一二八話 戦前の約束
日が昇る。
夜明けを知らせるように姿を現す日輪は暗き世界を照らし、明るく染めていく。
「……さて、どうするか」
ヒロムは屋敷の屋根の上に一人座り込んで朝日を眺めながら考えていた。
(親父が敵かどうか、シンクが何を考えているのか。
そのすべては確かめればいいだけだ。
けど……そのためには安全性を確保しなければユリナたちが危険に巻き込まれる)
ヒロムはこれまでの戦闘を思い返していた。
初めて角王が現れた時も斬角が現れた時も、敵として真助が現れた時も、狼角が現れた時も、双座アリスが現れた時も、栗栖カズマが現れた時もヒロムのそばにいたユリナたちは危険と隣合わせでいた。
そして、巻き込まぬようにと戦おうとしたバッツとの戦いにも巻き込み、彼女たちの目の前で自分たちが倒れる姿を見せてしまい、さらにイクトが重傷を負ってしまう姿まで見せてしまった。
「今回は巻き込むわけにはいかない」
今回の戦闘、ヒロムは大規模になる可能性を予見していた。
それ故に彼女たちの存在について心配していた。
「どうにかしてユリナたちをここに残らせて戦いに臨まないと……次に何かあってからじゃ遅い」
現に栗栖カズマと彼が従えていた「ネガ・ハザード」戦においては直接的な攻撃の対象にまで選択されてしまった。
彼女たちが怪我をすることなく事なきを得たが、次はないとヒロムは自分に言い聞かせる。
が、そうすることで最良の策が思いつくわけでもない。
(行動を起こすのはイクトが夕弦に依頼した盗聴器の出どころが判明してからになる。
最短で明日……それまでにどうにかしないと)
「こうなりゃ夕弦に頼んで「月華」を護衛につけさせ……」
「な、何してるの!?」
すると庭の方からユリナが心配そうにこちらを見ながら叫んでくる。
「落ちたら危ないから早く降りてきて!!」
とても慌てた様子でヒロムに降りるように告げてくるユリナだが、ヒロムは問題ないと告げるかのように手を振った。
が……
「は、早く降りてきて〜!!」
「……しゃあねぇな」
必死に声を出してヒロムに降りてくるよう伝えるユリナの姿にヒロムはそれに従うように勢いよく飛び降りる。
「きゃぁぁぁ!!」
ユリナは飛び降りるヒロムに驚くと共に怖くて悲鳴を上げてしまうが、ヒロムはそれを気にすることなく難なく着地してみせる。
「どうかし……」
「危ないでしょ!!」
ユリナは少し怒ったような顔でヒロムに言うが、ヒロムはいまいち理解していない。
「どした?」
「どした、じゃないよ!!
あんな高い所から飛び降りて怪我したら大変だよ!!」
「いや……あのくらいの高さなら大丈夫だよ」
「そういう問題じゃないの!!
もう……すごく心配したんだから」
「ああ……悪い」
心の底からヒロムのことを心配していたらしく、真剣な眼差しで見つめながらに訴えてくるユリナを前にヒロムは悪い事をしたと感じたらしく、軽くではあるが謝罪をした。
「少し考え事しててな」
「……飾音さんのこと?」
「まぁ……うん。
そんな感じだ」
「辛くない?」
ユリナの突然の一言、ヒロムはそれに対しての答えをすぐに出せなかった。
いや、自分の中で答えは出ているのだが、それを伝えることを躊躇ったからこそ出なかったのだ。
「……どうした、急に?」
「私は辛いの。
ヒロムくんが悩んでるって思うと……」
「ユリナ……」
迷ってる暇はない、と二人の会話に割り込むように誰かが声をかけてくる。
声のした方、屋敷の外の門の方へとヒロムが視線を向けると、その方向にソラとシンク、さらにギンジがいるのを確認した。
「ソラ……それにシンクも。
どこに行ってたんだ?」
それに、とヒロムは初対面であるギンジを見て誰なんだと言いたげな顔でソラを見つめた。
「……岩城ギンジ、「八神」の研究の被害者だ。
今はオレやシンクと行動して情報を集めていた」
「じゃあ……」
わかってる、とソラはヒロムに伝えると歩み寄り、そしてヒロムに告げた。
「オレもあの人が怪しいと思ったから少し調べてた。
こいつについてもな」
ソラはあるものを取り出した。
それはヒロムから預かり、夕弦に調査依頼をしていたはずの盗聴器だ。
「まさか……誰のかわかったのか?」
「まぁ、な。
わかったのはついさっきだけどな」
「ヒロム、悪いが先に伝えとくぞ」
するとソラの後ろからシンクがヒロムにあることを告げた。
「蓮夜さんは姫神飾音に対しての保護観察を解いた。
……意味はわかるよな?」
「最悪の場合始末する、だろ?」
「……!!」
ヒロムの言葉、それを聞いたユリナは驚くとともに言葉を失うが、それをフォローするようにソラは話した。
「可能性としての話だ。
すべては確かめないとわからないから心配しなくていい」
「……うん、わかった」
「……ここではあれだし、中に入ろうぜ。
オレもシンクもオマエが何か作戦思いついてると思ってるからな」
***
「なるほど……」
リビングにてソラはヒロムの話を聞いて納得するとシンクと互いを見合うと頷き、そしてヒロムに伝えた。
「その作戦、オレたちは何の異論もない」
「力を貸してくれるか?」
そのつもりだ、とソラは言うと銃を取り出し、それを見ながら話し始めた。
「オマエと出会ってから今日までこの時が来るのをずっと待っていた……!!
ようやく……オマエのすべてを否定した元凶を倒せる!!」
「……殺る気満々ってか。
シンクもか?」
「そうだな……ただ、一ついいか」
「ああ?」
シンクはヒロムの方を見ずに、なぜかアキナの方を見た。
そしてシンクに視線を向けられたアキナはじっとシンクを見つめていた。
ヒロムに向けられる好意の目ではなく、疑っているような目だった。
「……オレが信用出来ないか?」
「……うん。
アンタは何考えてるかわかんないし」
「ヒロムにはお熱いくせに、オレには冷たいな」
「それ関係ある?」
「……ならオマエのオレへの疑惑も関係ないな。
オレはヒロムのために命を使うと決めているからな」
「何それ……罪滅ぼしのつもり?」
そうだよ、とアキナの言葉に一言冷たく返したシンク。
そのシンクの瞳は冷たく、そして目に捉えたものを壊すような鋭さを放っており、アキナは思わずシンクの視界から逃れるように隠れてしまう。
「オマエがオレに何を思ってるかなんて関係ない。
ヒロムを欺いてまで「八神」に身を置いたのは事実だ。
……気に入らないなら終わってから後ろから刺して殺せばいい」
「おい、シンク!!」
「……悪いな、ソラ。
オレはオマエらみたいに優しくねぇんだよ」
シンクはソラに告げると話を終えようとしたが、そんなシンクにユリナが一つ質問をした。
「あの……どうして自分を犠牲にして終わらせようとするんですか?」
「それが償いだからだ」
「でも……全部が終わってからやり直すことも出来るんじゃないんですか?
死んじゃったら……ヒロムくんのために何かをすることも出来なくなるんですよ?」
「……それでもオレは戦う。
考えを変える気はない」
「そ、その……」
もういいよ、とヒロムはユリナを止めるとソラに向けて尋ねた。
「蓮夜は何か言ってたか?」
「……特には何も。
ただ、今回ばかりは任せっきりには出来ないからここの守りを固めてくれるってよ」
「本当か!?」
(それなら話は変わる……!!
オレたちの作戦をすぐに決行することが……)
「盗聴器の件もある。
蓮夜さんは早ければ明日の朝には「月翔団」をここに到着させる算段でいてくれている。
やるなら……今やれってことだ」
「わかった」
少しいいか、とギンジがソラとシンクに質問するように話し始めた。
「作戦を急行するように聞こえるけど、敵がそんなに上手く動くとは思えない。
どうする気だ?」
「方法ならある。
ヤツらが血眼で探し求めているアイツをエサに使う」
するとヒロムが二人に代わって説明を始める。
「東雲ノアル……トウマの能力を封じる力を持つアイツをオレたちが見つけて捕らえるってなれば敵も動くだろうしな」
「そ、そうか……」
期待してるからな、とヒロムはギンジに向けて告げるが、それを言われたギンジはどういうことなのか分かっていなかった。
が、ヒロムはそれを分かっているのか別の理由からなのかギンジに詳しく言った。
「オマエのことはイクトと夕弦から聞いてた。
「ハザード・チルドレン」の被験者として私怨もあるみたいだが、それ以上にソラとシンクがそうして心を許してるからにはその力に頼るからな?」
「あ、ああ!!
任せてくれ!!」
自信満々に答えるギンジ。
そしてそんなギンジを他所にガイはヒロムに言った。
「決着をつける時、なんだな」
「ああ……敵の思惑なんて関係ない。
オレたちの……オレのための戦いだ!!」
ヒロムくん、とユリナが心配そうにヒロムのもとへ歩み寄ると震えながら伝えた。
それは今のユリナの気持ち、心の奥底から溢れ出る思いなのだろう。
「みんな、帰ってくるよね……?」
「……ああ。
誰も死なせる気はない。
だからここでエレナたちと待っててくれ」
「うん……」
「……まぁ、口で言うのは簡単かもしれないしな」
するとヒロムは何かを取り出すとユリナの手へと渡した。
その何かを受け取ったユリナはそれが何なのか確かめるようにその目で見たが、それを見た時思わずヒロムの顔を見てしまう。
「どういうこと……?」
「それを預かってて欲しい」
「ダメだよ!!
これは……」
ユリナが手に持っているもの、それが気になったリサとエリカはのぞき込むようにそれを見た。
ユリナがヒロムから受け取ったもの、それは少し前にユリナとチカ、リサとエリカから受け取った御守りにも似たキーホルダー。
いや、似てるのでは形だけで、彼女たちはヒロムの無事を祈って渡したからこれは御守りに違いないのだろう。
それをヒロムはユリナに預けようとしている。
だからこそユリナは素直に預かれなかった。
「これは御守りだから……」
「無事に戻ってくるためには持ってなきゃご利益ないかもな。
けど……それを取りに帰って来るから。
そのために持っててくれ。
だから……」
ヒロムはユリナの手を強く握るとユリナの顔を浮かべながら気持ちを伝えようとした。
ユリナは不安を抱いているのか、瞳に涙を浮かべながらヒロムの目をじっと見ていた。
「だから……終わったら好きなだけオマエらのそばにいてやる。
そのためにもこれを持っててほしい」
「……約束だよ……?」
涙を流し、体を震わせながらにユリナはヒロムに言うとヒロムを抱きしめる。
そんなユリナにヒロムは優しく頭を撫でるとただ一言、彼女とリサたちに伝えた。
「約束する……必ず帰って来るから」




