一四話 目論み
幼少期。
まだヒロムが「無能」と呼ばれる前の話だ。
ヒロムとまだ姫神家にいたトウマのもとに来ていたシンクはヒロムと遊んでいた。
「なあ、シンク」
砂場で何かを作るシンクにヒロムは目を輝かせて言った。
「オレ、王様になる」
「……何?」
「オレさ、能力を手にしたらみんなのために戦いたいんだ」
ヒロムの突然の言葉にシンクは一切反応せずに砂場での作業を続ける。
が、ヒロムは続けて話し始めた。
「オレには精霊の召喚しかできないけど、いつか能力を手にして、ソラくんやガイくんとシンクやトウマと一緒に強くなりたいんだ」
「……あっそ」
シンクは冷たく一言返事をするが、それでもヒロムは話をつづけた。
「きっと諦めなかったら何とかなるさ。
だからオレは頑張るんだ」
「……じゃあ、もし能力を手にできなかったら?」
「その時はその時さ。
オレも自分にできることをやる」
「……ふーん」
するとシンクは砂で作っていた何かを崩し、立ち上がるとヒロムに言った。
「じゃあ、姫神の小隊になるの?」
「小隊……?」
「……グループみたいなのじゃないかな。
どうするの?」
「……じゃあ、父さんたちに負けないようになる!!」
ヒロムのその曲げようのない意思についてシンクはその時から影響された。
おそらくヒロムもそのつもりのない、子供の純粋な好奇心から来る言葉でしかないのだろう。
だが、シンクはその時、そのヒロムの言葉に心を動かされた。
「じゃあ……オレも頑張る」
「ホントに!?」
「だから名前考えようよ」
「じゃあ、スーパー……」
「ダサいな。
じゃあ……「天獄」とか」
聞いたことのない言葉にヒロムは困惑し、どういう意味か必死に考える。
それを見かねたシンクはそんなヒロムに説明した。
「……天獄地獄ってあるだろ。
もし本当に王様になるなら好きに暴れられるようなどっちでもない方がいいと思う」
「よくわかんないけど、なんか面白そう!!」
ヒロムのそのうれしそうな顔を見てシンクはなぜか同じようにうれしかった。
そう、この日をきっかけにシンクはヒロムのために……
***
「あの日のオマエの強い意思は紛れもなく本物だった。
夢物語だろうと、無邪気な子供の一時の気まぐれでも構わない、オレはオマエにすべてを捧げるとその時決めたんだ」
シンクはヒロムに向けて頭を下げたまま、続けて話し始めた。
「今こそヒロムを守るためにその力を結集させ、敵と戦うべきだ」
「敵……」
「待てよ。
敵ってまさか「十家」じゃないだろうな?」
そうだが、とシンクは立ち上がるとガイに説明した。
「今の「八神」はヒロムを完全に始末しようと動いている。
それもギルドが関与できないように裏で情報を操作してでも実行しようと企んでいる。
ならば手を打たないと後れを取ることになる」
「……で、今がその時、か」
ソラはそのボロボロの体で立ち上がろうとしたが、うまく立てず、駆け寄ってきたイクトに支えられながら立ち上がった。
その姿に何があったかを理解できたヒロムとシンクは驚く様子もなかったが、ユリナとハルカはそのソラのボロボロの体に言葉を失い、直視できないのか目を逸らした。
「……悪いが、敵との戦力差は大きい。
なのに、戦うのか?」
「だがオマエたちはそれでも今戦っていた。
それでも疑うか?」
「……ああ」
シンクに対してソラは今、疑念を抱いているようだ。
どうしてかはわからないヒロムに対してシンクと、そしてガイはわかっていた。
「……悪いがオレも疑ってる。
オマエはあくまでトウマに仕えるためにヒロムのもとを去った。
そのオマエが今更味方だと言っても納得できない。
確認だが……十家会議ってのはオマエがそうさせたのか?」
十家会議、聞いたことのないその言葉にソラは警戒心を抱いており、それについての説明をシンクに求めた。
「十家会議は名の通り、「十家」の当主十人による会議だ。
会議と言えば普通かもしれないが、その内容は政治的なものから軍事的なものまで幅広いうえにギルドの動きまで議題に出すなど好き放題できる場所だ」
「何か?
「十家」が今の世の中動かしてるってか」
「そこまで大きな話じゃない。
ギルド側も反論するし、政治的と言っても能力者に関してのみだ」
淡々と説明するシンクに対してシオンは何か不服そうにシンクを睨んでいた。
その視線に気づいたのか、シンクはシオンに何かあるなら言えと告げる。
「オマエの意見も重要だ。
言いたいことは隠さず言ってくれ」
「じゃあ、遠慮なく。
オレらが「天獄」に入ったとして、「十家」相手じゃ最悪反逆扱いだ。
策はあるのか?」
「戦闘種族の「月閃一族」の末裔が弱気だな。
そこはオレたちの動き方一つで何とか回避できる。
だが、ヒロムが攻撃される可能性はどうやっても回避できないのは事実」
「その話だが、これについて知っている人間は他にもいるのか?」
ガイはシンクに確認をとるが、シンクは何かを考える間もなく返事をした。
「いいや、オレだけだ。
オレが極秘で動き、何か事を起こすというのは飾音さんの使いに伝えたぐらいだ」
(スパイか……。
あの人の言うことは本当だったか)
シンクの言うスパイ、それはおそらく飾音が言っていた人物だろう。
シオンはそれを心の中で思い出していた。
「で、その「天獄」ってのはここにるオレらだけか?」
「今はそうなるな」
続けてイクトがシンクに確認した。
もし「天獄」を結成するとなってもその人員はここにいるヒロムをリーダーに、ガイ、ソラ、イクト、シオン、そしてシンクだけとなる。
つまり、前回トウマと対峙したあの日からただシンクが増えただけだ。
実質数だけで見れば何ら不利な状況は変わっていない。
まして相手は「十家」。
「八神」だけを狙うにしてもその「八神」の刺客三人のうち二人を倒すのにソラは重症、さらにヒロムはダウンした状態だ。
ましてガイの相手であった刃角はまだ本気を出していない。
「その前に……角王ってのはあと何人いる?」
「角王は全部で六人。
さっきの刃角、拳角、射角に加えて副隊長の狼角、隊長の獅角に角王新入りの斬角だ」
「あと……四人か」
「いやいや、あと四人っていうけどさ。
その四人が実力未知数じゃん」
あと四人と意気込むシオンに対して、いつもの余裕がないイクト。
いや、イクトの場合は実際に戦っているからこその反応なのだろう。
「それに……「八神」の力なら倒した二人もそのうち復活する可能性がある」
ソラの言う不安要素はもっともだ。
一方的に攻めてきた角王だが、それ相応の準備はしているはずだ。
するとユリアがソラに治癒術を施しながら拳角についてガイたちに伝えた。
それは自身が知る情報と先程の戦闘で得た情報だ。
「拳角の能力は「不炎」。
聖獣フェニックスの炎とも呼ばれる破壊と再生の炎です。
特に造形術を合わせた炎の鳥による攻撃が多く、全身を炎にして攻撃を回避するなども多用しています」
「再生ってことは……」
「今オマエが考えた通りだ。
拳角は自己再生ができる。
あそこでとどめを刺さなかったのは後で後悔する」
待ってください、とシンクの発言に対してフレイが自分の意見を告げる。
「あの場にはユリナとハルカ……彼女たちがいました。
その彼女たちの前で非情な行いをしろと言うのですか?
マスターは……」
「彼女たちのために戦っていた、と?
主の行動を尊重するのは自由だが、敵はその優しさを踏みにじろうとしている。
それでも情けをかけるのか?」
フレイの考えを否定するかのようにシンクが言い放った言葉。
それは正論であり、間違いではなかった。
いくらこちらがユリナ達を守るために戦っていて、その彼女たちの前で必要のない攻撃は避けたいと考えていても、相手は容赦なく攻めてくる。
それもヒロムを殺そうと全力でだ。
「オマエたちの考えはよくわかるが、それは相手にとって利用できる弱点でもある。
その点はあれを見習うべきだ」
「私のことかしら?」
すると音もなく夕弦がヒロムのもとへ現れる。
「ご無事でしたか、ヒロム様」
「どうだか」
「……それで、今回は教えてくれるんですよね?
シンク、アナタの考えを」
「来て早々本題か。
さすがヒロムのためにその道を選んだ戦士だ」
「誤魔化さないで答えて。
アナタはまだ何か企んでいるわよね?」
「当然だ」
シンクは氷でその場に椅子を作ると、それに腰かけ、椅子に座った状態で夕弦に自分の考えを伝える。
「今回の十家会議は予想外だが、結果はわからない。
トウマの出した協力要請に他の十家がどう反応するかはわからないが、何かしら動きはあるだろう。
そうなれば真っ先にヒロムが狙われる」
「どうしてですか?」
ユリナが質問をするとシンクは面倒くさそうに説明した。
おそらくシンクはユリナに対して優しさなど持ち合わせてないのだ。
「……トウマと「八神」はヒロムが能力を持たないとして「無能」と呼ぶが、一部ではその十一体の精霊が軍事利用できると考えているものもいる。
特に一条カズキはどうするかな」
一条カズキ。
先程シンクが言っていた「一条」の当主。
人物像もわからないため、どれほどすごいかわからないが、シンクが言うからには厄介な人物なのだろう。
いや、そうでなくても「一条」は十家最強の実力者。
その最強を維持するために必要になるのだろうか?
「その一条カズキはヒロムを利用したいのか?」
「可能性はある。
最強として君臨するために利用する価値はあるだろうな」
どうしてですか、とユリナがさらにシンクに質問するが、シンクはそれをスルーしようとした。
が、さすがにそれはまずいと思ったヒロムが続けてシンクに質問した。
「オレに利用価値があるとは思えないが何でだ?」
「……ヒロムにはフレイやマリアたち精霊がいる。
その精霊の数は基本的に一人につき一体だ。
だがヒロムは全部で十一体を宿し、それを全員同時に召喚して使役できる」
「だが、それはヒロムが精霊とともにこれまで築き上げた成果でもある。
そんな簡単に利用できるものか?」
「そうだ。
ヒロムが一条カズキに従うわけがない」
「その先だ。
本来の理に背いたとしても精霊を複数持てるとしても多くて三体程度だ。
その三体でも同時召喚は厳しいし、長期運用はできない」
「そうなんですね?」
「そうなのか?」
「ヒロム……」
なぜオマエまでそんな顔をしている、と言わんばかりにガイはユリナと同じような反応をするヒロムに対して内心呆れ、ため息がこぼれてしまう。
いや、仕方ないかもしれない。
ヒロムは幼い時からその十一体とともにいる。
今ではヒロムの身の回りの世話などを難なくこなすほど理解しあうほど、互いに理解しあっている。
それが当たり前なのだろう。
「……つまり、どんな才能がある人間でもヒロムのようにはできないからこそその原理を知りたいってか?」
「ガイの言う通り、それもあるだろうな。
だが、本題は精神に影響……」
ストップ、とイクトが突然シンクの口を塞ぐように手を当てる。
突然のことでシンクは言おうとしていたことを途中でやめ、即座にイクトの手をどけるとイクトを睨んだ。
そんなシンクにイクトは彼にだけ聞こえるように伝えた。
「あんまアンタこういう場合の対処方法知らないだろうけど、ここでそれは言わないでくれ」
「なぜだ?
あの女たちにも……」
「その姫さんらがそういう話に耐性がない」
「……よくわからんが、そこまで言うなら後で言おう。
とにかく、ヒロムのその常軌を逸したその力に一条カズキも注目しているだろう」
イクトに言われて本題を隠すように話をつづけたシンクにユリナは一瞬不信感を抱くが、ヒロムが何も言わないため、そこで何も言おうとしなかった。
ところで、とユリアによる治癒術を受けるソラがシンクに一つ質問した。
「その「天獄」は今後大きくなるのか?
今のままじゃ戦力はどの敵と対峙しても不利でしかない」
「当てはある。
そうだな……今の段階で四人だ」
「四人だけか……」
「一人は「狂鬼」鬼月真助だ」
「!!」
ソラは「狂鬼」と聞いただけでそれが何かすぐにわかった。
そしてその情報を提供した張本人である夕弦もすぐに気づき、シンクにその真意を確かめた。
「待ちなさい、あなたはその男の危険性を……」
「知っているさ。
一度面識があるからな」
「誰だ?」
「……オレと同じ、「月閃一族」の戦士だ」
シンクの口から「狂鬼」の名を聞いたシオンの顔は険しく、どこか不満げにも思えた。
「あの男は危険すぎる」
「おやおや、戦闘馬鹿が知ってるとは」
「……殺すぞ、死神。
あの男の噂を聞いたことないのか?
一夜で裏社会を牛耳るギャングを全員半殺しにした上でその町の能力者全員を瀕死に追いやった戦闘狂だ」
「んなやばいの!?」
「ですから危険性を知っていて言ってるのかと言ってるのです」
「だが実力は本物だ。
それにあの男も自分以上の強者と戦い、負ければ潔く負けを認めて従うはずだ」
「結局は強硬手段か……」
残りは、とソラが言うとシンクは夕弦を指差した。
「白崎夕弦、オマエだ」
「私ですか?」
突然のことで夕弦は反応に困っていたが、シンクは一切気にすることなく続けて説明する。
「今現在の「天獄」の戦力としてはオマエが必要になる。
が、それ以上に今必要なのはヒロムを「守る」意思があるかどうかだ。
今ここにいる面々ではまさにそれに該当する」
「オイ、オレは……」
黙ってろ、と話に割って入ろうとしたシオンをガイは引き止め、シンクに続けるように促した。
「実力もあり、ヒロムを第一に考えているオマエなら適任なんだよ、夕弦」
シンクの言葉に夕弦は肯定も否定もしなかった。
が、それどころか何も言おうとしない。
「不服か?
オマエの言うヒロム「様」の力になれるんだぞ?」
「それはわかっています。
ですが……」
「オマエを迷わせるのは「月翔団」か。
両立すれば……」
「団長が許さないんだろ?」
ガイの一言に夕弦がゆっくりと頷く。
そして、続けて夕弦がその理由を説明した。
「団長はあくまで私に「月華」の隊長として行動するように今回の命令を下しました。
シンク、あなたの提案に乗るということはその命令に背くことになりかねない」
「……それは団長のためか?
それともおまえのためか?」
「……当然団長のためです」
「……まあ、オマエの返答は後でもいい」
「後の二人の当ては?」
「それはヒロム、オマエの親父さん次第だな」
「?」
「……とにかくそっちはオレが何とかする。
そこで確認する」
シンクはガイ、ソラ、イクト、シオンを順に見ると四人に対して告げる。
「さて……オマエたちは覚悟ができているか?」