巨大化した氷の腕で攻撃を放ち、氷に拘束された三人を地面へと叩きつける。
「「がぁぁぁあ!!」」
シンクの攻撃により三人は負傷し、そしてその場に倒れてしまう。
シンクは左腕の氷を砕くと全身に冷気を纏わせていく。
が、その時シンクは勢いよく血を吐き出してしまう。
それもかなりの量をだ。
「くっ……」
(ここまで……か!!
でも……せめてヒロムだけでも……)
するとヒロムが立ち上がり、全身に闇を纏うとともに走り出す。
それを確認したシンクは口元の血を手で拭うと拳を強く握って走り出した。
「これでオマエを止める!!」
ヒロムは勢いよくシンクに殴りかかるが、シンクはそれを高く跳んで避けるとともにヒロムの背後へと回り込み、着地と同時にヒロムに向けて拳を叩きつけようとする。
が……
シンクの全身が急に無数の傷に覆われ、そこから血が吹き出すとともにシンクの動きが止まってしまう。
「……っ」
(こんな時に……限界が……)
「……消す」
シンクの動きをが止まると同時にヒロムは全身に纏う闇を身の丈以上にまで大きくするとシンクの体に叩きつけ、さらにシンクを天高くへと蹴り上げると高く飛び上がり、拳に闇を纏わせるとガイたちの方へと殴り飛ばしてみせる。
「かっ……!!」
殴り飛ばされたシンクはガイたちの前の地面に叩きつけられ、そのまま倒れてしまう。
そして冷気が徐々にシンクの体を蝕み始めていた。
先程までシンクの力となっていた冷気が今度はシンクに襲いかかっているのだ。
「シンク……!?」
「がっ……あ……」
「どうやら限界のようだな」
飾音は立ち上がるとヒロムのもとへ歩み寄り、そしてシンクを見ながら告げた。
「理解したよ、その強さの秘訣を。
まさか魂を対価にして発動していたとはな」
「くっ……」
「くそっ……!!」
このままではまずい、そう思ったガイとソラは立ち上がるが、ダメージが大きいのかすぐに膝をついてしまう。
二人の姿を見た飾音は二人を馬鹿にするような笑いを見せると、笑いながら言った。
「無駄に努力しても結局オマエらは何も出来ない!!
無駄に時間を費やして無駄に消える!!
オマエたちは何も出来ないんだよ!!」
全くだ、とバッツが飾音のもとへと音もなく現れ、そしてガイたちを守ろうと傷だらけのノアルが現れる。
「東雲ノアル……!!」
「……撤退しろ」
「何?」
「オレが時間を稼ぐから撤退しろ!!」
「そんなの……」
させない、と飾音は乱回転する風の槍を無数に出現させるとガイたちやノアルに狙いを定め始める。
「ここで殺す。
そして……そこのヒロムの精霊も殺して力を奪い、兵器を完成させる!!」
「おいおいぃ〜。
何ふざけたこと言ってんだよォ」
どこからともなく声が聞こえ、そして何の前触れも無く風の槍が炸裂して消滅してしまう。
「!?」
おそらく彼の意思ではないのだろう。
飾音は風の槍の消滅に驚き、周囲に誰かいるのではないかと探し始める。
誰だ、と飾音はどこかにいるであろう新手の敵に向けて叫ぶも返事はない。
次第に苛立ち始める飾音。
すると、ガイたちの前に音も立てずに何者かが現れる。
それはガイもソラもよく知っており、ノアル自身もかつて自分のことを監視していたがために知っている。
そして飾音もトウマも知っており、闇に支配されてるヒロムも支配される前は激闘を繰り広げた相手だ。
「……よぉ〜、飾音。
これはどういうことか、聞かせてくれるよなぁ〜?」
「鬼桜……葉王ォ!!」
飾音は目の前に現れた男、鬼桜葉王の名を叫ぶように声を出すが、葉王はヒロムを見ながら話を進めた。
「テメェ〜、オレらの計画知っててそいつをそんな風にしたのかぁ?」
「利用されたのがショックなのか?
悪いが騙される方が悪い。我々はオマエたちを倒すためなら何でもやる」
「それがこれかぁ……。
笑えねぇなぁ……オイィ」
いつもと変わらぬ気だるげな口調、だがその言葉の節々からはいつもの余裕とは真逆の怒りによる緊迫したものを感じられる。
「……「八神」にこの先はない。
それは覚悟しとけよォ」
「確かにオマエは強い。
オレたちを相手にしても辛勝できるかもな」
けど、と飾音はヒロム、トウマ、バッツを見ると指を鳴らし、ガイたちと葉王を取り囲むように「四条」の強化兵である能力者を整列させると武器を構えさせる。
「これだけの相手をその手負い共を守りながら勝てるのか?」
「誰が葉王一人だと言った?」
ゆっくりと足音を立てながら何者かが迫ってくる。
そしてそれが近づいてくる中で周囲の空気が重くなっていくのを感じていた。
それは今まで感じたことの無いような背筋が凍りつくような異様なまでの空気感にガイたちは恐怖を感じていた。
(な、なんだこの……)
(これは……人が放ってる気なのか!?)
「貴様らの行いは我々を侮辱した。
未来など与える義理はない……そして、貴様らの命の灯火も消してやる」
足音を立てながら近づいていたはずのその何者かはいつの間にか葉王の隣に並んでいた。
青い髪、黒色のコートに身を包んだ青年。
その青年を前にトウマは少しばかり後退りしてしまう。
そう、彼のことをよく知っているからだ。
「まさか……」
「これはこれは……まさかオマエ自らが来るとはな。
なぁ……一条カズキ!!」
一条カズキ、飾音は目の前の青年をそう呼び、その名を聞いたガイたちは愕然としていた。
そう、目の前のこの青年があの「十家」最強の男だというのだから。
「貴様らを完全に始末するためなら玉座如き捨ててやるよ。
それほど貴様らはオレの計画の邪魔をしているのだからな」
全くだよ、と霧とともに双座アリスが現れる。
「ここまで時間かけたのに、こんな凡人共に邪魔されたんじゃ腹立たしいよ」
「凡人……だと!?
「十家」最強だからって調子に……」
「事実を述べた、それだけだ。
……葉王。
貴様は「覇王」を止めておけ」
「任せろ」
「……他の敵はオレ自らが潰す」




