一二九話 進撃
二日後の朝。
屋敷にはすでにヒロムたちの姿はなかった。
屋敷の周辺には黒いスーツを着た「月翔団」の団員が何人も配備されており、ユリナたちはそんな中で屋敷にてヒロムたちの無事の帰還を待っているのだ。
「ヒロムくん……」
ユリナはソファーに座り、ヒロムから預かった御守りのキーホルダーを握りながらずっと祈るように待っていた。
体は少し震わせ、そして表情は不安に包まれていた。
「ユリナ、大丈夫よ」
ユリナを心配して隣に座るアキナはそっとユリナを抱きしめると励ますように言葉をかける。
「ヒロムは面倒なこと嫌いでたまに適当なこと言うけど、ああ見えて一度強く決めたことは意地でも守るんだから」
「でも……」
信じましょ、とチカがユリナに伝えた。
「ヒロム様は私たちに待っていて欲しいと言われました。
でしたら信じて待つしかありません」
「うん……」
大丈夫、とリサとエリカがユリナを後ろから抱きしめる。
「みんなで元気におかえりって言おうよ」
「リサの言う通りよ。
きっと疲れて帰ってくるだろうから、ユリナの笑顔でげんきになってもらいましょ」
「う、うん……」
「……ヒロムさんを信じて待ちましょう」
エレナはユリナの隣に座るとそっとユリナの手を握った。
ユリナはアキナたちの優しさに涙を流し、流しながらも笑顔で頷いた。
「うん……!!
そうだね……!!」
「……よしっ!!
そうと決まればヒロムたちのためにご飯作って準備しましょ!!」
「お風呂もだね。
ユリナはどう?」
アキナとリサの提案、それを聞いたユリナは涙を拭うとともに笑顔で答えた。
「うん、一緒にやる!!」
***
どこかの廃工場。
ヒロムはシンクとともにそこへやって来ていた。
「ここにアイツが?」
ヒロムはシンクに確かめるように訊き、シンクは頷くとそれに答えた。
「ああ、昨日の段階でここにいるのは確認できた。
ここに姿がないならこの周辺にいるはずだ」
「どうする?
探すか?」
「……いや、その必要は無いだろうな」
すると廃工場の奥から誰かが足音を立てながらヒロムとシンクのもとへと近づいてくる。
徐々に近づいてくるその足音にヒロムもシンクも構えようとはせず、ただ姿が見えるのを待っていた。
「……今日は一人じゃないんだな」
姿を現した人物、白髪の少年は二人の前に姿を現すと足を止め、そしてヒロムを見ながら話し始めた。
「まさかオマエたちのリーダー自らが来るとはな。
今日は随分と強引な勧誘に来たんだな」
「勧誘、か。
初めて会った時と同じで断るんだろ?
まだ世界の在り方を見れてないって」
そうだな、とヒロムの言葉に対してノアルは肯定するととまに説明するように続きを話した。
「まだオマエたちの力になることはできない。
世界の在り方……そしてオレ自身の中での答えが見つからないからな」
「ならヒロムと探せばいい」
「……悪いがオレは化け物だ。
化け物は化け物らしく人の目につかぬように生きるだけだ」
「……そんなに人にならなきゃならないのか?」
ノアルの言葉を聞いたヒロムは疑問を投げかけるように問いかけた。
「シンクから少し聞いたよ。
人になるための答えを出すために世界の在り方を知ろうとしてるってな。
けど……今の世の中、どんな能力を持ってるヤツがいてもおかしくないんだし、こだわる必要はない気がするんだ。
それでも……人としての答えを求めるのか?」
ヒロムの言葉、それを受けたノアルは反論する訳でもなく、素直に聞き入れるとともにヒロムに質問を返した。
「姫神ヒロム……オマエと同じなんだよ、今のオレは。
力がないと否定されたオマエが絶望して今に至る道を見つけたように、オレはこの闇から抜け出すための道標を見つけれていないんだ」
「道標……」
「人としての価値のあるなしは別かもしれない。
だが、オレにはこれまで「人」としてではなく「魔人」としての道しか歩めていない。
だからこそ、求めてしまうんだ」
「それがオマエの言う人になるための理由、か」
「オマエたちと行けば簡単に道は見つかるかもしれない。
だが、それでオマエたちが危険に晒された場合、オレの手でどうにも出来ない状況に陥ってしまえばオマエたちの道を終わらせることになってしまう」
だから、とノアルは続けて何かを言おうとしたが、それをやめると入口の方をじっと見た。
ヒロムとシンクも何かに気づいたらしく、入口の方へ振り向くと構えた。
「敵さんのお出ましか……」
「みたいだな、ヒロム」
入口から廃工場の中へとゆっくりと数人の男が入ってくる。
隊列を組みながら入ってくる中で、先頭を陣取るのは角王の獅角と斬角ら角王、さらに「ネガ・ハザード」であるリュウガとライガ、サイガ、そしてその三人のリーダーである栗栖カズマ。
そしてその後方から炎城タツキと凪乃イチカら「ハザード・チルドレン」が何十人も現れる。
「八神」の勢力、それらを見ればそう判断できる。
「わざわざ人目のつかないところに現れてくれるとは好都合だ、「無能」よ」
獅角はヒロムを見るなり告げるが、ヒロムはそれを無視して何も言おうとしない。
何も言おうとしないヒロムを前に何を思ったのか、斬角はバカにするように笑うとヒロムを見下すように言葉を吐き捨てた。
「この軍勢に驚いて何も言えないか?
哀れだよな……狩られる運命にある「無能」の末路は!!」
「……ああ?」
「強がったところでここで始末する。
これまでの恨み……晴らさせてもらうぞ!!」
斬角は魔剣・ラースギアを抜剣するなり構えるが、それを見た栗栖カズマはため息をつくと斬角に告げた。
「手殺す前にやることがあるのを忘れんなよ、おい?」
「……それはヤツに言え。
オレはそんなことを気にして戦えるほど優しくはない」
斬角と栗栖カズマが睨み合う中、ヒロムはため息をつくと首を鳴らし、そして不敵な笑みを浮かべた。
「何がおかしい?」
「哀れ、か……それはオマエの方だよ斬角。
わざわざオレの思惑通りに動いてくれて助かったよ」
「何を……」
何を言っているのか、それが何を意味してるのか問おうとした斬角を無視するようにヒロムが指を鳴らすと、ヒロムの影が大きく膨らみ始める。
「まさか……!!
総員、構えろ!!」
それを見た獅角はヒロムの思惑に気づいたらしく、全員に構えるように指示を出した。
しかし、その判断もヒロムの思惑に気づくのも遅かった彼らは指示に従うのが一瞬遅れてしまい、それを嘲笑うかのようにヒロムの影より次々に人が現れる。
「作戦通り、だな」
現れたガイはヒロムに向けて言うと霊刀「折神」を抜刀し、それに続くようにソラとギンジ、さらにイクトと夕弦、そして真助とシオンが姿を見せるなり武器を構える。
「どういうことだ!?」
ガイたちの出現に驚きを隠せない斬角は叫ぶが、それを聞いたヒロムはため息をつくとともに説明を始めた。
「オレが何の考えもなくここに来ると思ったか?」
「まさか……」
「オマエらのことだからオレの動きを監視してたんだろ?
だからオレはあえてそれを利用した。
「ネガ・ハザード」の愚行のせいで余計な情報を与えちまったな」
「どういうことだ……おい?」
ヒロムの言葉を理解できない栗栖カズマは確かめるように問い詰めようとするが、自分の記憶の中からその答えをすぐに見つけ出し、そして舌打ちをすると確認するようにそれを口にした。
「精霊か……!!」
「ああ、そうだ。
今まで通り始末しに来たならまだしもオレがまだ精霊を隠してると分かってるオマエらは殺す前に確実に精霊の存在を確かめようとする。
だがオマエらは敗れ、角王もオレどころかガイたちにも及ばない……そうなればオレが単独もしくは少数で動いてるタイミングで総攻撃を仕掛けてくると予測した」
そして、とヒロムの説明に続くようにシンクが語り始める。
「オマエらにとって都合が悪くなる存在である東雲ノアルのもとへ向かえばどんな状況でも阻止しようと現れる。
ヒロムの行動が気に入らないトウマなら確実に阻止するように指示するだろうからな……そのせいで簡単に作戦を進められたわけだがな」
「この裏切り者が……!!」
「……勝手に言ってろ、斬角。
オレは今、オマエらに対しての怒りで滾ってるからな……!!」
「それはオレら全員だけどな……シンク!!」
シンクの言葉に続くようにソラが言うとともに全員が魔力を纏い始める。
そんな中、ギンジは大槌を構えながらタツキたち「ハザード・チルドレン」に視線を向けるとヒロムにあることを申し出た。
「姫神ヒロム……「ハザード・チルドレン」の相手はオレに任せてくれないか?」
「理由……聞いた方がいいか?」
「この中で一番弱いのはオレだ。
だからあの中で弱い「ハザード・チルドレン」を引き受けるべきだと考えたからだ」
「……なるほど」
わかった、とヒロムは返事をするとギンジに向けて一言告げた。
「なら任せる。
その代わり……妙な情けをかけて逃がすような真似をしたらオマエも潰すからな?」
「……わかってるよ!!」
ギンジは全身に魔力を纏い始めると同時に「ハザード・チルドレン」に向けて殺意を放つ。
「敵に……道を踏み外したアイツらにかける情けなんてないからな!!」
「それならいい……さて」
ヒロムは深呼吸すると指をポキポキ鳴らし、そして構えると同時に目の前の敵に向けて殺意を放ちながら強く言い放つ。
「さぁ、来いよ……怒りを抱き、強さに拘るだけの愚者共!!
その身に宿す魂燃やしてオレを……オレたちを滾らせろ!!」
いくぞ、とヒロムが叫ぶと共に走り出すと続くようにガイたちも走り出す。
「見せてやるよ……オレたち「天獄」の力を!!」
「だったら見ろや、ゴラァ!!」
ヒロムの言葉、それを受けて勢いよく走ってきた栗栖カズマは赤い雷を纏いながらヒロムに殴りかかるが、ヒロムの前に真助が現れるとともに彼は素手でカズマの攻撃を止めてしまう。
「何!?」
「約束通り……コイツはもらうぞ、ヒロム!!」
「任せたぞ、真助!!」
ヒロムは真助を跳び越えるとさらに加速し、そして獅角に向かって接近していく。
「さぁ、オマエらのすべてを終わらせてやる!!」




